第百五十七話 タルトの帰還
翌日、徹夜で解体を終えたフィル率いる騎士団は南、西、北の森を徹底的に調査して魔法陣を探し始め、アランと一緒にタルトに常識を教えた。
タルトは驚異的な学習能力を発揮して学校が再開するまでのわずか三日間で最低限ではあるが常識を身につけて意気揚々とメイドとして働いて学ぶために城へ向かって行った。
学校は平常どおりに授業が始まりモルガン達の動きも無く、アッと言う間に武闘会の前日となった。
今最後の訓練を終えるために口を開く。
「ここまでだ。ウィンストン?お前ならもう余裕でマルスに勝てる、自信を持て!フォルナとアイリーンは二ヶ月間本当に助かった。」
「はい!」
「いえ!我々も有意義な時間を過ごさせて頂きました!」
「この歳で十席を狙えそうですもんねぇ?」
最後にウィンストンと固く握手を結んで最後の挨拶とする。
ウィンストンは今となってはブレスレットをしたまま日常生活を難なく過ごせるようになり、純粋に剣だけの戦いならばマルスに勝てるかは微妙な所だが魔法を使っての戦闘ならばまず負けないだろうと思える程度にはなった。
それに乗じてフォルナとアイリーンもかなり戦闘能力が上がったのは言うまでもない。
「ブレスレットは返してもらうが、魔道具は餞別だ。好きに使って貰って構わん。金がいるなら売っぱらってもいいぞ?」
「そんな勿体無い事をする人がいるのでしょうか?」
俺の訓練に付いて来てくれた三人に言うがウィンストンが一笑に付しフォルナとアイリーンも同じ様に口角を吊り上げて楽しそうに微笑んでいる。
どうやら三人共売るなどとは考えずに大事に使ってくれるようだ。
一応は一人一人に合わせて考えて真剣に魔法を選んだので、魔道具を作った身としてはとても嬉しい事である。
「では・・・明日の予選頑張るんだぞ?これは本当に最後の餞別だ。」
「これは・・・回復薬ですか?」
「特級回復薬だ。いざという時に使え?」
「あ、ありがとうございます!」
特級回復薬が入った瓶を五本渡しておく。
ウィンストンは本当に嬉しそうに百度のお辞儀をしながらお礼を言っている。
この二ヶ月間で完全回復薬は二本出来たのでそれを渡したいのだが、奥の手の一つとして俺とアランで一本づつ持っている。
ウィンストンに上げるだけの余裕がないので特級回復薬なのだがウィンストンはとても嬉しそうなので問題無いだろう。
そしてフォルナとアイリーンが羨ましそうにウィンストンを見ているが二人には上げるつもりは無いので俺も何も言わない。
「優勝してからがスタートだと思え?俺の弟子として恥かしくない結果を頼んだぞ?」
「はい!では失礼します!」
ウィンストンがしっかりと敬礼をして演習場から出て行く。
初日にアルフォンスの名前を使ってビクビクしながら威張り散らしていたウィンストンの面影はどこにもないとても堂々とした様子だ。
「最初はどうなるかと思いましたが・・・一発目にガツンとやったのが効きましたね?」
「ガツンだと?別に何もしてないが?」
「ハハハッ!幻のゴブリンに殺された時のウィンストンは本当に死人のような顔でしたよ?」
「あぁ、あれか。心情的には本当に一回殺してから治癒魔法をと思ったが思い留まっただけだ。」
フォルナとアイリーンが俺の言葉に生唾を飲み込んでいるが本気でそう考えていた。
息が止まる前なら治癒魔法で治せるし、もし死んでもアルフォンスにはしっかりと断わったので問題無かったはずだ。
実を言うと問題があってもどうにかなるだろう程度の認識であった。
だがそれでは俺の溜飲が下がるだけでウィンストンの心は変わらないだろうと思ったのだ。
「終わった話はいい。明日は警備などで忙しいのだろう?本当に二ヶ月間御苦労だった。」
「本当にありがとうございました!」
「ではルドルフ殿!アラン先輩に殿下失礼致します!」
フォルナとアイリーンが敬礼をして演習場から出て行く。
「ふぅ・・・」
二人を見送り長い依頼が一段落したと溜息を吐きながら二ヶ月間使い続けた結界の魔法陣を消す。
「明日は応援行くんでしょ?あたしとタルトの分もお弁当作っといてね?」
「僕は父上と一緒に王族用の観覧席だから・・・一週間缶詰だね・・・」
