第二百三十話 キーフ解放
タルトがあえて堂々とレタスに進むように指示を出し、車はキーフへと真っ直ぐに進んでいく。
なのだがアンジーがしっかりと仕事をしてくれているおかげで、俺達に向かって何かが飛んで来る事も無く、なんの障害も無く街へと足を踏み入れる。
そしてそのまま目抜き通りを進むのだが、全く攻撃されないのでのんびりとキーフを眺めながら進む。
街は建物と建物の間の路地は全て土の壁で塞がれているものの、建物などが壊れた様子は無く、波乱軍との戦闘があったとは思えない程に綺麗だ。
「路地などは土魔法で塞いでいるのだな?」
「敵軍の進入経路を限定させるためです!」
「成程・・・この道を直進するしか出来ないとなるといい的だな。」
「人間の知恵には本当に驚かされます!」
タルトは本当によく勉強している。
確かに俺は戦争の戦略には興味が無く、戦略と言ったら将棋の勉強ばかりしていたせいで疎いというのもあるが、それを差し引いてもタルトの知識量は素晴らしい。
その後もタルトに色々と教えて貰いながら、街の中心部へと向かって行く。
本来ならば防衛のために限定した進入経路も、今の状況では案内と化しているので、迷う事は無い。
「ニコ様兵士がいます!お前ら防御陣形だ!」
「「「「「「おうっ!」」」」」」
ようやく兵士達が見え始めるのでアンジーに追いついたようだ。
それを発見した元奴隷達のリーダーが指示を出して、みんなで臨戦態勢で車を囲み始め、レタスの進路を塞ぐので止めておく。
「心配ない。レタスに踏まれる前に後ろに戻れ。」
「ですがっ!」
「煩い!師匠が大丈夫と言ったら大丈夫なのです!」
俺が指示を出すと元奴隷のリーダーが心配そうな反論するが、タルトに一蹴され、肩を落として車の後ろに戻り始める。
「心配してくれてありがとう。」
「いえ!部下として当然です!」
余りにも元奴隷達がしょんぼりとした様子だったので労いの言葉をかけると、リーダーは一瞬で立ち直り、部下達に指示を出して駆け足で隊列を組み直し始める。
俺如きの一言でここまでの効果があるとは・・・っと驚いていると、隣のタルトは当然です!っとドヤ顔をしている。
何が当然なのか俺にはさっぱりわからない。
そのまま街の中心部へと進んでいると、フルートの音色が止まる。
「何かあったのか?」
「さぁ?手出しは無用ですよ?」
俺は少し心配になるのだが、隣のタルトはあくまでもアンジー自身の力だけで今回の失態を取り返させるつもりのようだ。
タルトに制されながら待っていると演奏が再開し、それまで街の中心に向かって歩いていた兵士達が突然進路を変え、散り散りに別れて路地を塞いでいた土の壁を壊し始める。
「何をさせてるんだ?」
「アンジーは特に保有魔素量が多い女性と一緒のようなので何か訳があるようですね。」
兵士達が居なくなると、目抜き通りの奥にフルートを演奏するアンジーが現れ、隣には豪華な衣服に身を包んだ女性が地面に座り込んでいた。
悔しそうにしかめっ面をしているので、魅了にかかっている訳では無さそうだが、特に保有魔素量が多いと言う事なので、貴族だろう。
「(俺の予想が正しければ、ギャスパルの母親だろうな。)」
アンジーが器用な事にフルートを演奏しながら、来い来いと手を振ってくるので、危険は無いようだ。
そのままアンジーと謎の女性の下へと向かう。
アンジー達の元へと向かっていると、俺達の存在に気付いた女性がこちらへと駈け寄ってくる。
隣のタルトがマジックバッグに手を突っ込み、後ろの元奴隷達にどよめきが走るが、おそらく危険は無さそうなので手を挙げて制する。
「何か用でしょうか?」
「ギャス・・・ギャスパルの学友のニコさんですね?」
