その日、部に昇格した
「私は松上フェリシア。生徒会では会計の職を預かっている。ああ、ちなみに性別は女だ。こんな格好だけれどね」
そう言って、ぴらりと取り出したのは肩につけるマントっぽい装飾品だ。
脱着できるらしく、お付きの人に制服に着けてもらえば、この場に生徒会会員が一人、いや、いつの間にか自分の制服にも着けたお付きの人も入れれば二人増えたことになる。
「さて」
ピリッと走る緊張。
明らかに元リーダーより強い統率力。
前の雰囲気が無秩序に傾いた暴力なら、今の気配は完全に制御された力、だ。先の衝突では各個撃破───しかも大将首───を許した生徒会実行部であるが、今の彼らは、主の為なら自分が盾になるのも辞さないだろう。
「鹿頭クン、お目覚めかね?」
走っている緊張のゴールが変わる。
「キミは彼らを排除しようとしていたみたいだが、根拠は何かね?」
「・・・」
頭を振り振り、立ち上がった鹿頭とやらがこちらをにらむ。
・・・にらまれても困るのだが。
「答えられないなら、それは権力の私物化だね」
「奴らが暴力をふるいました。先に」
「うーん。見ていたけど、それはキミが実力行使を宣言した後だね。排除しようとした理由になってないし、喧嘩を売って先に殴られたって、それは仕方ないよね。連れていきたまえ。彼を」
どうやら満足する答えは得られなかったようで、鹿頭とやらに興味を失くした松上フェリシアは、今度はこちらに向き直った。
「さて」
「私が撤去したまえ、と言ったらどうする?」
表情はからかうように笑っていても目の奥から真剣さがのぞいている。
ここは下手な返答は───
「はいっ!」
「片付けさせて頂きますっ!」
───できないんだってば!
目元を覆って空を仰ぐカーラの横で、直立不動のジョンとリーナがてきぱきと撤収に入りそうだ。
「理由は?」
「あなたが美人だからです!」
「逆らったらいけない気がしますっ!」
内容はともかく、元気で、聞いているこっちも微笑ましくなるような返答だ。
そんな返答ではあるが。
・・・彼女は、松上フェリシアは、満足したりしないだろう。
「貴女は」
「うん?」
失われつつある興味をこちらに向ける。
「『答えられないなら』と言ってました。それは答えるべき、カトウが根拠にできるナニカがあることを示しています。きちんとした理由があり、それにもとづいて勧誘が認められないなら、意地をはるつもりはありません」
「なるほど。うん。まあ、いいかな」
絞り出した答えは、どうやら合格したらしい。
「普段、学園の公共スペースを使うには申請がいるんだ。昨日まではどこもかしこも勧誘勧誘だったから、慣例でわざわざ届けは不要、となってた。今日も、となると、きちんと申請してもらわなくてはね。機材の貸し出しは、当日返却なら口頭でいいから長机とかは借りられたようだが」
ここで一つため息。
「どこで使うか聞いた上なら問題あり、だね。学園の事務とは、少々話さないといけないようだ」
仕事が増えるのを喜べるのはそれによって利益が得られる人だけだ。ほぼボランティアの生徒会活動では見いだしづらいだろう。
「さて。正解した御褒美だ。受け取りたまえ」
いつの間にか鹿頭及びその他大勢についていったお付きの人が戻っている。
その手に一枚の書類を持って。
「今日、明日。この同好会に対する二日分の前庭使用許可を下すかはお嬢様に一任されました」
「お嬢様はよせ」
「必要部分は記入済みですので、お嬢様に感謝してサインするように」
「よせってば」
お嬢様アレルギーでもあるのか、そう呼ばれるたび、松上フェリシアが体をよじる。
サインだけすればいい、という書類にろくなものがないのはほぼ常識なので、隅々、裏の裏までチェックしたが、おかしなところはない。誰が書いてもいい部分があらかじめ記入されてるだけだ。
「さて」
こちらの代表=自分のサインのインクが乾いたのを確かめ、懐に入れた松上フェリシアの目が輝いた。
「私は、この。月の石プレゼント、というのに興味があるのだが」
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「興味、と言われましても・・・」
カーラが助けを求めるようにこっちを見るが、見られても困る。
「それは・・・」
「月に行って石が拾えたら、協力してくれた人にあげるのです!」
ジョンとリーナが説明する以上に、つけ加えられることもないのだから。
「ほうほう。・・・どうやって月の石と証明する?」
「それは・・・」
