第百二十一話 それぞれの恋事情
「それで?その蜥蜴のような魔物は人間では手に負えなさそうか?」
「どうじゃろのぅ?ニコなら問題ないと思うがの?」
「ほっとけほっとけ!何でもあたし達がしちゃ駄目だにゃぁ!」
美味しそうに焼きたてのベーコンを食べるウランと話していると、顔を真っ赤にしたアランが手を横に振りながら軽く言う。
「だがアラン?俺達が出ないと被害者が出るんじゃないか?」
「それでもあたし達は依頼が来るまで動いちゃ駄目にゃ!じゃなぁいとっ!他の冒険者があたし達に割りの良い依頼を全部取られるって言って他の国に出て行くにゃ!」
べろべろのアランがにゃーにゃー言いながら言って来る。
酔っ払いの割にはとてもまともな事を言うので驚いてしまう。
確かにアランの言う通りに強い魔の依頼は魔物の売却額も高いが依頼料もかなり高額だ。
そんな依頼を俺達が全部掻っ攫えば冒険者達からの不満が出て来るのは当たり前の話である。
「なら。俺達は何も動かなくていいんだな?」
「そう!ニコはあたしの隣にいればいいにゃ!」
「ウザイ!臭い!帰らないならせめて座れ!」
「んむぅ・・・」
アランが唇を突き出しながら抱きついてこようとするので、俺が再び声を荒げると唇を尖らせながら座り、ベーコンを肴に酒を飲み始める。
「ならばわらわも動かんでいいのじゃな?」
「んむ!ウラン殿はこちらの物で暮らしを豊かになされい!」
ウランの問いに巨大な皮袋を積んだ荷車を引いたフィルが答える。
昨日ターニャ達が引いていたそりと比べると五台分は積んでいる。
この短時間で用意して引いて来たとはさすがはフィルである。
だが水竜の姿ならば問題なく持って帰れるだろうが、少々目立ちすぎているのではないかと心配になる。
フィルがここに戻ってくるまでに少なくとも二組の冒険者パーティが俺達を不思議そうに眺めながら森へと入って行ったのに、フィルが大荷物を持って行き、その後東の森から水竜が飛び立ったなどと言う事になれば馬鹿でもどういう事か理解できる。
そこで料理をしていた俺に酒盛りをしていたアラン、山盛りハンバーグを貪っていた美女となればみんな忘れる訳が無い。
俺達まで怪しまれるのは馬鹿でもわかる事だ。
「ニコ?心配は無いぞ?わしの魔力じゃ入らんだろうが、ウラン殿なら入るじゃろ!」
そう言ってフィルはドヤ顔でマジックバッグを取り出してウランに渡してどういう物か説明を始め、説明を聞いたウランが荷馬車の上にある大量の荷物にマジックバッグの口をくっ付けると、荷物が吸い込まれるようにマジックバッグの中に消える。
確かマジックバッグも安い物では無いはずなのだがフィルの自腹なのかとても気になる。
「ほう!これは便利じゃ!」
満面の笑みのウランが楽しそうにマジックバッグを眺めながら声を張る。
「喜んで頂けて何よりです!これからも何か入用の際はぜひ!このフィル・バダンテールに御用命を!」
「かたじけないのじゃ!じゃがわらわは何も出せる物がないのぉ?」
「とんでもない!わしは・・・いや、私はウラン殿とこうして会えただけで十分な対価を頂いておりますのでな?」
「じゃがのぅ・・・」
フィルがウランの前で跪いてあれこれと言ってるが、ウランには一切響いて無い様で対価になる物はと思案している。
「ウラン?なら体で返せばいい。」
「ニ、ニコ!なんて事を言うんだ!」
「いいじゃんいいじゃん!あたしもニコに助けられたお礼は体で払うにゃ!」
「ん?どういう意味なのじゃ?それで返せるのならば異論はないのじゃが?」
ウランは水竜だ、鱗や爪ならば対価としては十分すぎるだろう。
そう思って言ったのだが、フィルとアランは何かを勘違いしているようだ。
思わずアランを見てどの部分が売れるのだろうかと考え込む。
