第二百十二話 平和なひと時
昼食が完成したのでパンジーと一緒に食べる。
早速ミノタウロスの牛乳を楽しみたかったのでグラタンとホエーを入れて作ったホエースープ、そしてトーストだ。
「ほわぁぁぁぁこんなグラタン食べた事無いです!」
「ミノタウロスのチーズは格別だろう?」
「ルドルフ殿に会わせて下さった神に感謝です!」
「パンジーはどんな神を信じているんだ?」
パンジーは俺が作ったグラタンを食べて神に祈り始める。
ふと今まで信仰などには一切興味が無かったのだが、精霊教会以外の宗教とはどんな物があるのかと気になってパンジーに尋ねる。
「私の家は魔の森の近くですので、魔の森に降り立って我々を守ってくれたという大天使様を信仰しております。」
「大天使が降り立った?今は魔王がいるんだろう?」
パンジーのおかげで思いがけない情報が手に入った。
だが魔の森の主であるルルは自ら魔王と名乗っているので、降り立った大天使様はどこに行ったのか気になる所だ。
「魔王と言うのは精霊教会が言っている事です!現に魔の森にいる凶悪な魔物が森を出て来た事はありません!」
「成程。そういう考えを持っている人間もいるのだな?」
「とは言え精霊教会の力が強すぎて公言する人間はいませんけどね?」
エスガルド王国の約三割が精霊教徒だが、残りの七割が全員無信心者な訳が無いのだが今まで考えたこともなかった。
今までルル達は魔王だからと思って気にしてなかったが機会があれば魔の森に関する宗教を調べると面白いかもしれない。
「もし・・・もしだぞ?もし貴族達が反旗を翻したとする。それに従う兵士達は精霊教徒では無いという事か?」
「おそらくそうなった場合は率いる兵士の大半は領民でしょう。そうなると大半の人間はその土地に根付いた土神信仰者でしょうね。」
どうやら少々作戦を改良できそうだ。
そしてパンジー達は何も言わないので、問題無いのだろうが外の事を聞く。
「それで?外のハイゼン軍はどんな様子なんだ?」
パンジーを初めとした牛舎の騎士達は平常運転なので忘れそうになるが、今街の外にはハイゼン軍が陣取って戦争の真っ只中なのだ。
俺が聞くとパンジーは少し遠い目をして答える。
「ルドルフ殿が聖騎士勇者を倒してから投石も無くなって静かなものですよ?ザッシャ副隊長の予想通りに今回の侵攻では復活できる聖騎士勇者かエスガルド王国民以外の被害は出すつもりはないみたいですね?」
「その様だな。という事は三日後に復活した聖騎士勇者が合流するまでは静かなんだな?」
「そうですね?隊長達も外に出ずに篭城して迎え撃つようですしね。」
「これからの三日を全力で楽しんでおけ、忙しくなるぞ?」
「かしこまりました!」
パンジーは俺達の作戦の事は何も知らないはずなのだが、とても真剣な表情で大きく頷いてグラタンとパンを口いっぱいに頬張って、ホエースープで流し込み始める。
「そんなに急いで食べなくてもいいだろうに・・・」
「いえ!全力で楽しむためにも一分一秒が惜しいですから!」
「料理を作った身としては味わって欲しい。」
「そうか!全力でこの料理を味わうのも楽しんでるって事ですね!?」
その後パンジーは昼食を全力で楽しみ、全力で食器を洗ってくれた。
そして俺はこれからの生活のためにパンジーを真似て全力で料理を作って時忘れのマジックバッグに全力でストックして行く。
「ルドルフ殿!夜の搾乳が終わりましたがどこに置きましょうか?」
「ほう?搾乳は二回するのか?」
「はい!朝一番に一回と夕方に一回です!」
「なら・・・中身だけ頂く。」
マーサが荷車に巨大な金属製の瓶を乗せてやって来る。
どうやら搾乳は日に二回するらしく、中には牛乳が入っているようだ。
