その日 本は一冊も手にとれなかった 2
「どっちにする、って。聞くまでもないか」
文車リイド先輩を、見捨、じゃなくて、放置、も違って、そっとしておきつつその場を離れたわけだが、次にどこへいこうか? という質問にはジョンが自ら答えを出した。
むろん、二択の正解は遠い旧校舎の部室にいる出版産業研究会、ではなく、ここで活動している製本研究会だ。
いかん。少々リイド先輩に付き合い過ぎたらしい。
クイズ脳になっている。
これが進行すると、相手の言葉をさえぎり「当ててみせよう!」などと言うようになってしまう。
ジョンに怪訝=なにやってんだコイツという目で見られつつ、頭を振り振り業務カウンターに歩みよると、意外な人物を見つけた。
「あれ? ここでなにやってンだ(?」
ジョンにポン! と、肩を叩かれたのは、カウズ先輩について行ったはずの木ノ下アルバートだ。
「ちちちちち、違います!」
うん。何が違うのだろう?
ジョンと自分は首をかしげた。
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「うわさのエルフ先生に見とれてたわけじゃなくてですね!」
早口で一息に否定してくる後輩であるが、語るに落ちるを地でいってしまっている。
「なに?! どこだ?」
それを聞いたジョンが色めき立ったが、わざわざ聞くまでもなく、その人はそこにいた。
絶対お前ら本読まないだろ、という雰囲気の一団、そのただ中。
カウンター付きの建物の中央、一段高い場所に置かれた椅子の上に。
圧倒的、だった。
特に興味がなかったはずの自分のふらふらとしていた視線が、一撃で根元まで刺さったよう釘のようになるほどに。
さらりとした金、よりプラチナの色に近い髪が虹色の光沢を宿している。
それをかき分けている耳は、うわさ通り笹の葉のように長く、集音の為、たぶん人の耳の内側と同じように複雑な形をしているはずだが、それを隠すように白い毛に覆われている。
顔のパーツは厳選されている、と。言いきっても間違いではないだろう。自分やジョンの目や鼻が、色々入った箱から手探りで適当に選んだ工業製の大量生産品だとするなら、彼女、そう、今ごろになってやっと性別を認識できたエルフの女性の目や鼻は、細心の注意をはらって、手作業で作成された一点物に違いない。そして唇を含めたそれらのパーツは、何らかの法則、人が見て美しいと思うであろう法則に乗っ取って配置されている。
体つきは────、セクハラになるからやめておこう。
とにかく全面ガラス張りの建物の真ん中にいることも相まって、恐ろしいほどの完成度を誇っている。・・・本人にまるでその気がなくとも。
「すげえな」
「ああ」
何が “すげえ” なのかは分からないが、そう表現したくなるのは理解できる。
本に目を落としたその姿は、時折胸が上下する、ページをめくる動きがあってさえ、生涯すべてを作成に捧げた天才芸術家の最高傑作めいている。
ふ、と。
本から顔を上げたエルフ先生の視線がこちらをむいた。
一 ──────────────── 瞬。
「うおっ?!」
「どうしたんですか! 先輩?」
いきなり膝をついた自分に驚いくジョンとアルバート。
目が合ったのは一瞬。
そう、無理やり引き伸ばされた一瞬だった。
ぐわん! と。人ではあり得ない美しさの両の眼が巨大化し、真っ暗な空間でこちらを上下左右上下全てから見透すのに必要なほどに。
「いや、自分にも何がなんだか・・・」
何らかの魔法だろうか?
