その日 キンショコのうわさは終わった
「おかしいわね」
「俺もそう思ったところだ」
借り出しはともかく、本を読むだけなら高等部の生徒は三年分、つまりは三階まで入れる。
なら中等部のアルはどうかと言えば、入る分には問題が無い。これは最初のチェックポイント、生徒手帳を見せなければならない詰め所が、四階へ上がる階段わきにあるせいであり、そこまで誰も生徒の素性を確認しないからだ。・・・なんとなく構造的な欠陥を感じるが、損をする人がいないので誰も指摘しない、というやつだろう。
ちなみに図書カード作成においては「来年おいでなさいな」とやんわりと断られており、中等部付属の図書室に行かなくてはならないが、カーラとジョンが違和感を覚えたのは、アルの存在ではなかった。
「うわさが耳に入りすぎるのよ」
「しかも、している人間が目に入らない」
図書館といえど本しかないわけではない。
一番大きな閲覧スペースは貸し出しカウンターのある広場だが、そこまで行くのが面倒、という人向けにちょっとしたベンチ、書き物がしたい人向けの、向かい合わせになってつながっている一人用の机群もある。
設備上の都合なのか壁際を開け、その分中央におかれた書架によって生じる死角も存在し、なんなら各階にちゃんとトイレもあったりする。
そんなちょっとした隙間で成される禁書庫のうわさ。
誰が、と。目をやれば、うわさをしていた張本人はいないか、立ち去ろうとする後ろ姿しか見えない、となれば、できかけの怪談めいた恐怖、もしくは薄気味の悪さを感じざるをえない。
「ちょっと、リーナと梅々コンビをあつめるわ」
「わかった。俺は爆破三兄弟とアルとエドを・・・、エドがリーナっていうか、スラリスのとこにいたら連れてきてくれ」
「わかった」
こうして月旅行部員は、集合したのだった。
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「つまりは、毎年行われる恒例行事なんですか。それもあまりたちが良くない」
「そうです」
「で、ござるな」
先輩'sの話を聞き終わった自分は高い天井の灯りをみやった。これは別に電球を見たかったわけではなく、天を仰いだらそうなっただけだ。
まずは、進級、入学して初めて知る図書館のレベル制度。
そこにばらまかれる禁書庫のうわさ
・・・たぶん、いまがここなのだろう。
それに興味を持った生徒に満を持してかけられる誘いの言葉。
「じつは、俺(私)、禁書庫の入りかた、知ってるんだけど」
それによって、巻き上げられる小銭、食券.その他もろもろ。
学園がそれを放置しているのは、ここがあらゆる勉強の場でもあるかららしい。
社会に出てから詐欺に引っ掛かる前に、軽度な失敗を体験してワクチンを、というわけだ。
「イヤな長年の積み重ねによって、問題にならないような額が導きだされてござってな・・・」
思い出したくもない経験があるのか、カウズ先輩が吐き捨てるように、話を締めた。
先輩個人としては自分のまわりにいる人=自分らに警告するぐらいしかできないのが歯がゆいのかもしれない。
「あー。生徒会実働部、とやらは?」
アンナ先輩に聞いてみる。
「昔、何回か取り締まったことはあるようですが、いまの指揮官になっては・・・」
・・・そういえば、こう言っては悪いが、それほど頭のよさそうな人ではなかったな。
自分がほんの少し考えただけでも、入りかたが思い付くぐらいだ。
実際に入れる方法を、対価を取って教えて何が悪い、と。言われてその上で行動するのには、普通の人が備えている判断基準を越えたモノが必要であり、そんなことができる人間が側にいるならともかく、自分自身の内からそれを導きだすには、それなりの資質がいるだろう。
・・・自分が間違っていたら膝をおるような。
・・・そうと知らぬ内に他人の世話をするような。
「どうしたでござる? 汗がひどいでござるよ?!」
だらだらと冷たい汗を流し始めた自分を見た先輩に心配をおかけしたようだ。
いえ、何でもないんです。ただ、心が、がっつり、何かに当たっただけで・・・。
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「あー。やっぱり、こういう仕掛けなわけね」
一人では見失いそうになっても、複数の目で追えば、そうはならない。
読書が好きそうな新入生の───ワタシとはあまり似てない、儚げで守ってあげたくなるような、とかおもいつつ───女子を背中に庇いつつ、カーラは目の前の男子学生をにらみつけた。
「おー、おー。お嬢さん。商売の邪魔しないでくれないかなぁ、ああ!」
新入生に親切にする在校生の仮面は即席だったらしく、すぐに剥がれた。
「ひゃっ!」
カーラの背後から小さな悲鳴が聞こえる。
まずは言葉巧みにここまで連れ込まれた女生徒を逃がしたいが、巨大図書館の死角、書架の間ではそうもいかない。かえって、少女に後退りされてしまっては、カーラとしても、ますます人目のつかない暗がりに、追いやられるばかりだ。
「あ、いた。おーい。こっちこっち!」
バシッ!
