第二百十一話 暴走するミノタウロス
翌朝目覚めてタルトとアンジーは変装も含めてメイド服ではなくワンピースを着て「王都以外の人間の街を観光です!」と言って出かけた。
一応顔に認識疎外魔法をかけているので正体がばれる事は無いだろうし、不埒な輩に絡まれたとしても心配するべきは絡んだ人間の安否なので問題無いだろう。
俺もさっさと準備をしてこの街でしか手に入らない貴重な食材を手に入れるために出発する。
「ルドルフ殿どちらへ行かれるのですか!?」
「パンジーか。お前指揮官だろう?なぜこんな所にいるんだ?」
部屋を出るとアンジーが扉の脇に控えていた。
アンジーは大出世して指揮官になったはずだ。
戦争の真っ只中に指揮官が抜けて大丈夫なのだろうか?
「ルドルフ殿の御付を出来る人間は私かアイリーン先輩だけなので私に白羽の矢が立ちました。」
「まぁアイリーンかパンジーならば楽なのは認めよう。」
騎士団支部を出て、街を進みながらパンジーと話をする。
おそらくパンジーは俺の監視要員だろう。
俺としては別に監視された所でやましい事をするつもりは無いので構わないのだが、一々驚かれたり根掘り葉掘りと聞かれないと思えばパンジーの御付はありがたい話かもしれない。
それに監視と言ってもバンクとザッシャが俺の行動を知りたいだけだと思うのでパンジーならそのまま報告すれば面倒臭くなりそうな事をしても適当に処理してくれるだろう。
「ルドルフ殿も逐一何をしているのか?と聞かれたら嫌でしょう?」
「丁度俺もその事を考えていた。」
それと同時に最近タルトやニッグといった眷属とばかり行動を共にしているから忘れていたが、俺の行動は一般人からすれば非常識な事が多いという事を思い出す。
「それでどこに向かってるんですか?」
「眷属達の所だ。」
「ミノタウロスですか?牛舎には超強力な結界が張られているので騎士以外は入れませんよ?」
「俺とアランが張った結界だ。問題無い。」
俺とアランが片手間に張った結界なのだが超強力と言われてしまった。
パンジーは「やはり私が御付で正解ですね。」と小声で呟いているがお構い無しに街の外れにあるミノタウロスの牛舎へと向かう。
パンジーもそれ以上は何も言わずに黙って俺の後ろを付いて来る。
確かにこれが何も知らない騎士であれば、早速根掘り葉掘り聞いてきて辟易としていただろう。ザッシャの采配に感謝しなければならないようだ。
「(というか俺の行動を逐一知りたがらなければいい話しなのだが・・・)」
そんな事を考えながら結界を通って牛舎の中に入る。
「あれ・・・結界が作動してないんでしょうか?」
「昨日ライネンに到着した時にまずここに来てミノタウロスの無事を確認してな?その時に俺と眷属は入れるように仕様を変更した。」
「さすがはルドルフ殿!何でもありですね!?」
「何でもありでないぞ。」
パンジーがサムズアップして言って来る。
自分の魔法だから出来るのであって、それこそタルトが本気で張った結界だったら弄る事は不可能だろう。
牛舎の中に入るとミノタウロス達が昨日と同じように俺に抱き付こうと立ち上がるので手で制して止める。
「ルドルフ殿!?お久しぶりです!早速ですがミノタウロス達が乳を搾らせてくれなくて困ってます!助けて下さい!」
「たしか・・・マーサだったか?」
俺達の姿を見つけて一人の女騎士が駈け寄ってくる。
確かレタス達に気に入られて世話係の最高責任者に任命された女騎士のマーサだったと記憶している。
「そうです!マーサであります!パンジー指揮官殿もいらしたのですね!?挨拶が遅れて申し訳ありません!」
「歳下の私などに敬称も敬礼も不要です!それよりもミノタウロスの異変を解決する方が先決です!」
マーサがパンジーの存在に気付いて敬礼をし始める。
パンジーは普段ののほほんとした様子からは想像も付かないほどにキリッとした様子マーサに言い放ち、そしてレタスへと近づいて「どうしたのかな?病気なら教えて?」っと撫でながらミノタウロス達の様子を確認するが、ミノタウロス達は全員元気な様子で問題は無さそうだ。
「レタス?なぜ乳を搾らせてくれないんだ?」
「ブモッ。」
俺もレタスに近寄って問いかけてみる。
レタスが俺を呼び寄せるように手を振ってくるので柵の中に入って近づくとレタスは俺を抱き抱えて俺の顔に胸を押し付けてくる。
ミノタウロスの何カップか判断のつかない、とにかく巨大なおっぱいを押し付けられるのはとても心地よい感触なのだが、如何せん荒っぽい。
タルトがいないのでレタスが何を言ってるのかは不明だが、おそらくレタス達は俺に乳を上げるために騎士達の搾乳を断わっていたようだ。
