その日、ようやく活動が始・・・
「なんか、こう。変わったな」
「そりゃそうだろ」
自分の呟きに、ジョンがやや呆れたように相づちを打った。
時間は、運動、と称するにはなかなかハードだった授業を経て放課後へ。
そろそろ同じみになりつつある道順は、我らが月旅行部に通じている。
あの模擬戦以来、クラスメイトの自分をみる目が変わったが、気にするだけ無駄だろう。
こちらとしては、余計な干渉をされなければいい。遠巻きにされるぶんには害がないのだから。
「やぁ! きたね!」
・・・フェリシア先輩は今日も元気だ。
運動着から制服に着替える手間のせいで自分らが最後だったようで、待たされたカーラとリーナがこちらに不満げな顔を向けてくる。
パチン!
なんというか。見目麗しい人物が鳴らすと指パッチンさえ決まって見える。それがポーズではなく、きちんと意味を持つならなおさら。今回はアンナ先輩への合図だったようで、軽くうなづいた彼女が手際よくカーテンを締め切り、春の日差しは柔らかに弱まった。
「さて、リーナくん、スラリスをここに」
フェリシア先輩の指示に逆らう理由もなく。スライムの主人はあっさりと使い魔を机にあげた。
「後はそう・・・。誰か私から借金してみないかね?」
今度はちょっと抵抗感がある発言。視線を交わしあった末、リーナが手をあげようとしたのを、カーラが慌てて止めた。そのまま彼女が、とはならず、なぜかジョンがフェリシア先輩から銀貨十枚を受け取って、借用書にサインをしている。
「さて、お立ち会い」
ジョンは借用書をよくよく読んでからサインしたようだが、まったく意味がなかった。なぜならフェリシア先輩から耳打ちされたリーナが───くすぐったいように身をよじった後───スラリスに借用書の内容の変更を命じたからだ。
「スラリス、ここ、ここです。この部分をずらして、ここを、そう!」
・・・ジョンの借金は、十倍を経て百倍になった。だから金貨一枚ではなく銀貨十枚だったのか。
「・・・そりゃないっすよ、先輩」
「わかった、わかった。ならこうしよう」
ジョンの借金は二十倍に減った。
・・・減った、のか?
「・・・これは。口止めされるわけだわ」
少々血の気の引いた顔でスラリスが吐き出した借用書の金額部分を撫でていたカーラが、ポツリと呟いた言葉は昨日魔法の手紙を受け取った全員に共通する反応だろう。
自分もまわってきた借用書をよくよく見たが、改竄の跡はまったく分からない。
・・・当事者であるジョンは自分よりももっと真剣に調べたはずだが、膝から崩れ落ちたところをみると、やっぱり不正の証拠は見つけられないのだろう。
「こんなこともできるぞ」
フェリシア先輩の取り出した細長い紙は裏返しだったが、なぜだろう? ───その形を見ただけで親指の付け根が痛む。まるで何百回もサインしたかのように───嫌な予感が止まらない。
案の定、借り主がジョンから自分に変更された借用書を、穴が空きそうなほどチェックしたが、おかしなところはまったくない。
なら・・・。
「これ、見破る方法はあるのか?」
リーナ戦法。わからないことは素直に聞くに限る。
「お父さんとお母さん、お兄ちゃんにはバレました。たぶんおじいちゃんとおばあちゃんにも通じないと思います」
昔、宿題の書き取りでズルしたことがあったそうな。バレる人物に共通しているのは、リーナと同じくスライムの使い魔持ち。
どうやらスライムには手書きとスライム書き? が見分け? 触れ分け? できるらしい。
「そうなのかい?」
これはフェリシア先輩も初耳だったようで、「なるほどだから彼女の父上は城勤め・・・」とか、ぶつぶつと呟いている。
「ま、これでお分かりだろう」
パン! と手を打ったフェリシア先輩の視線が月旅行部の名簿に落ちる。
約五百人分の直筆サインが入った名簿に。
「私はジョーカーとして伏せとくことをおすすめするよ。オープンしても完全には払拭できないからね」
スラリスが書類を改竄できる。誠実さを発揮し公表すれば、やや、この部やリーナに対する疑いの目は減るだろうが、完全になくなりはしないだろう。
それならば隠しておく方が良いが、今度は何かの拍子にバレた時が大変だ。もちろん使う気はないので、バレることも無いだろうが───
───現実が、最後までジョーカーを持っていると負けるゲームではないことを祈るばかりだ。
「さて、スラリス。その借用書は食べていいよ」
もちろん、フェリシア先輩の指示はリーナによって繰り返された。使い魔は基本、主人の命令しか聞かないからだ。
「リーナくんにはスライムオペレーターの称号を与えよう」
フェリシア先輩の提案には、まったく異論はない。
「はい。頑張って折ります! 紙を!」
?、?、?、?、!
