その日、スライムは荒ぶった
今日も今日とて。
放課後、昨日と同じく、勧誘用の長机とパイプ椅子を借りるが、少し手順が増えていた。
「どこで使うか聞いても? いや、前庭よね。許可はある?」
少しだけ疲れた御様子。
「あー、生徒会きちゃいました?」
「うん。まあね」
そして、少しだけ浮かぶ苦笑い。
生徒会と言えども、職員が生徒に、ミスを指摘されるのは嫌だったろう。
「ご迷惑をおかけしてすいません」
打ち合わせどおり、全員で頭を下げる。
「ううん。ほら! 確認しなかったのはこっちだから!」
慌てて、向こうも頭を下げてくるのに罪悪感をおぼえながら。
ほんのわずかなすれ違いが、のちのち大きなトラブルになるかもしれず。
少々の後ろめたさを感じつつも、責任のありかをはっきりさせておくのを選んだわけだか、胸はやはり、チクチクと痛んだ。
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週をまたぎ、七日目ともなると、自発的に入部を希望する生徒はいない。
と、思ってました、はい。
「なんじゃアレ」
ジョンが首をかしげるのも無理はない。
昨日の松上先輩の逆。
今度はたぶん男の子だよね? という雰囲気の少女っぽい小柄な生徒が、昨日長机を置いていた場所に、不安そうに、何かを探すかのように立っている。
まさか、とは思ったが、そのまさか、らしい。
歩みよるこちらの姿を見つけると、小柄な生徒の顔がパッと華やいだ
「少々お待ち下さい!」
「より先に椅子でしょ!」
ジョンと自分が、入部希望者の為、急いで長机の足を出そうとするのを見て、呆れたカーラがパイプ椅子を目的のモノを見つけて、ほっとしたような少年? に渡す。
こちらの設営が終わるまで、普通に座って待っててもらうつもりのはずが、そうならない。なぜなら、椅子を渡された本人が頭の上にクエスチョンマークを浮かべているから。
「おいおいマジか」
言葉づかいに丁寧さはないが、こちらと反対側の机の足を固定したジョンが、少年に自分用のパイプ椅子を使って見せた。
「椅子?」
おっかなびっくり、それでも板状の謎物体から見知った家具に、自分の手で形を変えられた少年? が、目を丸くしながらも、繰り返し変形させている。
これはまるで・・・。
「パイプ椅子を知らない、なんてことあるのか?」
「さあ?」
田舎を自負する自分の故郷ですらパイプ椅子はあった。まして、ここは都会の王都。
「ほら、あれじゃない? 身分が高過ぎてー、ってヤツ」
カーラは冗談めかしているが、だんだんそんな気がしてくる。
そして。
セッティング完了。
四対一の面接が始まる。
最初の質問は───
「男子、女子。どっち?」
───リーナが勤めた。
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「ええっ ?! はい? 男です!」
まさかそうくるとは思わなかったのか、びっくりしながら、めでたく? 男の子と確定した入部希望者? が少々上ずった声で答えた。
「入部希望? ってことでいいんだよね?」
何しろ設営前から待ってたぐらいだ。これは期待してもいいだろう。
「いえ、すいません」
違うのか。
「バカ! 早すぎンだよ!」と。
ジョンに小声で言われるが、今は部に勧誘する活動しかしていないこの月旅行部に、他に何の用があるのか?
