第百十五話 貴族の娘ソフィア
「マット大丈夫!?」
「マット君生きてる!?」
駆け寄ってきたターニャとソフィアがマットを乱暴に揺すり始める。
魔物に丸呑みされて意識を失っていた人間に対してしていい行為では無いと思うのだが、鬼気迫る二人の様子に押されて何も言えない。
「僕は生きてるよ!てか・・・何があったの?」
「おぉ!?マットお前はあいつに食べられたんじゃ!」
マットがロジェに言われてダムフロッグを見て息を飲む。
「まぁいいわ・・・ニコ?あの蛙で昼食にしましょ?」
胸を撫で下ろしながらターニャが俺に言って来る。
俺はターニャに諭すようにゆっくりと話しかける。
「ターニャ、あの蛙は通称馬鹿食いだな?」
「そうね?」
「獲物を土と一緒に丸ごと食べるから馬鹿食いだ。」
「それくらい私にもわかるって!」
「土ごと食べるから肉は泥臭くて食べられた物じゃない。そして大きな体に無駄に弾力のある切れない皮、そして魔石の大きさはゴブリン並だ。馬鹿みたいに土ごと食べると共に狩る人間が馬鹿を見る魔物、それが馬鹿食いだ。」
「マジ・・・?」
俺の言葉にターニャが立ち尽くしてダムフロッグを見て言うのでターニャの目を見ながら黙って頷く。
ロジェとソフィアも初耳らしく呆然とダムフロッグを見ている。
図鑑に書いてあった情報だが恐らく間違っては無いだろう。
「ほいでも!剣を通さん皮じゃろ?高いに決まっとる!」
「そ、そうよ!そんな硬い皮なら防具にすれば・・・」
「鼻が馬鹿になったか?嗅いでみろ。」
ロジェとターニャが言うので俺は呆れながら二人に言う。
ダムフロッグの皮は確かにとても硬いのだが、その弾力性や硬度と言った利便性を補って余りある欠点がある、とてつもなく臭いのだ。
二人とソフィアはダムフロッグを臭って分かりやすく顔を顰めて鼻を押さえている。
「臭いだろ?ダムフロッグの皮は乾けば軟くなり、濡れれば強烈な臭いを放つんだ。」
よって、ダムフロッグの狩りにくさと運ぶ手間を考えるとギルドでの買取り額は馬鹿らしくなる程度に安いらしい。
俺の言葉の意味がわかったターニャとソフィアは分かりやすく肩を落として残念がっている。
「つまりどういう事なんな!?」
「つまりだな。ダムフロッグは通称通り狩るだけ馬鹿を見る魔物って事だ・・・さ。埋めて臭いを消すぞ?」
「マットの命懸けの行動はなんだったんじゃ・・・」
「ロジェ・・・なら皮を剥ぐか?」
ロジェが悲しそうに言っているので、俺が気を利かせて聞くとロジェは静かにゆっくりと首を横に振る。
「ねぇニコ?お腹空いた!」
「アランみたいに言って来るな。これから作る。」
ダムフロッグを埋め終えると、ターニャが誰かと被る感じで右腕に絡んで来るのでリュックサックから調理道具を取り出して昼食を作り始める。
ソフィアが焚き木に魔法で火を点けるのを見てはターニャとコソコソと話し、寸胴鍋を魔法で水を出して満たすのを見てはターニャとコソコソと話し始めるので少々気になって邪魔臭い。
「一つ聞いていいか?」
「ん?何?」
昼食を作りながらソフィアとコソコソと話をしているターニャに話しかける。
「西の薬草と草食魔物の森でもなく南のゴブリンやコボルトの森でもなく、なぜこの東の森を選んだんだ?」
「稼ぎよ!草食魔物やゴブリンを運べるだけ狩ったって日当にもならないわ!ホーンラビットを狩る腕なんてないしね!」
自信満々のターニャが俺の質問に胸を張って答え、隣のソフィアは微笑んでウンウンと頷いている。
それを見て盛大に溜息を吐く。
「会議に参加できてない俺が言うのもなんだが・・・稼ぎを優先して死んだら意味が無いぞ?」
「わかってるわよ!今回はニコがいるから無理してこの森にしたのよ!」
次は、さっきのマットも俺がいなかったらどうなっていた?と返す準備をしていたのに、まさかの俺頼みだったようだ。
呆れて言葉が出ないとはこの事だ。
今後も俺が常に一緒に冒険に行けるわけが無いのはわかりきっている、言いたくなかったのだが、言うべき事を言っておかなければならないようだ。
「一応言っておく。俺は今回完全に見守るつもりで来ている。稼ぎも貰うつもりはない。この意味がわかるな?マットとロジェにも言っておいてくれ。」
