その日 胡蝶は夢を見た
ぱちり! めをひらいた。
みえている てんじょうはいつものではなかったが、しらなくもない。
わかった! みんなですごすへやのだ!
どうしてここで ねていたか。
おもいだしたら あしが かってにうごきだしていた。
そうだ! とてもすてきなことが おこるんだった!
だからボクは ねないで ずっと おきてるんだった!
・・・ねちゃった けど
もう は のかな?
「おかあさま!」
おかあさまと、おとおさまの ねるへやのとびらをあけた。
「なあに? 怖い夢でも見たの?」
キョロキョロと へやのなかを さがすボクを おかあさまが だきあげた。
だっこはもう そつぎょうの はずなのに。
だってもう ボクは のはずなのに。
「どうしたの? 変な子ねぇ」
また、ものおきべやの とを あけた ボクに ふしぎそうに おかあさまが きく。
「なんでもない」
とびらを しめる。
ガチャ。
また、あける。
・・・ボクも へん だとおもう。
ものおきべやは ものおきべやで ものおきだ。
たくさん たくさん ものは あるのに。
とくべつ おもしろい おもちゃも。
とても おいしい おかしも。
とくべつ かわいい かぐも。
とても ちいさな いろいろも。
なにも ない。
だれも いない。
それでも ボクは とびらを あける。
のへやに なってないか と。
「なんで、リオンはうしろをみるの?」
おともだちが、くびを かしげた。
「だって・・・」
なんでだったっけ?
いつも、 が。うしろから。
ちょこまか、ちょこまか、ちいさな くつで。
「おいてきぼりにしたら・・・」
「えっ?! なにを」
きゅうに おともだちが おおきな こえを だして キョロキョロしだした。
なにを だろう?
かんがえていたら ボクが おいてきぼりになった。
「何か質問はありますか?」
やさしそうな 神官さまが、勉強の終わりに聞いてくる。
「マリョクカビンショウ、って、なんですか?」
授業とはぜんぜん関係の無い質問をされたからか、神官さまが、おどろいた顔でこちらに聞いてくる。確認ってヤツ。
「誰か罹患、病気にかかってしまったのですか?」
「・・・いえ?」
父上も母上も、病気なんかじゃない。お祖父様、お婆様も元気だ。
なら、なんで?
神官さまと僕は同じことを考えているような気がする。
「まあ、いいでしょう。魔力過敏症いうのは・・・」
質問しといてなんだけど。神官さまの話す内容には、ぜんぜん興味がなかった。
「ピキリオンは何科に進むんだ?」
今日は珍しく、もなくいつも通り早く帰ってきた父上が、夕食の場で聞いてくる。
「・・・文官科、かな?」
あなたをみているぶんには楽そうだし、と。続けないぐらいの分別は自分にもある。
総合、魔法、文官、騎士、そして魔法工学科。五つの大きな科に分かれている王立魔法学園だが、ほぼ身分の高い人が通う総合は、法律や外国語学習が主であり、ほとんど裁判に関わったり、外人に遭遇しない地方では学ぶ内容にあまり意味がない。魔法科は魔力がそこそこ、いやいまなら多量にないと授業すらままならないし、魔法工学科は求められる知識量が多すぎる上、特に作りたい物があるわけでもない。
ゆえに地方の小貴族の息子が選ぶのは、文官科と武官科、いや騎士科の二択だ。
「騎士には興味ないのか?」
まあ、地方貴族の仕事は幅広く、文官の父もたまには剣を握るし、武官の人も訓練が無いときは普通に書類仕事をしている。
卒業証書に意味があるとすれば、それは都会で仕事を求める時が。
さすがに文官科卒業で、騎士団の門は叩けないだろう。
「いやぁね。あなた。怪我なんてしたら困りますよ。一人息子なんだから」
母上がそう言って。ん? という顔をした。
「・・・」「・・・」
何を? と。聞くべきかも知れないが、父上も自分も声が出ない。
自然と視線が集まるのは、物置部屋の扉だ。
誰もいない。なにも聞こえてこない。
部屋、の。
「制服よし、カバンよし」
まあ、声に出さずとも見ればわかる。
目を閉じてしばし、明日の国立魔法学園入学式の流れを確認して、準備に不足が無いかを頭の中で確認する、と。
──── ──── ──。
そう広くない家の中。何かが聞こえるでもないが、急に胸が締め付けられるように不安になる。
制服を見、カバンを開け。
なぜかいますぐ、物置部屋の扉が開けたくて開けたくてたまらない!
の、部屋の扉を! いますぐに!
もちろん、物置小屋部屋の中身に異常はない。
もういい加減、何がどこにあるのかさえ覚えてしまった部屋は、夜の暗い空気の中、静まりかえっており。電球の。ロウソク、ランタンに比べ、とても明るい光をつけても。ぎっしりとつまった棚、タナ、たなに。
音を出すものなどなにもなく。
ただただそれが不安で仕方なかった。
新鮮な風景だった。
桜の花びらが風に乗って、真っ白な、見上げるほど巨大な校舎正面の尖塔へと続く石畳の道に舞い降り、不思議な紋様となって彩っていた。
王都よりずっと北にある故郷では、まだ桜はつぼみだろう。
そこで花が咲くのは一月後、今回のように人生におけるイベントが発生したなら、落ち着き、そろそろ生活のリズムが整う頃。
毎日通えば慣れるのかもしれないが、田舎者には、どこもかしこも、とにかく豪華に見えてしまう。何しろ建材が石なのだ。地方の木製校舎とはわけが違う。
が。どこか不安になる。
昨日の夜とおなじように。
あ。
気づいてしまえば。
魔法華やかなりし頃、の。
建物魔法で創造された建物なのだろうか?
