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第百九十七話 水竜の怒り

タルトがエミールへと駆け寄って魔王の手斧を振り下ろす。

柄が短いと言うだけの理由で手斧と名付けられた刃渡り五十センチ近くの大斧がエミールに迫るが涼しい顔で避けられ、空振りしてそのまま大講堂の床を叩き割る。

「今だ!全員でかかれ!」

タルトの斧を避けたエミールに教官達が斬りかかるが、エミールの結界に弾かれエミールの魔法によって大講堂の端まで吹っ飛ばされる。

文字通り鎧袖一触と言った様子である。

教官達は怯む事無く各々武器を手に持ってエミールに襲い掛かる。


「タルト君?人が集まるのを待っていた理由は君の武器が一番脅威だと思ったからだよ?」

「くっ!」

エミールはいつも通りの涼やかな様子で教官の相手をしながらマジックバッグから禍々しい剣を取り出してタルトへと振りかぶる。

生物かのように血管が浮き出ていて生身で受けるのは絶対によした方がいいと一瞬で判断できる異様な剣であり、タルト瞬時に床にめり込んだ斧は手放してその場から飛び退いてエミールの剣を回避する。



「うぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」

タルトの近くにいた人間が剣に触れると叫び声が上げながら、その場に膝をついて苦しみもがき始める。

「ちっ!邪魔な人間達ですね。」

今自分が戦闘をすればエミールを討たんと戦っている教官達に被害が及ばないわけが無い。

タルトは自分の騎士団所属という立場を良く理解しているからこそ動くことが出来ない、それどころか騎士として教官達を守るべく結界を張らなければならない。

邪魔でしかない人間達のせいで戦闘に参加出来ないのに魔力はどんどんと使わされるこの状況にタルトの鬱憤が溜まって行く。



「どうなってる?転移石が反応しないぞ!?」

「大講堂が魔力に包まれているので結界を張られているのでしょう。」

サミュエルは身につけているマジックアイテムが発動しない事に慌てふためき、タルトは冷静に状況を確認する。

そしておそらく大講堂からは出るには術者であるエミールを倒すしか無いと言う結論に至る。


「退路も断たれ、アランさんはやられ、私も彼らが邪魔で何も出来ない・・・見事ですね。」

タルトがエミールに遊ばれる教官達を見て思わず愚痴を漏らす。

エミールと戦う教官達は決して弱くは無い。

全員が金級クラスの戦闘力を保持した一流の戦士なのだが、エミールが桁違いなだけなのである。

そしてエミールも今の状況をしっかりと理解しているので、教官達を倒すよりもタルトが張った結界を狙って、タルトの魔力が枯渇するのを待っている状況である。






「おい!お前ら邪魔だ!散れぇぇぇぇっっっ!」

戦場と化した大講堂の中に怒号が響き渡り、教官達が我先にとエミールとの戦いをやめて蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。

怒号の主はアランであり、胸元には大穴が空いていて左の乳房が顕わになっている。


「・・・嘘だろ?アラン先生は不死身か?」

「ルドルフから貰ったネックレスが壊れただろうが!命で償え。」

エミールは青筋を浮かべたアランを見て思わずと言った感想を言うが、怒り心頭のアランには届く事は無い。

アランは右手に持った青く光る剣を振り下ろす。

振り下ろされる剣の刀身が何千という目を凝らさないと見えないほどの薄い刃に分解し飛んで行く。

この薄い刃の集合体こそアランの奥の手である魔剣グラムであり、騎士の鎧程度の金属ならば易々と貫く破壊力もったアランの最強の奥の手なのだ。

エミールは魔法障壁と結界でアランの放った薄い刃を防ぐ。


「さすがは神銀(ミスリル)!素晴らしい奥の手をお持ちだ!」

薄い刃を防ぎきったエミールが手放しにアランを褒める。

アランは無表情のまま刀身の無くなった剣を再び振ると、先程エミールの魔法障壁と結界によって弾かれて四方八方に散らばった刃が再びエミールへと襲い掛かる。


「死ね。死の行進(デスマーチ)。」

感情を捨てたアランが三度剣を振る、散らばっていた刃達が一列に並んでエミールへと突っ込んで行く。

エミールは即座に反応して全力で魔法障壁を張って弾くが、弾かれた刃はすぐに最後尾に飛んで行き次の発射を待ち死の行進(デスマーチ)が終わる事は無い。



「この手は隠しておきたかったのだけどねぇ・・・」

エミールはいつも通りの様子で飄々とした様子でアランのグラムを防ぎつつ呪文を唱え始める。

水竜の怒り(ドラゴンブレス)!」

氷結地獄(コキュートス)!」

エミールの行動の変化を察知したアランとタルトが即座にアイコンタクトをして同時攻撃を行う。

タルトは左手から圧縮されたブレスを放ち、アランは氷の槍を作り出して打ち込む。

タルトが放出した水がエミールの魔法障壁と結界を割り、アランが打ち込んだ氷の槍がエミールを含めた周囲の全てを凍てつかせ続け、すぐに巨大な氷塊が出来上がり中心には苦悶の表情を浮かべるエミールが氷漬けになっている。