俺に乳を押し付けるレタスを見た周りの雌のミノタウロスが興奮し始め、全員が自分の生活スペースから出て来て俺に群がってきて今日も、もみくちゃにされる。
「おい止めろ!みんな落ち着け・・・おい乳を俺にかけている奴はどいつだ!?」
もみくちゃにされてとても困っていると、どいつかわからんが乳が降ってきてとても不快な気持ちが追加される。
ミノタウロス達を落ち着かせようと必死に命令するのだが、興奮したミノタウロス達には俺の声は届かず四方八方から白い液体が飛んで来てずぶ濡れになってしまう。
出来る限り平和的な解決を望んでいたのだが、我慢の限界を迎えてしまった。
ミノタウロス達から抜け出すべく、手当たり次第にミノタウロス達の皮膚を掴んでとりあえず上へ登ろうと試みる。
ローブを伝って地面に滴るほどに乳を浴びて滑りがよくなったおかげで、スルリと抜け出す事に成功したので足元に見える興奮したミノタウロス達全員に拳骨を振り下ろす。
「お前らいい加減にしろ!出すなら自分の場所に戻って搾乳されろ!勿体無いだろうが馬鹿共が!」
「「「「ぶもぅ・・・」」」」
ミノタウロス達は肩を竦めてそれぞれの自分の場所に戻り、世話係の騎士達による搾乳が始まる。
最初から大人しくこうすればいいのに、無駄な事をするから無駄に体力と貴重な牛乳を失う事になるのだ。
「レタス?お前はみんなを抑えられなかった罰だ牛乳だらけの藁で反省しろ。」
「ぶもっ!?ぶもっぶもっ!」
レタスは俺の言葉に何やら抗議をしているようだが何を言っているのかは全くわからない。
レタスの生活スペースは三分の二が乳まみれになり、寝床である藁もずぶ濡れになっているので、おそらくこんな場所では寝られない!とかそんな所だろうが、レタスが部下達をしっかり管理していればこんな事にはならなかった。
俺は自分に洗浄魔法を掛けながら少し強めにレタスに命令を下す。
「信賞必罰だ!良い事をすれば褒美、悪い事をすれば罰という意味だぞ?これは命令だ!聞けないのなら俺の眷族とは認めん!」
「ぶもぅ・・・」
レタスは先程までの元気はどこへやら意気消沈した様子でかろうじて藁が濡れてない端っこで項垂れ始める。
これで次からは同じ状況にはならないだろうと信じたい。
「マーサ。少し一悶着あったが問題無いな?」
「はい!問題なしであります!」
「ならば牛乳を譲って欲しいのだがいくらだ?」
「バンク隊長は平素よりミノタウロスの乳はルドルフ殿の所有物だと申しておりますので、ご自由に御使い頂いて問題無いと思います!」
「それはありがたい。では御言葉に甘えて今取れた牛乳を全部貰ってもいいのか?」
「それは問題ありませんが・・・百リットル近くになりますがよろしいですか?」
「問題無い。チーズを作りたいから足りないくらいだ。」
前に作った感じで行くとチーズに加工すると大体十分の一の量になる。
つまり百リットルの乳では十キロ程のチーズしか手に入らないのだ。
しかもそこからモッツァレラチーズにしようとすると更に量は減ってしまう。
王都に帰ったらウラン達にお礼をすると約束をしたのであの大飯喰らいに出すと考えるとどれだけの食材があっても足りる気がしない。
そしてこのタイミングでこれからしばらく分の乳製品をストックしようという目論みもあったので、俺が滞在している間の牛乳は全て俺に回して貰うように手配しておく。
「では俺がいる間は牛乳を全て頂いて構わないか?」
「問題ありません!むしろそうしないとレタスさん達が搾乳させてくれそうにありませんし・・・」
今しがた搾ってもらった牛乳を入れた金属製の瓶をドヤ顔で俺の前に置いて自分の寝床に戻って行くミノタウロス達を見ながらマーサが言う。
搾乳していた騎士達がぽっかりと口を開けてミノタウロス達を見ているので、おそらく普段は自分の牛乳を運んだりなどはしないのだろう。
どうやら先程俺に叱られたのが余程堪えたようで全員とても大人しく甲斐甲斐しく働いている。
恐らく反省したレタスが雌のミノタウロス達に指示を出した結果なのだろう。
「マーサ?もう一つすまんがレタスの寝床を急いで掃除してやってくれ。」
「勿論です!」
マーサは満面の笑みで敬礼をしてレタスの寝床に行って騎士達に指示を出し始める。
レタスは嬉しそうに騎士達の指示に従って自分の寝床を離れて俺の下に搾りたての牛乳が入った瓶を持ってくる。
だがレタスは他のミノタウロス達と違って瓶を地面に置こうとしないので、俺は不思議に思いながらもドヤ顔のレタスと睨めっこをする。
「もしかして・・・俺に付いて来るのか?」
「ぶもっ!」
どうやらレタスは俺に付いて来るつもりのようだ。
