第百六十八話 眷属と空の旅
「おはようございます。朝食でございます。」
朝一番にタルトが恭しくお辞儀をしてから朝食を載せたカートを押して部屋に入って来て手早く朝食の配膳を始める。
その姿は完全にメイドであり、その完璧な手際には思わず見惚れてしまいそうになるほどの仕事ぶりだ。
「ルドルフ様はよくおやすみになられましたか?」
「この二人に安眠妨害をされてな・・・中々不快な目覚めだ。せめてもの救いは美人なメイドとの会話で一日が始まった事だな。」
「ウフフ!お上手ですね?さぁ早く朝食を済ませないと眷属の方がお待ちですよ?」
「眷属だと?」
「昨夜ベビードラゴンが呼びに行かれたみたいですよ?」
「そうか・・・そんな事まで察してくれて本当に俺には勿体無い従魔だな。」
「ウフフ!ベビードラゴンさんがそれを聞いたらさぞ喜ぶでしょうね?」
「だが俺はしばらく離れるから寂しがらないか心配だな・・・」
「お優しいのですね?ベビードラゴンは賢い御様子でしたので何も心配する事は無いかと愚考致します。では御支度が整いましたので失礼致します。」
タルトはとても嬉しそうに表情を綻ばせながら深深とお辞儀をして部屋から出て行く。
「ウヘヘ!ルドルフさっきのメイドさんいけるんじゃねぇか?」
「興味無さそうなフリをして手が早いんですね?」
「煩い。朝食を食べたらすぐに出発みたいだぞ?」
ヴィンガとロンヴァルトが面白そうな笑みを浮かべながら茶化して来る。
どうやら二人を騙せたようで一安心だ。
今の会話で、誰かはわからないが眷属のフリをした水竜が来てくれている事と学校は大丈夫だと伝えてもらった。
おそらくタルト本人が希望して来てくれたのだろうが、昨日ダンジョンを出てから水竜の集落へ行ったりと大忙しだったろうと思うのに、俺のために頑張ってくれて本当に俺には勿体無い眷属である。
そして何よりも本人から聞けるというのはとても安心する。
「にしてもよぉ?いくらマジックアイテムを使ってリアルタイムで救援要請されても俺達が着くのは二ヶ月以上先だぜ?その頃には解決してんじゃねぇのか?」
「そうですね?我々が大急ぎでここまで来ましたが二ヶ月かかりましたしね?」
「問題無い。俺の眷属が来ているから・・・明日には着くんじゃないか?」
朝食を食べていると二人が当然の事を心配し始める。
普通に馬車で行くとすれば、エト山脈まで一ヶ月、エト山脈を越えるのに三週間、そして更に三週間馬車に揺られてやっとドラゴンケイブ大迷宮だそうだ。
しかも更に何事も無く最短でいければと言う言葉が付く。
タルトに教えられていなかったら俺も同じように心配していただろうが、水竜に運んでもらえるのですぐにドラゴンケイブ大迷宮に着くだろう。
二人は驚いて声も出ない様子だが、事実なので仕方が無い。
「失礼致します。では片付けは私に任せて御出発なさって下さい。」
「すまんな?本当に全て任せていいのか?」
「勿論で御座います。御安心して出発なさって下さい。」
「わかった。頼んだ。」
「では御気をつけて行ってらっしゃいませ。」
改めて確認するがタルトはしっかりと俺の目を見ながら答えてくれる。
タルトが全て任せろと言うのなら、それを信じるのも主人の役目だろう。
恭しくお辞儀をするタルトに手を振りながら部屋の外へと出る。
「アランか・・・待たせたな?頼む。」
「了解!では森で準備してますのでどうぞ付いて来て下さい。」
部屋から出るとアランが待ってくれていた。
ヴィンガとロンヴァルトを連れてアランの案内で俺達の出発の準備をしているという場所まで行く。
「アランさんよぉ?どこまで行くんだ?」