「・・・リーナ。オレペーパーじゃなくて、オペレーター。指令を出す人、よ」
訂正する余地はあったが。
<□[≡ <□[≡ <□[≡
「それはあげるよ。寄付扱いにしておくから歓迎会の費用にでもしたまえ」
最後の最後に会計らしいこと、の。
後にたっぷり間を開けて。
「頭を使うと、甘いものが欲しくなるし、緊張すると、のどがかわくからね!」
予言めいたセリフを残してフェリシア先輩は去って行った。
一礼で見送るアンナ先輩に頼めば、またきてくれるだろうけど。
ここは、まずは、自分らで解決してみよう。
「頼もう!」
竹上カッッエといい、なぜ誰もこの部屋のドアをノックしないのか。
どやどやどや、っと。
入ってきたのは三種、学園長先生がかぶっていたとんがり帽子の集団と、白衣を着た一党と、黒ローブのグループだ。
種明かしすれば予言でもなんでもなく。
ここ数日、この部屋=(旧)総合技術実験室の前をうろうろしてた輩である。
「・・・」
「・・・」
なんの用ですか? とでも聞けば、蜂の巣をつついたように騒ぎ立てるのだろうが、ちょっといじわるして沈黙をつらぬいてみる。
予想通り、切欠を失った相手は目で会話を始める。訳せば「おい、誰からいく?」「お前いけよ」「やだよ、お前行け」だろうか?
フェリシア先輩が帰ったタイミングで押し掛けるところからしても、妙に小物くさい。
用が無いなら帰ってくれないかな、と。わずかな期待はするだけ無駄なので。
「却下。帰れ」
彼らが口を開く前に結論を伝える。正直、まともに相手するだけ面倒臭い。
「なっ ?!」「は?」「あ ?!」
「元々ここを使っていた人達でしょ? これからも使わせろ、とか言われても、困るんですよね」
「・・・」「・・・」「・・・」
言われても、とか言ってみたが、まだ何も言われておらず、これは自分の予想を元にしたかってな発言だ。
それでも、図星だったようで、むこうは口をパクパクしている。
「理由は、ここの使用者が自分達に移っていて、責任を負うのもこちらだからです。器具や設備は使うけど、何かあったら弁償するのはこっち。なんて認めるワケないの分かりますよね?」
わかってないから押し掛けているんだろうけど。これが、単に思い至らなかったならいい、いや、良くはないが。わかってないふりなら最悪である。この部屋を今まで使っていた=二年生以上なのだが、こちらを新入生と嘗めきってるのだから。
「わかったら帰った帰った」
パンパン! と手をたたくたびに彼らの顔色が変わる。赤っぽく。
暴力に訴えてもなにも変わらないのに、なぜか拳を握りしめ始めるのだから、理解に苦しむ。
・・・またか。とも思う。
今日はよくよく絡まれる日だ、と。内心ため息をつきつつ、武器になるものを見繕う。
・・・パイプ椅子。どうにも使いづらいが他にないなら仕方ない。ジョンもそうするようだし。
スラリスは元々この部屋にいるし、ワシタカは音もなく彼らの頭上を飛びこえてきた。
・・・アンナ先輩の手にある竹箒はどこから取り出したのだろう?
一触即発。
なぜ懇切丁寧に説明したのにこうなるのか?
そしてリーナ以外が「お前のせいだ」と目で訴えかけてくるのはなぜだろう?
ま、遅かれ早かれ。・・・だよね?
「おい、誰からいく?」「お前いけよ」「やだよ、お前行け」などと、どこかで聞いたようなセリフを、目で繰り返している相手。
どうせこういう場合、数の暴力でこっちから手を出したことになるのなら、いっそ。
・・・なんか、もう。こっちはただ部活したいだけなのになぜこうなるのか。
打開する手段は浮かぶが、実行できる人がいない、というか部員がほぼ全員ここにいる。
エドは神殿だろうし、こちらに任せたフェリシア先輩の助けも期待できない。
ワシタカの足に───
───手紙を結ぶのをむこうが黙って見てくれる。ワケも無し。
ほんと、いきなり、活動停止とかほんと勘弁、とか思いつつ、自分の指がパイプ椅子に届く一瞬前。
「先輩、こっちです!」
予想外の。
聞こえたらいいのにな?
なんて叫びは。
確かに耳に届いたのだった。




