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その日 室内が凍りついた

「いや、ほんと。ここまでとはな」

 今日も今日とて。部活に精を出すジョンが、凝り固まった肩や背中を伸ばすついでに誰に言うでもなく、口を開いた。


「そうだな」

 いつもと同じく「ああ」で済ませるには実感がありすぎる。一時はどうなるかと、本気で焦ったが、図書館を一つ、それもこの国でも最高クラスの蔵書がほぼ全て手元にあり、しかも超優秀な司書付きともなれば、その便利さ───ではその実態は欠片も表現できないこの状況───は、とてもではないが、体験してみなくてはわからないだろう。


 いやほんと、ここまでくるのに色々あったが。


「・・・机に座って、活動っぽいことができるなんてな」

「それは言わない約束だろ?」

 フラに言わせると、こういう発言はフラグ、と言うらしい。


 <□[≡ <□[≡ <□(~少し時は戻り~)[≡


「ホムンクルスのホムでいいんじゃないか?」

「は? どこからホムンクルスが出てきたのよ?」

 自分の提案に、おもいっきり顔をしかめたカーラが、心底嫌そうに聞いてくる。


「そりゃあ」

 もうお馴染みになった黒い表面を指でなぞる。見覚えのある、小さなマークが並ぶ “絵” が現れる。


「・・・」「・・・」「・・・」

 部員注目のもと、何回か繰り返すが、確かに見たと思ったフラスコの中の小人は出てこない。


「・・・え? なに? 何回か繰り返したら出てくるの? 止めてよね! そういうの!」

 すっかり怯えた───本人に言ったら「違うわよ!」と否定されるだろう───カーラが自分の肩を抱く。

 ・・・背後でなぐさめようと? 抱きつき体勢に入ったロゼをリーナが牽制しているが、対象であるカーラが気づいていないのだから黙っておこう。


「えーと。出し方教えて下さい」

 今は他にやることがあるし。


「横の電源ボタン、長い方ではなく、短いほうを長押しして、OFF後にもう一度電源をいれるか再起動してください。または、スクリーンセイバーを設定すれば、選んだタイプによってはメーカーのキャラクターが登場します」

 自分で何かを想定して動く、例えば「キンショコについて予想される問題を考えてそれを予め伝える」なんてのはてんでだめなエルフ先生であるが、その逆、何かを説明したり、起こってしまった問題には滅法強い。


「エルフ先生は受け」とは、ロゼの一人言だが、まさにそんな感じ。

 ・・・チェス系の用語のはずなのに、なぜか不穏な響きだったので、自分ではそういう言葉の使い方はしないようにしよう。


 そんなことを考えつつ、板の横のボタンを操作すると、ブン! という振動の後、見覚えのある、図案化されたホムンクルスが現れ、カーラが、ずざざっ! と後ずさった。


「どうしたんですかぁ?」

 見事、カーラの予想進路からロゼを尻で排除したリーナが首をかしげた。


「だって、ホムンクルスよホムンクルス!」

「・・・(まあ、仕方ない)」

「・・・?(何がそんなに?)」

 部屋の中の割合は前者が三割、後者が七割といったところか。

 その三割に属する部員も、一般的なホムンクルスの製造法というか、そのうちの材料のことを知っていて、うら若き乙女がそれを嫌がる、と理解はできてもわざわざそれを説明したりはしないので、残りの部員の疑問は深まるばかりだ。


「まあ、持ち主はリオンなんだし、ホムにしたいならいいンじゃね? 最初の二文字だけなら他のもンの省略形にもなるかもだし」

 そう自分を指示したのはジョンだ。


「・・・ホムで始まるホ、アレ以外のもの? 何があるのよ?」

 すぐ言葉に詰まることになったが。


「ホ、ほ、ho。・・・ホムライスとか?」

「ばっかじゃないの! しばらくオムライス食べられないじゃない! ワシタカ、GO!」

「ちょ、ま! 使い魔は反則だろう!」

 照明の縁にとまっていた猛禽類が主人の命を受け、ジョンを強襲した。

 さんざん、つつかれ、引っかかれたジョンが机の下に逃れたが、悲しいかな、尻がはみ出しており、その末路は誰の目にも見えてしまっている。


「あうちっ!」


 ・・・ああはなりたくないので、ちょっと真剣に考える。


「フラで。どうかな?」

 フラスコから取って。

 後ろの三文字をくっつけると問題なのであって、実験器具には特段、変な意味はないはず。・・・無いよね?


