その日 釣りをしてみた
「あれもだったが、今回も、だな」
ジョンが言うあれは、出版事業研究会へ行った時の事だろう。
指折り数えればそう昔でもないのだけれど、体感としては結構前だ。
いま冷静になって思い起こせば、“ここは使われてないですよ感” も、“ひょっとしたらナニか出るんじゃないか感” も、やりすぎでは? と評価できるのだが、体験しているさいちゅうにはそんな余裕はないわけで。
人目に触れてはいけない“絵” の作成を隠すためとはいえ、過剰に怖がらせようとするのは、勘弁していただきたい。
ちなみにあそこへ行くには裏道もあり、研究会員や、関係者はそっちを使っているそうな。
・・・演出とわかっていても、怖いものは怖いし、廊下に埃が積もっていたりする=誰も足を踏み入れていないと思わせられれば、きた人に忌避効果が増すらしいので。
それほど凝らなくても、今回のように人がいないだけ、普段足を踏み入れない=見慣れないだけでも歩みは遅くなるものだ。
図書館のような学園の生徒が誰でも使う施設ならともかく、理由がなければ卒業まで利用しない場所なんてのはこの学園にはざらにある。
例えば月旅行部が部室として使っている(旧)総合技術実験室には、文官科の生徒はほとんど用事がないし、逆にロゼが兼部している新聞部の使用する一室、印刷機が置いてある部屋、なんてのを訪問する理由は、騎士科の生徒にはないだろう。
つまりは。
そういう部屋を訪れるということは。
何しにきた? という目を向けられる、ということなのだ。
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「あーっ! 聞こえないな!」
これがアウェイの洗練・・・!
・・・というわけではなく。
相手に聞き返されたのはこちらの声が小さい、というか、まわりがうるさすぎるせいだ。
何しろ、そこらじゅうで金属塊が浮いては落ち、浮いては落ちしている上、ハンマーという名のそれの落下先もまた金属塊なのだ。
カンカン、ごんごん、キンキン、ぺしぺし。
・・・最後のは、叩いているモノが違うが、音楽のようにも聞こえる騒音の中では口を出すより、なのだし、一歩間違えれば怪我をするのだから仕方ない。
「・・・! ・・・!」
「だからよ! 聞こえねーって!」
こちらはそれをなぞるわけにもいかず。
並の大声では通じないので、ここはアレの出番か。
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「金属加工倶楽部に行くのでしたらこれを」
そう言ってアランから手渡された小型? 中型? 普通の樽の中身は知らない。
まあ、見当はつくが、ここはあえて確認したりもしない。
目の前で嬉しそうにジョッキで掬われ、ごくごく飲まれる金色で白く泡立つ液体の正体なんて、皆目見当もつかない、というやつだ。
・・・ちなみに乳ではなくビールで育つと言われるドワーフは、アルコールの負の影響はほとんど受けないらしい。
うらやましいことに、飲んでも、飲まれたりしないのだ。
「それで? 何のようだ?」
気の効いた? 手土産で気をよくしたのか、部長らしき大柄な男が汗をふきふき、口のまわりの新たなひげをふきふき、やっとこちらに向き直った。
まあ、作業中に目をそらすわけにいかないのはわかるので、無視っぽかったとしても、別にこちらも気分を害したりはしない。
「自分は月旅行部、部長神田ピキリオン。こちらは副部長の栄本ジョン。金属加工を頼みにきた」
「ま、そうだろな。うちを訪ねてくるヤツの目的なんか他にねぇ」
そう歳は変わらないはずなのにこちらの倍はあろうかという太さの腕が組まれる。
ドワーフはよく、何かを加工するのが得意な種族と思われている。
背が低く、その分筋肉が詰まったような、こちらと比べても明らかに太い指からは想像しづらいが、その手が生み出す物は精密、緻密。その作成過程を横で見てても信じられないらしいが、こちらとしては物さえそろえばいい。
金属加工部部長の背後では、打ちかけの剣や槍の先端をはじめ、なんだかよくわからない形の物までが炉にくべられ、ふいごで空気が送られるたたび輝きを増している。
そんな中、手早く手土産だった樽の鉄製の箍が外され、様々なクズ鉄の入った箱へ、木製部分が炉に放り込まれる。
これで隠滅は完了だ。
「立て込んでてよ。二ヶ月待ちでよけりゃあ、そこのノートに書いとけや。もちろん材料はそっちで用意してもらうし、なけりゃ買ってもらう。部活って体だから、手間賃って訳にはいかねぇけどよ、ま」
そう言って言葉を切ったのは、言わなくてもわかるだろ? なんて含みか。
もちろんこちらも、それは想定内なわけで。
「学園祭までに加工してもらうには、いくら必要ですか?」
「あー。そう言う話しか。やっぱりな。わりぃけんどよ。うち、そういうのやってないんだわ」
急にこちらに興味をなくされたのは、話しの進め方が悪かったのか、この時期ありふれた話しなのか、その両方か。
「作って頂くのがこれでも?」
ジョンの手元から、見たこともない代物が飛び出す。
いや、比喩ではなく本当に。
見たことがない、といったが、月旅行部員にはお馴染みのそれは飛行機。
室内を何周かしたデモ飛行は、金属加工倶楽部の部員から惜しみ無い視線を注がれながら、ふわりと地面に着陸した。
彼らの心臓はどうか知らないが、自分とジョンの心臓はドッキ、ドキである。
・・・良かった。炉とか、あっつい金属とかの上に落ちなくて。
「なんだ今の!」
「飛んだぞ?!」
「風魔法じゃなくてか?」
そんなこちらの心配をよそに、金属加工倶楽部部員がワッと叫び出した。
見せ方に工夫したのは、経験から。
ジョンが最初地面に向かって放った飛行機が浮き上がったのを見れば、模型が風に乗っただけでなく、自ら飛翔する能力を持っていると、わかる人にはわかるだろう。
「我が部では、これの大型版、人が乗れるサイズの飛行を学園祭で予定しています」
「・・・」
ゴクリ! と。金属加工倶楽部部員の喉が鳴ったのは、差し入れのせいではないだろう。
「さらに」
「あの工作機械の導入も予定されております」
まあ、導入も何も今は影も形もないのだが。
ぷっ! ふっふっふ! あっはっは! がーはっは!
耐えきれず吹き出した金属加工倶楽部部長の笑いに “大” がつくまで、そうかからなかった。
「やりやがったな。樽ひとつじゃぜんぜん足りねぇぞ・・・」
チッ! 舌打ちと一緒に、そのままこちらを睨み付けてくるが、後の祭りだ。
「とにかく、うちは割り込みは認めねぇ! 前に、っても、俺が入る前の前の前だが、ひどいことになったらしいからな!」
たぶん、生産能力を越える受注をしてしまったのだろう。受注? 営業? と、生産現場の連携が上手くいかないとよくあるらしい。
・・・学生の自分にはよくわからない話だが。
「わかった。無理を言ってすまなかった」
要件は伝えた、伝わった。
裏も表も。
「ほんとにな! ・・・ちきしょう奴!」
こっちの目的、本当の目的がわかっているのだろう。
心底嫌そうに、それでも少し笑いながら、あちらの部長が自身の作業に戻る。
「では失礼します」
返事はなかったが、それでいい。
こっちはあと何回か、同じことをするので忙しいのだから・・・。




