その日、授業で
「よっす!」
おはよう、こんにちは、こんばんわの挨拶を一種類で済ます副部長は、今日は最初から椅子に逆に座った。
「お前のところにもきたか?」
「ああ」
それは昨日の夜のちょっとしたイレギュラーをこそっと話したかったせいだろう。
確かに自分も驚いた。何もなく、何もいないはずの空間から手紙が現れたのには。
「しっかも! 読んだら消えるんだぜ! どうなってんだろうな、いや、本当に!」
久しぶりに見る本物の魔法。小声であるがジョンが興奮するのも無理はなく、かくいう自分の胸もしばらくはドキドキとうるさかった。
この手紙のように、ちょっと月に行って帰ってこれたなら、と。
それはさておき。
学園の初年度、というか入って三年はひたすら知識の詰め込みだ。とりあえず理解はいいから覚えとけとばかりに、ガンガン進む授業にあって、時折はさまる体を動かす科目は助けか、嫌がらせか。
それは気分転換ととるか、頭を揺らすとせっかく詰め込んだ知識がこぼれるととるかで違うだろう。
「いち、に、さん!」
軽いランニングからの剣の型の復習。そして、魔力の循環からの実技。
魔法学園だけあって、基本、生徒は全員魔法使いだ。
昔は全魔力量や、一回にどれだけ使えるかによって上から順に合格、なんていう贅沢な選別も可能だったそうだが、今はとりあえずどんな魔法でも使えればいいのであり、そこまで条件を緩和しても、年度によっては定員を割りそうになるのだから、このところの世界の魔力衰退の加速度は、過去を知るものには、目を覆うばかり、だろう。
「イグニッション!」
・・・別に声に出さなくとも使えるのだが、多人数がいるところでは注意喚起もかねて、呪文を唱えることになっている。
ポッ、と。小指の先ほどの炎が指定した場所に灯り、消える。
これが唯一自分の使える魔法であり、研鑽すれば炎を大きくしたり、長時間灯せるようになるのだが、極めても月まで行ける規模にならないし、この学園の試験の通過条件は満たしていたのであまり磨いていない。子供の頃、使えるようになったのが嬉しくていろいろやったのが最後だ。
ちなみに剣術のほうも必要最低限。
棒を振り回すのを極めても、月に行ける可能性はもちろん、ゼロだ。
「ウインド!」「ウインドショット!」「ウインドカッター!」
一方ジョンといえば、自分とは比べ物にならないレベルの魔法を扱っている。ほとんど実戦で使えるレベルまで鍛え上げられており、熱量の火、質量の土に比べ、戦闘では不利と言われている風にあっても、威力は十分だ。
「では、最後に模擬戦を行う。誰かやってみたい者は?」
全員に集合をかけた教師が、こんなことを言ってきたが、当然というか、何というか。
顔を伏せ、その視線から逃れる生徒多数。
こういう場合───クラスにバチバチのライバル関係の生徒がいれば別だが───たいていは教師が指名して、となるからだ。
自分? 出ませんよ? 怪我とかしたら馬鹿らしいし、女生徒にキャーキャー言われる必要もないし。
・・・ジョン、出たいなら手をあげるんだぞ。
「はいっ! オレやります!」
手を上げたのは、モテたいなぁ、と。常日頃思っているらしい我らの副部長ではなく、他の生徒だった。大柄で、短髪。運動着を裏から盛り上げている筋肉は、明らかに何か戦闘系の鍛練をやっているとわかる。
「内方か・・・。まあ、いいだろう」
ちらり、と。先生が目をやったのは運動場の端で静かに椅子に座って待機している神官だ。昔は呪文一つでどんな怪我も直せたそうだが、大事そうに医療器具や薬の入った鞄を抱えている今の姿からはそこまでは期待はできない。
怪我が心配になるようなヤツなのか・・・。
ここはジョンを止め───
「相手は神田ピキリオンを指名します!」
───ようとかしてる場合じゃなかった。
「神田、いけるか?」
「はい」
ご指名される覚えがないが仕方ない。
代わろうか、と。目で訴えてくるジョンの肩を押さえて、試合場に立つ。
「お前、生意気なんだよ」
ああ、なるほど、な。
ちょうど一直線上、内方とやらが自分の背で先生から見えない立ち位置を取ると、そんなことを言ってきた。
「生意気、とは?」
こういう手合いは地元にもいた。
考えかたはだいたいわかるが、一応聞いてみる。
「自己紹介で笑いを取ったり、部を立ち上げて、覇権を握ったり、そんなとこだよ!」
やっぱりか。
・・・どこを見ているのか、と。いつも思う。
自己紹介では笑われただけだし、月旅行部は人数こそ多いものの、ほとんどが幽霊部員だ。
だが、覇権、という考えは新鮮だった。
・・・田舎ではボッチだったので。うん。覇権、ハケン、ねぇ。
もしかして自分はそんな御大層なモノを、いつの間にか握っていたりするんだろうか?
