第二百二十話 御使い撃破
「あたしが意味もなく将棋を指したと思ったの?」
俺が考え込んでいると、将棋盤を挟んで座っていたルルがいつの間にかクネになっている。
「ん、ニコが落ち着く時間を作った。」
俺が驚いているとクネは一瞬でエドに変わる。
「じゃじゃーん!ルルの姿なら受け入れやすいと思ってね?」
次はハッピーだ。
余程の事では驚かない俺だが、突然の出来事にくりびつてんぎょーだ。
ちなみにくりびつてんぎょーとはクリスティアナとパンジーから教えてもらった言葉なのだが、びっくりを越えた時に使う言葉らしい。
そんなどうでも良い事を考えて現実逃避を行うくらいには、突然のめまぐるしい状況に混乱中だ。
「ヌァッハッハッハッ!これから魂達は進化する!もう一度魂との願いを言ってみろ!」
「平穏無事な生活を送りたい。」
「違う!先程までの状況を思い出せ!」
ルルの姿をした魂の言葉で兵士達に裸にされ、陵辱されるタルトとアンジーの姿が脳裏に浮かんで一瞬で頭に血が上る。
頭に血が上りすぎて、脳みそが痺れ目の前が真っ赤に染まる。
「力だ!眷属を守れる力が欲しい!」
「その通りだ!その欲望忘れるな?欲望が無い生物の行き着く先はわかってるか?」
「絶滅だ。」
「さすがは俺だ!ゆめゆめ忘れるな?魂は常にお前と共に!」
ルルの姿でその発言をされるのは嬉しくもあり、嫌でもあり、気恥ずかしくもありとても微妙な気持ちになる。
「ニコ様!もう目が覚めます。先程から数瞬の時も経っておりませぬのでお気をつけて。」
「今度はゴブチョウか・・・」
「いいっすか?ニコ様は魂との対話を済ませたっす。目覚めたら魂の声に耳を傾けるっす!」
「コボチョウ・・・さすがに打ち止めだよな?」
さすがに終わりだろう。
もしコボイチやゴブイチ達まで出てきたら、あと百の注意事項を聞く事になるので、それは勘弁願いたい。
そんな事を考えていると魂はコボチョウか見た事も無い女性に変身する。
「初めての会話はとても有意義なものだったわ?ではまたね?。」
「待てお前は誰だ?」
見た事もない女性はとても優しい笑みを浮かべて手を振っている。
全く記憶に無い女性で本当に初めての会話だ。
俺は魂に問いかけるのだが、真っ白の世界に色が付き始め、先程の最悪の戦場へと景色が変わって行く。
「いやぁぁぁぁ師匠!」
「リーダー助けてっ!」
「無駄っしょ?お前らの主人はもう心も折れて虫の息っしょ!」
周りの景色に色が完全に戻り、止まっていた時が動き始める。
タルトとアンジーは汚い笑みを浮かべる兵士達にされるがままに全身をなぶられている。
大変・・・大変という言葉では言い表せない程に不愉快だ。
こういう時の気持ちを表現する言葉もクリスティアナ達に聞いておけばよかった。
俺は気付いた時にはタルトとアンジーにたかる兵士達へ向けて地を蹴っていた。
自分自身、想定外の速度が出て驚くが、周りの風景はスローモーションで流れ、突然の俺の復活に驚いて振り向こうとしているディアナの顔もはっきりと見えてとても不思議な感覚だ。
今はディアナは後回しにしても問題無いと魂が言っている。気がしたのでそのままタルトとアンジーの目の前に着地し、二人の体を弄くるのに一生懸命で俺の事に気が付いていない兵士達へ向かって口を開く。
「俺の大事な眷属に汚い手で触れるな。」
兵士達は俺が怒りのままに放った魔力に当てられて失神するので、二人に完全回復薬を飲ませる。
「おまっ!本当に化物っしょ!」
「煩い。人間だ。」
突然の出来事に驚いていたディアナが俺に向かって失礼な事を言ってくる。
さっきまで恐ろしく強大だと感じていたディアナの存在感がとても小さく感じる。
俺はディアナに向けて刀を振って風の刃を放つ。
当然の様に腰に差していた刀を振ったのだが、先程折れたはずの刀は元通りに戻っている。