ジョンのひきつった笑いの表情を浮かべた彼の「その子俺の連れなんですよ」作戦は、うるさい! と一喝する代わりの裏拳にて終了を迎えた。
もちろん、油断なく裏拳はガードしたが、カーラと女生徒の逃亡もまた、阻止された。
「おーぅ。お取り込み中ですかぁ」
「あらあら、一年坊主が」
「ヒーローごっこでちゅかー」
ジョンの背後にぞろぞろと裏拳を放った男と似たような輩が現れた。
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絶体絶命、というほどでもないが、二、三発は腹を殴られそうだ。
爆破三兄弟は喧嘩に爆薬を使わないというか、図書館は火気厳禁でそもそも火にまつわる一切が使用不可=あてにできないし、まだ中等部のアルには、上級生との喧嘩は荷が勝ちすぎている。エドはにこやかに相手をぶん殴れそうではあるが、彼が倒れると事後、傷の手当てをしてくれる人がいなくなる。
梅々コンビを戦闘に加えるのは論外、カーラのワシタカは前衛というより偵察向きだし、スラリスの最大の武器である酸は図書館では御法度である。
ゆえに月旅行部の現在の最大戦力はジョンなのだが、ワラワラと向こうの援軍が終結しているいま、それにどれだけの意味があるかわからない。
ま、リオンがいなくて良かったか。
ふっ、と。体から力を抜き、笑ってさえみせたジョンに相手が怪訝な顔をしたのもつかの間。
慣れていない集団なら、ダレガダレガになるのだろうが、役割が決まっているようで、最初はオレな、と。
助走をつけた輩が───
───吹っ飛んだ。
ジョンも「どっちが先に手を出した?」にこだわる男ではない。
「おー、おー、おー。やってくれたなぁ」
鼻血を吹いて倒れる仲間に───よくあることなのか───目もくれず、ずいっと前に出てきたのは、ジョンより頭二つは背の高い男だった。
これでひょろっとしていれば、少しは笑えるのだが、残念ながら筋肉質でがっしりとした体格を見れば少しも笑えない。
「お前ら、行っていいぜ」
「その子を置いてな」
わざわざ二回に分けたセリフを聞きなれているのか、なにかを思い出したのか、まわりの取り巻きが間髪入れずにゲラゲラ笑いだす。
「そんなことできるわけないでしょう!」
そう叫ぶカーラの顔が真っ白だ。
「そっちの兄さんはどうだ? いまなら怪我一つなく帰れるぞ?」
外見は粗野なのに紳士的な発言は、もちろんジョンを思ってではなく。
身体ではなく、精神を痛め付けるためのものだ。
が。
ここで、女生徒を見捨てれば・・・などとは微塵考えず、ジョンの頭の中は二人を逃がす方法を考えるのに忙しい。
ここにいる二人以外は全員教師を呼びに行ってくれているが、昨日、この建物で一人も見かけなかったからには時間がかかるだろう。
司書は司書、文系だし、各階の詰め所にいて学年をチェックしているのは図書委員だ。
そりゃあ、筋骨隆々、強行突破者は力ずくでとめるっ! タイプの図書委員がいてもおかしくはないが、そんな人物がいるなら目の前の集団はこんなことはできないだろう。
うん。ダメだな。
自陣の王に王手をかけてきた駒に他の駒が効いており、こちらに防ぐ駒と逃げ道が無い。
こうなれば、自身がどれだけ粘れるか、だが、「ふん!」と軽く振られた拳に意図しない後退を余儀なくされるようでは、そう長くも持たないだろう。
かえすがえすもここに──。
「あー。やめてくれませんかね? それ、うちの部員なんです」
バカ! なんできた? お前一人きても・・・!
というジョンの思いは、おもいっきり裏切られた。
それは部長が一人で無双したわけ、ではなく。
「「そんなんありかよ」」
期せずして、ジョンと輩集団のボスの発言が重なるような光景が広がっていたからだった。