結界を消しているとアランとサミュエルが話しかけてくる。
サミュエルに関しては王族として仕方が無い事なのでいいとして、アランがとても興味深い事を言う。
タルトは今現在メイドとして城で働いて礼儀作法を覚えている最中のはずだ。
だがアランは「タルトの分も」と言ったのだ。
「タルトはもう帰ってくるのか?」
「えぇ!もう礼儀作法も完璧だって!ね?サミュエル?」
「うんうん!一度言えば完璧に覚えるし、メイド長が是非働き続けて欲しいと言っていたよ?」
普通なら一人前になるまで一年はかかると聞いていたメイド業務を二ヶ月もかからずに覚えたらしい。
さすがは竜種の魔族としか言いようがない。
「なら明日の昼食は少し気合を入れよう。」
「やったね!さぁ明日に備えて寝るわよ!?」
「えっ!?ちょっ!」
アランがスキップをしながらサミュエルを引っ張って演習場から出て行く。
「(やはりタルトの好物の唐揚げか?城で食べて無さそうな料理を作らないとな・・・)」
そんな事を考えながら一人で寮へと戻る。
「師匠お帰りなさいませ!」
部屋に入って扉を閉めていると元気一杯の声が聞こえる。
驚いて振り返るタルトがお辞儀をして俺を出迎えてくれていた。
「帰ってくるとは聞いていたが今日か?」
「早く師匠に教わりたく大急ぎで戻って参りました!」
久々に会うタルトは滑舌もよく、所作も完璧なメイドになっていた。
一つ違和感があるとすれば、俺が知っているメイドや執事はもっと大人しいのだがタルトは元気一杯だ。
「そうか。ならば今日はゆっくりと休んで明日は朝食と昼食を一緒に作ろうな?」
「楽しみです!」
「なら一緒に鍛錬をして寝ようか?今日はベッドで寝ていいぞ?」
「いえ。メイドが下で寝るのが普通です!」
「名目がメイドなだけで実際はウランから預かった客だ。」
「・・・師匠がそう言われるのならそうしましょう!」
タルトは一瞬考えたが俺の意見を尊重する事にしたようだ。
意固地になられなくてとても助かる。
これからタルトが一緒の部屋で寝るのであればタルト用のベッドと布団を用意しなければならない。
明日はウィンストンの応援をしてから街で買物と色々と忙しそうだ。
「タルト?明日の昼食は何が食べたい?」
「恥ずかしながら師匠の唐揚げが忘れられません!」
「ならば風竜の肉はまだ残ってるから明日は唐揚げを作ろう。」
「やった!大急ぎで帰ってきてよかったです!」
満面の笑みのタルトがガッツポーズをする。
この姿を見られるだけでも明日唐揚げを作る価値がある。
いつもの布団に比べて備え付けの布団は固くて寝にくいのだが全く気にならない。すぐにまどろみの中に意識が沈んで行く。
「御主人様朝でございます。」
「・・・師匠じゃないのか?」
「念のために公私は分けようかと思いまして。」
「そうか。」
タルトに起こされるのだが、とても落ち着いた様子で違和感しかない。
どうやら昨夜は公私の私であり、今は公私の公。
メイドの時は普段の様子からは想像しにくいが正にクールビューティという言葉が似合う淑女のようだ。
「なら早速朝食を作ろうか?料理は習ったのか?」
「はい。基本の物は一通り習ってございます。」
「ならば俺が教える事が無いんじゃないか?」
「いえ。御主人様が作った唐揚げなどは城では教えて貰えませんでした。」
「そうか、まぁあれは古い鶏肉を使う大衆食堂の料理だから城では作らないだろうな。」
「大衆料理だろうと分け隔てなく見聞を広めていらっしゃる御主人様には感服の至りでございます。」
「・・・ずっとその喋りなのか?」
「私のポカで御主人様と私の正体がばれる訳には行きませんので。」
着替えながら話をするが、息が詰まりそうだ。
これからタルトはずっとこうなのかと思うと少し嫌な気持ちになるがタルトの言っている事もよくわかるのでこれ以上は何も言えない。
とりあえず同じく寝間着からメイド服に着替えたタルトを連れて調理室へと向かう。
武闘会で学校が休みなので調理室はガラガラだ。
調理台は使い放題なので二つの調理台を使って料理を始める。
「御主人様?なぜ人がいらっしゃらないのでしょう?武闘会と言うものがあるからでしょうか?」