エルフの特有の能力の可能性もあるが。
・・・素で、目を合わせた全員がこうなるとか、恐ろしすぎるから違うだろう。
自分が立ち直る間に、ドアを開け閉めする音が聞こえ、盛大な───男女問わない───ため息と共に、美しすぎる女教師は去って行った。
まるで、目的を果たした、というように。
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「えーと。ああそうだ! カウズ先輩から、今日の活動の最後どうするか聞いてきてほしいって言われたっス!」
うん。偉いぞアルバート。あれだけのことがあって、よく忘れなかった。
「えっ?! なんすか?」
なんとなく、頭を撫でてみた。
まあ、撫でられて喜ぶような歳でもないのですぐやめた。
・・・まんざらでもなさそうだったが。
「きりのいいところで終わって解散、でいいよな? 明日は・・・どうする?」
「部室に集合して、軽く報告し合ってから移動にしよう」
図書館集合でもよさそうだけれど、それだとアンナ先輩が蚊屋の外になってしまう。
ちなみに一人部室に残ったアンナ先輩であるが、暇をもて余すこともなく、フェリシア先輩に押し、任された仕事をしている。
「押し負かされた仕事ってなんですかぁ」と。
リーナが聞いていたので間違いない。
「わかったっス! カウズ先輩にみんなへ伝言頼んで、ジブン部室にひとっ走り行ってくるっス!」
「いや、走るなよ」
「はいっス!」
ジョンの注意もむなしく、走り出した後輩が、図書委員に怒られて早足に切り替え去って行く。
「・・・こっちも行くか」
「ああ」
振り返ればリイド先輩が見える距離の移動に、なぜこんなにかかるんだろうか?
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「では、お願いします」
「わかった」
製本研究会への依頼は二つ返事で終わった。終わった。
・・・ちょっと感動したので二回言ってみた。
まあ、あてになるかは別として。
製本研究会はその名のとおり、製本を研究している活動だそうで、本を読んだりはしないとのこと。
よってこちらのお願いも「修理するページに宇宙絡みの記述があったら教えて」ぐらいにしかならず、そのぐらいならとすぐ引き受けてもらえたわけだ。
「羊皮紙づくりから製本してみたいから、協力してくれ、とか言われなくてよかったな」
「ああ」
さすがに頼むたび、何かしらの協力を求められても困る。
こちらはあくまで部員に活動をお願いしているだけなのだ。
・・・たとえ兼部であっても。
「次は出版産業研究会、か。これも、あんまり本は読まなそうだな?」
「ああ、だけど出版情報に詳しいかもしれない。何年何月にこんな本が出た、とか」
「なるほど。それなら手がかりにはなるかもな」
・・・まあ、ぜんぜん。そんなことはなかったのだが。
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「よし。引き返すか。武器無しじゃ無理だ」
ジョンがそう言いながら、今にも回れ右しそうなのにも納得できるほど、出版産業研究会の部室に続く道は不気味だった。
一言で言い表すなら廃墟。
現在授業で使われなくなった校舎の中でも、一番古い建物かもしれない。
一歩踏み出すたびに、ぎぃ・・・、ぎぃ・・・ときしむ廊下に並ぶ元教室は、部室としても “元” がつくようで。最後を迎えた時のまま、時間を進めるのを止めたその姿は、通りすがりに薄暗い室内が目に入っただけでも過去に引っ張られるような感覚におそわれ、照明が魔法から電気に切り替わるのを忘れたせいで先が暗い、両端に物が積み上げられた廊下は、物影からゴブリンや、巨大化したネズミや、ゴ○ブリなんかが、いきなり出現しても納得できる存在感を放っていた。
「はっはっは。ジョンよ恐れることはない。・・・ゴブとネズミは自分がやるから、ゴキは任せていいか?」
「いや、その顔ぶれなら俺も前二つを選ぶ。やっぱり木刀、取ってこないか?」
そこいらの、がらくたから武器を調達してもよさそうだが、ホコリとクモの巣まみれの正体不明の物品にはなかなか手がのびない。
それに妙に釣り合った様子であるからして、一本、棒なり、固く丸めて棒状にしようと新聞? らしき大判の紙を引き抜いたら崩れそうだ。
こんな不気味なところで、這いつくばって片付けなんてごめんである。
「・・・」「・・・」
結局、二人無言で薄暗い廊下を進むことになる。
・・・? あれ? なんでこの廊下、こんなに暗い、っていうか、窓に目張りが・・・?
そんなことに気付いた瞬間、ジョンがその答えの一端をとらえた。
「待て! 止まれ! 罠だ!」
・・・罠?