あるなら言ってみて頂きたい。
「あの、皆さんは月に行こうとされてるんですよね?」
「はい」
「な、なら聞きたいのですが! 皆さんは天と地、どちらが動いてると思われますか ?!」
・・・そうきたか。
実際に言ってみられると、それはそれで。
困るものである。
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天動説、地動説は簡単に言うと、固定された地に対し空の星々が動いている、と考えるのが天動説。その反対に太陽を中心に、地、この星を含め色んな星が動いていると語るのが地動説だ。
規模が大きいから分かりづらいだけで、きちんと太陽、この星、惑星とその他、そしてもちろん月、を区別し観測すれば、おのずと真実は明らかになるのだが、問題は天動説が権威ある組織と結び付いてしまっている、いたことだ。
よくよく見れば、少年の制服はところどころデザインが違い、神職者が着る祭服に寄せられている。
ここは、下手な答えは返せない───
「天」「天」「天」
───はるか昔ならね。
権威ある組織、もう面倒だからはっきり言っちゃうと教会が、強大な権力をふるっていたのは、ずっと前の話だ。
きっかけは魔力変動。
魔法とは違う神の神業、とされていた、数々の力、怪我を治したり、病気を治したりする奇跡が、他の魔法と同じように減衰したわけで。
あれ? これって──。となったとたんに失われかける信仰。
それまでは、兆しがあった瞬間、泣く泣く、教会に引き取られていた治癒魔法持ちの少年少女が、神学を学ばなくとも、訓練しだいでは、普通に治療ができることもわかり、教会の権威は一気に衰えた。
実際にはそう頻繁には行われていなかったらしい、拷問付きの異端審問によって意にそぐわない意見を無理やり変えさせる、なんてこともできなくなった。
とはいえ、地域に密着し、きちんと組織され、なんなら神殿騎士団なんて、武力さえ備えた集団だ。下手な受け答えはできないのだけれど、学生どうしの軽い受け答えぐらいなら問題にならないだろう。
「ですよね」
どうやら彼もこちらと同意見だったようだし。
「天が~、とか。地が~、とか言ってる時点でダメダメですよね? 星と惑星の区別もついてない、望遠鏡をのぞいたこともない老人が何言っているんだか! 専門家の意見を、はるか昔に書かれた文書を根拠に否定するって、なにかんがえてるんだ!」
よほど腹に据えかねていたのか。一旦、少年の口から漏れ始めた、どこかの誰かへの不満が止まらない。
それとは逆にさっきから黙りこんでいるのはリーナだ。とっさに答えが出なかったのか、と思っていたが、真剣そのものの顔つきからするとそうではないらしい。
「同じ・・・」
ポツリとリーナが呟いた言葉に全員がピクリ! と反応する。
・・・同じ? とは?
「スラリス」
主の呼び出しに応じ、彼女の服のお腹の大きなポケットから従魔が飛び出す。
前回はだらんと机からはみ出したスラリスだが、人間の筋肉が力を入れると固くなるように、意識すればある程度の固さを保てるようで今回は天板の上にプルプルととどまっている。
「これを星、惑星のようにして下さい」
そう命令されると、主人が拾ってきてポトポトと体の上に落とされた小石を取り込み、素直に体内でまわし始める。
コアが太陽。三番目の小石がこの星だろう。サービスなのか、よくよく見ればそれぞれの小石が別々の早さで、自転っぽく回転しており、ちゃんとそのまわりには衛星を模したらしい、さらに小さな石が何個かまわっていた。
「へー。わかりやすいな。すごいぞ」
いまにも口笛を吹きそうな軽さでジョンがリーナの成果を誉める。
「やっぱり地動説が正しいように見えるけど・・・」
いまひとつカーラが不安そうなのは、ジョンよりリーナと付き合いが長いから、か。
「そうですね。地動説を説明するモデルに見えます。同じ、とは?」
興味深々。少年が太陽と惑星の運動を再現しているスラリスに顔を近づけた。
「これを、こう! スラリス!」
おもむろにリーナがスライムに手を突っ込んで第三惑星をつかんだ。この星を模した小石が止まるだけ、かと思えば、名前を呼ばれたスライムは主人の意思を汲み取った。
太陽を現したコアが、他の小石が。スライムの透明なボディごと回転を再開した。
今度は第三惑星を中心として。
「わぷっ!」
それは今までの円運動とは違うものの、法則に則った動きではあった。中心がずれた分行動半径が広がったスライムのボディは机をはみ出し、近づけていた少年の顔を直撃したが。
「自転も入れて!」
もうてんやわんやである。
ある種の規則正しさで運動していた星々が、その動きを保ったままぐるんぐるんとリーナの拳を中心に高速回転を始めたのだから。
ねっ! と得意気な顔の彼女であるが、もう我々の目に映るのは、荒ぶったスライムの姿と、やっぱりやった、と。額を押さえるカーラの姿だけだ。
「わかった! わかりましたから!」
えっ? この状況で?
少年の制止によって、荒ぶるスライムは、鎮まった。
・・・机の上のビラやら、入部届けやらをなぎ倒したのちに。
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「結局、議論することすら無駄だったんですね・・・」
実際にリーナがやってみせたとおりだった。
地動説は天動説に比べ動きが激しいが、それだけだ。
地球を不動と定めても世界は成り立つ。
・・・被害は大きいが。
ビンを倒しても収まらず、荒ぶったスライムの回転によって飛び散った入部届け記入用のインクが、特注っぽい制服と幼ささえ感じる整った顔に別の宇宙の星々を描いていたが、妙に晴れ晴れとした少年は気にしていないようだ。
・・・弁償とか、クリーニングとか言われなくて良かった、あとは。
「次の質問なんですけど」
・・・はい?
こちらの無事だった入部届けを差し出そうとした手がとまる。
「月に神の、女神の住む神殿があるという説。これについてはどうお考えですか?」
うん。
今日はこのぐらいにで勘弁してほしい。




