第二百十八話 幼女再び
牛舎に入るとマーサが一人で必死に働いてミノタウロス達の世話をしていた。
「マーサ精が出るな?」
「これはルドルフ殿!?」
「サボテン!ダイコン!もうすぐレタスは俺と一緒にここを出る。お前らが指示を出してマーサを助けられないか?」
「「ぶもっ!」」
あまりにもマーサが大変そうなので、駄目元でダイコンとサボテンに指示を出したのだが、二体ともレタスのように敬礼をして周りのミノタウロスにぶもぶもと指示を出し始める。
「えっ?ありがとう!」
周りのミノタウロスは自主的に端っこに寄せていた糞や汚れた藁をマーサに渡して自分の生活スペースを綺麗に整え始める。
これならばレタスがいなくなっても問題なさそうだ。
俺はミノタウロス達の行動を見て大満足でレタスの下へと歩み寄る。
「ぶもぅ!」
「ずっと考えていたがお前への褒美がわからん。なので一緒に王都に帰って考えないか?」
レタスは近づく俺を見て人間のように跪いて俺に頭を下げて出迎えてくれるので頭を撫でながら言うとレタスがやる気に満ちた目で見つめ返してくる。
なぜかレタスは鳴き声一つ上げていないのに「仰せのままに!」という声が聞こえた気がした。
「ならよし。王都に着いたらレタス以上に好きな食べ物を探そうな?」
「ぶもっ!」
「じゃあ俺達が帰る時は一緒だから準備しておけ?」
「ぶもぉぉぉぉぉぉっ!」
レタスはやる気十分な様子だ。
俺の言葉に全身を使って喜びを表しながら咆哮を上げる。
「タルト?レタスを乗せて飛べるか?」
「問題ありません!」
「ならば大丈夫だな。」
「任せて下さい!」
タルトは胸を張って答えるのでレタスの引越しは問題無さそうだ。
後は南に控えるハイゼン軍を片付けて俺の仕事は終わりだ。
牛舎を後にして昼食を作る。
「師匠!魚の下処理終わりました!」
「お米火にかけたわよ?」
「お前ら働きすぎだ。俺の仕事が無いぞ?」
三人で料理するのだがもう二人も手馴れた物で一時間もかからずに昼食が完成する。
おそらく今まで通り一人で作っていればかるく一時間はかかっていただろう。
牛舎からはレタスであろう雄叫びが上がり、その奥からは三万人の捕虜達の声が聞こえる中々カオスな状況だが、無視して三人で料理を食べる。
「タルト?本当にハイゼン軍は俺とタルトで制圧出来るんだな?」
「一人だけかなりの強者がいるようですが、私と師匠でかかれば勝てます!」
タルトは自信満々に言うがやはり言いようの無い不安に襲われる。
俺とタルトでかかれば勝てるという事は一対一では負けるという事だ。
朝にタルトの提案を却下してアンジーの活躍を見たのはこれからのハイゼン軍との戦いはアンジーにも参加してもらってより確実にしたかったという理由もある。
そしてタルトに更に詳しく強者の魔力を分析して貰ったのだがかなりの保有魔素量の人物という所までしかわからないという答えに至った。
その強者が俺の予想通りだとすれば、絶対にアンジーが必要になるはずだ。
三人で昼食を食べて南門の壁を上がって森の奥に陣を張っているであろうハイゼン軍を見つめる。
「遅れて申し訳ありません!」
「捕虜達は片付いたのか?」
「はっ!貴族達はバンク隊長が尋問中で、他の反乱軍は落ち着きを取り戻しているのですが、念のために牧草地は結界を張りましたので問題なしです!」
「そうか。あとの処分はエスガルド王国に任せる。」
俺達が昼飯を楽しんでいる間に、ザッシャ達はかなり忙しなく働いていた。
最後にクラウスの事が気がかりだが、俺が口を挟むことではないのでグッと言葉を飲み込む。
「大体把握した。ではハイゼン軍を蹴散らしてくる。」
「はっ!よろしくお願い致します!」
ザッシャに見送られながら三人で壁から飛び降りてハイゼン軍へと向かい、森の手前でアンジーを抱き抱えてタルトと二人で飛んで森の上を飛ぶ。
「アンジー?雑魚は任せたぞ?」
「任せなさい!」
アンジーはフルートを取り出して準備万端の様子なので、眼下に陣を張るハイゼン軍のど真ん中にアンジーを落とす。
続いてタルトにも指示を出す。
「タルト?強者のところまで一気に突っ切るぞ?」
「了解です!」
「一つ言っておく。絶対に、冷静に、熱くなるな?」
「勿論です!」
タルトも魔王の手斧を構えてやる気満々の様子だが、俺の予想が当たっていた場合大変拙い事になるので念を押しておく。
俺の杞憂であればいいのだが、残念な事に俺のこういう心配事は的中率がとても高い。
風を切る音に混じって後ろからフルートの音が聞こえ始める。
俺とタルトはそのままハイゼン軍の頭上を飛び続けて強者へと一直線に向かう。
「師匠あのテントです!他はアンジーの魅了で対処出来るはずです!」
「分かった。遠慮無く先制攻撃だ。」
アンジーが一番奥にある豪華なテントを指差して言う。
一番強い人間が一番奥で一番豪華なテントとはベタ過ぎて笑いそうになるが、今はそんな状況ではない。
豪華なテントに向けて黒雷を放つ。
黒い雷は空気を切り裂きながら飛んで行き、一瞬で豪華なテントを破壊し、周囲の地面をも焼き尽くして真っ赤に染め上げる。
しばらく黒い雷は周囲を焼きながら暴れまわって、発動の終了と共に一瞬で消える。