「なんでも今日からは新年の祝いで学校が休みなんだそうだ。」
「なるほど。それで昨日まで皆様慌てた様子で仕事をなさってたのですね?」
「恐らくそうだろうな?武闘会も今年の年男を決める行事の一環らしいぞ?」
俺も一週間学校が休みと聞いて、驚いてマット達に尋ねた。
どうやらエスガルド国民にとっては知らない方が異常な程に常識中の常識だったようで皆が驚きの表情で俺に教えてくれたのだ。
「成程。あと御主人様?不躾なお願いとは思いますが、五人前食べたいです。」
「わかった。」
城での勉強を終えてクールビューティとなった彼女も食い気までは直せなかったようだ
とは言え欲望に忠実な魔族にそこを直せと言うのは酷だ。
それに今更一人分増えようが五人分増えようがそう大差無い。
タルトの言葉にしっかりと頷いて一緒に朝食と昼食を平行して作る。
「この粉は何で出来ているのでしょうか?」
「あぁこれはただの片栗粉だ。大事なのはしっかりと肉を漬け込むことだ。」
「成程。御主人様のマジックバッグで・・・五時間漬け込んだと言う事ですね?」
「その通りだ。」
タルトは本当に賢い。
俺の説明を一度聞いただけで全てを理解して行く。
一を聞いて十を知ると言うが正にタルトがそれである。
「おはよう!おぉタルトさんもう帰って来ているんだね?」
「殿下おはようございます。」
なぜか料理を作っていると当然のようにサミュエルがやって来てタルトを見て驚いている。
「何をしに来た?」
「せめて朝食くらいはニコの料理が食べたくてね!無理矢理抜け出してやったよ?はっはっはぁっ!」
サミュエルはしたり顔で言っているが新年一発目の食事で王子がいないなど大問題なのではないだろうか?
心配になるが恐らく俺が何を言ってもサミュエルは梃子でも動かなだろう。
諦めていつも通りにスープの面倒を任せる。
「そういえばタルト?実家に帰りたい時はいつでも言うんだぞ?」
「かしこまりました。」
「すごいイメージが変わったねぇ?」
恭しくお辞儀をするタルトを見てサミュエルが驚いている。
そしてタルトはサミュエルに対して殺気を放ちながら睨んでいる。
おそらくサミュエルの言葉にタルトの存在に勘付かれると危惧しているのだろうが少し神経質になり過ぎている気もする。
それに平民のメイドという時点で目立つのに、そのメイドがサミュエル殿下を睨む方がずっと問題である。
「タルト?気をつけるのもいいが俺の・・・いや、平民のメイドが殿下を睨むのは絶対に駄目だぞ?そっちの方が勘付かれる。」
「そうでした。人間は強さでは測れない上下関係がある事を失念していました。」
「すごい殺気を感じたよ・・・」
タルトの殺気が納まり、サミュエルはカタカタと震えながら袖で額を拭っているので、余程恐かったのだろう。
「まぁなんだ?タルトは外ではこういう感じみたいだからそこは絶対に触れないように!」
「わかった。」
「完成したので私が運びましょう。どこへ運びますか?」
「わかった。こっちへお願いする。」
タルトが朝食を盛った皿と鍋を器用に持って言うので、昼食を時忘れのマジックバッグに放り込んでサミュエルと一緒に食堂に行く。
「おはよ!タルト・・・お姉さんの下に戻って来てくれなかったのは残念だなぁ?」
「私は御主人様のメイドですので、帰るべき場所はご主人様の下でございます。」
アランはタルトを見るなり冗談めかして言うが、タルトは手際良く配膳しながらバッサリとアランを切り捨てている。
タルトのクールビューティな様子にアランが呆気に取られているので耳打ちで説明をしておく。
「では準備が整いましてございます。」
「タルト?俺は貴族じゃない。時間の節約のためにも一緒に食べるぞ?」
「御主人様の命令であれば異論は御座いません。」
そう言ってタルトは俺達の器よりも二周りは大きい器にスープを注いで朝食の準備を始める。
アランとサミュエルはタルトの朝食の量に驚いているが何かを言う様子は無い。
「準備出来たな?じゃあ頂きます。」
「「「頂きます。」」」
こうして本格的な魔族との生活が始まる。
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