その日、勧誘は終わった
「なんだったんだろうな? 昨日の」
登校し席につくと、さっそく前の席の副部長が反対向きに座り直して、背もたれに腕を重ねた。
その手には昨日の夜に部屋で作ってもらった入部証明書。
さすがに、ただでもらえる入部届けやビラ用の紙を流用するのは後ろめたいので、渡したノートをばらしてもらった。
もちろん、ジョンだけを働かせているわけではなく、自分は入部届けの裏に条件をガリガリと印刷し、教室に入る前に同学年の女子部員に三分の一ほど渡しておいた。
半分以下なのは昨日の希望者の男女比と、女生徒は同性の方が話しやすいだろうという判断で。
ジョンもそうしているはずで、昨日詰めかけたのが、ほとんど男子生徒なので、本当はもっとすくなくてもいいのだけれど、余れば返してもらえばいい。
「さあ? というか、ここはリーナに習おう」
「ん?」
ジョンの背後から、ぬっと腕が突き出される。入部希望者はこのクラスにもいたというわけだ。
昨日の激務ですっかり慣れたので、入部届けの名前を証明書に写し、最後に自分の名前を書く。
サインもガリ版印刷してしまってもよかったのだが、そこは防犯の為、そして万が一の時に副部長に押し付けるため手書きだ。
こちらの差し出した入部証明書を相手が受け取る寸前、ひょい、っと引っ込める。
「おい!」
つかみ損ねた相手が声を荒げたが、クラスメイトの悪気ないお遊びだ。許してほしい。
「実は、こうなってる理由がさっぱりなんだ。教えてくれないか?」
案外、人は頼られると悪い気はしないものだ。他人が知らないことを知っている優越感も手伝って、クラスメイトは語り始めた。
と、いっても、そう長い話でもなく。
「ああ、そうか。お前らが知ってたらまずいよな」
なんて、不穏な納得から入った話は、ジョンと自分の首をかしげさせる内容だった。
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授業前、休み時間(昼休み含む)、放課後、と。
月旅行部面々が、次々と入部希望者の対応に追われている間、あの二人もまた、別の対応を行っていた。いや、この二人もちゃんと月旅行部員なのだが。
「松上フェリシア! この騒動を、どう釈明するつもりだ ?!」
横に座っている生徒会員が、目に見えて飛んでる細かい唾に眉を寄せるのも気づかず、得意気に人を差す指に、礼儀をはかられているのも気にせず、大声を張り上げたのは、鹿頭コネスだ。
その表情は得意満面。ようやく見つけられたネズミのしっぽが、嬉しくて仕方ない野良ネコのようだ。
「この騒動、とは?」
反対に物憂げに、そんなことよりも、爪をそろそろ手入れしようかな、とばかりに指先を見ながら応じる、名指しされた人物。
もちろんわざとであり、そんな態度を取られた方はますますヒートアップする。
「とぼけるな! これだよ! これ!」
バン! 証拠───と自分では思っている───紙を叩きつけた拍子に長机のインクビンが跳ねる。左右の人が距離をあけるが、やっぱりそこまで気が配れない。
しかも、すぐに持ち上げて見せつけるべく突きつけるなら、なぜ叩きつける必要があったのか。
「入部証明書? これ・・・」
「調べはついてるんだよ! 月旅行部が配っている石! それを買い取ってるヤツがいるのはな!」
「それと私になんの関係が?」
ゼイゼイゼイ。・・・相手の言葉を途中でさえぎる相手が、息を整えるのを待つ必要は無いと思われるが、この場合は余裕のあらわれと受け取られた。
・・・追及している本人以外には。
生徒会室には、だんだんと、やれやれという空気が満ちてきているが、鹿頭はそれを気取れない。
「竹上カッッエ! 知らないとは言わせないぞ!」
「ああ、親戚だね。確か、はとこかな」
「語るに落ちたな! そいつが月旅行部の入部特典の月の石とやらを買い集めてるんだよ! これは買収だ!」
勝った! 鹿頭コネスが拳を握りしめた。
これで、次々と批判が集まり───
「キミのところは親戚一同仲が良いのだね。うらやましいことだ」
───は、しなかった。
「は?」
「いや、商会も規模が大きくなると、ね」