「やん!ニコに超見られてる!」
アランが酒で赤くなった顔を上気させて赤くして、腕を交差させて胸を隠している。
やはり何かとんでもなくウザイ勘違いをしているようだ。
「アランはどうでもいいとして。ウラン?お前の鱗や爪は剥がしても生えるんだろう?」
「・・・そういう事か!なら仕方ない我慢するのじゃ!じゃが・・・全身の鱗とは言わぬよな?」
俺の言葉にウランは納得するが、今度は対価として何枚の鱗が必要かと心配し始める。
俺もそんな事がわかる訳ないのでフィルに視線を送る。
「ウラン殿の鱗であれば・・・二枚もあれば十分すぎるかと!」
「ならば剥がしてくれるかの?」
「わかったが、少し待ってくれ。」
フィルの言葉に安心した様子のウランが森へと歩き始めるので、急いで燻製箱を取り出して、中のサーペント肉と燻製用のチップを取り替えてから四人で森の中へと入って行く。
「とりあえず念のためにウランに認識阻害魔法をかけておくぞ?」
「頼むのじゃ・・・背中のを一思いにお願いするでの?・・・そうじゃ!後々頼む事も考えて十枚くらい一気にやってたもぉ?」
水竜の姿に戻ったウランに認識阻害魔法をかけていると、プルプルと振るえながらぎゅっと目を瞑って言う。
こんなにプルプルと震えて怯える水竜、しかも亜種では無くグレートドラゴンの姿は見た事が無いので少し笑えてしまう。
「じゃあ十枚一気にやるぞ?」
「お、お願いするのじゃ!」
ウランがしっかりと頷いて言うので、鱗を掴んで一気に引き抜く。
「ぬぎゃああああぁぁぁぁ!痛い!痛いのじゃぁ!」
どこまでの透き通った綺麗な青い鱗が抜けた。
あまりにも綺麗な青色なので思わず見惚れてしまいそうだ。
だが日が暮れる前に作業を終わらせたいので、引き抜いた鱗を小脇に抱えて次の鱗を掴む。
「次行くぞ。」
悲鳴を上げるが気にせず次の鱗を引き抜く。
痛いのはわかりきっていたことだ。
俺はまだこれからも大量のベーコンとソーセージを作らないといけないのに、ウランを心配して待っていては日が暮れてしまう。
「んぎゃああぁぁぁぁぁ!待った!待ったなのじゃ!」
「どうした?あと八枚あるぞ?」
「あと八回も耐えられんのじゃ!」
「なら爪を剥ぐか?フィル?爪ならどうだ?」
「爪なら鱗何枚分じゃろうな・・・想像もつかん程の値段だ。」
フィルの言葉を聞いてそれならと四つん這いになって地面を叩いて痛みに耐えるとても人間臭い水竜の前足へと降りて、とりあえず一番長い爪を抱え込む。
「待って!待って欲しいのじゃ!予想以上に痛いのじゃ!」
「ならどうする?あと八枚抜くのか、爪を一回剥ぐのか決めろ。」
「だから待って欲しいのじゃ!やはり今回は最初の話通り二枚で支払うのじゃ!」
「なら次も剥ぐのか?」
「次からは集落のみんなで協力して持ってくるのじゃ!約束するのじゃ!」
「お前、下っ端のを剥ぐつもりか?」
「そんな事は考えてないのじゃ!わらわの集落は平等なのじゃ!」
「わかった。」
ウランは自分の保身のために嘘を言うような魔族では無いと信じる事にする。
フィルに剥ぎ取った鱗を渡してソーセージを作るべく先程いた場所へと戻る。
「痛かったのじゃ・・・」
「ニコは血も涙もない人間だな・・・」
「にゃははは!水竜に対しても毅然と対応するニコ格好良かったのにゃ!」
ソーセージを作っていると、人型に戻ったウランが大粒の涙を流しフィルが鱗を剥がされた背中をさすり、それを見てアランが腹を抱えて笑っている。
「ウラン?ベーコンも少しだが持って帰るか?」
「なぬ!?是非なのじゃ!対価はなんじゃ?子作りかえ?」
「おまけだからなにもいらん・・・子作りならフィルとしとけ。」
「フィル坊とか?少し弱っちいのう・・・」
「精進します・・・」
