第百二十二話 休めない休日の夜
「ではワシは帰るぞ?」
「手伝えとは言わん。せめてこの酔っ払いを乗せて帰れ。」
ソーセージを鍋に放り込んでいるとフィルが荷車を引いて帰ろうとするので気持ち良さそうに寝ているアランを顎で指して言う。
「ニコ?アランは人間の中では群を抜いて強いな?」
「ふむ。そうだな。」
「だがアランは女だ!始めて頼れる異性に出会って嬉しいんだ。」
「そう言うものなのか?」
「アランはお前に足手まといだ下がっていろ。って言われたんだって嬉しそうに言ってたぞ?という訳でアランの事はニコに一任する!」
そう言ってフィルは、荷車が引っくり返ってもおかしくなさそうな速度で王都へと走り去る。
おそらくだが、確実に俺に反論される前に逃げたのだと思う。
それにしても足手まといと言われてなぜ喜ぶのか全く理解出来ない。
「あの爺・・・」
怒りよりも呆れが先に来てどうでもよくなってしまった。
寝ているアランは放置してベーコンとソーセージを作り続ける。
「ぶぇっくしっ!」
「なんとも可愛くないくしゃみだな・・・」
夕暮れになり北からの冷たい風が入り始め、アランがおっさん臭いくしゃみをしながら目覚める。
ローブを羽織りながら起き上がって周りを伺うアランの顔には涎跡がくっきりと残っている上に先程のくしゃみによって鼻水も垂らしていてとても残念な様子だ。
「あれ?ウランと爺は?」
「お前が寝てる間に帰ったぞ?」
「そうなの?てかハンバーグ食べた辺りでから何も覚えてないからそんな早くに寝ちゃってたのか。」
「そうだな。」
実際は昼食を食べ終えてもしばらく起きていてにゃーにゃー言ったり、抱きつこうとして来たりととてもうざかったのだが面倒臭くなりそうなのでそこは何も触れないようにしておくべきだろう。
「それで・・・ベーコンとかは出来上がったの?」
「大急ぎで作ってこれが最後だ。」
「そっか、なら御飯食べに行こっか?」
「・・・この休みは色々あって疲れたから学校に直行したいのだが?」
俺が燻製箱を取り出してベーコンを取り出しているとアランが聞いて来るので、続けて燻製箱をばらしながら話をする。
大変疲れたので欲を言えば、一人で大衆浴場に行って疲れを癒してから部屋に戻って静かに夕食を食べて眠りたいのだがそれはおそらく言わないほうがいいだろう。
「疲れたんなら、浴場っしょ?騎士団の温泉に行きましょ?」
「温泉は西の森だぞ?」
アランが良い事を思いついたと言わんばかりの笑顔で言って来るが、騎士団の温泉があるのは西の森だ。
今いるのは東の森で、温泉は王都を挟んだ真反対の森の中にある。
「あたし達が本気で走れば日が暮れる前に着くっしょ?」
「目立ちすぎだ。俺は王都の大衆浴場で十分だ。」
「なら大衆浴場に行こっか!?」
俺の言葉にアランが簡単に了承して行き先を大衆浴場へと変更する。
とても怪しい。
もう怪しすぎて風呂は諦めた方がいいと思ってしまったほどだ。
「ほう?駄々をこねないのか?」
「なんでこねる必要があるの?」
「そうだな?今までが無意味に駄々をこねてただけだな。」
アランが俺の言葉に頬を膨らましているが、今日の行動を見ている限りなぜそんなに怒れるのか不思議で堪らない。
むしろ俺のほうが頬を膨らませたい気分だ。
「もう少し待て、まだ片づけが終了してない。」
「ゆっくり待ちます!」
俺が肉詰め機や鍋に洗浄魔法を発動しながら言うと敬礼をしたアランが答える。
まだ少し顔も赤いし、アランがとても従順な時は碌な事が無い。
「(やはり浴場は危険だな。適当に食事をして帰ろう。)」
俺は今までの知識を総動員して答えを出す。
綺麗になった調理道具をマジックバッグに入れて、すぐに俺はそれが実現するように行動を起こす。
