第百七十八話 海女体験と魔魚のための準備
「ちょっと待て・・・失礼した。」
村娘に付いて掘っ立て小屋に入ると女性達の脱衣所だった。
脱衣所なら脱衣所と言って貰わないと俺は今軽く犯罪行為を行ってしまった。
思わず先程見た光景によって起こった動悸を治める。
「ルドルフ様どうなさいましたか?」
「脱衣所なら脱衣所と言ってくれないと入ってしまった・・・それが海女の仕事着なのか?」
俺の世話係の村娘が声をかけてくるので振り返ると村娘はパンツ一枚で立っていた。
どうやらこれが彼女達の仕事着のようだ。
世話係の村娘はキョトンとして俺を見ているので肌を、それも乳房を見せることに抵抗が無いようだ。
「・・・俺も準備をしよう。」
すぐに掘っ立て小屋の裏で服を脱いで顔に認識疎外魔法をかけてベネチアンマスクを外して再び村娘達と合流する。
「ルドルフ様?その格好でなさるのですか?」
「みんなと同じ格好だと思うが?」
村娘が俺に言って来るが意味がわからない。
俺からすればパンツ一枚の俺よりもパンツ一枚の女性達の方が大問題だと思うのだが、脱衣所から出てきた村娘達は俺を見て一様に驚いて手で目を覆っている。
「(目を隠す前に胸を隠して欲しいのだが・・・)」
どうやらこの村の住人達とは根本的な価値観が違うようだ。
「そんなに男の裸が珍しいのか?」
「いえ・・・そんな事は・・・」
世話係の村娘に話しかけるのだが、否定しながらも指の隙間からちらちらと俺の上半身を見ている。
どうやらこの村では男の上半身は隠すべきようなのでティーシャツを一枚着ると村娘達は残念そうな顔と共に覆っていた手をどける。
「さて、どうやって海に潜るんだ?」
「はい!この草を体に塗りこむと魔魚に襲われにくくなります!」
「にくくなる?」
「あの大蛇が来た時に襲われましたので・・・」
村娘は伏し目がちになっているのであの大蛇に食べられた村民がいるのだろう。
海に向かって手を合わせてから教えられた通りに草を体中にすり込む。
「あと・・・ルドルフ殿には早いかもしれませんがこれをどうぞ!」
「槍?」
一本の槍を渡される。
柄もシンプルな木で先の穂もシンプルで細い一本槍である。
ただ全体的に細すぎて少し頼りない気がする。
「銛です。魚を突けますし、貝を海底からはがすのにも使えますよ?」
「ほう?銛とは縄を付けて投げる道具だと思っていたが、これも銛なのか。」
「ではここからは実際に見せながら教えましょう!」
「頼んだ。」
クラーケン退治で使ったのはランスだったが、銛と言えば縄が付いたものだと思っていた。
俺の頭は書物で仕入れた知識で凝り固まってしまっているようで反省である。
世話係の村娘に付いて海に入って行く。
「(なぜだ?貝が取れないぞ?)」
俺が海底にいる魔鮑を掴んで持ち上げようとすると岩にビタッと張り付いて全く持ち上がらない。
力任せに持ち上げると岩ごと持ち上がってしまい俺が浮上する事が出来ないという困った事態に陥ってしまった。
何度も魔法で空気を作り出して酸素を補給しながら貝と格闘する。
俺が魔貝を振ったりしていると世話係の村娘がやって来て、銛で魔鮑をツンツンと突くと、くっ付いていた岩が離れて落下する。
村娘はサムズアップして海面に浮上して行く。
「(さすがだな・・・)」
さっきはどこを銛で突いたのかと浮上しながら魔鮑の裏側を見るが全くわからない。
「なぁ?どこを突いたらあんな風に離れるんだ?」
「貝によって違うんですが、吸着を解除するコツがあるんですよ?」
「成程・・・やはりただ採るといっても難しいものだな?」
「そうですね?ですが次は五分ほどで上がって来てくださいね?溺れたのかと心配しましたので・・・」