「そうです。やはりギャスパルの母親ですか。」
「彼女は君・・・貴方の配下なのでしょうか?」
そしてこの女性は俺の予想通りギャスパル・ムイワール兄弟の母親だったようだ。
とりあえずアンジーは彼女と戦うつもりは無さそうだし、彼女も俺達と戦うつもりは無さそうだ。
今の状況が全く飲み込めないので落ち着いて話す必要がありそうだ。
「タルト?お茶の準備をお願いできるか?」
「かしこまりました。」
俺の言葉にタルトは車から飛び降りて、机と椅子を取り出してテキパキとお茶の準備を進め始める。
「おいリーダーもう危険は無さそうだ。適当に寛いでおけ。」
「かっ、かしこまりました!」
続いて元奴隷達のリーダー・・・長いので、これからは茶髪リーダーと呼ぼう。
茶髪リーダーは部下達に指示を出しているので、こちらも問題無さそうだ。
車を降りてギャスパルの母親の手をとってタルトの用意してくれた椅子へと促してティータイムを始める。
「どうしました?飲まないのですか?」
「いえ・・・」
タルトが紅茶を淹れてくれたのだが、ギャスパルの母親は全く手をつけようとしないので、声をかけるのだが、目を泳がせるばかりで手を出そうとしない。
おそらく俺が毒を入れていると思っているだろう。
先に紅茶を飲み、適当にお茶請けのクッキーを食べて再度促す。
「ほら。毒など入ってませんよ?」
「解毒のマジックアイテムを所持してますので毒の心配はしてません!貴方は本当にギャスと同じ九歳なのですか?」
どうやら俺の考えは全く持って的外れだったようだ。
どうやら俺の事が気になっていたようだが、何を持って俺を九歳か?っと疑うのかがわからないので首を傾げてしまう。
「普通の九歳はこんな非常識な能力を持った配下は持ちません。そこのミノタウロスも配下ですか?」
「まぁそれは置いといて、貴女はギャスパル君の母親でいいですか?そしてなぜマジックアイテムなどを身に着けたままなのにアンジーはフルートを吹いているのでしょうか?」
すっかり忘れていたが、普通の九歳の男の子が街全体を魅了できる女性を配下にしているのは非常識極まりない行為だった。
そこはもう仕方が無いと割り切っているのだが、説明するとなるととても面倒臭いので、とりあえず話を逸らして、気になっていた事を問いかける。
ギャスパルの母親はぱっと見ただけでも、十個は下らない数のマジックアイテムを身に着けている。
そして目に魔力を込めて観察すると、マジックアイテムに紛れて分かりにくいが肩と腹の辺りから魔力反応があるので、魔法陣まで刻んでいるようだ。
次にマジックアイテムに刻まれている、魔法陣を分析する。
とりあえず腕輪の魔法陣を分析したが、火魔法であり古代文字と設定された範囲から計算するに俺とタルトとアンジーは結界を張って防げると思うが、部下達と街は灰燼と化してしまうだろう。
そのまま彼女が魔法を発動する前に止める手段を考えるが、マジックアイテムと腹に刻まれた魔法陣の両方を阻止しつつ無力化するのはかなり困難だ。
「私もよくわかりません。奥の手を奪われたと思ったら兵士達に片付けをさせるから、終わったら兵士を連れて帰れと言われまして・・・」
「成程。大体わかった。」
恐らくだがアンジーはギャスパルの母親と戦って、マジックアイテムを発動させない自信がなかったのだろう。
何通りか彼女を無力化する方法を考えるが、俺でもマジックアイテムを外している間に腹の魔法陣を発動され、体の魔法陣を解除してたらマジックアイテムを発動されるだろう。
というか普通に考えてマジックアイテムで結界を張っているので、その結界を破壊している間に発動される。
失敗して魔法を発動される未来しか思い浮かばない。
