第百二話 イカ、そしてマーメイド
海面が盛り上がりニ本の巨大な足が現れる。
恐らく十本の足の中でも特に長い触椀だろう。
天高くそそり立った触椀はそのまま重力に身を任せて俺に向かって倒れてくる。
カニの時もそうだったが、体が大きいと言うだけでただ俺に向かって足を倒すだけでも十分な脅威だ。
「さすがにいきなり胴体は出さないか。」
思わず一人ごちて足に空気の刃を放つ。
出来る限り広範囲に放ったので一本は切り落とせたのだが、もう一本の触椀は切り落とせなかった。
巨大な触腕はそのまま俺に向かって倒れこんでくる。
「さすがに無理ですか・・・」
「先輩しみじみ言ってないで逃げますよ!」
「魔物だから魔法耐性もあるだろうからな。アイリーン結界を張ってるから動くな。」
アイリーンが足を見上げて呟くフォルナを引っ張って逃げようとしているので止める。
「(というか今から逃げても間に合わないだろう・・・)」
今の状況も想定の範囲内だ。
しっかりと結界を張って前準備はしている。
『ズドォォンッ!』
足が轟音を上げて砂浜に倒れ込みそれと同時に俺達を捕食しようと考えていたのだろう。
結界が触椀を受け止めると同時に残りの八本の巨大な足が現れ結界を覆い尽くす。
「この足を受け止める結界をいつの間に・・・」
「てか足に覆われて真っ暗ですよぅ?」
「問題無い。・・・暴風切り裂き。」
素早く魔法陣を空中に描いて魔法を発動させる。
「こんな短時間で魔法陣を!?」
「いつもは使わないのになんで今回は魔法陣を使ったんですかぁ?」
「このレベルの魔法を発動となると制御などが大変だからな。それに魔法陣を描く時間もあったのが大きい。」
魔法陣を描けば魔力を注いで発動さえすれば制御などは全て魔法陣が行ってくれるので楽なのだ。
ただ威力や発動範囲などの変更が難しいので一長一短だが今回は今結界を覆っている足が無くなり次第に状況を確認して動かないとと駄目なので魔法陣にしたのだ。
そんな事を話していると結界の上に倒れこんで覆っていた足がずたずたに切り裂かれて暴風に巻き込まれて飛んで行き結界の中に光が入る。
「結局見えませんね。」
「砂だらけですねぇ?」
「足が倒れこんだからか?それとも俺の魔法か?」
周りを一切確認出来ないので仕方なく状況確認をするために探索魔法を発動させようとすると結界が大きく揺れ、目の前に巨大なクチバシの付いた穴が現れる。
「ルドルフ殿!やばそうですよぉ!」
「これは・・・口ですね・・・結界割れませんか?」
「急がないとやばいな。」
普通のイカでも甲殻類の硬い殻を簡単に砕くのに、魔物になって身体能力が上がったイカの咬合力など考えたくも無い。
大急ぎで探索魔法で確認していたランスを魔法で持ち上げてイカの胴体へと撃ち込む。
「ルドルフ殿!?何をのんびりとされてるのですか!?」
「のんびりなどしてない。」
集中してランスを操作しているとフォルナが俺の肩を掴んで言って来る。
こんな状況でのんびり出来るやつなどいないだろうに何を言っているのだろうか。
「こんな時くらいはもう少し焦ってください!」
「十分焦ってる。」
アイリーンがフォルナとは逆の肩を掴んで言って来る。
今もイカはゴリゴリと音を立てながら結界を割ろうとしているのだ、焦ってない訳がない。
「(とは言え焦りすぎてランスを外しては意味がない・・・)」
出来る限り気持ちを落ち着かせて焦らずに大急ぎでランスを胴体に射ち込む。
「止ま・・・った?」
「助かったんですかぁ?」
十本ランスを撃ち込んだ所で結界を壊そうとゴリゴリと噛む音が止まり、俺の後ろで今にも泣きそうな表情で抱きついた二人が言う。
「どうだろうな?」
状況を自分の目で確かめるためにも風魔法で舞い上がっている砂を海へと吹き飛ばす。