「(魔剣だから俺の進化と一緒に剣も進化したのだろうな。)」
先程までの出来事で驚きすぎたので、これくらいではもう驚けない。
「これはヤバいっしょ!」
折れる前よりも怪しい光を放つ気がする刀を眺めながら思うが、ディアナの声が聞こえ戦闘中だった事を思い出して視線をディアナへ戻す。
ディアナはブリッジをして俺の風の刃を避けていた。
この戦いで始めて受けるのではなく避けたのだ。
俺はいつも通りに風の刃を放ったつもりだったが、それだけ進化した俺の攻撃に脅威を感じたと言う事だ。
「これが進化か・・・すさまじいな。」
「やっぱりお前勇者っしょ!?精霊の助けも無く進化できる訳ないっしょ!」
ディアナは驚きの余りとても有用な情報を教えてくれる。
どうやら勇者は魂と同化した精霊に助けて貰って進化するそうだ。
「俺は無属性でな?精霊とは縁が無い。」
「無属性?そんなに魔法を使って?お前の言葉は嘘だらけっしょ!死ねっしょ!」
どうやらディアナは俺の言葉を一切信じる気は無いようだ。
ディアナは両手を突き出すと、周囲の何も無いはずの空間から槍のような物が飛び出して来る。
咄嗟に後ろに飛んで槍をかわす。
「それが魔力特性か?」
「魔法かもしれないっしょ?」
「魔法なら槍を作るために魔素を集めて魔力を練る行程が必要だろう?先ほど空中に二人を磔にしていたのもその魔力特性を使っていたんだな?」
「分析した所で魔力特性が何かわからなければ対応できないっしょ!」
ディアナは再び俺の周囲に槍を生み出して攻撃してくる。
先ほどは突然の出来事に驚いて飛び退いたが、冷静に観察すると避ける必要は無かった。
なぜなら進化した俺の結界を貫く事は出来ないからだ。
向かってきた槍は結界に弾かれて地面に転がる。
「嘘・・・鉄も貫く槍っしょ・・・」
「お前は溶かしたり貫いたり鉄で表現するのが好きだな?」
「なら後ろの二人を狙うっしょ!」
ディアナが後ろで新しい服に着替えているタルトとアンジーに視線を移るので、地面を蹴ってディアナへと近づく。
「俺をほっといていいのか?」
「それを狙ってたっしょ!」
近づいて俺が刀を振り上げると、ディアナは声を弾ませながら俺の死角で用意していた剣で反撃してくる。
俺が刀を振り下ろす前にディアナの剣が俺を捉える。
ディアナは無邪気に笑いながら俺を切りつけるが残念な事に、剣は結界の上を滑って行くので俺は無傷だ。
ディアナはその結果に目を見開いているが、俺としては想定通りなのでそのまま刀を振り下ろす。
「あぶねぇっしょ!」
ディアナは必死に身をよじって刀を避けるので、無理矢理軌道を変えて切り返す。
さっきまでならディアナの動きに反応できなかっただろうが、今は意識すればスローモーションに見えるので余裕だ。
「いやいやおかしいっしょ!」
さすがは御使いだ、ディアナは俺の切り返しにも反応する。
進化前は相手をするのに必死で気付かなかったが、こいつは戦闘中なのに煩いやつだ。
そのままディアナはバックステップで離れるので、少し気になった事を質問してみる事にする。
「お前は何を思って進化した?」
「何だろうねぇ?お前は何だ?」
ディアナは余程焦っているのか、徹底していたウザイ語尾が消える。
もう一押しすればこいつの心を折れそうな気がする。
「タルト。アンジー来い。」
「なんでしょう!?」
「どんだけ強くなってんの?」
俺が呼ぶとタルトとアンジーはすぐに駈け寄ってくる。
今の俺は完全に無防備なのだがディアナは俺の罠かと勘ぐって動けないようだ。
向かって来たら殺さないように迎撃をしようと考えていたのだが、嬉しい誤算だ。
俺はタルトとアンジーを魔力特性で強化する。
「お前らであのガキを倒せ。」
「師匠が言うのであれば出来るのですね?」
「殺せじゃなくて倒せ?大変そうね。」