「始・・・」
そんな事を考えていたら、試合が始まってしまった。
「ソルバレット!」
試合開始を合図の頭と考えるか、最後まで聞いてからと考えるかは人それぞれ。
学校の授業なら、「始め!」と号令がかかって、挨拶代わりにコツン! と、お互いの剣を合わせてからスタートが一般的なのだが、始めのは、で打ちかかってもルールには違反しない、らしい。
・・・いや、それだと合図の頭派が必ず先手を取るから、ちゃんと決めて、とか考えているうちに、内方とやらが放ってきた多数の土だんごが自分に着弾する、が。たいした威力ではなく、目や鼻=顔さえ庇えば問題ない。
問題ありありになる、当たるとただじゃすまないストーンバレットでないのは、一発の密度をあげると弾数が減るからだろう。
その目的は。
・・・服を汚してやろう、というのでなければ。
「何っ ?!」
横なぎならこちらの高さを、縦ぎりなら立ち位置を変える。どっちかわからないなら足元を見て相手の剣先の届く範囲から出る。
それだけでむこうの攻撃は当たらない。
たとえ、限られた視界しかなくとも。
がん! と。相手の木剣が力いっぱい地面を叩き、審判の教師が顔をしかめるのが見える。
「やるじゃねーか」
「やらないと思ってたか?」
やれやれだ。
他の生徒と比べ、小柄な自分を、初歩の初歩の魔法しか使わない自分を、侮るヤツは多い。そんなのは、ほとんど沈めたと思っていたのだが。
・・・ここは地元じゃなかった。
えっ ?! また最初から?
衝撃の事実に戦慄する自分。
思わず固まっちゃったよ。
「おい! コラ! おう!」
それを怯みと受け取ったのか、笠にきて内方とやらが攻めてくるが、どれも力任せ。
いや、それも立派な戦法だけれど。
今度は新鮮に学べるモノはなさそうだ。
「イグニッション、に」
に=2。
木刀が飛んでいくとしても、人がいない角度になった瞬間、こちらの魔法を発動。
「あちっ?!」
内方とやらは木刀を離さなかったようだが問題なし。炙られて反射的に握力が抜けた相手の木刀に、横に回って叩き落す一撃を加え、その反動を使ってこちらの木刀は相手の顔面へ。
鼻の先にこちらの木刀が触れるか触れないかのところで寸止め───
ごつっ!
───する必要もないので振り抜く。
鼻血を振り撒いて後ろに倒れこむ内方とやらだが、下は土だから、後頭部を打っても問題ないだろう。
・・・たぶん。
倒れて動かない相手に一礼して、試合場からおりる。
「強かったンだな」
ジョンよ。お前もか。
「まあね」
一応、最低限度の剣術は納めている。
卒業まで時間をさかなくても、問題ないぐらい、には。