違和感の正体は見慣れたモノが見当たらないことだった。
注意深く隠しているのかも知れないが、継ぎ目が見えない壁や床は、地面からそのまま生えた、と言われても信じてしまいそうだ。
動く階段は魔法駆動か、最近できたというエスカレーターというやつか。
とりあえず教室が一階の新入生には縁がないが。
乗ってみた。
降りてみた。
注意されるかと思ったが今日は特別なのだろう。
自分の他にも、新入生が用もないのに一階二階をいったりきたり。
手すりで遊んだり、身を乗り出さなければ怒られないようだ。
ここは田舎も都会も似たような感じで、廊下に貼り出されている、大きな紙に手書きの名簿で自分の名前を確認して教室に入る。
「やったー!」とか「同じクラスだね!」などと、はしゃいだ声が聞こえてくる。
「やあ、久しぶり!」
不意に肩が叩かれた。
「覚えてる? 俺の事!」
「ああ。えーと・・・」
地方貴族と言えども、まったく他の家と交流がないわけではない。
秋、収穫が終われば社交の季節で。
毎年ではないが、たまにはパーティーに呼ばれるなんてことも。
肩を叩いてきた相手の顔になんとなく見覚えがあるのは、そんな時に出会っていたからだろうか?
「俺 ──── ── ──! 覚えてるって聞いといて、なんだけど。キミ名前なんだっけ?」
「なんだよ」
早速一人目の友達。
入学式では我らが代表としてこの国の皇女様がみれたし、自己紹介も上手くいった。
幸先いいスタートと言っていいだろう。
「卒業研究何にする? ジョン」
「ああもう、貴女は。スラリスも!」
たまに、他の科生徒とすれ違うがそれだけだ。
部活でも入れば縦も横もつながりが増えるのだろうが、どうにもそんな気になれず、というか別に家にお金がないわけではないのに、節約しなくてはなんて思いが邪魔をして、結局入らず仕舞いだった。
「スゲーよな。この人ここの卒業生だってよ」
三年一緒に過ごした友人が読んでいた新聞に載っていたのは、松上ナントカさんだ。
「実家と縁切り、新商会を設立、か。在学中に、お近づきになれてたらなぁ」
悪友はそう言うが、この国で有名人になるような人間はほぼここの卒業生だし、そうそうお近づきになれやしない。
放課後部室でアドバイスをもらったりは、
りは、リハ、riha・・・。
「リオン? おい、リオン!」
「ああ、ああ、ああ。きな臭くなってきたな」
「ん? そうだなぁ」
今日も一面は戦争、まではいかない争いのニュースだ。
どこどこの国が、いきなり他の国に進行。
きちんと宣戦布告すればそれは戦争だが、適当な目標を掲げればそれは違うらしい。
「うちの国もそうなるのかねぇ」
「勘弁してほしいな」
「テキシュウ! てきしゅう !!」
三交代と言いつつ、ごく短い細切れの睡眠時間の中、ようやく回転を始めた頭がやっと文字列を変換し終える。
てきしゅう=敵襲・・・!
「見張りは何をしていた!」
渇いた喉から鉄錆びの味がするが、聞くだけ無駄だった。
見張りは見逃したか、・・・始末されたか。
どちらにしても、聞くだけ無駄だ。
「隊長代理!」
「総員、起床! 武器をとれ!」
「はっ!」
この騒ぎで寝ているヤツはいないなんてのは幻想だ。寝ているヤツは寝てるし、起きられないヤツは起きることができない。
「敵は!」
「正面零時!」
「十時から十一時!」
「一時から二時にも !!」
つまりは、大攻勢、というわけだ。
・・・味方なら良かっただろうが敵の。
「撤退する! 負傷者を運べ!」
そんなことは認めん! とか叫んでいた隊長は昨日居なくなった。・・・一昨日だったか?
そんな事をしたら、前方の味方は! という心配をする必要はもうない。・・・ここが最前線だ。
「怪我をしていない者は前に! 弾も銃もたっぷりあるぞ!」
こんな時でも、笑い声は起きる。
なんで、豊富なのか理由がわかればちっとも笑えない話なのだが。
「少しでも時間を稼ぎ、味方を逃がす! すまないが、死んでくれ !!」
死守、文字通り死んでも守る、というヤツだ。
「はいっ!!」
アル、アルバートという名の───同じ学園の後輩で仲良くなった───部下がこんな時なのに素直に返事をしてくれた。
・・・逃がしたい。
理由がない。
「行く
ぞ、は言えなかった。
胸に当たった灼熱は。
瞬く間もなく極寒に変わった。
「あとを・・・、頼む・・・」
辛うじて。言えたか言えないか、口を動かし、アルの腕を・・・
・・・掴みたかった。
「神官! エド神官!!」
誰かが、叫んでいる。
母さん、父さん、リア。すまない・・・。
家族の。かけがえの無い三人の顔が浮かぶ。
産まれるまで待つ、と。結局寝てしまったリブログ。
産室になっていた夫婦の寝室で初めてあった妹。
テトテトいつの間にか付いていていて危なっかしった幼少期・・・。
って! リアっ誰だ?!
もう。どこも動かせず。
空に固定された視界の中。
徐々に輝きを増す満月を背景に。
見知らぬ、よく知った不健康そうな顔で。
誰かさんが、ぱたぱたと笑顔で手を振って・・・。