そう考えれば、今のアンジーの状況も納得である。
恐らく俺の考えは間違えてないと思うが、簡単に答え合わせをしておく必要はありそうだ。
「アンジー?彼女とは事を荒げずに被害無く帰ってもらうんだな?」
俺の考えを言うと、アンジーはフルートを吹きながら頷くので、俺の考た通りだったと安心する。
続いてギャスパルの母親に向き直って口を開く。
「何分色々と突然の出来事で・・・では兵士達の作業が終わるまでゆっくりして下さい。」
「えぇ・・・では改めて質問よ?貴方は私の息子と同級生のニコさんでいいのかしら?」
「呼び捨てで十分です。詳しい説明は省きますが、こちらの銀髪も含めて全員私の部下です。」
「申し遅れましたミーティアです。全くギャスは・・・勇者の前に縁を育む人物がいたでしょうに・・・」
俺が隣に立つタルトも一緒に俺の部下だと紹介すると、ミーティアさんは苦虫を噛み潰したような表情で、答える。
ミーティアさんには申し訳ないが、もしギャスパルが俺に近づいてきたとしても、サミュエル達の相手で一杯一杯だったので、碌に相手出来なかっただろう。
「縁を育んでいたとしても、今の状況になれば一緒だったのでは?」
「貴方を味方に出来ていれば、この街に来てたのは貴方達では無くハイゼン軍でした!」
彼女は自信満々な様子で言いきるが、この国にはまだアランやフィルもいるし、俺の知らない強者もたくさんいる。
そして何よりも重要なのは、何があろうと俺は精霊教会に味方をする気はない。
「そもそも味方に出来ましたかね?それに貴女が知らないだけでエスガルドにはまだまだ強者がいますよ?」
「それだけで無く。今だってギャスだけでも貴方に預けるという選択肢もあったかもしれませんね?」
「それもどうですかね?」
「ギャスを守らないと、命と引換えにこの街を地図から消すと言えば?」
「(自分の命と引換えに息子を守るとは・・・母親とは凄いものだ。)」
母親とは本当に凄いものだ。
今もミーティアさんは自分の命を捨てるつもりで、魅了をレジストした息子を含む貴族達を逃がすために、単身俺達に特攻してきた。
子供を捨てる親もいれば、彼女のように命を賭けて子供を守ろうとする親もいる。
そんな事を考えながらミーティアさんと紅茶を飲みながら話して反乱軍の後片付けが終わるのを待つ。
「終わったわよ?囚われていた貴族や兵士達は館に一般人は解放して、貴女の兵士達は東門に待機させてるわ?」
「そうか。御苦労だった。」
「本当に帰っていいのね?」
一時間程ミーティアさんと和やかに会話をしていると、アンジーが演奏を終えて話しかけてくる。
ミーティアさんはまだ俺達の事を信用できないのか、とても心配そうに尋ねて来る。
「よろしいですか?我々は貴女を信用して、あえて貴女のマジックアイテムを解除しませんでした。ですから貴女も我々を信用して帰って頂きたい。
ただキーフからの兵は止めてみせますが、王都などからの追手は私の力ではどうにも出来ませんので、御了承ください。」
「フフフ。その判断が出来る指揮官がいるってだけでも脅威なのに・・・ハイゼン王国は、兄上は判断を誤ったようね。」
ミーティアさんはとても遠い目をしながら言って、アンジーに連れられて東門へと歩いて行く。
アンジーの機転のおかげでこの街を平地にせずに済んで一安心である。
「師匠?我々は解放された太守達の下へ行きましょう!」
「そうだな。追手を出されては俺達の信用問題だ。」
ミーティアさんを見送り、俺達が到着した時は反乱軍の兵士しか見当たらなかったキーフも、管理のために一箇所に集められていた街人が解放されて、早速喧騒が戻りつつある街を歩いて、太守の館へと向かう。




