第二百二話 九番隊詰め所
岩山から出てタルトが水竜になるので、慌てて認識疎外魔法をかけて背中に乗る。
「アンジー?私の背に乗れるのは師匠だけです!」
「え?じゃああたしはどうす・・・ぎゃぁぁぁぁ!」
タルトは俺に付いて背中に乗ろうとしたアンジーを乱雑に掴んで飛び始める。
アンジーが叫ぶのは仕方のない事だが、ゲーテの町人達が叫び声を聞いて認識疎外魔法が解けたら大騒ぎになるのでとても迷惑である。
「煩い魚ですね・・・」
「いけずせずに背に乗せてやればいい話しじゃないのか?」
「受け入れはしましたが、まだ認めていませんから!」
「まぁ水竜の矜持もあるんだろうし、これ以上は何も言わないでおくが・・・」
俺が主として命令すれば済む話なのだが、もしかすると水竜にとって背に乗せて飛ぶのは特別な行為の可能性もある。
出来れば無理強いはしたくないので必死にタルトの爪に掴まるアンジーの叫び声を聞きながら王都へと向かう。
二時間程かけて夕暮れ時に王都へと到着する。
今日一日で遠くに見える山から地平線の向こうのゲーテに行き、王都に帰ってきたと思うと今も馬車でゆっくりと王都に向かっているクリスティアナとパンジーに申し訳ない気持ちになってしまう。
そのまま地上に降り立ち三人で門に行くが、身分証を持っていないアンジーがいるので少しだけ手間取ったが特に問題無く王都へと入る。
「師匠?家はこちらですよ?」
「む?そうなのか?」
いつも通り城を目指して歩いているとタルトに引き止められて、城ではなく住宅街へと連れて行かれる。
タルトはそのまま一軒の屋敷の扉を無造作に開いて中に入って行く。
「(二年生になったから本校舎の寮に連れて行かれると思っていたが違うのか。)」
タルトに付いて屋敷に入るが、全く身に覚えの無い家なのでさっぱり意味がわからない。
「タルト?ここはなんだ?」
「九番隊の詰め所です。」
そういえばアランの手紙に屋敷を買ったから金を出せと書いていたのを思い出した。
屋敷のエントランスホールと言うのだろうか?広間で屋敷の中を見渡すが部屋の数を数えるのも億劫になりそうなほどの豪邸だ。
俺は悪い事をしたつもりは無いのだが、なぜこんな豪邸を勝手に買われて金を出させられないと駄目なのだろうか?
自分に降りかかってくる不条理を嘆いていると一つの部屋からニッグが出て来て大騒ぎし始める。
「おい!隊長とタルトさんがいるぞ!」
「え?嘘だろ!?」
「隊長お久しぶりです。」
「タルトさん右腕が戻ってる!」
「みんな?隊長は疲れてるんだから静かにしなさい?」
残りの四人がニッグの言葉に反応して各々の部屋から飛び出して大騒ぎし始める。
約三ヶ月ぶりの再会だが全員元気そうでなによりである。
「寮の準備が済むまではここでゆっくりと療養しましょう。」
「了解だ。あとこいつはアンジーという。ノエル!アンジーに服を貸してやってくれ。明日買いに行かせるから今日の分だけでいいぞ。じゃあ食堂に案内してくれるか?」
「いらなぁい!ってか家なんでしょ?家の中でまで服を着なきゃ駄目なの?人間って意味がわかんないわね。」
俺が気を利かせて言ったのだが、アンジーはドMな上に裸族だったようだ。
メイド服を脱いで裸で寛ぎ始める。
ニッグとドルフがアンジーの裸を凝視して、女性陣に非難の目を向けられている。
「もう何も言わん。だが来客時は服を着ろよ?」
「なんで・・・わかりました!」
服を着るのは人間の都合なのだ。
無理矢理慣れない事をさせて体調を崩されても困るので、家などのプライベート空間内は許容する事にする。
アンジーは口ごたえしようとするが、タルトの凍りつくような視線に気付いて素直に了承するので、タルトと二人で調理場に入って夕食を作る。
「師匠?明日から稽古をつけてくれませんか?」
「どうした?」
「この前の一件で自分の弱さを痛感しました。この体での戦い方を教えて下さい。」
「俺よりも強いタルトに教えられる事があるのか?」
「師匠は私よりも魔力量が少ないですが、私は師匠に勝てません。」
「買い被りだ・・・だが俺に教えられる事は全て教えよう。」