俺の言葉にウランが馬鹿な事を言い出すので、フィルにパスをしたつもりだったのだが、キラーパスになってしまった。
俺がパスを回した時は感謝の眼差しを向けていたフィルだが、ウランの言葉を聞いた途端に肩を落として俺を射殺すような目で睨みつけてくる。
見事な手の平返しである。
「ウラン?俺とフィルは本気で戦えばどっちが勝つかわからんぞ?」
「ほう?ならばフィル坊も子作りの候補に入れとくかのぉ?力を示したたもれ?」
「はい!精進します!」
今度こそしっかりとパスが決まったようで、フィルも無事に婿か旦那かはわからないが候補に加えられ、フィルが俺に向かってサムズアップしている。
是非ともフィルには頑張って貰って俺を候補から外して頂きたいものだ。
「ほらウラン出来立てのベーコンだ。」
「ありがたい限りじゃのぉ?これはわらわ達でも作れるのかの?」
「ワシが!ワシがその本と燻製箱を用意しておきますぞ!」
ウランが燻したてのベーコンをマジックバッグに入れながら言うとフィルが必死に自分をアピールしながら駈け寄ってくる。
こんないい歳したおっさんが手を挙げながら必死にアピールしている姿を見るのは正直痛々しいがフィルの恋のためにも何も言わずにグッと我慢する。
「ならば次は鱗を持参して来るでの?」
「待っております!これを門兵に渡せば私めが飛んで参りますので!」
「ほう?ではありがたく頂いておくぞ?・・・ほう?真似をしてみたがニコの効果が薄いのか?それともフィル坊が大げさなのかの?」
フィルが何やらギルドカードに似たカードをウランに渡す。
それを受けとりながらウランがフィルと唇を重ねると、フィルは顔を真っ赤にして鼻血を出しながら腰砕けになってその場にへたり込み、それを見たウランが不思議そうな顔で尋ねて来る。
「おそらく、両方だ。」
「なるほど。ニコは反応が薄いのじゃな?ではこれでどうじゃ?」
そう言ってウランが俺に豊満な胸を押し付けてくる。
とても気持ちがいいし、何よりも酒臭くない。
この気持ちよさはベーコンの分はチャラにしてもお釣りが来そうだ。
「ウランベーコンの分のお代は頂いた。だが、そういうのは心を決めた人間にするべきだ。」
「ふむ。ならばあのアランという人間はニコに対して心を決めておるのか・・・」
「それは・・・俺は知らんが、こんな女はいらん。」
ウランの言葉にそういう事になるかとアランに視線を向けるのだが、アランは真っ赤な顔で腹を搔きながら気持ち良さそうに寝ている。
普段は文句無しに美人なのだが、今の出で立ちはまんまおっさんである。
とりあえず俺が言える事は肴を作らせるだけ作らせて勝手に酔い潰れておっさんの如く地べたで眠る女はごめんだ。
「人間とはなんとも難儀な生物じゃのぅ・・・まぁいい!わらわは帰るでな?」
「目立たないように帰るんだぞ?」
「わかっておる!ニコの認識阻害魔法をしっかりと覚えたので大丈夫なのじゃ!簡単な割に便利な魔法じゃのう?」
「さすがは竜種だ。気をつけてな?」
「ウラン殿!またすぐに会いに来てくだされ!」
俺とフィルに満面の笑みで手を振りながらウランが森の中へと消えて行く。
すぐに突然森の中の木々が揺れ、驚いた鳥達が飛び立つので姿は見えないがウランが飛び立ったのだろう。
フィルが一心不乱にウランがいるであろう方向に向かって手を振っている。
「(姿も見えないのに殊勝な事だ・・・さて!ソーセージは守ったぞ。)」
ソーセージの皮が残り少なく、これ以上作るとなると王都に買い足しに帰らなければならなかったので死守したのだ。
誰にも見られないようにガッツポーズをしてから肉を詰め終えたソーセージを茹で始める。
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