「月で一応の封印を施します。船、まだ正式な呼称が決まってないので仮に月まで行く乗り物をそう呼びますが、行きが空と確認してもらった貨物室に、帰還後石が入っていれば、それは月産の証明になるでは?」
「なるほど。さて」
松上フェリシアの目がきゅーっと細められた。
「その石が魔石の可能性は? あと、大きなものが一個だった時には、人数分に・・・砕くのかね?」
「そこは行ってみないことにはなんとも。魔石があったら優先して持ち帰りますが。砕くかどうかは、受け取り側の希望を聞いて、ですかね」
こくこくこくっ! と。
ぽろっ、と、取れないか心配になるぐらいリーナが頷いている。スライムの分裂には一定以上の大きさの魔石が必要であり、最近のダンジョンコアでさえ、たまに基準を満たさなくなってきているそうだ。
「キミは・・・妹の為、月に行くのだそうだね?」
松上フェリシアは制服の差し色からすると一年上の学年だ。
・・・なぜ知っている? という疑問が頭をよぎるが、ジョンの横顔が目にはいる。別に隠しているわけでもないし、うわさされていてもおかしくない。
「はい」
きゅーっと。今度は松上フェリシアの形のよい唇の両端が上がり、弧を描いた。下品にならないぐらいに、美しく見えるぐらいに。
「なるほど。うん、うん。なるほど。そうかね」
「はい」
上級生相手に「ああ」はまずいだろう。
「うん。なるほど、なるほど。うん。そうかね」
なぜか自動的に上機嫌になっていった先輩が、お付きの人に手を向けた。
「面白そうだ。私も仲間に入れてもらおう」
お付きの人、先輩、とリレーされたそれは入部届け。しかも二枚。お付きの人は松中アンナというらしい。
「これで、五人以上。晴れて部に昇格だね。おめでとう。私は色々掛け持ちしていてね。あまり顔は出せないが、そっちのほうがいいだろう?」
一歳しか違わないというのにこちらを見透かすような目。
「さて、これも渡しておこう」
一枚の名刺。箔押し豪華絢爛なそれには。
「思い出した! 松上って! ベネディクト商会の!」
「うっわマジか!」
「ベネディクト?」
・・・若干一名首を捻っているが、ベネディクト商会と言えば、押しも押されもせぬ大商会だ。魔法が衰退し、科学が取って変わった部分を調整して生活にぴったり合う商品として提供し、巨万の富を築いたのが松上ベネディクト。先輩の祖父か、曾祖父にあたる人物だ。
「私でできることがあれば相談に乗ろう。・・・融資を含めて、ね」
イタズラっぽく笑って口癖の二文字を口にし、松上フェリシアは去っていった。
・・・すごい人が来たもんだ。
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「お嬢様」
「お嬢様はヤメロ」
自分で言うのもダメなのか松上フェリシアが身をよじる。
「ならフェリシア」
人目のある場所では分をわきまえるアンナだが二人だけなら話しは別だ。
「何を考えてるんです? いえ、どう考えても酸の噴水ですよ! しかも、深さのわからない」
酸の噴水は、とあるダンジョンにあったという罠だ。
深層、突如あらわれた噴水つきの安全地帯。誰かが願って後ろ向きで投げ込んだのか、沈んでいる大量の金貨。
欲深い者が盗ろうと手を水に着けた瞬間、白煙が上がり・・・。
実は噴水に使われていた液体は強酸で、探索者の持ち物で、唯一溶けなかった金貨だけが残った、というある種、戒めっぽい話なのだが、商人が聞くと意味が変わってくる。
どんな量の酸であれ、水があれば薄められる、のだ。
手を突っ込んでもなんともないぐらいに。
あとはそれが用意できるか。
薄まったと信じて手を入れられるか、だ。
「・・・うちの商会はもうどうにもならないところまできている」
俗に成り上がりは三代目がヤバいと言われるが、果たして。
フェリシアが幼い頃に可愛がってもらったベネディクト大じいさん、初代のを知る祖父は良かったが、苦労を知らないで育った父は、兄は・・・。
「もう薄まるって信じて、噴水に水を混ぜるぐらいしか手がないじゃないか」
せめて自分が長男なら・・・。
そう思って、こんな格好をしてみても、だ。
「お嬢様は諦めが早すぎます」
「お嬢様はヤメロ」
「フェリシアが金の柄杓とガラスビンを用意すべきです」
酸の噴水だが、薄める以外の攻略方法もある。
溶けない道具で金貨を頂くのもそうだが、さらに強欲なのは、強酸そのものをビン詰めして売るというものだ。
さすがのダンジョン設計者も、モンスターに自分の用意した酸が振りかかるとは想定していなかっただろう。
「・・・そうだな。諦めるのはまだ少し早いか」
「です」
「さて」
鬼が出るか蛇が出るか。
・・・どちらが出ても、商いに繋げるのが商人である。