魔法で牛乳だけを取り出して時忘れのマジックバッグに収める。
マーサは目を丸くして驚きながらも荷車を反転させて牛舎へと戻って行く。
とりあえず寸胴鍋に入るだけの牛乳を取り出して煮沸消毒を済ませて騎士団支部へと戻る。
「明日から俺は何か問題が起こらない限りは牛舎で同じ作業をしている。そんなものに監視はいらんだろ?」
「・・・かしこまりました!では失礼致します!」
部屋の前でパンジーに言うと一瞬考えて満面の笑みで答えて去って行く。
パンジーを見送ってから部屋に入るとタルトとアンジーは今日街で買ったのであろうと思われる服や玩具を手にとって思い思いに寛いでいた。
タルトはコマという遊具で遊んでいるのはいいのだが、下着姿のアンジーはベッドの上であぐらをかいて何着もの豪華なドレスを広げてにやにやと見つめている。
「(裸族のお前が服を買ってどうするんだ?)」
渡した金は好きに使えと言っているので問題はないし、彼女が喜んでいるのならそれでいいのだが部屋では下着姿だし外出時はメイド服かワンピースなのにいつ着るつもりなのか疑問だ。
とりあえず昼に作ったグラタンなどの料理を時忘れのマジックバッグから取り出して三人で夕食にする。
「今日一日どうだった?」
「楽しかったですよ?ですが、このチーズ・・・師匠はもっと楽しい事をしていたようですね?」
「このグラタンのチーズ濃厚すぎるわ?それにこのスープもいつもと違うわよね?」
二人共ミノタウロスの牛乳を使った料理に大満足のようだ。
タルトはその後先程煮沸消毒を済ましたミノタウロスの牛乳に驚き、アンジーは今日街で買ったのだろう、ライネン特産のテキーラという酒を美味しそうに飲んでいる。
だが確かかなり度数が高い酒だと言いながらアランはショットグラスでちびちび飲んでいたが、アンジーは普通のグラスで浴びるように飲み、今二本目のボトルを開けているので心配になる。
「アンジー?その酒はきついと聞いたが大丈夫なのか?」
「大丈夫よ!あたしがこれくらいの量で酔うわけないじゃない!」
「師匠?発している魔素が不安定になってますので十秒後に倒れますよ?」
顔どころか全身を真っ赤にしたアンジーは手を振って否定し、新たに注いだ酒を煽り始め。
タルトの予測通りにそのまま後ろに倒れてそのまま寝始める。
俺は深く溜息を吐いてアンジーを抱き抱えてベッドに寝かしつける。
「おそらく今日一日師匠と別行動だったので鬱憤が貯まっていたのでしょうね?」
「そうなのか?タルトもか?」
「私はこの前の外国遠征で慣れましたから。」
「そうか。ならせめてこれから別行動の間は三人で並んで寝るか?」
「いいのですか!?是非お願い致します!」
二人共俺よりも歳上だししっかり者だと思っていたが、そうではなかった様だ。
適当に言ってみたのだがタルトは息を荒げ始め慌ててアンジーを寝かせたベッドに自分のベッドを連結して布団に入り始める。
しかもアンジーとの間に人一人分のスペースが空いているのでそこに入れと言う事なのだろう。
「そんなに喜ぶとは驚きだ。だが夕食の途中だぞ?」
「・・・そうでした。」
タルトと一緒に夕食を再開し、二人で鍛錬を終えて三人川の字になって就寝する。
右隣のアンジーは酒臭い上に熱気を放ってとても熱いし、左隣のタルトは早々に眠って抱きついて来てとても平常心ではいられない。
出来る限り早急にこの防衛戦を終わらせようと心に決めて、久々に自分に睡眠霧を発動させて強制的に眠りに落ちる。
翌朝いつも通りに目を覚ますのだが、やはり魔法で無理矢理眠ると少し寝覚めが悪い。
悪いだけならいいのだが体が動かない事に気付いて、敵の魔法攻撃かと慌てて身体を魔力特性で強化しつつ唯一動く首を動かして状況を確認すると一瞬で原因が判明した。