「そんなに潜っていたか?集中していて気付かなかった。」
「さすがはルドルフ様です。採った貝は海面に浮かんでいる桶に入れて最後に回収します。」
「成程。もうこんなに採れているのか・・・そういえばお前の名前は何だ?」
「私はツツジと申します!」
「わかった。名前がわからんと不便でな?」
俺の世話をしてくれていた村娘の名前はツツジと言うそうだ。
ツツジに言われた通りに一メートルの円形の木桶に今採った魔鮑を入れるのだが、すでに底面が見えないくらいに色々な種類の魔貝が入っている。
俺はまだ一個しか採れてない・・・昼食以前に自分が食べる量を採れるか心配になり慌ててまた潜る。
「(とは言えがむしゃらに同じ事を繰り返すのは馬鹿のする事だ・・・)」
周りのみんなのやり方をじっくりと観察する。
人によっては貝が岩に張り付く前にすっと持ち上げ、銛で弾いて海底から離れた所をキャッチしている娘もいる。
やり方は人それぞれだが皆一様に簡単そうにひょいひぃいと貝を採っている。
だが先程の魔貝採りで見た目ほど簡単で無い事は身を持って立証済みだ。
簡単な二枚貝に挑戦すればいいのだろうが悔しすぎるので魔鮑に再挑戦する。
とりあえず俺は魔鮑を持ち上げて岩に張り付かれたら銛で突いて剥がすやり方でいく事にする。
魔鮑を発見したのでリベンジも兼ねて周りの真似を自然に持ち上げようとするが、先程と同じように岩に吸着して全く離れる気がしない。
「(ちっ!魔鮑の吸着を解除するコツって何なんだ!?どこを突けば岩から離れるんだ・・・)」
魔鮑と岩の隙間を何度も銛で突くが一行に魔鮑が岩から離れる気配が無い。
イライラしてしまうが出来る限り精神を落ち着けて、慎重に魔鮑と岩の間を突き続ける。
しばらく魔鮑と格闘していると先程の聖騎士二人が倒したのと同じ種族の大蛇が口を広げてこちらに向かって来る。
「(俺は今忙しい!)」
魔鮑が張り付いている岩を力任せに振り回して、大蛇の口に岩を突っ込み、驚いたのだろう大蛇が動きを止めるので、真っ白な目に銛を突き刺して雷魔法を発動する。
大蛇は数秒間痙攣して噛んでいた岩が口から零れる。
魔鮑が水底へと落ちる岩から離れているのを見逃さなかった。
大蛇に邪魔されたと思って怒りを爆発させたが思わぬ収穫を得た。
岩に張り付いた魔鮑は雷魔法を使えば一瞬ではがせる事が分かった。
「(とりあえず大蛇を地上に上げるか・・・)」
動かなくなった大蛇を引っ張りながら砂浜へと泳いで戻る。
「よかった!ルドルフ様また上がってこないので襲われたのかと!」
「すまん。また魔鮑を岩からはがそう熱中していた。」
足が着くところまで来たのでその場に立って海面から顔を出すとツツジが駈け寄ってくる。
「そうですか・・・大蛇がやって来たのですぐに報せたかったのですが全然上がってこないので・・・」
ツツジが今にも泣きそうな顔をしている。
周りの世話係の女性達も恐くて水の中には入ってこれないようだが、同じように今にも泣き出しそうな表情で砂浜でこちらを見つめている。
かなり心配させてしまったようで申し訳ない気持ちで一杯だ。
「そうか・・・熱中しすぎて心配をかけるのは良くない事だな。被害者は?」
「発見が早かったので被害者はいませんが、また漁が出来な・・・」
「大丈夫だ。」
ツツジ達の気持ちを少しでも取り戻してもらうためにも、急いで砂浜へと大蛇を引っ張り上げる。
中々の長さなので結構引っ張っているが体はまだ海の中に沈んでいる。
大蛇の体が重たすぎて砂浜に足をとられてとても歩きにくい。
「え?ルドルフ殿?水中で倒したんですか?」
「聖騎士様が二人がかりで十分以上かかったのにですか?」
「・・・相性がよかったのだろう。」
水着姿のパンジーとクリスティアナが駆け寄ってくる。
