第九十八話 ロイ太守との出会いと毛蟹の確保
「何を集まっているんですか!?誰か怪我人ですか!?」
何やら細身で白髪の初老が群集をかき分けてやってくる。
後ろにフォルナとアイリーンが見えるので町のお偉いさん、町長かこの町のギルマスあたりだろう。
「ルドルフ殿ですね?お初にお目にかかります!この町の太守を勤めるロイ・ユリマキと申します!」
俺の前に到着した細身で白髪の初老は茹でている巨大毛蟹を見て一瞬目を剥くがすぐに俺に向き直って自己紹介をしながら恭しくお辞儀をして来る。
とても印象のいい人物に見えるのだが、周りに集まる群衆は少々冷たい目でロイと言う人物を見つめているので外面だけの人間の可能性が高そうだ。
「ルドルフ殿さすが!の一言であります!」
「漁船を破壊して釣り人を海に引き込むクラーケンを早速討伐するなんてすごいですよぅ!」
後ろのフォルナとアイリーンの言葉で大体の事情を把握する。
こいつがいたせいで漁に出られなかったので魚が一つも売っていたなかったのだろう。
「この蟹型クラーケンはどうなさるので?」
「蟹形?クラーケン?」
ロイの言葉に思わずオウム返しをする。
クラーケンとは巨大なイカ型の魔物だと思っていた。
「魚以外の巨大な海の魔物は全てクラーケンというのですよ?」
「そうなのか。どうするかと聞かれれば食べるとしか答えようがないな。」
「こんな巨大な蟹を食べるので?」
「集まっているみんなで食べればいいだろう?」
集まった群衆達はクラーケンのせいで漁に出られてないからだろう、頬がこけていてどう見ても満足に食事をとれていないように見える。
町人みんなと分ければ、全員が食べられる量は難しいかもしれないが集まっている群集程度なら十分に腹いっぱいになるだろうと思って言ったのだがロイは何を言われたか理解出来ないようで口を開けて動きがピタリと止まる。
「ぁ、あ・・・あの・・・このクラーケンを売らずに町民に分け与えると聞えましたが?」
「そう言ったが?」
俺が答えるとロイは目を見開き信じられないものを見るように俺を見る。
初対面の人間からそんな目を向けられる覚えは無いのでとても心外だ。
「この蟹型のクラーケンを売れば数百・・・いや数千万はしますが?」
「金には困ってない。それに町民の顔を見ると食べる物も食べられて無い様だが?」
「漁に出られず町民が困窮しているのは確かですが・・・」
「ならば俺は手の届く範囲だけでも助けられれば本望だ。」
「御立派な方だ・・・では申し訳ありませんが町人達をよろしくお願いします。」
俺の言葉にロイは深深とお辞儀をしてから踵を返して町へと去っていく。
「税金泥棒の太守は帰っちまえ!」
「お前が原因だろうが!よく俺達の前に顔を出せたもんだな!?」
「「「「そうだそうだ!」」」」
どうやらロイは町人達から相当嫌われているようだ。
ロイの後姿に向けて群衆が色々な物を投げつけている。
「なぁ?貴族って町を国民を守っていて尊敬されてるんじゃないのか?」
「普通の貴族は領民に慕われているはずだけど、何かあるわね?」
「おそらくこの巨大毛蟹を退治出来なかったからじゃないかな?」
貴族は領民を守り、領民達は税金を払って守ってもらう。
そして領地を守る為に貴族は高い魔物肉を買って自分の魔力を高めると同時に、富を市井に流し領民に還元する。
よく出来たシステムだと思っていたが貴族が勝てない魔物が出た場合はいとも簡単に破綻してしまうようだ。
「まぁいい。すまんが群衆をまとめてくれるか?」
「あたしは苦手ね・・・」
俺の言葉にアランが嫌そうに首を何度も横に振る。
「ハハハ!僕の得意分野だよ!任せてくれたまえよ?」
そう言ってサミュエルが自身満々に群集の中へと入って行く。
「(今はアランの魔法で顔が別人になっているが大丈夫なのか?)」
俺は少し心配になってサミュエルがいる辺りを眺めるが杞憂だったようだ。
すぐに群集は静かになりすぐに散らばって忙しく働き始める。
「さすがは王子と言ったところね?」
「本当にそうだな。」
ものの数分で収拾が付けられない程に大騒ぎしていた群集を鎮めたうえに今は統率のとれた動きでみんなが忙しなく走り回っている。
「あの!煮汁を頂いてもいいですか?」
「あぁ勝手に取って行ってくれ。」
「ありがとうございます!」
一人の女性が尋ねてくるので二つ返事で了承すると女性達が一斉に手鍋で煮汁をすくって寸胴鍋に移し始める。
「みんなで食べるためにスープを作るのね?」