「動きませんね?」
「勝ったんですね?」
「まだだ。」
胴体の色が白くなっているので胴体の活け締めは成功しているようだが、足がほとんど無くなっているので不必要な気もするが下半身がまだ半透明なのだ。
ランスを持ち上げて目と目の間に打ち込む。
「初めてだが上手く活け締め出来たな。」
「足の色が変わっていく?」
「本当に死ぬかと思いましたよぉ・・・」
上手く神経を断てたようで足の色がスーッと白くなっていく。
俺は初めての活け締めの出来に満足して頷いているとフォルナが巨大イカを見て驚き、アイリーンは遠い目をして深く溜息を吐いている。
「やっぱり見逃しちゃったか・・・」
少しして町民達を引き連れたアランとサミュエルがやってくる。
アランは砂浜に転がる巨大イカを見て残念そうに肩を落としている。
「さぁ皆さん!お願いします!」
サミュエルの言葉に町民達が一斉に巨大イカに群がり捌き始める。
俺が何も言わなくても全部指示をしてくれるので本当にありがたい。
「みんな驚きも少なく簡単に受け入れたな・・・」
「昨日のカニで耐性が出来たのでしょうねぇ?」
「何にしろ話しが早くて助かる。」
フォルナとアイリーンは何やら悟った表情で話しているが、俺としては事情説明などの苦手な事後処理が無くて大助かりだ。
町民に指示を出し終えたサミュエルとアランが近づいて来る。
「それで?すぐに祠に行くの?」
「すぐに行くのなら、そこに最後の一隻らしい船を用意してもらいました!」
「ありがとう助かる・・・だがサムは留守番だ。」
アランとサミュエルが俺の言葉に驚いているが、当然だ。
さすがにこれから魔族がいるとわかっている場所に王子を連れて行けるわけが無い。
何が起こっても不思議ではないのだ。
「そうね・・・こんな魔物を使役する魔族の所に・・・護衛役としても反対ね。」
「そうか・・・そうですよね・・・」
アランも俺の考えに賛同して言い、サミュエルがわかりやすく落胆する。
「大丈夫そうなら呼ぶ。」
「楽しみに待っています!」
「いらない心配だろうけど、死なないようにね?」
「ではルドルフ殿行きましょうか?」
「私が漕ぎますよぅ!」
二人に見送られながらフォルナとアイリーンに先導されて用意されていた小船に乗り込む。
「アイリーン?漕ぐ必要は無いぞ。」
「え?」
さっさと終わらせたいので船の後ろを押すように魔法で水をぶつけて船を進める。
「さすがはルドルフ殿です・・・」
「先輩?報告書にはどうやって書きましょう?」
「魔法で船を進めた。としか書きようがないだろう?」
「もしどんな魔法で?とか聞かれたら全くわかりませんよぅ?」
「その時はわかりません。で団長は何も言わないだろう。」
「それだといいですけど・・・もう答えられない事だらけですよぅ!」
「着いたぞ。」
二人が俺の魔法で進む船を見て話している。
説明してもいいのだが、それをすると祠に入る時間がどんどん遅くなるので勝手に割愛させてもらう。
「綺麗な歌声ですねぇ?」
「そうだな、思わず聞き惚れてしまう。」
祠のある岩山に降りると歌が聞えてきて二人が目を閉じてその歌に聞き入り始める。
「おそらくマーメイドの歌声だな・・・何をしている?」
マーメイドの歌声には魅了の効果があって危険だから聞き流すようにと注意をしようと思ったが遅かったようだ。
フォルナとアイリーンは剣を抜いて笑顔で俺に斬りかかろうとする所だった。
「何って・・・ルドルフ殿を殺そうとしてますが?」
「そうですねぇ?まずは協力してルドルフ殿ですねぇ?」
「その後はアイリーン?貴様だからな?」
「フフフ!先輩、下克上ですよぅ!」
二人が楽しそうに話しながら斬りかかって来るので避けて睡眠霧で眠らせる。
