第九十六話 アランの御者と始めての海
「それで御三方に御相談なのですが、安全に行ってゲーテに一日滞在と少々危険な道を行って四日滞在だとどちらがいいですか?」
夕食を食べ終わり脱いだ鎧を磨きながらフォルナが俺達に問いかけてくる。
「少々危険とはどういう道なんだ?」
「谷を抜ける道です。賊と魔物の巣窟となっている谷なので・・・安全に迂回するとなるとゲーテ到着に三日は余分にかかります。」
「賊は騎士団の馬車なので大丈夫だとは思いますが魔物が恐いですよねぇ?」
俺の問いにフォルナとアイリーンが答える。
「アラン?どう思う?」
「ルドルフがいいんなら・・・あたしが御者してさ?ルドルフは屋根で護衛すれば問題なくない?」
「なら明日はそうしよう。」
「決まり!危ない道行ってゲーテで四日遊ぶよ!」
「「かしこまりました!」」
アランが一拍手を鳴らして言うとフォルナとアイリーンが同時に立ち上がって敬礼をする。
「じゃあルドルフ殿!将棋で勝負しましょう!?」
「どれだけ楽しみにしてたんだ・・・」
待ってましたと声が聞こえてきそうな程にサミュエルが嬉しそうに馬車へと走って行くので、溜息を吐きながら後ろを付いて行く。
「ルドルフ殿と殿下は仲がいいですね。」
「学校でニコ君と一緒にいる時くらい楽しそうですねぇ?」
「あたしは何も聞いてないけど、前の王子転移事件の時に何かあったんじゃない?」
「(それはフォローになっているのか?)」
フォルナとアイリーンの言葉にアランが適当に返しているが適当すぎて不安になってしまう。
「サミュエル?」
「なんだい?」
馬車の中で将棋を打ちながら話しかける。
締め切った馬車の中という事もありサミュエルは普段の口調になっている。
「少々自粛してもらわないとフォルナとアイリーンに正体がばれそうだ。」
「いっその事ばらして二人を専属にしたらいんじゃないか?破格の口止め料も払ってる事だし。」
「絶対にごめんだ。俺の正体を知る人間は一人でも少ないほうがいい。」
「そっか。でも大丈夫だよ!誰が超人歩く災害が八歳の男の子だと思う?」
「それもそうだな。少々過敏になっていたな。」
「そういう事!・・・ぁ待った!」
「もう三回したぞ。」
サミュエルと将棋を打ちながら話すがサミュエルの言う通りだ。
俺が正体を知られたくない余りに過敏になりすぎていたようだ。
その後も学校では出来ない話をしながら将棋を指して夜が更けて行く。
「出発すっるよぉ!」
「先輩このまま道なりに二時間くらい進むと谷が見えるはずですぅ!」
翌朝朝食を終えなぜか上機嫌で御者台に乗るアランに馬車の中からアイリーンが指示を出している。
「まぁっかせなさぁいっ!」
そう言って馬に鞭を打って馬車が急発進する。
屋根で待機している俺はバランスを崩して思わず落ちそうになる。
ずっとこんな調子で馬車を進められるのはごめんなので屋根の上から注意をする。
「俺が上に乗ってる事を忘れるな?」
「ごめんね?慣れてないからさ?」
「はぁ・・・気をつけてくれ。」
アランがあっけらかんと答えるので呆れながら屋根の中央に戻って釣竿作りに専念する。
「(よし。こんなもんだろう。)」
出来上がった釣竿を振って感触を確かめる。
糸はクネの糸があるし、釣り針と重りは昨日のうちに作ったので準備は万端だ。
谷を越えゲーテという街に着いて釣りをするのがとても楽しみだ。
丁度いいタイミングで地平線の向こうに見えていた山のふもとに谷が見えてきたので出来上がったばかりの釣竿をマジックバッグに仕舞い、代わりに武具を取り出して警戒を始める。
「(遠くからでは気付かなかったが山が割れてるのか?)」
谷に近づくと一つの山が真ん中で割れその間が谷となっているようだ。
どうすればこんな地形が出来上がるのか不思議なものだ。
「ルドルフ!?谷入るよ!」
「わかった。」
「ワイバーンとかいるらしいから・・・って暗っ!」
「鵺達の在庫が切れたからそれはありがたい。」
鵺、サーペント、ケルベロスの在庫がとうとうなくなりミノタウロスだけになったのでワイバーンが襲ってきたら是非とも在庫に加えたいところだ。
谷に入り両脇の崖によって日光が遮られたので魔力灯を発動して周りを照らしながら警戒して谷を進んでいく。
「何もないな?と言うかどうやったらこんな地形になるんだ?」
「ルドルフは魔大戦の事は知ってるね?」
「あぁ。約三千年に魔王が世界を滅ぼしかけたやつだろ?」
学校で習ったが、魔王つまりルルが世界を滅ぼしかけたなどと鼻で笑ってしまったのを思い出す。
テストのために覚えたが、教科書にはそう書いてあり世界中の勇者や精霊達が協力して魔の森に封印したとあった。
「(ルルが封印されていた感じは全然なかったがな・・・)」
むしろ誰よりも自由だったと思う。
「そうそう!その時に魔王の魔法で山がパッカーン!んでこの谷を越えた先にチュドーンッ!」
アランが語彙力の乏しい説明をする。
ただとても分かりやすいのがなぜか悔しい。
「ほう?ゲーテは入り江の港町と聞いたが・・・」
「そそ!そのチュドーンッで、出来たクレーターに海水が流れ込んで出来たらしいよ?」
「魔王とはとてつもない力を持っているのだな・・・」
「恐ろしい話だよねぇ?言い伝えや伝説しか残ってなくて史実が無いのが残念だよねぇ。」
当時の魔王や大戦の様子は言い伝えや伝説でしか残っていない。