「わ・・・わかったわ。」
「ニコ君同じ一年生でしょ!?そんな上から言われるのは気に入らないわ?」
これ以上俺頼みで冒険されては適わないので、離れた所で見張りをしているマットとロジェを見ながらターニャに釘を刺しておく。
するとソフィアが余程気に入らなかったのだろう、顔を真っ赤にして激高して食って掛かってくる。
「狩りの経験値は同じじゃない。とだけ言い切っておこう。」
「じゃあ何か証明してみなさいよ!」
「別に信じないならそれでいい。」
ソフィアは全く納得出来てない様子で非常に面倒臭くなったので適当に返して料理に集中する。
ソフィアが俺に掴みかかろうと立ち上がるがターニャが必死に抑え込んで離れて行き、再びコソコソと話し始める。
「出来たぞ?」
「配膳するわ。」
「頼んだ。」
昼食が出来上がり食器を取り出すとターニャが自主的に配膳をしてくれるのでありがたくお願いして昼食を食べる。
ソフィアが器にスープを注ぐターニャを見て「なんで貴族が平民のために配膳を?」などと呟いているが何も聞かなかったことにする。
「ニコ?危なくなったら助けてくれるんでしょ?」
「あぁ。さっきみたいな非常事態になれば動くつもりだ。」
ターニャがおずおずと聞いて来る。
俺も友達が死ぬのを黙って見るつもりは毛頭無い。
むしろ死なさないために今回付いて来ているのだから即答する。
ターニャがよかったと声が聞こえてきそうなくらいに安堵した表情で胸を撫で下ろし。
ソフィアは俺の事が余程気に入らないのか、俺の方向に一切顔を向けないように料理を食べているようで表情は見えない。
険悪な空気のまま昼食を食べ終わりマットとロジェと見張りを交代する。
「にしてもおかしいな。」
「何が?」
見張りのために森の中を探索魔法すると森の至る所を蛙がピョンピョンと跳んでいる。
この異常事態に俺が思わず呟くとターニャが反応する。
「先程の馬鹿食いもそうだが、湿地にいるはずの魔蛙達が森の中にいすぎだ。」
「確かにそう言われたらそうね。」
俺の考えを話すとターニャは成程と考え込む。
ソフィアはまだ怒っているのか一心に森の中を見つめている。
「っとなると・・・どういう事?」
「あくまでも予測だが、湿地に強い魔物が生まれて住処を追われた可能性が高いな?」
顎に手を置いて考えていたターニャが聞いてくる。
俺の予想を言うと確かにと呟きながら森の中を眺め始める。
「お待たせ!ニコご馳走様!」
「御馳走様じゃ!今日の一夜干しもクラーケンか?」
「あぁ。さっさと洗って出発しよう。」
昼食を食べ終えたマットとロジェがやってくるので、入れ替わりにみんなが食べ終わった食器を洗う。
今日は水道が無いのでターニャではなく、魔法で水を出せる俺が担当だ。
「待たせたな。殿は任せてくれ。」
「わかったわ!」
「ふんっ偉そうに!ターニャ行こ?」
食器洗いを終えて声をかけるとまだ怒っている様子のソフィアがターニャの腕を掴んで森を走って行く。
「え?ソフィアさんどうしたの!?」
「何をして怒らしたんな?・・・後で教えぇよ?」
それを見たマットはオドオドしながら走り始め、ロジェはどこまで面白そうに笑みを浮かべながら俺に言って走り始める。
「(探索魔法を使えないのに森の中を走るのは危険なのだがな・・・)」
そんな事を考えながら走る四人を追う。
「きゃあっ!」
「走るからだ・・・」
ターニャがジャイアントフロッグ、二メートルのアマガエルのような魔蛙に出会い頭に長い舌で巻かれて食べられる。
ソフィアとマットとロジェは抜刀さえ出来ずにその場で立ち止まって固まっている。
俺は即座に射線が通りそうな木の枝へと飛んで弓を構える。
「(これならこれだけ離れていてもこの弓でも当てられるな。)」
弓を構えてジャイアントフロッグを見やるとラッキーな事にターニャを飲み込もうと必死になって喉を動かしていてほとんど動かない。
動かないので学校用の偽装弓でも五十メートル離れているが問題無さそうだ。
「(あいつらが突然射線に割り込んでこない事を祈ろう。)」
ターニャを飲み込んだジャイアントフロッグに矢を放つ。
