第二百二十八話 キーフの街
翌朝目覚めて車から出ると、すでに起きて俺を待っていたレタスと一緒にスープを作り、トーストを焼く。
「おはようございます後は我々が!」
「おはよう師匠はあたし達の朝食をお願い!」
「わかった。」
途中でテントで寝ていたタルトとアンジーがやってくるので、元奴隷達の分の料理を任せて自分達用の朝食を作る。
二人は料理を完成させて配給を終えると、すぐに俺の下に駆け寄ってきてテキパキと動いて俺が作っていた朝食を配膳し始める。
二人は俺が威厳のある主人に見えるようにと、いつも以上にテキパキと働いてくれるので、とても楽チンだ。
俺達が朝食を食べていると、朝食を終えた元奴隷達はテントを畳んだり、昨夜俺が洗浄魔法で綺麗にした衣服の山に群がったりして出発の準備を始め出す。
特にタルトとアンジーが何かを指示した訳でも無いのに、元奴隷達のリーダーが自主的に指示を出しているようで、とてもいい傾向である。
「なぁ?あいつらはまだ誰も名前を決めないのか?」
「えぇ。好きな名前を考えろと言ったのですが、言ってきませんね?」
「一生ものだからねぇ?あたしもみんなと一生懸命考えたし、仕方ないんじゃない?」
元奴隷達には、ニッグ達と同じように自分で名前を考えろと指示を出している。
やはり名前が無いというのは不便だなと思って聞いたが、まだ誰も自分の名前を決められてないようだ。
確かに一生の問題なので仕方の無い事だ。
「アンジー?やはりアンジェラと呼ぼうか?」
「ん?リーダーが決めてくれた名前の方がいいわ?」
「ならいい。レタスはどうだ?改名するか?」
「も。」
必死に人魚達と一緒に考えた名前を、長いと一蹴してアンジェラからアンジーに改名させ、好物の野菜をそのまま名前にした俺は中々の鬼畜なのかも知れないと考えて聞いたのだが、二人共俺の言葉に即答で首を横に振る。
どうやら二人共俺の名付けを気に言ってくれているようで一安心だ。
朝食を食べ終わり、二人はテキパキと元奴隷達に指示を出して隊列を組ませ始める。
俺はさっさと朝食の片付けを終え車へと乗り込むと昨日と同じように座る暇も無く車が動き始めるので、よろけながらも席に着いて今日も一人で孤独に魔石に魔法陣を刻む。
こうして今回の旅での完全なルーティンが完成し、何事も無く三週間が経過する。
俺は九割方の魔石に魔法陣を刻み終え、元奴隷達も文字を読めるようになってきたし、剣を振る姿も中々様になってきた。
今日も朝起きてレタスと一緒にスープを作り、トーストを焼き、昨夜焼いたベーコンエッグを取り出し、タルトとアンジーが元奴隷達に配給をして、四人で朝食を食べる。
もうお馴染みとなった光景だ。
だが今日は約束された変化がある。
やっとこさキーフに到着する日なのだ。
キーフはいまだに反乱軍に占拠されており、どうせアンジーの魅了で片付けるのだろうとは思うのだが、一応確認しておく。
「さて、今日の昼にはキーフなのだろう?どうするんだ?」
「普通にあたしの魅了で正面突破の予定だけど?」
「覇道を悠々と進めるように、我々が地ならしし、レタスが運びます!」
アンジーからは予想通りの答えが返ってくるのでいいのだが、タルトは最早何を言っているのか意味がさっぱり理解出来ない。
何度も言ってるのにタルトはどうしても俺に覇道という、よくわからない道を歩ませたいようだ。
ここまで来ると何も言う気は起きない。
「タルト?リーダーは覇道なんて歩まないの!それに平和な方がイチャイチャ出来るんじゃない?」
「ぶもっ!ぶもももももも!」
「んむぅ・・・」
タルトがアンジーとレタスに諌められて不満そうに頬を膨らませている。
とても可愛いのだが、それに騙されて覇道などと言うよくわからない道を歩むほど俺は馬鹿な男では無い。
さっさと食事を終えていつも通り車に乗り込んで、キーフへと出発する。
「ぶもっ!」
いつも通りに揺れる車の中で魔石に魔法陣を刻んでいるとレタスの鳴き声が聞こえる。
「キーフが見えたのか?」
「ぶももっ!」
レタスが何を言ってるのかはわからないが、おそらくその通りと言ったのだろう。
御者台側に付いている窓から前方を眺めると地平線の向こうに街が見える。
「(・・・壁が無いが、魔物が攻めてきて大丈夫なのか?)」
キーフの街は今まで見たネルグやライネンと違って街を覆う壁が無いので、とても違和感を感じる。
「これからは敵地だからな?危ないと思ったら言うんだぞ?」
「ぶもっ!」
レタスは首輪型の魔道具があるので俺が守る必要は無さそうだが、念のために言っておく。
レタスは車を引きながらマッスルポーズで答えるので大丈夫そうだ。
安心して最後部の席へ戻って魔道具作りに専念する。
「ぶもぉぉぉぉぉっ!」
魔石に魔法陣を刻んでいると、突然レタスの鳴き声が聞こえるので、咄嗟に結界を強化する。
直後車が大爆発して、俺が乗っていた車が一瞬でオープントップに変形した。
丁度魔法陣を魔石に刻んでいる最中だったので目を離せず、何が起こったかは不明だが、とりあえず初めて嗅ぐ匂いでとても臭い。
しかも周りでも爆発が起きて粉塵が舞い上がり始める。
とりあえず後ろを歩いているはずのアンジーに状況を説明してもらうためにも口を開く。
「アンジー?これはどういう事だ?」
