第百一話 ロイ太守の事情
すぐに扉が開き、身なりの整った初老の男性が現れ、俺達を見て微笑んで恭しくお辞儀をする。
「お待ちしておりました。給仕係のジェファーソンと申します。ジェフと御呼び下さい。」
「お待ち?何も言ってないのに?」
「御主人様はあなた方がお見えになるのをお待ちしておりましたよ?」
「ふーん?なら会わせていただきましょ!」
「ホッホッホッ。ではこちらへどうぞ。」
アランはジェフの言葉に訝しそうにしているがジェフは対照的でとても楽しそうな様子で案内を始めるので、三人で顔を見合わせながら館の中へと足を踏み入れる。
「こちらでございます。」
見た目通り余り広い館では無い様ですぐにジェフが立ち止まって扉を開けて恭しくお辞儀をする。
廊下からはロイの姿は見えないが豪華なソファが見えるので応接室なのだろう。
「アラン先生?僕の幻影魔法を解いて貰えますか?」
「・・・わかったわ。」
「なら、サミュエルに任せる。」
部屋に入ると同時にサミュエルがアランに言い、アランは一瞬考えて魔法を解くので俺はサミュエルに一任することにする。
「どうぞお座・・・でっ殿下!?」
応接室に入るソファを勧めながら俺達を見たロイが驚いてソファの上で引っくり返っている。
アランとサミュエルはそんなロイを無視して平然とソファに座るので俺も倣ってソファに腰掛ける。
「お初にお目に掛かるエスガルド国第一王子サミュエル・リュシドールだ!ゲーテ町太守ロイ・ユリマキ殿ですね?話しを聞かせて頂きたく伺いました。」
「は、はい!何からお話ししましょうか・・・それよりも、ジェフ!早くお茶をお持ちしろ!」
「かしこまりました!」
サミュエルが自己紹介をするとロイとジェフが分かりやすく慌てた様子で応接のためのお茶とクッキーを用意し始める。
「美味しーっ!ねぇルドルフ?これクッキーかと思ったら魚の骨みたいよ?」
「ほう?本当だな?香ばしくて美味いな。」
「この町の特産でして!よろしければ御土産にどうぞ!この魚の骨を食べれば体も丈夫になってゲーテの人間は病気知らずなのです!」
クッキーと思っていた物は魚の骨を料理した物だったようだ。
とてもパリパリと歯応えのよいお茶請けにはもってこいの一品だ。
俺とアランが舌鼓を打っているとロイが商売魂も逞しく俺達に宣伝をし始める。
「(みんなが言うほど無責任な太守には見えないのだがな・・・)」
とても素晴らしい笑顔で魚の骨で作った町の特産品を宣伝するロイを見て思わず考え込む。
「それで?ロイ・ユリマキ殿?まずは・・・そうですね?貴方は街のトラブルを無視して王国内を漫遊していると言う事ですが?」
「・・・やはりその事ですか・・・少し長くなりますがよろしいですか?」
「構いません。むしろ言い忘れが無い様にお願いします。」
普段以上にキリッとしたサミュエルの問いにロイが一瞬考えて目頭を揉みながら答え、表情を更にキリッとさせたサミュエルが答える。
こういう姿を見ると王子だなと感心してしまう。
「はぁ・・・漫遊していたわけではありません。もう十年前になりますか?私は周りの貴族領を回って「我が町は魔魚のいない入り江で安全に海で遊べる!」と宣伝しました。その甲斐あって釣り人や海水浴の観光客が増えて町は今まで以上に活気が溢れるようになりました。」
「それは聞きました。とても太守らしい町を思った行動だと感心しました。」
「その代わりに我が町の漁師達と観光客イザコザが増えまして・・・相手に怪我を負わせる事もしばしばです。基本的に観光客というのは貴族や有力な地主の方々ばかりです。安全な海と宣伝したのに町が安全じゃなかったのですから謝罪に行かなければなりませんね?その旅に出ていました。」
「ですが、町の人が言うには明らかに遊びの旅だったそうですが?」
ロイが一息に言い切りサミュエルが冷静に聞き返している。
王子として相手を威圧しないようにしながらも冷静な様子だ。
「こういう姿を見るとさすがだな?」
「そうね?八歳、九歳になったっけ?とは思えないよね?」
アランと魚の骨をポリポリと食べながら小声で話す。
「私はこう見えても子爵です!貴族の旅は周りの目もあります!しかも観光客で賑わっているゲーテ太守としてなら尚更です!お金を使わないように謝りに言って誠意が伝わりますか?観光客が使った分は落とさないと謝罪が始まらないでしょう?」
「それは・・・わかりました。では次です、なぜトラブルが起こらないように対処しないので?」
「それは・・・漁師達が怒っている理由は私にもよくわかります。漁の最中に隣で釣りをされては邪魔ですし。海水浴で盛り上がって聖域である海神様の祠に登られて怒るのも痛いほどわかるので・・・言い辛くて・・・」
ロイの言う事には一理ある。
ロイは話し会いが始まって数分しか経ってないのに憔悴しきった様子だ。
漁師達は自分達のフォローは何一つ言わないと文句を言っていたが、実際は真逆で漁師や町人の立場で考えすぎて一人で背負いすぎていたようにさえ見える。
「ルドルフどう見ますか?」
