第二百三十二話 見張り野営開始
一時間程で素材の査定が終了し、サンドラが皮袋を抱えた職員と一緒にやってくる。
「お待たせしました!先程言った通りに値段が高騰してるので、中々の金額になりましたよ?」
「詳細は覚える気も無いし、信用してるからいいぞ。」
サンドラはホクホク顔で、素材や個数と金額のかかれた紙を広げ始めるので、職員が持っている皮袋を受け取りながら、断わっておく。
何の鱗が何枚で○○ゴールド、牙が何本で・・・と言われても、取り出した素材を把握してないし、覚える気も無いので聞くだけ時間の無駄だ。
「あとキーフの件は王に伝えておきましたよ?」
「仕事が早くて助かる。」
どうやらこの一時間足らずの間にアレク王に伝えてくれたそうだ。
俺の話を信じて直通で伝わると言うのは大変助かる。
「話が話ですから、一秒でも早く伝えねば大事になりますからね。」
「それで?キーフの貴族達を押さえ込めるのか?」
「王命を出したそうですが、彼らの名誉問題ですから・・・保証は出来ませんね。」
「そうか。なら予定通りに見張る事にしよう。」
「もし王命を無視した場合は対処は九番隊に一任するそうですよ?」
「それは助かる。」
俺達はキーフでこれ以上の犠牲を出さないために行動したのだ。
反乱軍との戦闘で少なからずの犠牲が出ているのは承知の上での判断だったのだ。
一任された事だしそれが不服だというのなら遠慮無く対応する事にしよう。
「師匠お待たせしました!」
「買出しありがとう。では戻ろう。」
「次に帰ってきた時は、ライネンの話も聞かせてくださいね?」
倉庫を出ようとすると、職員達と共に頭を下げたサンドラの声が聞こえた。
今日は夕暮れまでに野営地点に戻りたいので、バタバタして最低限の話ししか出来てないが、次に戻ってきた時はしっかりと報告をしなければならないとは思っているので、返事代わりに後ろ手を振って倉庫を後にして、真っ直ぐに来た時にタルトが降り立ってくれた場所に戻る。
「師匠?飛ぶ前に食材を渡しておいてもいいですか?」
「あぁ。どれだけあるのか把握もしておきたいしな。」
目的の場所に着いて、タルトから買ってきた野菜や果物を受け取って時忘れのマジックバッグに入れて行く。
金貨十枚分なので、かなりの量だ。
常温保存が出来そうな野菜はアイテムボックスに入れて行く。
「師匠?お釣りはどうしましょうか?」
「お前の小遣いにしてくれ。」
「金貨四枚も残ってますよ?」
「そんなに残ってるのか?」
タルトが買って来た食料は野菜だけでなく、かなりの量だったし香辛料などもあったので、金貨は一枚も残っていないだろうと思ったのだが、予想外に残っていた。
タルトは溜息を吐いてから、服を脱いで変化を解く準備を始める。
どうやらタルトの言う通りに俺の金銭感覚は壊れているのかもしれない。
ショックを受けながらも水竜になったタルトの背中に乗って、野営地点へと戻る。
「(報告もしなければ、だがライネンで何かを忘れている気がするな・・・)」
タルトの背に乗って野営地点に戻る間、何かやり忘れた事がある気がしてもやもやするので、考え込むのだが何を忘れいるのかさっぱりわからない。
なら忘れものは無いという事で終わりなのだが、なぜか何かを忘れている!っという事には確信に近いものがあるので、とてもモヤモヤする。
「タルト?俺は少しやる事がある。アンジー達への指示は任せたぞ?」
「かしこまりました!」
キーフが見えてきたので、自分に認識疎外魔法をかけてからタルトから飛び降りる。
正直最近はからずもタルトとアンジーとレタスに働かせすぎて、俺が料理と魔道具作りしかしてないような気がするので、もしキーフの太守達がミーティアを追って出兵した場合に備えて魔法の準備をしておこうと思う。
そして何よりもこうやって体を動かせば、ライネンの忘れものに関して考え込まなくて済む。
準備といっても俺の魔法の範囲を指定するための魔法陣を描くだけだ。
そのままエアーバッシュを発動して兵士が通りそうな場所を選んで四角形を意識しながら四箇所に範囲設定の魔法陣を描き、真ん中辺りに制御用の魔法陣を描く。
これでこの場所をキーフの兵士達が通ってくれればとても簡単に事が片付く。
準備が終わったので野営地点へと戻る。
野営地点では五人がキーフからの出兵が無いか見張りをし、その先ではアンジーと一緒に木刀を使って模擬戦闘などが行われている。
突然俺が現れては元奴隷達が驚くと思ったので、横を通り過ぎて焚き火を熾して俺の帰りを待つレタスの下に着いてから認識疎外魔法を解除する。
「も?」
「驚かせたか?」
「もも!」
「そうか。なら料理を作ろう。」
俺が認識疎外魔法を解くとレタスがビクッとするが、すぐに首を振って否定するので問題無いらしいので、すぐに嬉しそうなレタスと一緒に夕食を作る。
今日は香辛料を仕入れられたので、今まで量が足りなくて作れなかったカレーを作る。
「ももっ!?」
「どうした?」
俺が鍋の中に香辛料を入れているとレタスが鼻を動かして、不思議な顔をしている。
どうやら初めて嗅ぐ匂いに興味津々の様子だが、この鍋の中には肉も入っているのでレタスに食べさせてやる事は出来ない。
別の手鍋に野菜スープを作って同じように香辛料を入れてレタスに上げる。
「レタスどうだ?」
「も・・・もぅ・・・」
レタスは美味しそうに手鍋の中のスープを飲み干したのだが、不思議な表情で空になった手鍋を見つめている。