「えっと・・・あの・・・まだあたしの魅了は届かないし・・・敵からの矢や魔法も届かないかな?って思って・・・」
俺が尋ねるとアンジーは真っ青な顔で駆け寄ってきて、しどろもどろになって答え始める。
俺としては思った以上にボロを出さずに頑張ったほうだと思うので、そこまで気にしてない。
なのでアンジーは恐らく俺を攻撃されたという失態をタルトに怒られるのを恐れているのだろう。
タルトは念のために最後尾で元奴隷達を守護しているので、この失敗を挽回するのは今しかない。
「タルトが心配か?」
「えぇ・・・」
「オープントップになって神輿みたいになったとフォローしてやる。」
「その代わりに・・・って事ね?」
アンジーは一つ頷いてキーフに向かって駆け出す。
タルトも俺が神輿みたいになったな?っと喜んで見せた上でアンジーが一人でキーフを奪還できれば、そこまで怒る事は無いだろう。
「レタス?大丈夫だ進んでくれ。」
「ぶもっ!」
俺がそんな事を考えながら粉塵の中へと駆けるアンジーを見つつ、レタスに指示を出す。
今度は念のために先程の攻撃が来た場合に備えて、いつでも魔法障壁を出せるように魔道具作りはやめて視線を粉塵の中へと送り続ける。
「ニコ様!?何をしたかわかっているのですか!?」
後ろを歩いていた元奴隷が話しかけてくる。
確かこいつは元奴隷達を纏めるリーダーだったはずだ。
「何がだ?」
「今アンジーさんを一人で死地に向かわせたのですよ!?」
「あぁ・・・アンジーなら問題無い。」
「・・・ニコ様がそう言われるのなら、私如きが意見をして申し訳ありませんでした。」
そういえばこいつはアンジーに惚れているらしい。とタルトから報告されたことを思い出す。
人間と思っている大好きなアンジーを単身敵地へと送り込まれれば怒るのは当然の事だ。
俺はなぜ怒っているのか理解して思わず口元が緩み、意見したので処罰でもされると思っているのか、俯いて存在感を失くす元奴隷に声をかける。
「アンジーはお前が思っている以上に強いから大丈夫だ。」
「そ、そうですか・・・」
アンジーなら大丈夫だと伝えるのだが、元奴隷は更に小さくなって少しづつ隊列の中へと消えて行こうとするので、俺が声をかけたのは逆効果だったようだ。
このままではタルト達の目論見通りに偉大な俺に対して意見を言える人間がいなくなってしまう。
「あとそうだな?これからもお前達はしっかりと自分で考えて、俺が間違えていると思ったら忌憚の無い意見をくれ。」
「え・・・」
焦って半ば吐き捨てるように言ったのだが、思った以上に効果があったようだ。
元奴隷だけでなく、周りの元奴隷達も目を見開いて俺を見上げている。
そんなやり取りをしていると、地面を爆発させながらタルトが猛スピードで駈け寄ってくる。
タルトの後ろ人間に土を撒き散らしているのでとても迷惑行為なのでやめてやって欲しいものだ。
「師匠!?アンジーが離れて行きましたがどうなさ・・・車は何があったんですか?」
「敵からの攻撃を受けてな?オープントップになったぞ?」
「・・・アンジー逃げましたね?」
思ったとおりタルトは恐ろしい殺気を放ちながらキーフの方向を睨み始める。
一キロ以上の射程があるアンジーの魔力が届かない位置からの攻撃なので対処しろと言う方が難しい。
アンジーに非がある訳ではなく、俺達が油断しすぎていたのは誰が見ても明らかだ。
だが今のタルトにはそんな当たり前の正論では黙らせる事は出来ない。
「それよりもどうだ?これはこれでディアナが座っていた神輿みたいじゃないか?」
「・・・我が身を晒して最前線ですか、確かに覇王のあるべき姿ですね!?」
あえて偉そうに椅子にもたれかかりながら、アンジーを助けるためにも用意していた言葉をタルトに言う。
少々芝居臭すぎたか?っと心配したがタルトは俺の言葉を聞いて目を輝かせているので問題無さそうだ。
今ばかりはアンジーの安全のためにも覇王とか言う新しい単語も見逃そう。
「タルト?隣に座ってアンジーの仕事を確認しないか?」
「勿論です!」
タルトは満面の笑みでオープントップとなった車に乗り込んで隣に座る。
俺は俺の仕事をやりきった。
後はアンジーがしっかりとキーフを制圧すれば、タルトの怒りも収まるだろう。
そんな事を考えながら爆発音が鳴り響くキーフへと向かってゆっくりと進んで行く。
「やはり狙われたな・・・アンジーは大丈夫なのか?」
「大丈夫です!問題無く走り続けています!」
俺達の周りで鳴り響いていた爆発音がどんどんと遠くなるので、敵の攻撃はキーフへと駆けるアンジーに向けられたようだ。
すぐに粉塵でアンジーの姿が見えなくなるので、俺は心配するのだがタルトは竜の目でアンジーを確認出来ているようで、即答で答えてくれるので一安心だ。
「師匠?そろそろアンジーの射程距離に入ります。」
タルトが言うと数秒後に爆発音が止み、代わりに綺麗なフルートの音色が聞こえて来る。
「大丈夫そうだな?」
「はい!これくらい出来なければ今回の失態を恥じて死ぬべきです!」
俺はホッと一息吐いて言ったのだが、隣のタルトは輝くような笑顔でとても恐い事を言って来る。
しかも本心から言っているのが更に恐怖だ。
前は爆発によって起きた粉塵、後ろはタルトが走って出来た粉塵。
前も後ろも粉塵だらけで視界が最悪の中オープントップになった車は五百人の部下を引き連れて進む。