「俺に聞くと言う事は、俺と同じ考えだと思うぞ?」
「あたしも同感ね。最後の質問!海神の祠に行って海神様を捕らえようとしたって聞いたけど?」
サミュエルが困り顔で聞いてくる。
おそらく俺と同じ考えに至ったのだろうと思って答えると隣のアランが手を挙げて軽く聞く。
「私は漁師達が不漁だと嘆いていたので海神様にお供え物をして豊漁のお願いをしただけです!誓って海神様に失礼などっ!どれだけ謝罪で散財していたとしてもそんな事!」
ロイが顔を真っ赤にして机を叩きながら憤慨する。
机が割れそうな勢いで拳を叩きつけるロイの気迫に押されて思わず三人でソファの背もたれにめり込むほどに仰け反ってしまう。
「これは・・・大急ぎで海神様の話を聞きに行くかな。」
「そうね。」
ロイの様子を見て思わずアランと顔を見合わせて立ち上がり部屋の外に向かって歩き始めるとサミュエルに呼び止められる。
「神と話をするのですか!?」
「神じゃない魔族だ。そうだろ?ロイ太守。」
「カニとイカのクラーケンを使役出来る魔族・・・マーメイド、よね?太守?」
サミュエルが驚愕の表情で言うので俺とアランは自分の予想を言う。
するとロイは静かに長い溜息を吐いておもむろに立ち上がり土下座し始める。
「その通りです!どうか御内密に!」
「誰にも言わん。」
ロイが頭を床に擦りつけながら言い、俺はそう言って部屋から足早に出る。
「まぁ魔族のおかげで魔魚のいない海を売りにした観光名所とは言えないよね・・・」
「しっかりと調べて沙汰をする!父上に言うのは決定だが私と父上の胸に納めるかは結果次第だ!」
「はいっ!どうか御安全に調査をお願い致します!」
三人の話を聞きながらジェフの案内で館を出る。
「さて!魔族・・・じゃなくて海神様と話して真実を顕わにしないとね?」
「そうだね?このままじゃ僕じゃ判断出来ないね?」
「わかった。フォルナとアイリーンの働き次第だな。」
アランと幻影魔法をかけ直されたサミュエルが駆け寄ってきてそれぞれに俺の左右の肩をつかみながら言って来る。
「にしても・・・ロイって白じゃない?」
「僕もそう思いますね。」
「俺もそう思う・・・急ぐか。」
二人共ロイはいい太守だと判断したようだ。
俺もロイは町の、町人の事を考えた太守だと判断した。
自然と砂浜に向けて走り出しアランとサミュエルが慌てて走って付いて来る。
「お待ちしておりました!」
「ルドルフ殿これなんかどうですかぁ?」
砂浜に着くとフォルナとアイリーンが待っていた。
後ろには置いてある荷台にはランスが積まれていた。
ランスとは騎馬戦で使う武器で、基本的にはより相手に早く届くために長く、先端が揺れないように太く、そして金属でより硬くと作られている武具だ。
「ほう?完璧だ。」
念のために試しに荷車に乗っているランスを魔法で浮かせる。
「ルドルフ殿?どんな魔法を使っているのですか?」
「我々では持上げるだけで一生懸命なのに・・・」
「さすがルドルフ様ですぅ・・・」
「これは・・・何をしてるかはわからないけど雷魔法よね?」
ランスを浮かして魔法の感触を試しているとサミュエルが不思議そうな顔をして言い、フォルナとアイリーンは口をポカンと開けて言ってアランがまさかの正解に辿り着いたようだ。
アランの言う通り雷魔法、電磁力によって浮かしているのだ。
思わずアランを見ると目が合い二人で微笑む。
「その通りだ。さぁクラーケンをさっさと活け締めにして海神様の話を伺うぞ?」
「わかりました!漁師達を呼んできます!」
「あたしも行くかな・・・一応護衛だし。」
サミュエルが意気込んで砂浜を走り出してアランは仕方ないと言った様子でサミュエルの後を追って離れる。
「我々は着いています。」
「そうですよ!いざと言う時は私も・・・」
フォルナとアイリーンは油断無く剣に手をかけて俺に話しかけてくる。
「いや・・・俺が無理だった時は玉砕ではなく有効な一手をお願いする。」
思わず二人に言う。
俺が適わない敵だった時は玉砕覚悟で突っ込むよりは一歩退いて考えて欲しい。
「「はっ!」」
そう思って言ったのだがフォルナとアイリーンは剣の柄をしっかりと掴んで答えるので違って伝わったように思えて仕方がない。
面倒事に巻き込まれたが今日中に全てを終わらせて明日からはしっかりと遊びに費やしたいので無視をして海へと振り返り強制探索魔法を発動させる。
思ったとおりマーメイドに命令されて待機しているのだろう。
すぐ近くにイカ型のクラーケンの反応を捉える。
「でかいな・・・」
反応から考えるに俺の身長で、だが頭から長い足の先までを考えると二十人は並べそうな大きさだ。
「来ますか!?」
「最近騎士らしい姿を見せられてませんから頑張りましょ!?」
水面が盛り上がり始めてフォルナとアイリーンが気合を入れて剣を握りなおしている。
俺は二人を前に出ない用に手で制しながら用意してくれたランスを魔法で持ち上げてクラーケンの出現を待つ。
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