命令するとタルトが先程までとは段違いの速度でディアナへと切りかかり、アンジーはマジックウェポンを発動して水で出来たチャクラムを飛ばす。
チャクラムは鍔迫り合いをするタルトを避けてディアナへと襲い掛かる。
アンジーは近接戦闘は苦手なのだが、とても器用で魔法や飛び道具が得意なので結界で防御しつつの近接戦が得意なタルトと遠距離攻撃が得意なアンジーは相性がいい。
「こいつら一気に強くなりすぎだろっ!」
「ふん!師匠の力の一端にすぎません!」
「さっきのお礼を存分にさせて貰うわよ!」
タルトに魔王の手斧がブレて見える程の速度で攻撃されるディアナは防戦一方なのに、更にアンジーのチャクラムがいやらしいタイミングで飛んで来てかなり必死な表情だ。
俺は魂が言ったのかはわからないが、直感のままにタルトとアンジーを魔力特性で強化して送り出したが、魔力特性も今までとは比べ物にならない程に強力になっているようだ。
戦闘を始めて十秒程経った頃、タルトがディアナの右腕を切り落とす。
タルトは俺の言葉の意味をしっかりと理解しているので、魔力特性を発揮しているので、切り口から血は一滴も流れない。
「なんだよ!なんで血が出ねぇんだよ!?」
ディアナは自分の右腕を見て叫んでいる。
タルトとアンジーは無言のまま斧を振りチャクラムを投げるので答える気は無いようだ。
ディアナは残った左腕を駆使して必死に対応しているが、やはり左腕一本では無理なようだ。
一秒もかからずにチャクラムが残った左腕を捉え、ほぼ同時にタルトの魔王の手斧が首を捉える。
「はぁっっっ!?なんで生きてるんだ!!?」
「首だけなのになぜ喋れるんですか?」
「やっぱりこいつ化物よ?」
生首になったディアナが驚愕の表情を浮かべながら絶叫する。
タルトとアンジーが気持ち悪そうにディアナを見ているが、俺も同じ気持ちだ。
声とは肺から出た空気が声帯を震わせる事によって出る音だ。
だが肺が無いはずの生首ディアナは確かに今喋った。
「だから!!なんで生きてるんだよ!?」
「煩い生首とか恐怖ですね・・・」
なんとディアナは更に喋った。
タルトは顔を引き攣らせアンジーはもうこの気持ち悪い生物はもう見たくないとばかりに生首に背を向けてフルートを吹き始め、周りで観戦していたハイゼン軍を再び魅了し始める。
「タルト?本当にこいつは一年生きれるのか?」
「一年は嘘です!一週間程で魔力が切れると思います!」
「んん!んんんんんんんんん!」
なぜ喋るのかは不明だが、とりあえず生首になったディアナに猿ぐつわをしながら、タルトに尋ねる。
一週間ではこいつの心を折れない可能性がある。
だからと言って煩いこいつを持ち歩いて、心が折れるまで魔力を補充し続けるなんてのは絶対に嫌だ。
「じゃあこいつは一週間呼吸も食事も必要ないんだな?」
「はい!脳が必要な栄養はすでに流し込んであります!」
「んんー!?んんんんんんっ!」
タルトに確認するが問題無さそうだ。
ディアナは何やら抗議しているようだが、無視して足元に魔法陣を描く。
描く魔法陣は極小の生首が収まるサイズの結界を張り、魔力が尽きるまで雷撃を結界内に発生し続ける複合魔法陣だ。
最後に魔法陣の中心に鵺の魔石を埋め込んで魔法陣を発動する。
「んんんんんんんんんんんんんん!!」
「これでもまだ俺に負けてないと言えるのなら次は徹底的に相手をしてやろう。」
さすがは御使いだ。
結界内は結構な威力の雷撃が発生しているはずなのだが叫び声を上げているが死ぬ様子は無い。
鵺の魔石では一週間もつかはわからないが、それに近い期間は魔法を発動し続けるだろう。
ここまでされても心が折れずに復活して俺に向かって来るのならば、進化をさせてくれた恩人でもあるので、次も徹底的に相手をしてやろう。
「お前ら街に帰るぞ?」
「はい帰りましょう!」
タルトとアンジーに声をかけて一万五千のハイゼン軍を連れてライネンへと帰る。