そういえば二人は端っこで泳ぐ練習をしていたような気がする。
とりあえずイラッとして雷魔法で殺したとはいえないので適当に濁しておく。
聖騎士達が狩った大蛇は二人の物なので何も手を出すつもりは無いが、この大蛇は俺が狩ったので解体をしたいのだが、こんな魔物の血を海に流してとんでもない魔物が生まれても困るので解体は出来れば村の外で行いたいのでアイテムボックスに入れる。
「ルドルフ殿解体はなさらないので?」
「あぁ。海に魔物の血を流すのは駄目だろうから村の外で解体しようと思ってな?」
「問題ありませんよ?海は常に流れてますしとても広いので海水と混ざって薄く薄く広がって行きますから。」
パンジーの疑問に答えていると、ツツジが教えてくれる。
言われて見ればその通りだ。
「成程。その通りだ。」
少し気恥ずかしくなりながらも再びアイテムボックスから大蛇を取り出して解体を始める。
なぜか村娘達は漁をせずに俺の解体を見学している。
「(この大蛇を食べたいのか?まぁ時忘れのマジックバッグは一杯だしいいか。)」
今回の旅の成果は昨日の森での狩りで十分だと思うので、この肉は村へと大盤振る舞いする事にする。
「この大蛇を今日の昼食に食べればどうだ?」
「いいんですか!?魔物ですよ?」
「そうは言っても朝食の蛇も魔物だぞ?」
「ですが・・・朝食のも高級でしたが、これは高級すぎです。」
「気にするな。」
「・・・では御言葉に甘えて昼食に頂きます!」
ツツジに解体を終えた大蛇の肉と適当に出した野菜を渡して、俺達は代わりにとみんなから貰った魔貝を磯焼きにして昼食にする。
ツツジ達は魔貝は食べ飽きているだろうから作り置きの料理を食べさせればいいだろう。
解体を終えると手際よく浜焼きをしていたクリスティアナとパンジーが皿に乗せた魔貝を差し出してくるのでありがたく頂く。
「プリップリだな。」
「貝を食べた事ありますが・・・こんなに美味しくは無かったですね?」
「旨味が凝縮された感じですね?」
ハマグリのような二枚貝の魔貝は驚くほどに美味しかった。
二人も魔貝を食べて目を見開いているので俺と同じ感想のようだ。
こうなると海水の魔魚が食べてみたいと思う。
「なぁ?この村では魔魚は食べないのか?」
「男達が漁に出てた時は食べていたのですが・・・船を壊されたので・・・」
「どんな船だ?」
「木を繰り抜いた・・・カヌーと言うんでしたかね?」
「飯を食べ終わってからでいいから、絵を描いてくれ。」
カヌータイプならすぐに作れるはずだ。
ツツジに紙と鉛筆を渡しておく。
「ルドルフ殿次が焼けましたよ!」
「美味しそう!今度は魔鮑といえばいいんですかね?」
「すぐ行く!」
パンジーとクリスティアナに呼ばれたので大急ぎで二人の下へと向かう。
普通の鮑で美味いのに魔鮑とはどれだけ美味いのか気になって仕方ない。
「・・・あれだな?硬いな?」
「そうですね?少しだけ食べれば噛めば噛むほど味が出て美味しいですけど・・・」
「これはいい出汁が出るでしょうが食べるのには向かないですね。」
魔鮑はとても美味しかった。
だが鮑の特徴である弾力も強化されているようで滅茶苦茶硬かった。
その後も色々な魔貝を堪能してからツツジ達が描いてくれた船を確認する。
「カヌータイプでアウトリガーが両脇に出ている奴か・・・今日中に準備しよう。」
「ぇー・・・」
ツツジが俺に不審そうな視線を向けてくるが俺が魔魚を食べたいので仕方が無い。
この村での出来事は聖騎士が全部被ってくれるので遠慮無く自分の欲望に忠実に行動させて頂くつもりだ。
「これの設計図というのはあるのか?」
「おそらく・・・あると思います。」
「なら探してテントまで届けてくれるか?」