 うん。特に異議も無いようだ。

 何人かは、また? って顔をし、何人かはセンスがーと、目で訴え、最後から二番目の彼女は、まあ、それならとうなずき、最後の一人は答えられる状況ではなかったが、ここにやっとキンショコの名前は決定した。

 

 ふう。


「次はこの端末の音声入力を使う人の登録をしてください」


 ・・・うん。まだやらなきゃならならないこと、あるのね・・・。


 <□[≡ <□[≡ <□[≡


「あの~。私もいいんですか?」

 昨日の今日入部したばかりなのに、と。言外に主張してきたのはロゼ。

 時折、外見に似つかわしくない大胆さを発揮する彼女だが、それ以外の場面では、引っ込みじあんな性格が顔をだすようだ。


「いいよ。メインはこっちなんでしょ?」

「そうですが・・・」

 自分の問いにおずおずとうなずく、ロゼ。

 ほとんど幽霊部員の兼部員の中、こっちをメインにしてくれるだけありがたい。

 それだけで秘中の秘を使わせるのはどうかとも思うが、登録も後から取り消せるようなので、問題なし。

 ・・・ここ数日のゴタゴタのせいで若干、基準が、がばがばになっているのは認める。


「それじゃあ」

 ロゼが、フラのだす質問? というか、こうしゃべって下さいという注文通りにしゃべり始める。

 少し、という範囲に収まらないほど声が上ずっちゃっているが、あれでいいのだろうか?

 ・・・まあ、再登録も可能らしい、し。


 <□[≡ <□[≡ <□[≡


「じ、じゃあいくぞ? へい! フラ!」

 誰からいく? という無言の譲り合いの結果、ここは役職つき(副部長)がと、前に出たジョンが震える声で板に話しかけた。

 事情を知らない人が見たなら、なにやってんだ、コイツ? と思われる行動だが、ここに彼を笑う者はいない。

 それどころか皆、真面目そのものの表情を浮かべ、成り行きを見守っている。


「はい。ジョンさん。どうされましたか?」

 事情を知らない人なら板が喋ったぁ?!  と驚くだろうが、それはもう経験済みであ(一回やってい)る。


「あー。オムで始まる言葉を教えてくれ」

「あーおむ で 始まる言葉 ですね」

「申し訳ありません が 見つけられませんでした? アーム で 始まる言葉 では ありませんか?」

 まだ、気にしていたのか、という空気の中、それをものともせず、フラがすらすらと回答を重ねる。


「間違えた。オムだ」

 ジョンの訂正は根本から───オムではなくホムについて聞かなければいけないぐらい───間違っていたが、やはりフラはマイペース。


「間違えた、オムだ の 意味がわかりません」

 そんな回答をしてくる。


「あ、最初からやり直しなのか」

「あ、最初からやり直しなのか の 意味が わかりません」

「あー! だから、オムで始まる言葉を教えてくれって言ってンだよ!」

「あーだからおむ で 始まる言葉は見つけられませんでした。おむ で 始まる言葉には おむすび おむかい オムライス などがあります」


「・・・!、・・・!!」

 期待していた回答(ホムで始まる言葉)を得られなかったジョンが板、フラに詰め寄ろうとするのを羽交い締めにして止める。

 うん。フラは悪くない。問題なのは使い方だ。


「どうしてカーラちゃんはホムンクルスが嫌いなんですかぁ?」

「個人 の 事情 は わかりません が 年頃の女性 が ホムンクルスを嫌う理由は・・・」

 想定していない質問こそ「意味がわかりません」だが、一般的にこうだろうと思える事については普通、いやそれ以上に答えてくれる。

 しばし、部員による質問大会が開かれ、落ち着いたあたりで自分も聞いてみた。


「へい! フラ! 人が月に行くにはどうしたらいい?」

「月に行く方法ですね? 人が 月に行く方法 は ありません」


 ひゅっ、と。どこか。自分の首にものすごく近いところで何かが鳴って。


 室内が。


 それは大袈裟でも。


 自分の心臓は間違いなく冷えた。


 途方もないほどに。

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