その日 シミが広がった
「どどどどど、どうやったんじゃーっ?!」
どこかで───たぶん、出版文化研究会あたりで───見たような重々しい書き文字を文字通りと、背中に負ったイルファ先輩が、女子用仮眠室、いつもの準備室から出てきたと思ったら、こちらに突進してくる。
エンジン音にかき消され、良く聞こえなかったが、最初、なんか言いかけていたことは、もういいのだろうか?
まあ、そんなことよりも、今は回避だ。
男女差のあまり無いドワーフの突進はやっぱり威力にも差はないはずで。
当たったらどうなるかなんてのは想像もしたくない。
「うごいちょる・・・」
突進の運動量そのままにこちらをなぎ倒す、なんてことはなく。ずざーっ、と。急停止したイルファ先輩が、エンジン間近でワタワタし始めた。
そう。稼働中のエンジンにできることなどそうはない。
せいぜい回転数を変えるか、眺めるぐらいだ。
ぶいっ! ぶぃぃぃぃっ!
「おおおっ!」
とるん、とるん、とるとるとるとる。
「うわわわぁ!」
まあ、それだけでも大騒ぎなのだが。
・・・早朝だからと、実験したのが制音結界の中でよかった。
ちなみにフラはいまも手元にあり、エルフ先生は今日も泊まりである。
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「先輩、熱いですって! まだ、冷えてませんから!」
フラによるとエンジンは別名、内燃機関とも呼ぶそうで。内燃=中で燃料が燃えてる、というかあの三兄弟に言わせれば爆発しているのだから、当然、稼働中は触れないほど加熱されているし、そう早くは冷えない。
ちょっとしか入れてなかった燃料がなくなり、エンジンが止まった瞬間、分解しようとするイルファ先輩をジョンと二人がかりで止める。
ちなみに一緒に作業していた、実験を見守ってくれていたカウズ先輩は、御倒れになっている。
一歩、躱すのが間に合わなかったので仕方ない。
・・・イルファ先輩にはね飛ばされて、ピクリとも動かないが、今日はエドがくる日だから大丈夫だろう。
たぶん。
「まずは、説明! 説明しますから」
そんなこと? よりも今は、だ。
ようやく、こちらの叫びが耳打ちに届いたようで、イルファ先輩の動きが止まった。
「なるほどのう。そんな方法があったとは・・・」
たまごを立てる、は。ある航海を成し遂げた船長が「俺だってできた」とか言っちゃった人に、後から見れば簡単そうなことを最初にやるのがどれだけ難しいか教えた逸話だが、今回もそうだ。
自分らがやったのはエンジン内部に発火紋を分割して貼り付けただけ。
これにより、ピストンがある一定の場所にきた時だけ発動し、魔方陣の上に出た炎が燃料を燃やす、というわけだ。
「最初は発電紋にこだわったんですが」
「・・・着火すればいいわけじゃからな。複雑な発電紋よりか、は」
ようやく冷えたエンジンをイルファ先輩が開けた。予想通り、そこには摩擦と発熱で黒く焦げた発火紋がかろうじて原型をとどめている。
今回は燃料切れで止まったが、そうでなくとも長時間の稼動は難しいだろう。
「どうにかなりますかね?」
「紋、自体を側面に象嵌、違う金属をはめ込みすりゃあええ。ピストンとの接続を最小限にすりゃあ、そっちはピストンリングに魔法伝達金属を仕込だけで。ま、こればっかりに頼るわけにもいかんがな」
イルファ先輩が言う通り、このままだとエンジンを動かすのに魔力が必須、魔法使いしか乗れなくなってしまう。
まあ、ここは国立魔法学園、なのでそう困りはしないのだけれど・・・。
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「えぇぇぇぇぇっっ! ならボクは乗れないってことっスかぁぁぁぁ?!」
イルファ先輩の絵が“驚愕” なら、アルを描いたのは “愕然” だろうか?
