第百九十三話 ヴァドールからの旅立ち
翌朝朝食を作っていると、カイサが昨日渡した草案を神妙な面持ちで読みながらテントから出て来る。
服装は寝た時と一緒で刺激的な下着姿である。
出発の準備を進めていたクリスティアナとパンジーがカイサを見て固まっている。
うっかり説明するのを忘れていたので、どれから処理して行くかとても迷う。
「ルドルフ様!この草案はほんまに出切るんですか?」
「まぁこれから準備に一ヶ月。作り始めてから最低半月はかかるが、軌道に乗せる事が出来ればだが、今の塩の値段を考えると十二分に儲かるはずだ。元手は俺が上げた素材でどうにかなるだろう。」
カイサは俺が作った草案を読んで居ても経ってもいられなかったようだ。
材料費や人件費の計算などがかなり適当だがこれだけ魔素の豊富な海水で塩を作れば十分儲けは見込めるはずである。
「ルドルフ殿?この女性はなぜルドルフ殿のテントから?」
「クリスには手を出さないのに!こういう方が好みなのですね?いやらしい!」
「説明しよう。」
出発の準備を途中止めしてまでクリスティアナとパンジーがつかみかかってくる。
二人共殺気を放っていて今にも斬りかかって来そうなので丁寧に昨夜の状況を説明する。
「成程・・・では何も無かったのですね?」
「こんな魅力的な女性が隣で寝てて何も無し?嘘でしょう?」
説明を終えるとクリスティアナは安心した様子で出発の準備に戻って行くのだが、パンジーは疑いの目を向けたまま俺から離れようとしない。
「わかった。パンジーは朝食はいらないのだな。」
「失礼致しました!カイサ殿は服を着ないといらぬ噂を招きますよ?」
「噂が立てば好都合なんじゃけどなぁ・・・」
パンジーが慌てて馬車へと走って行く。
去り際にカイサに声をかけるのだが、塩田の草案を読みながらポツリと呟いている。
カイサは何の気無しに言っているので、恐ろしい事だが本心なのであろう。
昨日一緒のテントで寝た事によって村の中で既成事実が出来上がっていない事を願うばかりである。
その後四人で朝食を食べて出発の準備を進める。
カイサも手伝ってくれるのだが、刺激的な下着のままなので目のやり場に困ってしまう状況だ。
「ルドルフ様?洗い終わった食器をどうぞ?」
「ありがとう。」
カイサが洗い終わった食器を渡してくるのだが、露骨に胸を押し付けてくる。
薄い下着しか身に付けていないので感触がダイレクトに伝わってとても気持ちいい。
だがここでそれを表情に出してはカイサが昨夜以上に迫ってきそうである。
もう少しで九歳の子供とは言え俺も男だ。このフニフニの感触を押し付けられながら我慢出来るのかわからない。
「ルドルフ様?出発を一日遅らせたらどうじゃろ?」
「はぁ・・・いいか?お前に興味が無い訳では無い。だが手を出してもヴィンガ達のように村に残る事は絶対に無いぞ?」
耳元で露骨な誘惑をしてくるので、しっかりと断わっておく。
「じゃが種くらいは残して欲しいのぅ?」
「カイサ?誰の子かは重要ではない。どうやって育てるかが重要だ。いいか?俺は元々捨て子だ。俺の魔力は無属性でな?いらない子と判断されたようだ。だが運良く森に住む変わり者に拾われて、育てて貰ったんだ・・・つまり俺はどうでもいい人間だった訳だ。」
カイサは諦める事無くけしからんことを耳元で囁いてくるので俺の生い立ちを教えておく。
拾ってくれたのはルル達、魔族なのだが魔族の中でもかなりの変わり者だと思うので嘘は言っていない。
「じゃあどう言う風に育てられたんじゃろか?」
「毎日魔物肉を食べさせてもらい、しっかりとした魔力操作の鍛錬と武芸の稽古を積んだ。それだけだ。」
但し俺が食べていたのは基本はリザードマンやキマイラと言った中々上位の魔物だったし、誕生日などの記念日では竜だった。
ただ魔魚や魔貝は海水に含まれる豊富な魔素を常に酸素と一緒に摂取して循環しているので、魔魚ばかりを食べさせて育てれば十分に魔力を備えた人間へと育つだろう。
この一週間近くヴァドールの村人達を見てきたが、魔力保有量は今まで見た人間達に比べると圧倒的に多いので間違ってはいないはずだ。
でなければ午前中ずっと地引網を引き続けるなどと言う行為は出来るはずが無い。
次に教育に関しては魔法や武芸の稽古はヴィンガとロンヴァルトが居るので問題無いだろう。
俺の考えが正しければ十年後にはヴァドール出身者がブールニア女王国騎士団での中枢を担う存在になっている可能性も十二分にある。
「ルドルフ殿!準備が整いました!」
「どうぞお乗りください!」
「あぁ。じゃあカイサ幸せになれよ?」
出発の準備が終わり、クリスティアナが扉を開けて中へと促してくる。
まだまだ胸の感触を楽しみたいのは山々だが、カイサを引き離して馬車へと向かう。
「絶対にうちを振ったことを後悔させるけんね!?」
「楽しみにしておこう。もしお前の子供に見所があればみっちりと鍛えてやる。」
カイサが泣きそうな顔で言って来るのでしっかりと答えながら馬車の中に入る。
十数年後にカイサの子供が俺の前に現れたらしっかりと鍛えてやろう。