感情表現豊かなレタスだが、どういう感情なのか全くわからないのは初めてだ。
「どうした?不味いのか?」
「もっ!」
レタスは首を横に振るので不味い訳では無いようだ。
「ならまだ飲むか?作るぞ?」
「もぉ・・・」
レタスはとても残念そうに首を横に振る。
美味しかったのに、もう飲まないとは意味がわからない。
これ以上はボディランゲージではわからないので後でタルトに翻訳してもらおう。
料理を再開し五百人分の夕食を作り終わり、明日の朝食の準備を始める。
もう三週間続けている作業なのでレタスも俺も慣れたもので息もバッチリだ。
「よし帰って来たな?配給は任せていいな?」
「勿論です!」
「みんな並びなさい!」
タルトとアンジーが元奴隷達の訓練と勉強を終えて帰ってきたので、いつも通り配給を任せて自分達の夕食作りを始める。
五百人分の後だと三人分の料理がとても少なく感じてしまう。
丁度俺の料理が終わる頃にタルトとアンジーが配給を終えてやってくるので、いつも通りに三人で配膳をして夕食にする。
今日は香辛料をふんだんに使ったカレースープとパンだ。
カレースープには肉をごろごろと入れているので、スープ兼主菜として作った。
品数がいつもより一品少ないと文句がでないかと心配したのだが、周りの元奴隷達はとても美味しそうに食べているので問題なさそうだ。
「なぁタルト?レタスがカレースープを飲んだのだが、感想が理解出来なかったから翻訳してくれないか?」
「了解です!レタスカレースープは美味しかったのですか?」
「もっ!ぶももぉ・・・」
そう言えばレタスの反応が全く理解出来なかった事を思い出してタルトに翻訳してもらう。
レタスはタルトの問いにおなかをさすりながら答えている。
「美味しかったのでもっと食べたい!だけど少々刺激が強いので大量に食べるとおなかが下りそう・・・っと言ってます。」
「待て。さっきの鳴き声にそんなに意味が詰まってるのか?」
「はい!」
「そうか・・・そういえば牛は胃腸が弱いんだったな。」
レタスが美味しいのに追加を食べないと言った理由がわかったのでとてもスッキリする。
ただ先程の鳴き声でそんなに大量の意味が含まれているとは、にわかに信じられないが、タルトは平然と答えるのでそういう物と認識しておこう。
和気藹々と夕食を食べて、いつも通りに別れて就寝する。
ただ今日は車が破壊されたので、久しく使ってなかったテントを引っ張り出した。
おそらくキーフで出兵するなら俺達が寝ている間だろうと思っていたのだが、それも無くぐっすりと眠ることが出来た。
気持ちよく目覚めて、いつも通りにレタスと一緒に朝食のスープを作る。
そして今日からは同時進行で昼食も作る。
行軍している間は明るい内に進みたいので、一日ニ食にしていたのだが見張り野営の間は三食にしようと思ったのだ。
実を言うと育ち盛りの俺が昼食もしっかりと食べたかったと言うのが本音なのは内緒である。
昼食のメニューは新鮮な卵と牛乳が手に入ったのでカルボナーラを作ろうと思う。
料理を作っているとタルトとアンジーがもそもそとテントから出て来る。
タルトは真っ直ぐに俺の所に来て料理を手伝い始めるが、アンジーは離れて行く。
「おはよう。アンジーはどこに行ったんだ?」
「見張りの報告を聞きに行きました!」
「成程。」
二人は俺が何も指示をしなくても、しっかりと五百人の部下達の面倒を見てくれるので大変楽である。
それと同時に俺が働かなさ過ぎて、元奴隷達の間でお飾り主人などと揶揄されている事を知っている。
タルトとアンジーの前では口が裂けても言わないのだろうが、俺の前では少し口が軽くなるようで、昨日寝る時に近くのテントからそんな単語を含んだ会話が聞こえてきたのだ。
少しショックだったが彼らの言う通り、俺は表立って何もしてないので仕方の無い話ではある。
そんな事を考えながらタルトが用意した机にベーコンエッグやパンを取り出してから、自分達の朝食を作る。
「師匠!今日は久々に稽古して頂けませんか?」
「そうね?お飾り主人とか言ってる子達に本当のリーダーを見せつけてやって?」
「知っていたのか?」
朝食を食べていると二人が言って来る。
まさか二人が俺の事をお飾りと呼ばれている事を知っているとは思ってもみなかったので驚く。
というか二人がこの事実を知れば、口にした元奴隷は良くて半殺し、最悪殺されてても不思議は無いと思っていた。
「私は何を言ったのか、直接体に教えて上げようとしたのですが、アンジーが稽古をして貰えば解決と言うので・・・」
「ふぅ・・・あたしがいなかったら、魔王の手斧を持ったタルトは何をしてたかしらね?」
「アンジー?性癖を除けばだが、本当に頼りにしてるぞ?」
タルトはとても冷たい視線で魔法の手斧を撫で始め、アンジーはその時の事を思い出したのだろう、遠い目をして深い深い溜息を吐いてからポツリと呟く。
どうやら俺の予想通りになりかけていた所を、アンジーがぎりぎりの所で止めたようだ。
タルトはとても頼りになるのだが、時々暴走するので本当に困ったものである。
大勢に見られながらの稽古は気が進まないが、タルトを納得させるためなので仕方ないだろう。
タルトが「師匠の凄さを見せ付けるのです!」と鼻息も荒くガッツポーズしているのでどんな稽古になるのか、不安でたまらない。