矢は脳天に命中し、ジャイアントフロッグはその場にコテンと倒れる。
「よし、行くか。」
全員がポカンとただ立ち尽くしているが俺は構わずに地面に降りターニャを助けるべく駆け出す。
「お前ら棒立ちするだけか?」
棒立ちする三人に声を掛けながらジャイアントフロッグの首をはねる。
そして大急ぎで血が吹き出す首の切断面からむき出しになった食道に手を突っ込みターニャを引っ張り出して治癒魔法を行う。
「ニ、ニコ!俺はどうしたら?」
「そ!そうじゃっ!わしゃ何をしたええっ?」
「ならターニャが体を拭く準備をしろ。」
「「わかった!」」
我に返ったマットとロジェが言って来るので指示を出すと、二人は強く頷いて離れて行くが、何を準備すればいいのかわからずに大わらわになっている。
ソフィアは相変わらず茫然自失と言った様子で俺が治癒するターニャを見つめている。
ターニャは数秒でマットと同じように飲み込んだドロリとジャイアントフロッグの胃液と先程の昼食を全部吐き出して息を吹き返す。
「え?ここは・・・あたし食べられたのね・・・」
「生きてる。それでいいだろう?」
「その通りね?ソフィア心配かけたね?」
「ターニャァァァァァ!」
俺の言葉に妙に落ち着いた様子のターニャが答え。
感極まったソフィアがジャイアントフロッグの胃液だらけのターニャに抱きついて泣き始める。
「ニコ?マットとロジェはどこ?」
「ん?そこでターニャの体を拭く準備を・・・嘘だろ?」
ターニャに言われて辺りを見回すとマットとロジェの姿が無く、変わりに先程ターニャを飲み込んだ時と同じように必死に喉を動かす二体ジャイアントフロッグが目に映り思わず絶望する。
「お前ら俺がいなかったら何回死んでるんだ!?」
思わず心の声を叫びながらジャイアントフロッグに向けて一本づつ矢を放つ。
二本の矢は一切抵抗を受ける事無くそれぞれジャイアントフロッグの脳天を貫きジャイアントフロッグは静かにその場に倒れる。
「べとべとで気持ち悪いだろうが少し我慢しろ。」
唖然とするターニャとソフィアに言ってまずは午前中に死に掛けたマットから助ける。
「ゴボッ!ゴボロロロロロロッ!」
「ターニャ後は頼む。」
「わかったわ!」
息を吹き返したマットが胃の中身を吐き出し始めるので、すぐにロジェを食べたジャイアントフロッグの首を切り落としてロジェを引っ張り出して治癒魔法を掛ける。
ロジェは生命力が強いのだろう。
俺が食道に手を突っ込むと手を掴むのでそのまま地上へと一気に引っ張り出す。
「ゴッッッゴエェェェェエェ!」
自らうつ伏せになり大量の胃液と昼食を吐き出し始める。
「次は・・・何をすればいいんだ?」
やることがありすぎて混乱してしまう。
とりあえず女性を優先して寸胴鍋の中に魔法で湯浴み用の湯を作ってターニャとソフィアに渡す。
次にマットとロジェに水を噴射して綺麗にして行く。
「ニコ!?乱暴すぎない?」
「ワップッ!さっきまで死に掛けとったんじゃけん優しくしてくれぇ!」
「煩い。これが嫌なら次からは自分の身の丈にあった狩場を選択しろ。」
嫌がる二人にひたすらに水を噴射して、綺麗になった頃合でびしょ濡れの二人に魔法をかけて服に付いた水を吹き飛ばす。
「すげぇ!」
「快適じゃのぅ・・・」
「何があるかわからん。命が惜しければ森の中ではもう走るな。」
一瞬で乾いた服にマットとロジェが驚いているが、俺は一切気にかける事無くしっかりと言っておく。
二人は何度も頷いているので恐らく大丈夫だろう。
「じゃあジャイアントフロッグ捌こうぜ?」
「そうじゃな!この三体を売れば中々の額になるじゃろう!」
二人は笑顔でジャイアントフロッグを裁き始めるが、如何せん俺が上げたゴブリンソードで捌いているので全然切れなくて四苦八苦している。
「マットはこれ。ロジェはこれを使え。」
見かねてマットには俺の剣を、ロジェには解体用のナイフを渡す。
「すげ!切れすぎだ!」
「この解体ナイフえらい切れるのぅ・・・」
二人が俺の渡した剣とナイフの切れ味に驚きながらジャイアントフロッグを解体する。
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