その日、その男はあらわれた
「おいおいおい、広いな!」
放課後、とある場所で叫んだジョンの声が、こだま・・・しない。
どうやら、広すぎて壁まで声が届かないか、もしくは届いても反射するほど力を保てないらしい。
「そうね」
カーラも目を丸くしている。
リーナ? はい。もう走り出してますな。
スラリスと一緒に。
自分は、といえば。
紙を貼っております。[本日、月旅行部活動無し]と。前後、ついでに真ん中の扉に。
どうしてこうなった? のか。
説明するには。
少々、時を戻さねばならない。
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「やあ! 待っていたよ!」
放課後、新規発足した同好会として、あてがわれた部室? 会室? の前に、いたのは松上フェリシア先輩だ。部室の扉に背を預け、立ったまま腕と足を組んだその姿は、こちらを見つけて腕を広げた今も、すらっとしたズボンスタイルと相まって、恐ろしいほど絵になっている。
「今日は活動に参加するんですか?」
「ハッハッハ。まさか!」
一刀両断、わざとらしい笑いから、すっぱりとこちらの希望を切り捨てる先輩。なんだかなーと思うが、月旅行部の今日の活動は、降って湧いた事務作業だ。
新たな発見も達成感もない、いやちょっとはある、単純作業を好き好んで参加したいと思うような内容ではないし、やればできる───それも人並み以上に───と容易に想像がつく先輩ではあるが、たぶん、こういう仕事は、信頼できる部下に任せるたぐいの人でもある。
「なら、待ってた理由は何です?」
「うむ! ちょっと頑張ったので、その成果を見てほしい! ついてきたまえ! さあ! さあ! さああ」
ご機嫌なのか、いつもこの調子なのか、今回特になのか。付き合いが短いので判断できない。
そして案内されたのがここ、というわけだ。
長い歴史のある学舎。
最新の設備が、普段の授業に使われるわけだが、ひとつ前の設備をすぐに取り壊すわけでもなく、むしろ、メインに対してサブがあるように、まだ使える設備は残されており、部活動に割り当てられるのは、そんな設備も多い。
(旧)総合技術実験室
むろん、使われていたときは “旧” ではないのでプレートにその文字はない。
天井の低さに目をつむれば、そこはもう体育館クラスの広さ。
天井以外の違いといえば、室内の半分、三分一? には、実験用の黒い重々しい机が百人ぐらいは同時に使えるぐらいは並び、その後ろの壁一面に、新入生では何に使うのかわからない物も含まれる、様々な器具が収めらている。また違う外に面している側の壁には大型の搬入搬出口。
その次の壁には、上下どころか中まである可動式の黒板が並んで複数。
机のない床面にはむき出し地面、もしくは腐蝕対策をした上でわざわざ敷き詰めた土が。その用途と言えば、所々消されてなおそれとわかる魔方陣が示しており、ここが魔法と科学の融合の最先端の場、なのを否応なく再確認させられる。
・・・まあ、今日はどこも使わないんですけどね。
使うのは、せいぜい黒板の横のドアに通じている、現役だった頃は、先生の準備室だった部屋。
ここですら、前の部室より広く、事務局から借りてきたすっかりお馴染みの───荒ぶったスラリスがインクで汚したせいで、すっかりこの部専用になった───長机と、パイプ椅子を人数分並べても余裕がある。その上、今までなかった水場とコンロ=簡易キッチンまであるのだから至れり尽くせりと評しても過言ではないだろう。
あれよあれよと言っている暇もなく、グレードアップ。
いや、フェリシア先輩、「部費はもう締め切られたから居場所ぐらいは」って、頑張りすぎだろ・・・。
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「・・・」×四、いや五。
そんなこんなでゲットした、してしまった部屋の中に沈黙が満ち満ちている。
いわゆる、まさかまさかというヤツだ。
誰が想定しただろう?
