第二百二十一話 進化した体
アンジーにハイゼン軍を魅了してもらいつつ三人でライネンに帰っていると、突然目の前の景色が歪む。
「あれ?」
不思議に思って目を擦ろうと俯いたのだが、そのまま前のめりに倒れ、そのまま強烈な睡魔に襲われ何がなんだかわからないまま、起き上がる事も出来ずに目の前が暗転する。
「そんなに服ばかり買ってどこで着るのですか!?」
「それ言ったらタルトだって光物ばっかり買っていつ着けるのよっ!」
二人の喧嘩する声で目を覚ます。
周りを観察するが部屋の中のようなので、俺はあのまま意識を失ってここまで運ばれたようだ。
そしてタルトとアンジーの喧嘩の内容を聞く限り、二人が街で買物をするくらいの時間寝ていたようだが、俺が死に掛けた時と違って二人共俺につきっきりという感じでは無い。
俺に何があったのかは謎だが、心配は少なそうだ。
「おい。俺はどれだけ寝ていた?」
「師匠おはようございます!」
「一週間よ?」
自分だけで考えても何もわからないので、タルトとアンジーに声を掛ける。
二人はすぐに喧嘩をやめて駈け寄ってくる。
「一週間も?突然?俺は大丈夫なのか?」
「フフフ!違いますよ?進化なさったからですよ?」
「そうそう!進化したからそれだけの時間をかけて新しい体になったのよ?」
二人は俺の言葉に苦笑しながら答える。
進化して新しい体になったと言う自分の体を確認するが、特に変わった感じは一切ない。
不思議に思いながらもベッドから出て服を脱いで鏡で自分の体を確認するがやはり何も変化は見当たらない。
タルトとアンジーはさっさと何が変わったのか教えてくれればいいのに、俺を見てクスクスと笑うばかりで、俺が聞くまで話す気が無いようだ。
「なぁ?何が変わったんだ?」
「変わったのは中身ですね!」
「そうね?竜の目を持ってないあたしでも保有魔素量がかなり増えたのがわかるわよ?」
「成程。人間の進化は精神体に近づくと聞いていたが、魔族と違って見た目は変わらず中身が変わるのか。」
「そうですね?もう私の魔素量に届きそうですよ?」
「ふん!調子に乗らないで?まだあたしの魔素量にはまだまだよ?」
どうやら見た目は全く変わってないが、中身が精神体へと近づいたようだ。
タルト達の言葉に二人の魔素量を確認すると、この前まで二人の多すぎて上限が見えなかった魔素量がなんとなく把握出来るようになっている。
それだけ俺の保有魔素量が増えたと言う事なのだろう。
「成程。俺が進化したのはおいおい確認しよう。俺に報告する事は?」
「えっとですね?ディアナの反応は四日目で消えてましたね?」
「ハイゼン軍は反乱軍と一緒にザッシャ達がしっかりと処理しているから問題なさそうよ?」
ディアナは雷撃に耐え切れなかったのか、俺の結界を壊して救助されたのかはわからないが、四日目で反応が消えたらしい。
「(あの生き返るだけの兵士達に俺の結界が破れる訳無いのか・・・)」
反応が消えた時間的に聖騎士勇者が戻ってきて救助された可能性が高そうだが、あの雑魚共に俺の結界が破られる訳無い。
という訳で絶え間なく発動し続ける雷撃に耐え切れずに死んだと考えるのが妥当だろう。
「二人は確認に行ってないのか?」
「行きました!」
「魔法陣も魔石も無くなってたわよ?」
絶え間なく雷撃を浴びて寝る事が出来ずに死んだと考えたが、魔法陣も魔石も消えたとなると信じられない事にあの雑魚共に救助された可能性が高くなった。
「他に何か無いのか?どんなに小さい事でも教えてくれ。」
「あ!レタスが自分で火を熾して毎日チーズを作り続けているので中々の量になっています。」
「キーフではライネンの状況を聞いて反乱軍が二つに割れているそうよ?」
その後も二人に色々と聞くのだが驚く事にレタスは自分でみんなが搾った牛乳を集めて自分で火を熾してチーズを作り続けているらしい。
あと余談だが、ハイゼン王国に潜む偵察兵からの報告ではハイゼン王国は防衛の準備を始め、反乱軍が立て篭るキーフではエスガルドに温情を求めるべきだと言う貴族とこのまま篭城してハイゼン王国の軍勢を待つべきだ。っという貴族に分かれて街の中で内乱状態のようだ。
「とりあえず腹が減った飯にするか。」
「私も食べます!町の味気無い料理には飽き飽きしていました!」
「そうね。リーダーの料理じゃないと味気ないわ?」
俺が机の上に作り置きの料理を取り出そうと時忘れのマジックバッグに手を突っ込むと、食い気味のタルトとパンジーが席に座ってくる。
この前俺が死に掛けた時と違って、二人は俺を心配していた感じは無いので腹が減っている訳では無さそうだが、そう言って貰えると作った俺としては嬉しい限りだ。
三人で食事を楽しもう・・・そう思ったのだが時忘れのマジックバッグの中をどれだけまさぐっても作り置きの料理が無い。
「そういえば、この前結界を作ってから食べ尽くしたんだな。」
「そうでしたね!あの時に食べましたもんね・・・」
「ちっ!あたしもすっかり忘れてたわ・・・」
俺の言葉に二人がわかりやすく肩を落として残念がり始める。
「アンジー。今何時だ?」
「十五時よ?」
「ならば俺はとてつもなく腹が減っている、そこらへんの料理店では足りないかもしれない。レタスの所に行って夕食を作るのはどうだ?」
二人は満面の笑みで喜びを全身で表現しながら、手を引っ張りレタスのいる牛舎へと連れて行かれる。