「お任せ下さい!」
ツツジ達は村へと走って行くので次はパンジーとクリスティアナだ。
俺はこれから森に行って適当な木を刈ってくるつもりだが二人を連れて行くと戻ってくる頃には日が暮れているだろう。
なので二人にはたまにはゆっくりとして貰おう。
「お前らは好きに過ごしてろ。」
「かしこまりました!」
「ではテントに戻ってゆっくりとさせて頂きます!」
パンジーとクリスティアナは即座に敬礼をして、夜営地点へと戻って行くので大丈夫そうだ。
てっきり喜び勇んで再び海で遊ぶのかと思っていたので少し意外だが、まぁいいだろう。
俺もさっさと村を抜けて森へと全力疾走する。
認識疎外魔法をかけて森の中へ入り、適当な大きさの木を見繕って切り倒す。
「さすがにアイテムボックスには入らないよな?」
一人ごちりながら試してみると普通に入った。
さすがは冒険者ギルドの金庫から拝借したアイテムボックスだ。
容量の底が見えない。
思わぬ収穫に上機嫌でテントへと再び全力疾走で戻る。
「うわぁ・・・今日は規格外多いですね。」
「先輩方から聞いてなければ大変だったわね?」
テントに戻って木を取り出していると、パンジーとクリスティアナが失礼な事を言っているがとりあえず今は船を作って魔魚を食べるのが先決なので聞こえてない事にしておく。
「(フォルナとアイリーンからどういう風に聞かされているのか、魔魚を食べて落ち着いたら聞かせて貰う事にしよう。)」
そんな事を考えながら木の製材を行う。
製材と言っても風魔法で木の皮を剥がしついでに枝打ちをするだけの作業だが一応は製材である。
「お待たせ致しまし・・・」
「ありがとう。少々刺激が強いかもしれないから漁でもして待ってる事を勧めるぞ?」
製材しているとツツジが設計図を持って走り寄ってくるのでありがたく設計図を受け取って確認する。
ツツジを含む村娘四人が俺が用意した木を見て固まっているがもう慣れたので一応一言忠告をしてから船作りを開始する。
まずは一番大きい木を魔力成型でカヌーの一番大事な胴体部分を作る。
カヌーを丸々削り出すつもりで用意した木なので少々サイズが大きい。
魔力を流すのが大変かと心配したが、魔素が豊富な森から切り出して間もない木なのでスムーズに魔力が浸透してくれる。
とりあえず大まかにカヌーの形にくり抜き、大胆に切って成型する。
次に丁寧に設計図の角度などを確認しながら造型していく。
俺は美的センスには自信が無いが、設計図通りに作るのならば大の得意だ。
デザートだけはレシピという名の設計図があっても失敗するのが本当に不思議だ。
次にアウトラダーも魔力成型で作り、先程作った胴体部分のカヌーと魔力成型でくっ付ける。
最後についでに余った木材でオールを魔力成型で作る。
「よし、出来上がったから使用感を確かめてもらってくれるか?」
「え?あ?はい?」
「十分もかからずに作ったで?」
「待って?まずなんで大木があるんかわからんのじゃけど・・・」
「もうどがいでもええ・・・今日は色々起こりすぎて疲れたけん寝よう?」
カヌーが出来上がったのでツツジに言うのだが全員使い物になりそうもない。
ついでにクリスティアナとパンジーは鎧を磨く手を止めて目と口を開ききって固まっている。
一つ溜息は吐いて砂浜に出来上がった船を運んで適当な場所に置いておく。
こうしておけば我に帰ったツツジ達が試してくれるだろう。
そのまま服を脱いで素潜りで魔貝採りを始める。
「(雷魔法でちょっと刺激してやれば一瞬だな!)」
あの大蛇のおかげでコツがわかったので魔貝採り放題である。
とりあえず時が経つのも忘れて日暮れまで海に潜り続けたが、ツツジ達が船を試しに来る事はなかった。