新入生の、おおよそ実現可能とは思えない、新設の活動にこれほどの人が集まることを。
・・・まあ、ほとんど幽霊部員なんですけどね。
それでも、学園の事務局に提出し、入部許可の判子を押してもらった入部届けの山脈に挑まねばならぬ。
誰が部員で、何ができるか=何を頼めるかは把握しておかなければならないからだ。
「自分が部長、ジョンが副部長、あとは」
「主務と会計、広報と言ったところでしょうか?」
エドは神殿でお勤め、フェリシア先輩はここに案内したあと「用事がある」と、どこかへ。なら、誰の発言かと言えば松中アンナ先輩だ。いきなり巨大組織になった月旅行部を素人の新入生が運営できるはずもなく。
運営できる人をスカウトしたら組織が乗っ取られた、なんてお話もあるので、そこら辺に詳しいフェリシア先輩に相談したら、実は前の部室から一緒についてきていた、この人を残してもらえたのだ。
ちなみにアンナ先輩は三年生。フェリシア先輩より学年は上である。
「会計は説明不要ですわね? 主務はマネージャーと言い換えてもよく、細々としたサポートの担当、広報は活動内容の喧伝が役目です」
年の功、などとは言わない。口が裂けても。
「会計は松上先輩に頼みましょう。主務はわたしとリーナが。広報は・・・いる?」
一人一役、でもリーナに会計をさせるほどカーラは無謀ではなかったようだ。
広報は、もっと無理だろう。
リーナにやらせたら、心のおもむくまま、どこまでも、機密情報ごとさらけ出しそうだ。
それならいっそ、なんて疑問めかした提案は。
「もちろんです! 突然学園に登場した、名前だけでは何をどうすれば実現できるかわからないなぞの部! そこから情報が何も出ない、と、なったら人からどう思われるとお思いですか!」
・・・地味に丸メガネ少女だったアンナ先輩のレンズが妖しい光にかきけされた。
「なら、お願いできますか?」
「そこまでおっしゃるなら、引き受けないとですわね!」
ふんす! と鼻息を荒くするアンナ先輩。
フェリシア先輩がいたら止めただろうけど、いないからね。
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「とりあえず、これは別にして、と」
一番分かりやすく、この部に役立てられない入部届けをまずよりわけた。
そんなに多くはないが、こればっかりはどうしようもない。
次に・・・。
「大分類ですわね。男女、学年、兼部有り無し。必要だと思う区切りで書類をわけましょう。その上で兼部ありはインデックス付箋による区分け、兼部無しの方には、改めてこの部に参加する意志があるか確認しましょう」
アンナ先輩の提案に異論はないので手分けして、まず各自手に取った入部届けを男女に分ける。その次に学年ごとに。その上で主に活動している部活をインデックス付箋、ページの横にぴょいっと上から並んで飛び出す付箋を付けて分ければ、五百人 ?! をこえる部員も、ちゃんと、それぞれの区分で検索できる、というわけだ。
欲を言えば、入部証明を渡した人も見分けたかったが、手元に何も無い。
何か入部届けに印でもつけておけば、と悔やまれる。
それでも、書類上の部員は五百人オーバー。そのほとんどが幽霊部員だとしても、他の部を押し退け、こんな部屋を部室にできるわけである。
「ん?」
ピクッ! と。リーナの耳が動いた。
そのままじっ、と。壁の一点を見つめ始める。
「・・・ここって、怪談とかあるのか?」
「いや、知らん」
ひそりと、ジョンが聞いてくるが、いきなり部室を事故物件扱いしないでほしい。
ただでさえ、あまり人のこない旧校舎は寂しげだというのに。
「誰かきたわよ」
こんどは、目を閉じたカーラまでそんなことを言い出す。
「な、なんでそんなことがわかるんだ?」
ジョンよ。
こちらに抱きつこうとするのはやめろ。
「ワシタカが見てるのよ」
ああ。そういえば二人は使い魔持ちだった。従魔術士の中には、使い魔の感覚を共有できる者も多い。リーナはスラリスの地面振動感知で、カーラは実験室にいるワシタカの目を通じて相手を確認したのだろう。
まあ、そうせずとも、普通に入ってきた男は、普通に辺りを見回し、当たりをつけてこの部屋にくるのだが。
「やあ! ボクがきたよ!」
・・・誰だよ。