松上フェリシアが説明せずとも、生徒会室に集まった幾人かが、ああ、と頷く。
王族に貴族。特に上の階級になればついてまわるのがお家騒動だ。当主が亡くなり、弟の叔父一家がやりたい放題した結果、成人した当主の娘にやり返される、なんて話は定番だし、それでなくとも歳の近い兄弟間で足を引っ張り合うなんてのは珍しくない。
それはそれだけ当主になった時の利があるからで、むろん普通に仲が良い兄弟も普通に、数多くいるが、悪意を持って解釈するとこうなる。
仲たがいするほど家に価値がなくて良いですね、と。
もちろん松上フェリシアは言葉の意味どおりで口にしたのだが、受け取る方がねじれていれば、歪んで伝わる。
こればっかりは、言った本人にはどうしようも無い。
ほんの少し前まで勝利を握っていたはずの拳が体の横でぷるぷると震えている。
暗に、親戚ではあるが知らないと言われたも同然だからだ。
がらがら、と。自分では完璧だと───他人からすると都合の良い部分を───組み立てた証拠が崩れていく。
「くそぅ!」
生徒会室を飛び出してどこへ行くのか。
それは、涙目で走っている本人にもわからないだろう。
「他に議題は? では解散。松上は残ってくれ」
ほとんど存在感を消していた生徒会長が、役目を思い出す。
はーやれやれ派と、なかなか面白い演し物だった派が、語り合いながら去って行く。
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「で、竹上カッッエとはどのぐらいの仲なのかな?」
「いいのかい? そんなことをわざわざ残した女に聞いて」
言わずとも残った生徒会副会長は、会長の許嫁。
自分の婚約者が他の女性の男性関係をわざわざ聞く。これは誤解されても仕方なく。
「もちろん。わたしと彼女の仲はこれぐらいじゃ揺るがないよ」
むろん、上手くかわせれば、好感度を上げることもできる。
「これは、御馳走様だね。仲は・・・、合えば話す、頼まれればお金を貸す、ぐらいかな」
つまり、とてもいい。
「・・・黒の絵の具に、白一滴じゃないか」
限りなく黒に近いグレー。
「高価な特典を配った、結果として配ってしまった部は昔もあったよ。薬草研究会が配った採取物に希少な薬草があったり、パニング体験させた鉱物研が持ち帰えらせた金に小指の先ほどの金塊・・・ハイハイ」
せっかく用意したのに使わなかった言い訳を披露した松上フェリシアだったが、生徒会長には通じないようだ。すっかりお手上げの彼女だが、実のところ、彼女は言い訳する必要は、無い。
部活の勧誘に活動に関係するちょっとした物、先ほど例に上げた薬草研究会の採取物や鉱物研が鉱物を渡すように、料理部はお菓子を渡すし、錬金術研究会は怪しげなポーションを渡していた。
例えその───ガラス工芸部のお手製の───ビンが高額で取引されても、買い取った人物がその部と関係なければ、今まで問題にならなかった、できなかったからだ。
「規則の盲点をつかれたから今回は不問にするが、買い取りを認めるのは明日まで。その後は禁止させてもらう。いいな?」
「買い取りじゃなくて交換。渡すのはお金じゃなくて学食の・・・っと。これは私が知ってたらおかしいか、いや人に聞いたことに、ハイハイ」
じっ、と。射ぬくように注がれる視線。
「そうだね。昨日の騒動は今日には収まる、収められるだろうし、幸運の髪の髪を掴まないヤツはそれまでだ。もちろん、学食の食券につられない賢者は讃えられるべきだがね」
正直、松上フェリシアは軽く見積りすぎていた松中アンナの情報拡散力を。
「しかし、今回は竹上カッッエがうちの学生だからいいが、学外、卒業後の・・・」
どうやら自分の世界に入り込んだ会長を副会長に任せて、松上フェリシアはそっと扉を閉めた。
やりすぎたかも、と。反省しながら。
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「「竹上カッッエって誰?」だ?」
一方その頃。
自分はジョンとリーナに詰め寄られていた。
うん。知らん。
学食の食券で入部特典の月の石を買ってるそうだが。
誰だ? そいつ・・・。