「(サミュエルを連れてこなくて本当によかった。)」
ごつごつとした岩に顔や体をぶつけながら倒れるフォルナとアイリーンを眺めながら思う。
サミュエルが同じように倒れて頭をぶつけて死んだりしたら笑い話にもならない所だ。
そんな事を考えながらフォルナとアイリーンに治癒魔法を施して祠の奥にある穴を通って岩山の中に入る。
岩山の中は思った以上に広く、大人が普通に歩けるくらいの通路になっていて地面も外のごつごつした岩からツルツルとした岩に変わって非常に歩きやすい。
「(歌声が大きくなってきたな。)」
更に焦っているのか少しづつテンポも速くなっているような気がする。
そんな事を考えながら歌の聞える方向へと歩を進める。
「なんで魅了出来ないのよ!」
「耐性を魔力で強化してるし・・・この指輪があるからな。」
しばらく進むと広い波一つ無い綺麗な地底湖が現れ奥に岩山に座ったマーメイドが怒っていた。
ガルから貰った耐性強化の指輪を見せながらしっかりと説明をして俺は会話をする意思があることをしっかりとアピールする。
「戦闘は苦手だけど仕方ないわね・・・」
「待て。戦闘をしに来たんじゃない。話をしに来たんだ。」
「そうやって騙すつもりでしょ!聞くわけないじゃん!」
「ちっ!」
俺の必死のアピールも虚しく、どうやら戦闘に勝利しないと会話も出来ないようだ。
マーメイドが岩山から地底湖へと飛び込むので思わず舌打ちが出る。
「(マーメイドと水の中で戦闘など絶対にごめんだが無傷での捕獲方法も思い付かないぞ・・・)」
波が立ち、渦を巻いて荒れ始める地底湖を眺めながらどうやってマーメイドを傷付けないように勝とうかと頭を悩ませる。
「さぁ!私の仲間達を返しなさい!」
「それが太守は誓ってマーメイドには手を出してないそうだぞ?」
球体の水の膜に覆われたマーメイドが地底湖から出てきて空中に浮かびながら言うので答える。
「嘘ばっかり!あたしが帰ってきたら仲間が誰もいない。祠には腐った魚・・・となれば人間が毒を盛って仲間を連れ去ったに決まってるわ!」
「それ・・・新鮮な魚を供えたが時間が経っただけじゃ?」
「煩い煩い!しばらくお腹壊して大変だったんだから!」
マーメイドが怒って叫び地底湖から夥しい数の水の弾が飛んで来る。
基本的に人魚種は魔王種かと思うほどの魔力量と本で読んていたのでかなり警戒をしていたのだが、目の前のマーメイドは確かに魔力量はガルーダの魔王種であるガルと同じく魔力量は俺では測りきれない程の量なのだが攻撃方法を見る限り戦闘には不慣れなようだ。
「(普通腐ってたら食べる時に気付くだろう・・・)」
戦闘に不慣れでなければこのマーメイドは馬鹿なのだろう。
思わず溜息を吐きながら魔法障壁を張って水の弾を全て真正面から受け止める。
「キィィィィィ!!手加減してやったんだから!次は本気出す!」
「待て待て。話をしよう。」
「フッフッフッ実は余裕そうに見えてギリギリだったんでしょ?死ね!」
マーメイドは勘違いしている。
まず全然ギリギリではなく余裕で防いだし、この程度の攻撃では俺の魔法障壁はビクともしない。
それよりも次が重要だ。
岩山の入口で俺の探索魔法に攫われたと騒いでるマーメイド達であろう、大量のマーメイドの反応がある。
反応が動かないのでおそらく寝ているフォルナとアイリーンを見ているのだろう。
「(あのマーメイドが戻ってくれば話が出来るのか?もし加勢されたらやばいかもな。)」
もう少しすれば後ろの入口から大量のマーメイドがやってくる。
目の前のマーメイドをいなして待つか、倒すか考えるが全く考えが纏まらない。
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