どうせこれからしばらくは牛舎の前で一日中チーズと料理の作り置きを作るつもりだったので問題無いだろう。
さっさとチーズ作りを開始するべくレタスとパンジーを連れて牛舎を出る。
「レタス?お前は何が出来る?」
「ぶも!ぶももっ!」
レタスの言葉は理解出来ないのだが、なぜか何でも出来ます!っと言っている気がした。
レタスの巨躯ならば一気に百リットルの牛乳を加工する事が出来そうだ。
マジックバッグからこの前の聖騎士勇者達が身に着けていた武具を取り出して魔力成型を使って纏めて一つの金属の塊に変える。
「ひえっ!どうなってるんですか?」
「人間社会の言葉で言うと錬金術だな。」
俺が金属の塊を百リットルの牛乳を入れることが出来る鍋を魔力成型で作っているとパンジーが尋ねて来る。
「いや・・・確かに金属を練ってますけど、あたしの知ってる錬金術って金属は練りませんよ?」
「じゃあこれが本当の錬金術だ。」
パンジーは納得いってないようだが、それ以上口を挟む気は無いようだ。
遠慮無く鍋を作ってレタスに手渡す。
「レタス?この鍋を火にかけて牛乳を入れてくれるか?」
「ぶもっ!」
「次はこの木ベラを使ってゆっくり混ぜ続けてくれ?疲れたら言ってくれ?」
「ぶもっぶもっ!」
正直チーズ作りは寸胴鍋を使って丸一日かかる予定だった。
そしてチーズを作りながら並行して料理もするつもりだったので、かなりの負担が減ったのでとてもありがたい。
レタスが付いて来ると分かった時は邪魔をするなよ?っと心配になったが杞憂だった。
「次の二つ名は魔物使いとかですかね?」
「レタスは魔物では無いぞ?人語を扱えないだけでミノタウロスの魔族だぞ?」
パンジーが何やら不穏な言葉を呟いているのが聞こえた。
もうどんな二つ名が付いたとしても気にしない事にしているので二つ名に関しては問題無いのだが、一つ聞き捨てならない言葉があったのでしっかりと訂正しておく。
「ひぇ!?魔族さんなんですか!?初めて見ましたぁ・・・」
「ウランを見ただろう。」
パンジーは牛乳を掻き混ぜるレタスを見て目を輝かしているが、初めてでは無いので突っ込んでおく。
そのままレタスに手伝って貰いながらチーズを作るのだが、出来れば最後の行程こそ巨躯のレタスに手伝って貰いたいのだが、道具が足りない事に気付いてしまう。
「パンジー?すまんがお使いを頼めるか?」
「喜んで!」
「えっとな?一メートル四方の布巾か麻布を買って来てくれ。」
「かしこまりました!」
レタスで扱えるサイズの布巾のお使いを頼むと、パンジーは二つ返事で引き受けて街へと走って行く。
レタス用の木ベラなどは魔力成型で即席で作れるのだが、最後の行程で使う布巾は魔力成型では作り出すことが出来ない。
余りにも作業が順調に進んでいたので、布巾が無い事に気付いた時は少し焦ったがこれで一安心だ。
最後の行程であるホエーの搾り出しの前にパンジーが帰ってきたので、買って来てくれた巨大な麻布を洗浄魔法で綺麗にしてレタスに渡しながら作業を説明する。
やる事は凝固したチーズが入った液体を丸ごと布巾で包み搾ってホエーからチーズを取り出す単純作業なのだが、俺では一回に包める量が少ないので何回搾る事になるのだろうか?っと危惧していたのだが、巨躯のレタスに渡した布巾は一気に半分を包めるようだ。
レタスが付いて来てくれて本当に助かった。
「ゆっくりと搾ってくれ?」
「ぶもっ!」
レタスは慎重に布巾を搾り、大量のホエーが布巾から出て来て、絞り終わった布巾を広げると中から巨大なチーズの塊が現れる。
「すごい・・・ルドルフ殿って何でも出来るんですねぇ?本当に年下なんですかぁ?」
「書物で学んだ知識ばかりだ。さぁ残りもさっさと搾って昼食にしよう。」
「ぶもっ!」
俺が出来上がったチーズの塊をマジックバッグに入れると、レタスは力こぶを見せつけるようにポージングして任せろと言わんばかりに残りの牛乳を布巾に入れて搾り始める。
レタスはもう俺が見ていなくても問題な無さそうなので昼食の準備を始める。
メニューは作りたてのチーズを使ったグラタンを作ろうと思う。
夕食でタルトとアンジーにも振舞おうと思うので多めに作る。
「ぶもっ!」
「本当に助かった。褒美にこれを食べていいぞ?」
「ぶもぉぉぉぉ!」
レタスが搾り終わったチーズを渡してくるので、俺が御褒美に王都で買ったライネンでは見た事無い野菜や果物を取り出すとレタスは野菜と果物を抱き抱え、興奮した様子で牛舎に戻って行く。
おそらく牛舎の中にいるミノタウロス達と一緒に食べるのだろう。
レタスは少し暴走したが、部下思いのいい上司という事がわかりほっこりしながら昼食を作る。