魔大戦終結当時人間は絶滅寸前まで追いやられていて、歴史を残すための道具も余裕もなかったためと言わている。
「終わりか?」
何も起こらなさすぎてアランと世間話をしながら谷を進んで行くと急に明るくなり視界が開ける。
屋根から顔を出してアランに問う。
「ねぇ?終わり?」
返答に困ったアランが窓から顔を出してフォルナとアイリーンに問う。
「ルドルフ殿とアラン先輩の存在感に恐れをなして出てこれなかったのでしょうね?」
「終わりですので交代しますっ!」
「よろしく!」
「なら俺も降りよう。」
アイリーンがそう言って馬車の扉を開け、アランが馬車を止めるので俺も屋根から降りて馬車に乗り込む。
「二人共お疲れ様です!」
「御二人共護衛ありがとうございました!」
馬車に乗るとサミュエルとフォルナが労いの言葉をかけてくるが何事も無く谷を抜けたのでいまいち実感がわかない。
そして何よりも食料の補充が出来なかったのが痛い。
「賊はどうでもよかったけどワイバーン食べてみたかったな・・・」
アランも同じようで二人の言葉に対して適当に右手を上げて答えながら遠い目で呟いている。
「ワイバーンは諦めろ。それよりもこの不思議な匂いが海の匂いなのか?」
「そうよ?海の、磯の匂いってやつね?」
思わず谷を越えた途端し始めた初めてのにおいを尋ねながら席に座るとアランは当然のように答えてマジックバッグから布切れを取り出て俺の隣に座るフォルナとこそこそと話し始める。。
「アラン?それは水着か?」
「そうよ!?これを着た姿を見たいでしょ?」
「わ!私もルドルフ殿が望むのなら着ます!」
「ルドルフ殿ぉ?私も先輩と同じですよぅ!」
俺とアランの何気ない一言にフォルナが上気して答え、同じく上気したアイリーンがわざわざ兜を外して窓から顔を出して気合十分の表情でガッツポーズをしながら言う。
そんなに気合を入れられても困るのだがとサミュエルを見るが僕は関係ないと言わんばかりに手と首を横に振っている。
「サミュエル?俺の味方をしなくていいのか?」
「そんな事言われても普段女性を避ける立場の僕はどうすればいいのやら・・・」
「なら避け方を伝授してくれ。」
「僕は・・・女性に近づかないし触れない!ですね。」
「屋根の上・・・はもうごめんだしな・・・」
サミュエルの言葉を参考に考えるが近づかないとなると屋根の上が思いつくが、屋根の上は下は固いし微妙に滑るのでとても居心地が悪かったので嫌だ。
外を走るのも読書が出来ないので嫌だ。
「アラン?フォルナ?」
「ん?何?」
「何でしょうか?」
「外に出て並走「ルドルフ殿!?それは違います!僕の助言でそれに至ったのなら違います!」
考えた末に出した答えをサミュエルに全否定される。
アランとフォルナが納得できないと言った顔で俺を見ているが納得行かないのは俺の方だと声を大にして言いたい。
「なら俺はどうすればいい?」
「相手にしない・・・違います!どう言っても僕のせいになってしまうじゃないか!どうすればいいんだ!」
俺の問いにサミュエルがアランとフォルナを交互に見てから頭を抱えて机に頭をぶつけ始める。
俺のせいでサミュエルが壊れてしまったようなのでとりあえず謝罪をするためにも奇行を止めることにする。
「すまなかった。自分でどうにかする。」
「そ、そうですか・・・力になれなくて申し訳ない。」
「気にするな。」
サミュエルが落ち着いて席にしっかりと座り直して読書をし始めるので俺も釣竿作りを再会する。
「ゲーテの町が見えましたよぅ!」
アイリーンの声に顔を出して前方を見ようと窓を開けると海の香りが車内に流れ込んできて慣れていない俺は思わず仰け反ってしまう。
「フフフ!ルドルフ殿は海のにおいは苦手なのですね?」
「嗅いだ事のないにおいでな・・・臭くはないのだが気持ちのいいにおいではないな。」
「僕も海のにおいは始めてですが・・僕はいい匂いですね。」
サミュエルといつも通りのやり取りをしながらゲーテへと馬車が進んで行く。
気を取り直して窓から顔を出すとねっとりとした空気が顔を舐め、違和感に襲われ思わずまた窓から顔を引っ込めて席に座りなおす。
「ルドルフ殿のそんな行動始めて見ましたね。」
「始めてだから仕方ないだろう?」
「僕もルドルフ殿みたいになるのかな?」
サミュエルが楽しそうに言いながら馬車の扉を開けて顔を出す。
「ほぉ!海とは本当に広いのだな!?」
「なんだと!?」
サミュエルの言葉に思わず反応して窓から顔を出して前方を覗く。
さすがに三回目ともなると予想できるので中々強烈な磯の香りもねっとりと顔に纏わり付く独特な空気も我慢して前方を見る。
「どこまで続いているんだ?」
馬車の前方には本でしか見た事の無い海は広がっていた。
「(本で広いと書いていたが広すぎだろう・・・水平線と言ったか?どうなっているんだ?)」
水平線とか言う世界の終わりの線を越え消えた海の行く末を必死に覗くが何も見えない。
そして海の手前には一部が海と繋がった円形の入り江が見え、さらにその手前に港町ゲーテが見える。
早く釣りを体験してみたくなり席に座り直して釣竿を取り出して本を見ながら構造が間違ってないか再度確認を行う。
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