朝食時にした報告を聞いた彼はいきなり立ち上がって叫んだ───ついでにジョンの顔に食べかすをまぶした───のち、力が抜けたように座るとガックリと下げた顔を上げない。
これは・・・。
「もしかして、魔力が少ないのか?」
珍しく抜き身でズバッとではなく鞘に納めてつついたジョンだが、リーナに許可されたスラリスがヌロンヌロンと顔を這いまわっているのでいまいち決まらない。
「はい。発動はほとんど。魔道具は動いたり、動かなかったりっス・・・」
よほど気落ちしたのか、ぽつりぽつりとしかしゃべれなくなったアルの言葉をつなげるとこうなる。
この学園は学校名で魔法と名乗っている通り、生徒には基本、魔法の行使が求められる。
「だから今回はチャンスだと、千載一遇の機会がやっと・・・」
ぽたりぽたりと、いくつもの雫がアルのズボンにシミを広げていく。
「ああ、特別入学制度」
世界的魔力の変動により、この学園の入学基準も相当低くなった。
魔法の発動ができずとも、魔道具が動かせれば、のちの成長に期待して中等部まで入れるのもそうだし、さらには。
〈特筆に値する成果を示した生徒には入学、進学を認める〉
なんてもう、魔法関係ないのでは? と疑問に思える基準もある。
これがロゼの言う特別入学制度、別名特筆基準だ。
「そりゃあ、全世界はともかく、この国初の技術式飛行達成者となれば十分よね」
カーラの言うとおり、最初の一人や、飛行するというのは、いつの時代も特別だ。古くは複数の魔術の同時行使によって達成されていた偉業は、魔道技術の発展によって必要能力が簡素化されたいまもまだその権威は健在。
やがては、誰でも操作方法を覚えれば飛べる、と。バレるとしても。“初” という冠のかがやきは、進学基準を突破するには十分だろう。
「ごめんなさい。最初はただ単に面白そう、中等部で卒業になっちゃうから思い出作りのつもりだったんっス。でもあれよあれよと。と、飛べる機械を作ることになって、もしかしたらって。体重が軽いほうが・・・、ほうが・・・」
アルの懺悔は、最後のほうはえぐっえぐっと嗚咽になった。
ぐすっ、ぐすっ、と。もらい泣きなのか、このテーブル以外でも鼻をすする音がし始める。
「よし! 話はわかった! まだぜんぜん泣くとこじゃ無いきに!」
ばあん! と。テーブルの上の皿が落ちる、というか相手の意識は大丈夫か?と、心配になる勢いでイルファ先輩がアルの背中を叩いた。
「なんのこつはなか! 魔力紋なしでも動けばいいんじゃ! やるぞ!」
「「「おう!」」」
一丸となった制作チームが立ち上がった。
あわてて朝食を口に突っ込んでいる人、ドワーフもいるが、一様にその目の中に炎を宿して。
「あの分なら何も心配いらなそうだけど。ワタシも一肌脱いであげる」
「「えええっ?!」」
・・・うん。なぜここでアルではなく、ジョンとロゼが驚きの声をあげるのか。
「ちょっ! お前、一肌って。一枚しか・・・」
そしてなぜ。
ジョンは余計なことを言ってしまうのか。
まあ、夏の盛りのカーラは下着の上にタンクトップ一枚で、心配? になるのもわかわなくもないが。
「・・・」
こういうのも無詠唱と呼ぶのだろうか?
主人の意を察したワシタカ───最近成長期なのか一回り大きくなった猛禽類───が、音もなくふわりとジョンの上に舞い降りる。
「あっ゛?! お前ワシタカか? ちょっ?! 爪、爪が痛い! あっ゛?! あっ゛! あーっ!」
まったく本気ではないのだろうが、適当につついても、鋭い嘴の先が丸くなるわけではない。
「おはようございます! って? 何ですかこの惨事は?」
爽やかに登場したエドが朝っぱらからの惨状、つつかれて流血のジョンと、静かに突っ伏してテーブルクロスに赤いシミを広げるロゼを発見し、慌てまくる。
「たたたたた、大変だ! し、神官! しんかーん!」
落ち着け。神官はお前だ。
「・・・これ、ワタシが悪いのかしら?」
経緯からすると、カーラには悪くはないと言ってやりたいが。
少なくとも半分、いや七割ほどは彼女が原因である・・・。