「もう少しですよ?何しろ水竜がいますから人目に付く場所は無理ですので。」
森へと足を踏み入れた所でロンヴァルトがアランに尋ねる。
ロンヴァルトとヴィンガは二人共武器である鎖と教典を構えながアランの後ろを付いて行く。
エスガルド王国で聖騎士がよく思われていないのは周知の事実なので、自分達がこの場所で処分されるとでも思っているのだろう。
「大丈夫ですよ?そりゃ・・・ハイゼン王国との戦争時を考えれば恨みもありますが、我々はそこまで馬鹿ではありません。」
アランは臨戦態勢の二人をみて呆れたように言っている。
二十年前の戦争ではハイゼン王国側に身分を隠したが聖騎士が大勢参戦していたのはエスガルド国民は周知している。
ただ精霊教会の力が強すぎて誰も公言出来ないのだが・・・。
「へっ!そりゃありがてぇ!」
「そうですね?我々二人は反対して参加してませんがそれは関係無いですからね・・・」
「・・・お前ら何歳なんだ?」
二人の会話に違和感しか感じない。
なぜなら二人の見た目は二十代半ばにしか見えないからだ。
ハイゼン王国との戦争は約二十年前なので彼らは幼少の頃から聖騎士だったのだろうか?
疑問だらけだが、森の中に誇らしげに佇む水竜が見えたので諦める。
「主よ!お待ちしていたのじゃ!」
「まさかお前が来てくれたのか・・・わざわざすまんな?」
グレートドラゴンの姿なのでどの水竜かわからなかったが、喋ると一瞬で誰か判明した。
まさか水竜の長であるウランが来ているとは思ってもいなかったので驚く。
しかも俺のために眷属の芝居までしてくれていて本当にありがたい限りである。
「ヒョッヒョッヒョッ!主たっての頼みでわらわが動かなんだら誰が動くのじゃ?」
「嬉しい事を言ってくれる。この件が片付いたら褒美を出す。頼んだぞ?」
「仰せの通りになのじゃ!」
この件が終わったらしっかりとお礼をしなければならない。
どうもヴィンガとロンヴァルトに付き纏われてから回りくどい会話ばかりで肩がこってしまう。
「お、お待ちしておりました!今回の旅の補佐を勤めさせて頂きますク、クリスティアナといいます!よろしくお願いします!」
「わ、私クリスティアナの補佐役のパンジーといいます!よろしくお願いします!」
ウランの隣に立っていた二人の女騎士が敬礼をして言って来る。
二人はちらちらとウランを横目に見ながら分かりやすく怯えた様子で自己紹介をしてくる。
ウランのインパクトで気付かなかったが女騎士二人の後ろには馬が繋がれていない馬車が置いてある。
「あの馬車に乗り込めば水竜が運んでくれるって寸法よ?」
「成程。それでエト山脈を越えてから馬を買うって事か?」
「そういう事!」
「ならば・・・」
俺が女騎士の後ろにある車を見ているとアランが言って来る。
「ウラン頼む!」と言いたかったが聖騎士の前で名前を言っていいものか悩んで口ごもってしまう。
ウランは俺の考えを察したのか、微笑むように目を細めて何度も頷いて俺に返事をしてくれる。
「すまんな。頼む!」
「主よ。そろそろ頼むのではなく命令をしてたもぉ?」
ウランの眷属具合を見ていると、自分が大根役者すぎて嫌になってくる。
「(ちなみに大根役者の由来は大根は腐らないので食べても当たらない。だから当たらない役者を大根役者と言うようになったらしい。)」
自分の大根役者ぶりに嫌気が刺しすぎて、そんなどうでもいい事を思い出して現実逃避しながら乗り込む。
「本当に眷属なんだよなぁ?大丈夫なんだよなぁ?」
「上空で落とされれば我々もエスガルド騎士もルドルフ殿も一緒です!覚悟を決めましょう?」