「アラン?酔いが残ってるようだな?俺が抱っこして大衆浴場に・・・あ、酔ってる状態で風呂は危険だったな。アランに何かあっては駄目だ。適当に食事をして学校に帰ろうか?」
「はい!そうしましょ!」
心にも無い台詞だったので少々棒読みになってしまった。
少し心配したが俺の言葉にアランが目を輝かせながら俺の首に手を回してくるので、そのままお姫様抱っこをする。
「ニコ・・・これって・・・とうとう?」
「何がとうとうなんだ?」
「それは・・・その・・・女から言わせるの?」
「八歳の俺にはわからん。王都に帰るぞ。」
アランは酔いが再燃したのか顔を真っ赤にして、何やらゴニョゴニョ言って来る。
俺はさっさと夕食を食べて休むためにも王都へと向かって歩き始める。
。
「すまんが降りたくないようでな。」
「こんなカップルがライオとネル以外にいるのか!?」
門兵に俺とアランが身分証を出すと聞き覚えのある名前を口にして驚きながら身分証を確認している。
「(聞き覚えがあるがどこで出会った人物だったかさっぱり思い出せないのだが、なぜかとても不快なのはなぜだろうか?)」
そんな事を考えていると門兵がアランの身分証を見て更に驚いている。
「すまんな。アランが降りてくれなくてな・・・」
「何?文句あんの?」
「いえ!どうぞお通り下さい!」
アランが門番を睨みながら言うと門兵は体全部を使って王都の中へと俺達を促す。
詰め所の中にいる門兵達も一様に体全部を使って王都へと促している。
「(何をすればここまで恐れられるようになるのだ?)」
俺は俺の胸の中で鼻歌を歌う上機嫌なアランを見て首を傾げながら門を抜けて行く。
「ニコ?そこを右ね?」
「わかった。」
「そこの角を左!」
アランの誘導で王都を進んで行くがどんどんと人の気配が無くなって行く。
「ここよ!ここ!一回来て見たかったの!さぁニコ?入りましょ?」
「八歳の俺でもわかる。ここは逢引き場だな?」
「ち、違うよ!」
突然人の気配は増え、アランは一軒の宿のような建物の前で止まる。
周りに見えるのは育ちの良さそうな服を着た貴族であろうのカップルばかりだ。
確かこの建物はターニャ達の女子トークで聞いた話だが、貴族達が不倫などといった人目をはばかる一夜のために使う宿であり、そしてこの場所で見聞きした事は絶対に言外禁止と言うのが暗黙のルールという話だ。
アランを無理矢理引き剥がして地面に座らせる。
「アラン?交換条件だ。ここで本気で怒られるか、俺に抱っこされて本当に美味しい店に案内するか・・・どっちだ?」
「抱っこ・・・して下さい。」
腕組みをしながら笑顔で言うとアランは手を合わて拝むように答える。
反省したのだろうとても素直になったアランに満足して手を広げるとアランが再び首に手を回してくる。
そのままアランを抱き上げて表通りへと歩いて行く。
「ニコくーん!ニコくーん!」
アランの指示で歩いていると、後方から熊のような大きな男が手を大きく振りながら走って来る。
振り返って見るとまだまだ遠い上に人込みで一瞬しか見えなかったが一目でジャックとわかった。
「ちっ!今日も邪魔が・・・」
「そう邪険にするな。俺をルドルフと知っている数少ない人物だ。それにあいつらがいなければ今頃俺は何かしらの問題を起こして山奥に帰っていただろうしな。」
アランがわかりやすく顔を顰めて言うので、しっかりとジャック達の立場を説明しておく。
「え?教えたの?てかそんな重要人物だったの?」
「教えてないが刀を見て感ずかれた。あいつらには返しきれない恩がある。」
「なら未来の嫁としてしっかりとお礼をしておかなくちゃね?」