左右からタルトとアンジーに抱き疲れてがっちりとホールドされていただけだった。
敵からの攻撃ではなかったので一安心だが、二人を起こさずにベッドから出る方法が思い浮かばない。
仕方ないので動かないようにひたすら時が経って二人が目覚めるのを待つ。
「あら?リーダーおはよう?なんで隣で寝てるの?夢かしら?」
「おはようアンジー。夢じゃないぞ?」
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃっ!」
アンジーが目覚めて寝ぼけているのか左隣で寝ていたタルトをベッドから蹴り落として俺にまたがり始めるので、朝一でアイアンクローと電撃をお見舞いする。
「私をベッドから落としたのに御褒美とはいい身分です!」
「まぁそう言うな。」
いつも通りだらしない表情で失神するアンジーはほっといてタルトと一緒に朝食にする。
メニューはいつもと同じベーコンエッグと焼いたトーストに野菜スープなのだが、それにミノタウロスの牛乳が加わるだけで一気に豪華に感じるので不思議なものである。
「そういえば師匠。昨日伝え忘れたのですが、昨日街で怪しい母子を見ましたよ?」
「どう怪しいんだ?」
「二人共ほんの少しですが、保有魔素量が多かったので気になったのですが・・・気にしすぎですかね?」
「ふむ。一応調べてくれるか?」
「かしこまりました!」
タルトは俺に頼まれたのが嬉しいのか満面の笑みで引き受けてくれる。
恐らく俺にわざわざ報告をするという事はタルトはその母子が聖騎士勇者かその関係者では無いかと睨んでいるようだ。
二人でしっかりと今後の行動を話し合いながら朝食を済ませ、牛舎へと出発する。
昨日言ったからか、今日はパンジーの出迎えは無いので一人でライネンの街を歩く。
ちなみにタルトはアンジーが目覚めるのを待ってから母子の調査に出かけるそうだ。
牛舎に着くとレタスが仁王立ちで俺の到着を待っていた。
足元には巨大な金属製の瓶があるので、中には今朝取れた牛乳が入っているのだろう。
「(普通に牛舎を出ているがいいのか?)」
それだけミノタウロス達の事を信用していると言う事なのかもしれないが、お供の騎士もいない様子なので少し牛舎のセキュリティーが心配になってしまう。
「ぶもっ!」
「わかった。昨日の夕方の分と合わせてチーズを作ろう。」
「ぶもっぶもっ!」
レタスは嬉しそうにチーズ作りの準備を始めてるので一緒にチーズを作る。
彼女は人語は話せないがとても賢く、昨日一回作っただけでチーズの作り方を覚えたようで俺が指示を出さなくて動いてくれるので、やはり魔族なのだなと実感する。
「お前のおかげで昨日よりも多いのに早く出来たな・・・本当に助かった。」
「ぶもっ!」
チーズを作り終えてレタスにお礼を言うと、レタスは無駄に凛々しい表情で敬礼をして牛舎へと戻って行く。
あんな表情のミノタウロスは始めて見るので少し驚く。
その後もハイゼン軍は動く事無く平和に時が過ぎて行き二日が経ち。
今日も今日とてレタスと一緒に和やかな雰囲気でチーズを作っていると慌てた様子のパンジーは駈け寄ってくる。
「ルドルフ殿!敵に動きがありましたぁ!」
「レタス?すまんが続きは今度だ。」
「ぶもぅ・・・」
俺が作りかけのチーズを時忘れのマジックバッグに入れると、レタスはとても残念そうに肩を竦めているので申し訳ない気持ちになるが悪いのはこんなタイミングで攻めてくるハイゼン軍であって俺ではない。
「パンジー?敵襲は南門だな?」
「そうです!失礼します!」
パンジーは俺が指示する前に抱きついてくるので、そのまま抱き抱えてエアーバッシュを発動して南門へと跳ぶ。