ロンヴァルトとヴィンガはまだ自分達が暗殺されないかと疑心暗鬼のようで恐る恐る車に入って来て俺の対面に座る。
「し、失礼致します!」
「しし、し!失礼します!」
続いてクリスティアナとパンジーがかたかたと震えながら入って来て俺の隣に腰掛ける。
「よし!ニール連合国まで運べ!」
「かしこまったのじゃ!」
入口の鍵を閉め、今度こそと思いウランに命令をする。
即座にウランの返事が聞こえ、車が激しく揺れる。
「すまんが上昇しきるまでは我慢して欲しいのじゃ!」
車の中は右に左にと激しく揺れ、クリスティアナが鎧ごとガツガツと俺に当たってきて痛い。
「ひゃぁっ!!?」
しまいには縦揺れをした拍子にパンジーが天井まで飛び上がり俺に向かって降って来る。
とりあえず受け止めて膝に置くが、クリスティアナに壁に押し付けられ胸の中にはガタガタと震えるパンジー。
それだけ聞くと羨ましい状況だが、実際には二人共銀色に輝く鎧を着ているのでガツガツと左から金属がぶつかってきて、体は金属が当たって大変冷たい。
「お待たせしたのじゃ!それでは快適に空からの景色を楽しんで欲しいのじゃ!」
ウランの言葉が聞こえると途端に揺れが治まる。
窓の外を見ると右も左も御者台の窓も絶景である。
不思議に思って後ろの窓を見るとウランの鱗が見えるので、どうやら馬車を両前足で下から包み込むように持ち上げてくれているようだ。
「(やはり海の向こう側は見えないのだな・・・)」
窓の外を見ると自分達の下に雲が広がっている。
そしてその下には大陸が広がり、奥には海が見えるので今度こそ世界の端が見えるかと思って、出来る限り首を伸ばして海の奥を確認するが世界の果ては見えない。
「うぉぉぉぉぉ!すげぇ!」
「こらこらロン浮かれすぎ・・・ですよ?」
俺の胸の中にいるパンジーは顔面蒼白になって丸まっていて、隣のクリスティアナは気絶している。
そんなエスガルドの騎士達とは相対的に聖騎士の二人は両端の窓に顔をくっ付けながら空の景色に大興奮の様子である。
「もう大丈夫だ。だが揺らすなよ?」
俺の胸の中でガタガタと震えるパンジーに諭すように言いながら床に降ろす。
パンジーは黙ったまま頷いて抜き足差し足で気を失っているクリスティアナの隣に戻って祈るように手を合わせて額にくっ付けて景色を見る余裕までは無いようだ。
「おい!聞こえるか!?」
「どうしたのかの?」
「どこまで行けと言われている?」
「主の目的地であるドラゴンケイブ大迷宮の手前にあるリーオの街じゃ!到着は夕暮れには着くかの?」
「わかった。全部片付いたら楽しみにしとけ?」
「主のためならばこれくらい朝飯・・・夕飯前なのじゃ!」
ウランに今日の行程を聞いたが予想通りで安心した。
ここまでの高さから地上を眺める事は無いのでじっくりと大陸を眺めながら空の旅を堪能する。
「おい!あれエト山脈と魔の森か?」
「そうですね?ネーウシ山で麓に広がっているのが魔王のいる魔の森ですよ?」
「すっげぇぇぇぇぇ!!あそこ!精霊教会の本部じゃねぇのか!?」
「小さくて見えませんね・・・とてつもなく大きいはずなのにこれはすごい・・・」
隣の騎士に助けを求めたいが二人共仲良く気を失っているのでまたもやこの聖騎士三人と密室で一緒になってしまった。
俺が寝ている時も起きている時も聖騎士が煩くて読書も、睡眠も、景色を見るのさえも集中出来ない。
ルル達では無いが俺も他人に聖騎士の事を聞かれたら面倒臭いと答えるだろう。
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