終わった。誰もがそう思い、アランとタルトも大きく息を吐き出しながら床に尻餅をつき、サミュエルを囲んで守っていた教官達から歓声が上がり始める。




「勝ったと思ったのかい?」

歓声の中小さく声が聞こえた。

それは近くで尻餅をつくアランとタルトでも聞き逃すほどに小さな声のはずなのに腹の底まで響く声だ。

アランとタルトはどこから声が聞こえたかはわからなかったが、即座に氷漬けとなったエミールに視線を向ける

「嘘。」

「魔力が漏れ出し・・・」

エミールを覆う氷にひびが入っており、二人が気付くのを待っていたのかのように、氷のひびは一気に広がり次の瞬間砕け、無傷のエミールが現れる。


「マジか・・・エミール何者よ・・・」

「魔力量が跳ね上がりましたね・・・」

突然の出来事に大講堂内の全員が呆気に取られる。

そんな中二人だけは驚きながらもアランは魔剣グラムをエミールへと飛ばし、タルトは渾身の魔力で魔王の手斧を回転させて投げつける。


「目障りです。」

エミールが右腕を一振りすると衝撃波が起きて千を越す刃を粉々に砕きアランに襲い掛かる。

アランの全身から骨の折れる鈍い音が鳴り響き、直後大講堂の壁へと叩きつけられる。

続いてエミールは飛んで来た魔王の手斧を左手で摘んで受け止め、そのままタルトへと投げ返し先ほどと同じように左手を振って衝撃波を起こす。

タルトは必死に魔王の手斧を操作しようとするが、音速を越える速度で飛んで来た手斧は無慈悲にも右肩を通り過ぎて行き、右腕が宙に舞い、遅れてやって来た衝撃波によってタルトはきりもみながら大講堂の壁へと吹き飛ぶ。

度重なる突然の出来事に教官達は何も反応できずに大講堂の中に嫌な静寂が広がる。



「さて少々計画が崩れたがこれで終わりですね。」

エミールは平然とした様子で先程使っていた禍々しい剣を取り出してサミュエル達のいる集団に向かって振り下ろす。

「「「「ぐあぁぁぁぁっ!」」」」

広範囲を衝撃波が襲ってサミュエルを守っていた教官達がまとめて吹き飛ばされる。

オーギュストが自分の全魔力を作った結界によってなんとか耐え切ったが、それも教官達が身を挺して威力を弱めた衝撃波でギリギリだった。

二人だけに的を絞った衝撃波を防ぐ力も余力もオーギュストには残っていない。


「ほう?やはりニコ君は別格か・・・」

黒雷(ベリッシュサンダー)!」

エミールは唯一残ったニコを褒め余裕の態度である。

サミュエルが手を叩いて油断した様子のエミールに向かって魔法を放つ。

黒雷(ベリッシュサンダー)とはニコが作った魔道具に刻まれた魔法の中で一番威力のある魔法であり、名前の通り黒い雷がエミールへと向かって行く。

エミールは平然と剣を振って衝撃波を発生させる。

衝撃波は黒雷(ベリッシュサンダー)をいとも容易くかき消し、そのままエミール達へと襲い掛かる。


「殿下!」

オーギュストが反射的にエミールの前に出て残り少ない魔力で魔法障壁を張って防御体勢に入る。

黒雷(ベリッシュサンダー)によって魔力を使いきって、虚ろな目になったサミュエルはされるがままにオーギュストの後ろで立ち尽くしている。

直後二人を襲おうとしていた衝撃波は突然発生した結界に阻まれて金切り音を響かせながら二人を通り過ぎて大講堂の壁へと衝突した。

エミールは突然の出来事に一瞬唖然とした表情をして、すぐに唇を噛んで表情を歪ませる。



「また新手ですか!?もう僕の計画は無茶苦茶だ!」

「なんとか間に合ったようだな・・・」

「馬鹿者が何が間に合ったじゃ!?わらわの妹がボロボロなのじゃ!」

エミールの憤慨する声と共に聞き覚えのある声を聞いたサミュエルは状況を確認するためにオーギュストを払いのける。

目の前に立っていたのは白髪の英雄フィルと傾国の美女ウランだった。

そしてサミュエルとオーギュストの後ろには八体の人に変化した水竜達がいるのだが、二人がそれに気付くほどの余裕は無い。


「すまん・・・軽率だった。」

「まぁ生きていればどうとでもなろうよ。主ら?とりあえずあの人間を片付けようぞ?」

「「「「「「「「はい!」」」」」」」」

ウランの掛け声と共に八体の水竜がウランに魔力を流し始める。

ウランは右手を前に突き出して、八体と自分の魔力を込めた水竜の怒り(ドラゴンブレス)をエミールに放つ。



「なんとも芸のない・・・」

エミールは先程のタルトの水竜の怒り(ドラゴンブレス)で大体の威力は把握できていると、防げるだけの魔力を込めて結界を展開する。

だがサミュエルは色々と計算を間違えていた。

見た目は先程タルトが放った水竜の怒り(ドラゴンブレス)と変わらない太さの水の柱だが、教官達を守るために魔力を無駄に浪費したタルトの水竜の怒り(ドラゴンブレス)と九体分の魔力を込め、しかも傷付いたタルトを見て文字通り怒っているウラン達の水竜の怒り(ドラゴンブレス)では中に込められた魔力の密度は段違いなのだ。

ウランが放った水竜の怒り(ドラゴンブレス)はエミールが張った結界は軽い音を立てて割れ、そのままエミールの体を貫き、大講堂の壁も突き抜けて空の彼方へと飛んで行く。



「ちっ十年かけた計画が台無しだよ・・・」

エミールはその言葉と着ていた学生服を残してその場から消える。

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