タルトは少々自分の事を過小評価している。
俺とタルトが本気で戦えば圧倒的な魔力量の差に為す術もなくやられると思うのだが、何やら思いつめた様子なので俺で教えられる事があるのなら喜んで教えよう。
みんなで夕食を食べて、裸のアンジーを連れて俺達の部屋へと向かう。
「ベッドが二つか。俺が床で寝るから二人はベッドで寝るといい。」
「いえ。アンジーが床です。」
「岩肌に比べたら触り心地もいいし問題無いわよ?」
俺の言葉に二人が反発する。
だが女性を床に寝かせて自分がベッドで眠るのは納得がいかない。
しばらく三人で口論をしてタルトとアンジーが二人で一つのベッドで寝ることになった。
明日はノエル辺りにお願いしてアンジーの服や生活必需品を買ってきてもらうことにしよう。
三人で並んで鍛錬を行って仲良く就寝する。
翌朝朝食はタルトに任せて屋敷の周りに魔法陣を刻んで結界を張る。
外からの防護障壁ではなく幻影を主とした結界だ。
タルトとの稽古は激しいものになると容易に想像できるので家の中では出来ないし、森の中で稽古をしていて誰かに見られるのも拙い。
考えた結果無駄に広い庭にこの結界を張って訓練をする事にした。
「師匠!ご飯が出来ましたよ!」
「わかった。」
タルトに呼ばれ屋敷に戻ってみんなで朝食を食べる。
ノエルにしっかりとアンジーの買物をお願いするのを忘れない。
ノエル達の生活必需品なども一緒に買って良いと言うとルードとマリアも鼻息を荒くして一緒に行くと言い出した。
べつに断わる理由も無いので、買物用に金貨が入った皮袋を適当に取り出して渡すとニッグ達が目を見開いて驚いていたが、無視して朝食を再開する。
「では頼んだ。ニッグ達お前らの物も買っていいからな?」
「はい!最高級の物ですね?楽しい買物になりそうですウフフ!」
「あぁ・・・動きにくい・・・」
朝食を食べ終わってノエル達が服を着て窮屈そうなアンジーを連れて屋敷を出発する。
そして残ったニッグとドルフは俺とタルトが稽古をすると聞いて目を輝かせて付いてきた。
「師匠?こんな人目のある場所でいいのですか?」
「結界を張ってある。外から見ても普通の平和な庭だ。」
「ならば安心です!」
「では始めるぞ?」
「はい!」
まずはタルトに基本的な拳法の型を教える。
やはりタルトは物覚えが非常にいい。
一度教えたらすぐに自分の物にするので、一週間はかかると思っていた行程を三時間で消化してしまったので組手を始める。
昼になったのでタルトと昼食を作っていると、興奮冷めやらぬ様子のタルトが鼻息も荒く目を輝かして口を開く。
「やはり師匠は強いです!身体能力では私の方が勝っているはずなのに勝てません!」
「弱い人間が生きる為に編み出した技術だからな。」
「素晴らしい技術です!」
「それで?ニッグとドルフは参加すると息巻いていたが昼からは参加するか?」
タルトは俺に負けて大喜びしているが、俺としてはタルトの覚えが早すぎて師匠として初日で負ける訳には行かないので必死である。
食堂で昼食が出来上がるのを待っている二人に声をかけるが首が取れそうな程に横に振って拒否される。
なぜそこまでの拒絶をされるのか全く分からずに思わず首を捻ってしまう。
「目で追うのがやっとの組手なんて冗談じゃないです!」
「俺達が入ったら死んじまいます!」
どうやら俺とタルトとの組手が激しすぎて二人共尻込みしてしまったようだ。
折角なのでついでにニッグ達にも強くしようと言う目論みもあって庭に結界を張ったのに困った事になってしまった。
しょうがないので出来る限りは使わないと決めている主権限を使う事にしよう。
「そんな事言わずにタルトと組手をしろ。タルトは二人のレベルに合わせて型の確認だ。」
「了解です!千里の道も一歩からですね?」
「やるしかないんですね・・・」
「やりゃいいんでしょ!?ちくしょう!」
俺が命令をするとタルトは満面の笑みで答え、ニッグとドルフはこの世の終わりのような表情で了承する。
そしてついでなのでニッグ達に俺の正体を明かしておこうと思う。
昼食を机に並べながらニッグ達に尋ねる。
「お前ら・・・秘密は守れるか?」