そして黒雷が暴れていた場所に、焼けて硝子状に爛れた地面と椅子に座った幼女が姿を現す。
タルトは保有魔素量が違いすぎるのでその可能性はありませんと一蹴したが、最悪な事に俺達の相手は俺を殺しかけた幼女だった。
タルトは幼女の姿を見た瞬間に目が真っ赤になり、ドラゴンが怒った時のように瞳孔が縦に割れる。
「貴様!よくも師匠を!殺すっ!」
やはり俺の悪い予感はよく当たる。
そして更に最悪な事にタルトはそのまま怒りに我を忘れて幼女へと一直線に斬りかかる。
「タルトォッ!俺の言った事を思い出せっ!!」
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
今までの人生で一番大きな声を出してタルトを制止したのだが、俺の声は届かず、タルトはそのまま幼女へと斬りかかる。
「うはっ!ヤバいっしょ!いきなり攻められて絶対絶命っしょ!」
幼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら剣を抜いてタルトと打ち合う。
俺を殺しかけた魔法を使うほどの敵なので侮っていたわけでは無いが、本気のタルトと力負けする事無く互角に打ち合う幼女を見て戦慄を覚える。
っと同時にこのまま俺が参戦してもタルトとの連携は望めるわけもないので、最悪を想定して準備していた一手を打つことにする。
「アンジィィィッ!タルト止めろ!」
先程から慣れない大声を二回も出したので少々喉が痛い。
だが喉を痛めただけの価値はあった。
アンジーが奏でる音楽の曲調が変わる。
もし俺が考える最悪の想定通りに事が進んでしまったら、アンジーにタルトの精神を落ち着かせてくれと頼んでおいていた。
タルトの目が普段の綺麗な瞳に戻り、冷静さを取り戻して幼女との戦闘を俺の隣に戻ってくる。
アンジーは「保証は出来ない。」と珍しく自信が無さそうな様子だったので心配だったが、タルトを魅了するのは無理でも精神に干渉する事は出来て一安心である。
「申し訳ありません!」
「謝るのは後だ。二人で協力しないとあの化物は倒せないぞ?」
タルトがとても申し訳無さそうに謝ってくる、目の前の幼女の姿をした化物を倒した後ならいくらでも聞けるが、今はそんな余裕は無い。
俺は油断無く幼女を警戒するが追撃をしてくる気配は無く、それどころか剣を収めて楽しそうに話しかけてくる。
「なんでお前が生きてんだ?さてはうちらと同じ勇者っしょ?」
「ただの人間だ。お前如きの魔法では死ななかっただけだ。」
「ありえないっしょ!鉄でも溶ける温度で助かるわけないっしょ!」
「だが俺は生きている。」
「ちっ!あの時は変装も兼ねて魔法を発動出来る魔力量に抑えてたっしょ!今度は普通に殺してやるっしょ!」
幼女の姿が一瞬ブレる。
俺は瞬時に防御体制をしてタルトに指示を飛ばす。
「タルトは攻撃に専念しろ!」
指示を出しながらも幼女に対しての警戒は怠ってなかったのだが、気付いた時には目の前まで来ていたので慌てて刀を立てて幼女の剣を受ける。
先程の挑発が聞いたのか幼女は俺狙いのようなので俺は守りに専念してタルトに隙を見て攻撃してもらう事にしよう。
「おっそ!そんなのでうちに勝つとか無理っしょ!」
「そうか?なら本気で行こう。」
幼女と剣を交えていると挑発してくる。
確かに今の状態では俺はジリ貧で、一手間違えればすぐさま俺の体は二つに分けられそうだ。
この戦いは格上の人間相手ではなく、完全なる上位捕食者との戦闘だという認識に切り替えて、後先考えるのはやめにして全力で身体強化魔法を発動する。
身体強化魔法を発動した瞬間、何もしていないのにブチブチと体中から筋肉繊維の千切れる音が聞こえ、筋肉の力に耐え切れず骨がきしむので、更に全力で魔力特性を発動し自分の体と治癒能力を強化し無理矢理魔法の反動を押さえ込む。
体中に激痛が走るが気合でカバーして刀を振り下ろす。
幼女は俺の速度に反応できずに刀は幼女の結界を捉えてそのまま地面に叩きつけて粉塵が巻き起こる。
本気で振らずに七割くらいの力で振ったのだが体が耐え切れず肩と肘が脱臼してしまった。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
俺が外れた関節を戻していると、タルトが粉塵に向かって水竜の怒りを放ち、更に大爆発が起こり辺りが粉塵に包まれる。
傍から見た感想だが俺は今の水竜の怒りを真正面から受けて生きている自信は無い。
おそらくタルトが全力で放ったであろう水竜の怒りは、見ただけでそう思わせるほどのとてつもない迫力だった。
探索魔法を発動するが粉塵そのものが実体持っているのか粉塵の中は全く把握できない。
こんな事は初めてで言い様のない恐怖心が湧き、俺は本能的にタルトの前に移動し粉塵に向かって刀を構える。
「さて。これで死んでくれていれば楽なんだがな?」
「それは無理な相談のようですよ?」
俺は希望的な観測を含めて言うのだが、タルトの竜の目には俺の探索魔法では見えなかった粉塵の中が見えているようだ。
先程の水竜の怒りで魔素をかなり使ったのか、顔面蒼白のタルトが油断無く斧を構えて言うので、俺も一緒に油断無く刀を構えながら最大限の警戒をしつつ粉塵が収まるのを待つ。