アランが何やら真剣な表情になって立ち上がって、理解に苦しむ事を口走りながら顔を青褪めさせてこちらを見るジャック達の下へと歩き始める。
「「「ひっ・・・」」」
アランが一歩進むごとに三人はデートの邪魔をして怒られるとでも思っているのか、とても怯えた様子で情けない声を出して身を縮こませている。
どんどん小さくなって行くので、アランが目の前まで行った時にはどこまで縮こまっているのか楽しみになってくるほどの怯えようだ。
「ひぃぃぃっ!申し訳ありません!邪魔をするつもりはなかったんです!」
「ならどういうつもりだったのかな?」
「ニコ君が一人なら一緒に食事をと思っただけですので、我々はすぐに退散させて頂きます!」
アランが目の前まで来るとジャック達は一斉に地面に両膝を突いて祈るようにアランと話している。
アランは俺を一瞬見てからニヤリと笑うのだが、とても注目を集めているので俺は出来る限り他人のフリをする。
「ニコの妻として話しが聞きたいの!そうね・・・ちょうどあの店が個室だったはずね?行きましょ?」
大体こういう時は碌な事を考えてないと思って大急ぎで止めようとするが、気付くのが遅かった、俺がアランの肩を掴んだ時にはアランが三人を誘った後だった。
しかも何やらいつにも増して酷い妄言が聞こえた気がする。
ジャック達はポカンとしてただ頷きながら立ち上がり、そのまま上機嫌なアランの後ろを付いて行っている。
「頭が痛い・・・」
思わず頭を押さえながら四人の後ろを付いて一軒の店へと入る。
店に入るとカウンターが置かれ、その奥には両側に無数の扉が見える廊下が伸びていた。
いままでの食堂の中で一番清潔で驚くと共に客用の椅子が見当たらないので違和感しか湧かない。
俺がキョロキョロと店の中を観察していると廊下の奥へと四人が店員らしき人物の案内で部屋に入ろうとしていたので大急ぎで部屋へと向かう。
「ではこちらの部屋でどうぞ?」
「あんた達はそっち!ニコはあたしの隣よ!」
「「「はい!」」」
「なぜお前が全部仕切るんだ・・・」
上機嫌な様子で指示を出し、ジャック達は背筋を伸ばして気を付けをして元気に返事をしてそそくさと対面の長椅子に腰掛ける。
なぜか俺は席の奥に押込まれアランが密着してくるが逃げ場が無いので、されるがままになってしまう。
「えっとね?このコースを五人前お願いね?お酒は三人共飲むでしょ?」
アランが店員に注文をしながら三人に尋ねている。
三人は緊張のためか何も言わずにただ頷いている。
「適当に酒を四人分とジュースを一つ!」
「かしこまりました!ではごゆっくりどうぞ!」
店員が部屋から出て行くと、上機嫌なアランが俺におしぼりを広げて渡してくる。
俺は意味も分からずに受け取って手を拭いていると、ジャック達に向き直って口を開く。
「じゃあダーリンとの馴れ初めを教えてもらえる?」
「ダーリン?ニコ君?アランさんとそういう関係なのか?」
「ダーリンとの!馴れ初めを!教えて!もらえる!?」
ジャックが俺に思わずと言った様子で聞いて来る。
俺が答えようとすると、笑顔のまま額に青筋を立てたアランがジャックに語気を強めて詰め寄り、俺が答えるような雰囲気では無いので諦める。
「(今日はアランに振り回される一日だな・・・)」
そんな事を考えながら静かに料理が運ばれてくるのを待つ事にする。
「はい!最初はですね!魔の森で出会いました・・・」
ジャックはよほどアランが恐いのか、大量の汗を噴出しながら俺との馴れ初めを話し始める。
ブランとグレイも普段の騒がしさは鳴りを潜め、今はただただ説明するジャックの隣で小さく存在感を失くそうと必死に体を縮こませている。
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