「是非ともまた遊びに来て下さい!」
「御武運をお祈り致しております!」
「お前もさっさと身を固めろよっ!?」
「あたしに手を出さんかった事を後悔しても遅いんじゃけんな!」
村の入口を通るとヴィンガ、ツツジ、ロンヴァルト、ウツミが順番に声をかけてくるので、「ありがとう。」と言うのだが、後ろに控える村人達の歓声でかき消されてしまう。
「なっ!?俺よりもルドルフの方がよかったのかよ!?」
「勿論じゃ!うちは強い人間の方がええに決まっとる!ならどうする?お前がルドルフ様より強ぅなりゃえんじゃ!」
「わかったぜぇ!」
「それでこそうちの旦那様じゃ!」
ロンヴァルトとウツミのラブラブな会話をもっと聞きたかったのだが、無情にも馬車は進み続け、会話が聞こえなくなってしまう。
馬車は進み続けヴィンガとロンヴァルト達は地平線に消えて見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
「ルドルフ殿?何やら不穏な空気の検問が・・・」
「先頭にいらっしゃるのはエンリコ殿とお見受けします。」
「迂回は出来ないな・・・出来る限り静かに進め。」
森の出口に差し掛かったところで御者台から声が聞こえる。
窓から顔を出して確認するが、クリスティアナの言う通りに騎士達を引き連れたエンリコが仁王立ちで待ち構えている。
森の中は狭い一本道なので避けて通る事は出来ないので進むしかない。
但し馬車全体に認識疎外魔法をかけて進む。
ばれれば仕方ないし、ばれなければ儲けものだ。
仁王立ちするエンリコの隣をゆっくりと進む。
「素通りできましたね?」
「出来ちゃったね?」
「俺達のための検問じゃなかったんだろう?」
しばらくしてクリスティアナとパンジーが驚いた表情を御者台の窓から見せながら話しかけてくるので、適当に答えて認識疎外魔法を解除しておく。
認識疎外魔法を掛けたままだと、対向車が来たり後ろから追い抜かれる時に俺達の馬車が認識されずに衝突する可能性があるからだ。
「(解除するタイミングを間違えたか・・・)」
ドランブの街の前を通り過ぎていると、見覚えのある馬車が猛スピードで走って来る。勿論セシリア女王の馬車だ。
「ルドルフ殿どうなさいますか?」
「このまま進もう。もしかしたら急用で急いでいるのかもしれん。」
クリスティアナに指示を出すが、目的は俺達だろう。
一縷の望みをかけて、手を合わせて神に祈る。
「止まれ!止まってくれ!」
「申し訳ありません!お話しをさせてください!」
やはり無信心な俺の祈りが神に届く事は無かった。
慌てた様子で馬に乗ったシャロンとレジーナが俺達の馬車を追い越して行く手を遮ってくる。
先日のような高圧的な態度ではなく頼んでくる言い方なので馬車から降りて応対をする事にしよう。
「なんだ?」
「是非御一緒に城へと帰り、契約魔法の完了手続きをお願いしたいのですが?」
もう帰れると言う考えで一杯になっていてすっかり忘れていた。
誓約書にサインをしたので、契約完了の手続きをしないと契約魔法がかかったままになってしまうのだ。
サインをした誓約書には期限や俺がエスガルドでの生活を制限する項目は無かったので問題は無いだろうが、何かの拍子に契約違反を行う可能性もあるので契約魔法を解除するに越した事は無い。
「そう言えば、忘れていたな・・・」
「では私が先導致しますので道中よろしくお願い致します。」
レジーナがシャロンにボディランゲージで指示を出して、俺達の前を進み始める。
シャロンは後方へと馬を走らせて行くので、後方の護衛をするようだ。
後ろにセシリア女王が乗る豪華な馬車が並んでリーオへ向かって馬車が進み始める。
「今日はここで夜営に致しましょう!すぐに焚き火などを準備致しますので少々お待ちください!料理の材料もお持ちしましょうか?」
「いや・・・大丈夫だ。」
夕暮れになり、レジーナが小川のほとりで馬から降りて手際良く三つの焚き火を熾し始める。
恐らく一番大きい焚き火が女王達の料理用で、一番小さいのは暖をとる用だ。
そして今までの酷い対応からは信じられないが、中くらいの焚き火は俺の料理用の焚き火らしい。
しかも頼めば料理の材料まで分けてくれるそうだ。
「対応が露骨に変わりすぎて恐いです・・・」
「油断させて暗殺とかって無いですよね?」
好待遇を受けてパンジーとクリスティアナが疑心暗鬼になっている。
クリスティアナに至っては暗殺の心配をし始める始末だ。
「なぜ俺達が暗殺されるんだ?意味が無いだろう?どこに耳があるかわからんのだから下手な事は言うんじゃない。」
「「かしこまりました!」」
二人は敬礼をして夜営の準備を始める。
下手なことを言って、不敬罪などと言われて処罰されてはたまったものでは無い。
まぁこのくらいで俺達を不敬罪で罰するのなら、最初に四従臣の三人を叩きのめした時に罰していただろうと思うので心配するのは、今更という以外に言葉が見つからないのだが用心するに越した事は無い。
その後もセシリア女王達は俺達から煩わしく無い丁度いい距離を保ったまま何事も無く平和に料理を作る。