「勿論です。」
「俺達が魔人っていう秘密も守ってますぜ?」
「ならば俺の正体を教えよう。俺はついこの前九歳になったばかりの人間だ。」
ベネチアンマスクを外しながらニッグ達に正体を明かす。
ニッグ達は口をパクパクさせて言葉が出ないようだがタルトが昼食の準備を完了させるので昼食を始める。
「師匠?やはりそんな無粋なマスクは無い方が男前ですよ?」
「そうか?タルトのような美人に言われると本気にしてしまいそうだ。」
タルトの眷属贔屓があるとは言え、美人に言われると悪い気はしない。
ニッグとドルフはまだ現実を受け止めきれずに口をパクパクとさせているが、気にせずに昼食を始める。
「ちょっ!隊長が九歳って嘘でしょう!?」
「先に再起動したのはドルフか。嘘じゃない。そしてタルトは水竜の魔族でアンジーは人魚の魔族だ。」
「いきなりぶっこみすぎですぜ・・・」
「小出しにした方がよかったか?」
ドルフは頭を抱えて机に突っ伏して再びフリーズする。
タルトは小さく「軟弱な・・・」と呆れながら昼食を食べ始める。
少し遅れてニッグが何も言わずに昼食を食べ始める。
「どうした?ニッグは何も言わないのか?」
「昼からの稽古のためにも食べておかねば駄目ですので。」
「ハッハッハッドルフよりもニッグの方が対応力が高いとは驚きだ。」
「対応したんじゃないです。理解することを諦めたんです。」
まさか普段おちゃらけ担当のドルフよりも先に堅物のニッグが順応するとは思っていなかったので思わず笑いが出る。
ニッグは真顔のまま何やら失礼な事を言っているが、昼からの稽古に向けてヤル気満々な様子なので何も言わないでおこう。
そのまま朝食を終えてニッグとドルフを連れて庭へと行き稽古を開始する。
ニッグとドルフは必死にタルトに襲い掛かるが、タルトは余裕の表情で相手をする。
ニッグとドルフは格上との戦闘によってレベルアップを、タルトはしっかりと今日覚えたての型を復習してスキルアップして一石二鳥だ。
「あらあら。帰ってきたって聞いて駆けつけたら、外からは見えなかったけど面白そうな事をしてるわね?」
「アランか。とりあえず抱きつくのはやめてもらえるか?」
「ニコ成分を補充よ!補充!」
「意味がわからん成分を補充するな。この屋敷はいくらだ?」
「えっと・・・五千万だっけ?」
「わかった。次からは大きい買物は相談しろ?」
ニッグとドルフとタルトの稽古を眺めているとアランがやって来たと思ったら抱き付いて来て、いつも通りに俺の顔を胸の谷間にうずめてくる。
とりあえずアランを引き離して屋敷の代金を支払う。
後から聞いた話だが本来ならば二億ゴールド程の物件だったらしいのだが、九番隊のアランとタルトの働きによってこの値段になったらしい。
その話を聞いてアランが九番隊と言う事をすっかり忘れていて驚いたのは内緒である。
「そういえば胸に穴が開いたらしいじゃないか?」
「そうよ!女の穴がまだなのに!だけどニコとの愛の力で全回復よ?」
「無駄な下ネタを挟むな・・・にしてもお前生娘なのか。」
「そうよ?ニコのためにとってるの!」
アランは聞くに堪えない下ネタを交えて返してくる。
この国の人間のほとんどは十二歳で成人すると同時に結婚して子供をもうけるのが一般的であり、十七歳にもなって生娘と言うのはかなり珍しい部類のはずだ。
俺が疑いの目を向けていると居た堪れなくなったアランは顔を真っ赤にして口を開く。
「そうよ!あたしみたいな強い女に手を出そうなんて人間はいないわよ!?」
「いや、俺は何も言ってないが?」
「だからあたしよりも強いあんたくらいしか嫁の貰い手が無いの!責任取りなさい!」
「何の責任だ・・・とりあえず屋敷の代金を払って来い。」
アランは何やら逆切れして、すごい剣幕で迫ってくる。
勢いに任せて色々と無茶苦茶な要求をして来ていて、相手をしきれないので背中を押して屋敷の外へと押し出してタルト達の組手を眺める。
その後アンジー達が帰ってきて、一緒に買物に行っていたルード・マリア・ノエルが俺達の正体を知って驚くと言うハプニングはあったりしたが、平和な日々が過ぎていく。




