その日 やっと調査が始ま・・・
本、ホン、ほん。
そこは読書家の楽園だった。
前を向いても本、右を向いても本。左を向いても本。
さすがに入り口に立っている今は、振り返っても本、ではなく廊下だが、開け放しの大扉の裏側まで棚が取り付けられ、落ちないように本が並べられているので見渡す限り本、にするのは十分可能だろう。
「入り口で立ち止まるんじゃ、って ! 泣いてるの?」
自分の顔を見るなりカーラが語気を弱めた。
一応、反論しておこう、心の中で。これは泣いているのではない、涙が自然にこぼれているだけだ、と。
「ここまでくるまで長かったからなぁ・・・」
「えっ? なに? あんたまで?」
ジョンも目頭を押さえたので、カーラが不思議そうに自分と彼とを交互に見てる。
彼女にはわかるまい。
物語に出てくる本好き令嬢なら入学式の前に到達するであろうここにくるまで、ジョンと自分がどれだけ苦労したのかを。
まあ、初日から入部してもらったのでカーラもほぼ一緒でしたがね。
彼女が感動してないのは、クラスが違うから、ジョンのように、まずは図書館で調べものがしたいって雑談をしてないせいだ。
同じ理由でリーナも、というかジョン以外キョトン、と。している。
無理もないが。
図書館につくなりハラハラと涙を流し始めた部長と副部長を見たなら、誰でもそうなるだろう。
おっと。邪魔だったな。
部員を待たせるのも悪いし、普通に図書館を利用したい生徒を、ちょっと遠回りさせるのも心苦しい。ここはさっさと中に入って目的をはたそうではないか。
図書館だがら本棚しかない、というわけでもなく。入り口入ってすぐの広い吹き抜けの中央には、貸し出し業務を行うスペースというか、もはや小さめの建物がある。大きめの正方形の角を落とし、八角形の形にし、腰ほどの高さの重厚な石材に彫刻が施されたカウンターを七つと、一ヶ所の出入口をもうけ、そこを基礎として上に伸びたガラスの壁が、これまた細緻な彫刻を施された木材の屋根を支えている。
そんな建物が入り口にでーん! と、建っており、その背景はおのおの放射状にのびる、階層を重ねた、見上げるばかりの本棚の終端だと言うのだがら、この図書館の規模がお分かり頂けるだろうか?
さらに言うと、天井に設けられた天窓からの自然光が、直射光からの本の保護のためか、湿度管理のためか、ただよっている霧のような細かい粒子を照らして、光のハシゴのようになっているさまは、まるで深い森か、計算尽くされた上で建築された神殿。
そんなところに納められている本、は。
むろん、すべて月関係の文章、な、わけもなく。関係ないものがほとんどだろうけど。
「我ら、爆破関係の資料を探しますです!」
ビシッ! と敬礼? ぽいポーズを決めて爆破三兄弟が去って行った。
「そこ、走らないで!」とか注意されながら。
・・・なんだかな、と。思わないでもないが、自分が感動しているあいだに、さっさと料理レシピを探しに行った梅々コンビよりはましだろう。ちなみに今日の欠席者はエドとフェリシア先輩とアラン。アンナ先輩は幽霊がよみがえった時にそなえ部室で留守番なので、ここにきたのは十一人。
・・・もう、半分ぐらい、いないのだが。
「連れ戻してくるっスか?」
そんなことを言ってくるのが最年少って、どうなのだろうか?
