その日 何かの争奪戦が始まった
てこん! 無理やり表現するならこんなふうだろうか? 過去に聞いたことのない、何の楽器を使って奏でたらこんな音になるかも想像できない短い合図のあと、「最初に名前をつけて下さい」と “板” が喋る。
「・・・」「・・・」「・・・」
沈黙。緊張感を添えた。
誰も口を開かないのは、命名の重責を押し付け合っている、もしくは、ほんの些細な、例えば「名前って?」なんていう発言が、そのまま受け入れられてしまわないか? という心配からか。
うん。板の中にいる? 謎の存在を呼ぶのに「名前って?」。
ナマエッティと変換すればなんとか・・・認められるだろうか?。
そんな駆け引き? をしているうちに、板の表面が暗く、黒く元に戻る。
ぷはー。
キンショコが現れてからの短い経験から、この状態では反応しないのがわかっているので、皆からため息の形をした緊張が抜けた。
「・・・そんなに慎重にならずとも。名前はつけ直しもできますよ?」
早くそれを。
皆の心がひとつになるのが今日はやたらと多い。
当のエルフ先生は自分のキンショコ? からちらりと上げた目をすぐ落とした。
あまり表情を浮かべない人ではあるが、少しあきれたような顔、みたいだと感じたのは、自分の思い込みだろうか?
「・・・今日中にショキセッテイはおわるんでしょうかねぇ」
ぽつりと漏らした一人言は、無論一人用の小ささのせいでよく聞こえない。
「イタチャンを提案します!」
「・・・それはあまりにそのまますぎでしょ」
「お姉さま、は普段使いますからシスタァはいかがでしょうか?」
「却下。っていうか、ベッタリしすぎ・・・」
女子部員が真剣なのかふざけているのかわからない会話を交わしている。
「きんちゃんはどうっスか?」
「ちゃん付けは後で困らぬでござるか?」
「そのままキンショコでいいンじゃ?」
面倒臭くなったジョンがあんまりな提案をしたが、
「あ、それはやめて下さい」
それを蹴ったのはまさかのエルフ先生だった。
「一応、それは秘中の秘です。一般の生徒、先生は聞いてもなんとも思わないでしょうが価値を知っている者からすれば、喉から手が出るほどに渇望されてもおかしくはない代物。本体を強奪される危険にくわえ、少々ものを知っているなら、操作用に所有者の腕を切り取る、などという手段に訴えてもおかしくありません。・・・そんなことをしても無駄なんですけどね」
さらっと。やけにすべっとした調子で。
とんでもないことを言ってくれるから困る。
自然と部員の目は先生の腕に集まるが、もちろんそこにあるのは普通、と言うには美しすぎる体の末端。
騎士科の教師には一騎当千、文字通り千人相手にしても切り伏せるなんてトンデモない人がいるらしいが、ひょっとして彼女も・・・。
「使用を許可できるのは部活中だけです。認められる理由がない限り、終了時に回収しますし、この部屋からの持ち出しも原則禁止です。口外は私が禁止することではありませんが、余人に知られていいことなどひとつもない、とだけは覚えていてください。私も普段はこうしていますしね」
なるほど、なんで帰らないでいるんだろう? と思っていたがそんな理由だったとは。
そんなことを考えているうちにも、エルフ先生の手元のキンショコ? がゆっくりと、フワリと。時間をかけて古ぼけた本に変わる。一瞬なら違和を感じる変身も、こうすれば他のモノに紛れて気づかれないと言うふうに。
その後よくよく観察するとページのめくりかたが変ではあるが、気にしなければいけないのは、今日使えるのはあと少しの時間のほうだ。
なら。
「名前は各自提案したい人は考えておくとして、今日は注意事項だけ聞かないか?」
どうせ名前はああだこうだするし、と提案すれば、約一人を除いて受け入れられた。
「え。チュウイジコウ、ですか?」
きょとん! としたあと、急に余裕を失っていたあたふたし始める大人の女性。
うん。エルフ先生。貴女実は、面白い人ですか?
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「いやぁ。まさか。もう現物を見られるとは、ね?」
部室では驚きのあまり、言葉を失っていた松上フェリシアが、ようやく重い、重くなっていた口を開いたのは、どうやって戻ったのかもわからない自室で、シャワーを使ったあとだった。
「はい。驚きです」
バスローブ姿で椅子に腰かけた主人の、雫が落ちそうな洗い髪を拭きながら松中アンナが応じた。
「なんだろうな、この。迷宮に一歩足を踏み入れたら財宝部屋だったような感じ」
「幸運には違いありませんが・・・罠が心配になりますね」
それこそ現影魔法にかかったような、だ。
じっ、と。見ていても。ほんの少しづつ変化させられると気がつかないことがあると体験したのは今日。
目も眩むような金銀財宝が少しづつ消え、空の部屋が残るだけならまだいいが、モンスターに囲まれていた、なんてのは洒落にならない。
「あとは・・・竹上ですね」
「そうだね。彼にも権利はある」
そう言うフェリシアが考えていたのは別の男のことだった。
果たして彼は、この事実を知ったら私に落胆するだろうか、と。
「カーテンを開けて、照明を消してくれないか?」
月光浴。
それにどれ程の意味があるかはわからない。
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「は?」
報告を聞いた竹上カッッエが、間の抜けた声をあげたが「もう一度言ってくれ」とは言わなかった。
固い、もしくは柔らかすぎてクニュクニュと噛みきれないものを、いつまでも咀嚼するような時間がしばらく流れた。
「そうか。禁書庫が。・・・フェリシアもそこに居たんだな?」
「はい」
つくづくアランを送り込んでおいて良かった。
そう胸を撫で下ろすとともに、改めてライバルの存在の大きさを実感する。
「持ち出すのは難しく。ただ、使うのはそうでもない、か」
「まだ、情報は出そろってませんが、おおむねその通りかと」
あの教師は使えるのは神田ピキリオンだけと言ったが、部員が黙ったときには何も指摘しなかった。
二度目の説明を省いた可能性はもちろんあるが、一旦、鍵の開いた部屋に出入り自由と考えてもいいのではないだろうか?
神田ピキリオンだけが使えるなら、わざわざ部室に持ってくる必要がない。
彼だけどこか、それこそキンショコと思われているバックヤードに呼び出せばいいのだから。
「ここは“見” だな」
「それがよろしいかと」
無駄な時間、と。呼ばれる期間は様々あれど、不確定な情報に基づいて、アレコレ思い悩むほど役に立たない過ごし方ほど価値がないこともそうないだろう。
「それにしても、いきなりだったな」
竹上カッッエの浮かべた笑みはどこか疲れ、どこか影がさしていた
「そうですね」
竹中アランとしてもそう答えるしかない。
いつか手に入ると信じていたものでも。
いきなり、ぽいっ、と。投げ渡されれば戸惑うものだ。
まあ、まだこっちに向かって投げられただけで、誰も受け取っては居ないのだが。
ふと。
気まぐれに開けたカーテンの外、窓越しに月が見える。
それは、手が届かないようにも。
伸ばせば掴めそうにも見えた。