俺は悲しい顔をさせないために進化したのではなく、二人が常に笑顔でいられるために進化したので願い通りだ。
願い通りなのだが、二人は興奮して気付いていないようだが、今引っ張られている俺は進化の具合を調べるために半裸な上にベネチアンマスクを着けていないので、かなりの注目を浴びてかなり恥ずかしい。
「二人共?俺は一人で歩ける。そして半裸の上に装備を何も着けていないぞ?」
俺は駄目元で二人に声をかけるのだが、二人共聞こえていないようでそのまま半ば走らされながら牛舎へと向かう。
牛舎に到着すると、なぜか待ち構えていたレタスが俺の半裸に興奮したのか飛びついてくる。
「ぶも・・・ぶもぉぉぉぉぉっ!!」
「お前は当然の様に牛舎を出歩いてるんじゃない!」
タルトとパンジーに両手を握られているので全く抵抗できずにそのまま押し倒されて、べろべろと舐められながらもレタスに文句を言うのだが、こいつも俺の言葉が聞こえないようだ。
「フフフ!レタスも主人の進化が嬉しいようですね?」
「ふん!あたしは違うわよ?リーダーの料理が食べられるからなんだから!」
レタスに舐め回されて全身がベタベタになりつつある、俺を見て二人がにこやかな表情で話している。
「(俺がお前らが兵士達に舐め回されるのが嫌で進化したんだぞ?)」
そう思うとふつふつと二人に対して怒りが湧いて来る。
「レタスいい加減にしろ!俺が戻って来たのなら舐める前にすることがあるんじゃないのか?」
レタスを引き剥がし命令する。
レタスはすぐに離れて三歩下がって跪くので、一つ頷いて頭を撫でる。
「師匠さすがです!」
「興奮したレタスを一喝で大人しくするとはさすがね。」
頭を撫でていると二人の話し声が聞こえるので、とりあえずビンタで俺の苛立ちをぶつける。
「っ!」
「ふぎゃん!」
タルトはなんとか耐えたが、アンジーはくるくると回転しながら地面に転がる。
少々力が入りすぎたか?っと不安になるが、顔は蕩けた表情なので問題無さそうだ。
「師匠!なぜ私が叩かれたのでしょう!?」
「俺の格好を見て何も気付かないか?」
「とってもセクシーで惚れ直している真っ最中ですよ?」
「ライネンの人々に上半身と素顔を曝したぞ?」
俺が質問に質問で返すが何を勘違いしたのかタルトがもじもじしながら答える。
俺は呆れながらもマジックバッグから取り出した服を着ながら、二人が興奮しながら何をしたのか説明する。
「もうしわけありませんでした・・・」
「わかってくれたならいい。」
「(謝罪も聞けたしタルトならニ度目は無いだろうしこの話は終わりだ。)」
そう思っているとレタスが人間臭い仕草でにやける口元を隠しながらタルトに何やら鳴き始める。
「ぶも?ぶもも?ぶももももももっ!」
「煩い!」
「ぶも!ぶももっ!」
「へぇ?そんなの師匠が寝ている間に私もしましたし?」
「ぶもっっ!?」
「それどころか!ってレベルですよ!?」
「っっっぶっ!!」
何を話したのかは知らないがレタスは鼻血を吹き出して地面に突っ伏している。
レタスの言葉はわからないが絶対にろくでもない会話だというのは確実だ。
かなり残念な様子に、これが俺の眷属か・・・と悲しくなりつつも少しはなれて料理の用意を始める。
「ぶもっ!」
「ほう?そんなに作ったのか?ありがとうな?」
「もぉぉぉ。」
料理の準備をしているとレタスが大量のチーズを載せた荷車を引いてくる。
この前の搾乳量から計算すると、一週間分だから大体百四十キロくらいだろう。
これだけあればかなりの間チーズに困る事は無さそうで一安心である。
御礼をしながらレタスの頭を撫でると気持ち良さそうに目を細める。
空っぽのマジックバッグにレタスが作ってくれたチーズを入れて料理の準備に戻る。
「師匠?何を作ってらっしゃるんですか?」
「何って食事の準備だぞ?」
「肉の串焼きですか?ですが野菜や魚も刺さってますね・・・」
「これをな?皆で焼きながら食べるんだ。バーベキューと言うらしいぞ?」
「へぇ?楽しそうですね!お手伝いします!」
「じゃあ俺は炭火の準備をしよう。肉と野菜の適当な順番でいいからな?」
タルトが楽しそうに肉や野菜に串打ちを始めるので、少し離れた所にグリルを取り出して炭を熾す。
「師匠できましたよ?」
「ならあそこのどうしようもない馬鹿を起こしてくれ。」
「わかりました!」
タルトが串打ちを終えた大量の食材を持ってくるので受け取って網に並べながらアンジーを起こすように指示を出す。
タルトはだらしない顔で気絶しているアンジーに魔法で水をかけて乱暴に起こし始める。
「っぷあ!・・・リーダー服着ちゃったのね?」
「もう一発殴られたいか?」
「お尻!お尻にお願い!」
アンジーが目覚めての開口一番がこれだ。
呆れて握りこぶしを見せながら言うのだが、アンジーは嬉しそうに尻を突き出してくる。
「師匠の代わりに私が!」
同じく呆れた表情のタルトがケツキックをし、アンジーは声を出す事も叶わず再び地面に伏して失神する。
「もうあいつはほっとこう。」
「同感です!」
「ぶもっ!」
なぜかレタスもドヤ顔でバーベキューを食べ始める。
勿論野菜しか食べられないので、肉は串から取り外してタルトの皿に放り込んでいるが、レタスは俺が作ったタレが気に入ったようでとてもご満悦な様子だ。
進化して初めての食事はとても楽しい時間となった。