「いや、いい」
いやいや、やらせてもろくなことにならない。
「って、いうか。カウズ先輩はいいんですか?」
というか、好きなことをさせたほうが、いい方向に転びそうだ。
「拙者・・・ここの・・・数学の本は・・・手が届く範囲・・・読み尽くして、おるゆえ」
そうですか。ちなみにカウズ先輩がポツポツ喋りになるのは一対一で話すのに慣れておらず、緊張してしまうからだそうだ。
「月関係の本を探せばいいのよね?」
「そう。それと宇宙と、この星についても。だけど・・・」
言葉を濁したのにはわけがある。
・・・正直、蔵書がここまで多いとは思っていなかった。
田舎の、集会所に付属の名ばかりの図書室の、分類する必要さえない冊数の読み古された本では、季節ごとに入れ替わる移動図書の数棚を加えても、ここでは、比べ物にならない。
素人がやみくもに探しても、月旅行に関係する本───ついでに料理本と爆破系の書物───を見つけるのは難しいだろう。
「拙者、そこそこ、目的の本の探しかたは存じておるよ。いや、結構得意かも、でござる」
こちらの表情を読み取ったのか、カウズ先輩がそう言ってくれた。
昨日の食料の調達といい、先輩は学年が上だけあって、頼りになる。
・・・心の中のアンナ先輩も「わたくしもそれぐらいできますけど? 何か?」とか言っているし。
「ではお願いします。ジョンと自分は別に用があるので、残りメンバーを」
「承知! まずは図書カードの制作でござるな」
「あ、それは自分らも」
いまいち、決まらないが、最初から全部うまくできるはずもなく。これぐらいでいいだろう。
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「よし! 行くか」
真新しい図書カードをためつすがめつ=色んな角度から確認するように観察していたジョンが、それをポケットにしまうと、気合いを入れた。
「ああ」
何気ない風をよそおう自分も内心緊張している。面識のない───実際は一回だけ会っている───人に接触し、モノを頼むので。
読書サークル、製本研究会、出版産業研究会。これが前もって調べておいた、月旅行部とかけもち部員のいる部だ。
・・・なぜ、本関係なら一つにまとまらないかと聞きたくなるが、活動名だけでも無理なのはわかる。
さて、どこから行くか・・・。
放射状に広がる本棚の端の吹き抜けには、貸し出しスペースだけあるわけではなく。
テーブル、椅子が移動自由なせいで、だいたい四ヶ所ぐらいに自然と集まった読書空間がある。
「えーと。読書サークルを探しているのですが」
そのうち、互いに小声で頻繁に会話しているグループに声をかける。ちなみにここの図書室はよほどの大声ではない限り私語OKで、ざわざわと耳が選別できない声の集合体がBGM。
読書や勉強に集中したい生徒はそれ専用のスペースを借りるか、本を借り出すか、するそうだ。
差し色違いの人達が会話している=学年を越えたつながりがある集団との推理は当たったようで、「ここだよ」との返事が軽い調子でもらえた。
「文車リイド、さんというのは・・・」
その名をこちらが口にした瞬間、明らかに相手の顔が曇った。
うん。いま正に自分達がやっているように、学年が下の人間が上の人間に話しかける、頼みごとするのは難しいかと、上の学年に接触しようとしたのだが、やめて別の人にしようか?
「あ、ごめんごめん。そんなに悪いやつじゃないんだ。悪いやつじゃ」
ジョンと顔を見合せていると、そんな訂正が入った。
「リイドは・・・、いたいた。おーい、リード! お前に、お客さんだぞ」
三年生の色のスカーフを着けた男の先輩が、読んでた本から顔をあげ、こちらに歩みよってくる。
呼ばれてしまった。もうここから間違えました、は。無理だろう。
上から下まで観察。
文化部系だけあって、そんなにがっしりした体格ではない。
いや、趣味は人それぞれ。がっしりした、例えば騎手科の生徒が読書好きでも、もちろんいいが。
容姿からは特別、変わったところはないようだ。
聞いた生徒の顔が曇ったのはなんだったのだろう?
「あの、実はですね・・・」
「む? 待て! 当ててみせよう!」
ばっ! とばかりにこちらを片手で制し、背けた顔の閉じた両面の目頭辺りに、反対側の手の人差し指と中指を添えられた。
うん。・・・なんかこう。めんどくさそうな人であった。
「なんか、めんどくさそうな人だな」
だから、ジョン。そういうのは口に出すんじゃないって!