「そうみたいだな。」
「ルドルフ殿?蟹はもう茹で上がりましたか?」
アランと一緒にテキパキとスープを作り始める女性達を眺めて感心しているとサミュエルが大勢の男達を引き連れてやってくる。
「中からも温めてるから大丈夫だと思うが・・・」
「ではお手数なのですがもう一つ同じ鍋を作ってその中に適当にぶつ切りで結構ですので解体は出来ますか?」
「問題無い。アラン持上げてくれるか?」
「あいよ!」
サミュエルの言葉に蟹を茹でていた魔法障壁鍋の隣に同じ魔法障壁を張り、アランが魔法で巨大毛蟹を持上げて新しく作った魔法障壁の上に浮かべてくれるので、ぶつ切りにしようと空気の刃を放つ。
「やっぱり硬いわねぇ?どうすんの?」
傷一つ付いてない殻を見てアランが感心したように言う。
「どうしたもんかな?これ以上強い魔法を使ったら周りに影響が出るな。」
「英雄様!蟹の殻はかてぇが関節は柔らかいですよ!」
「・・・なるほど助かる。」
漁師の一人が見かねてアドバイスをくれる。
聞き慣れない呼ばれ方をされたので俺に言われてるとは思わず一瞬間が空いてしまったが、素直に従って関節部分に空気の刃を放つ。
「「「「おぉっ!」」」」
巨大毛蟹のはさみが魔法障壁の中に落ち漁師達から歓声が上がる。
「さっ!どんどんやっちゃいな!」
「わかった。」
「わかってましたが、御二人は平常運転ですね・・・」
アランの言葉に答えながら淡々と解体を進めているとアランの隣に立つサミュエルが呆れた様子で言っている。
魔法障壁の中には関節ごとに切り分けた脚が積み重なって行く。
「こんなもんか?」
「へぇ!十分です!」
脚を全て切り落とし終わり頭だけになった巨大毛蟹を見て言うと漁師の一人が答える。
「降ろすよ?・・・って脚の上は邪魔だね。」
アランがゆっくりと巨大毛蟹の頭を隣の煮汁が入った魔法障壁鍋の中に降ろして頭を煮汁の中に沈める。
「後は任せるぞ?」
「了解です!皆さん後はお願いします!」
「「「「おぉ!」」」」
一斉に漁師達が脚に群がり方々へと運び始める。
解体に集中して全く気付かなかったが、周りでは町民達が砂浜の至る所で焚き火をして料理をしていた。
そこへ漁師達が解体した蟹から身を取り出して料理をしている女性達に渡している。
「さて、俺も自分の事を始めるかな。」
「ねぇ?やっぱりこれがこれからの食卓に並ぶの?」
状況を把握し終え、俺も蟹の身を取り出して時忘れのマジックバッグに放り込んでいるとアランが嫌そうな顔で聞いてくる。
「淡水の沢蟹は美味かったしこいつも美味いだろう。」
「漁師の話では毛蟹の魔物だから絶品だろうという話でしたね。」
「蟹は虫っぽい感じの見た目で避けてきた食材なのよね・・・」
サミュエルの言葉に思わず取り出していた身を一口食べてみる。
「これは美味い!」
「ルドルフ殿が声を張るほどですか!?・・・美味っ!」
「えー・・・なら食べてみる・・・こんな見た目なのに美味しいわね・・・」
余りの美味しさに思わず声を上げてしまう。
それを聞いたサミュエルが大急ぎで俺が持っている足から身を鷲掴みに取り出して食べ始める。
それを見たアランもおずおずと身を摘んで食べて思わずと言った様子で悔しそうに声を上げている。
「ルドルフ殿!この身は出来る限り持って帰りましょう!」
「そうね・・・身だけの状態ならまだ食べられそうだわ。」
「なら手伝ってもらえると助かるのだが?」
「喜んで!」
「仕方ないわね。」
サミュエルとアランも毛蟹の味が気に入ったようで、一心不乱に蟹の身を取り出し始めるのでマジックバッグを中心に置いて三人で延々と蟹の身を入れ続ける。
「痒い痒い痒い痒い痒い!」
「煩いぞ。」
「手が痒いの!」
「全く・・・」
アランが手を掻き毟りながら言うので手を握って治癒魔法をかけてやる。
「あぁ・・・ルドルフの治癒魔法が・・・愛が染みるんじゃぁ・・・」
「治しても煩いとは、はた迷惑なやつだ。」
「イチャイチャしている所をすみませんが、このマジックバッグはどれだけ入るんですか?」
アランが聞き覚えのある馬鹿な事を言うので呆れていると、なぜかそのやり取りを見て更に呆れた様子のサミュエルが尋ねて来る。
「ミノタウロスが二体入っているからな・・・そこまでは入らないはずだ。」
「でもルドルフはこの半年で魔力量は更に上がってるからわかんないわよ?」
「食べている肉は弱い魔物になっているはずなのだがな・・・」
「肉の丸焼きと違って、料理すると魔力を摂取しやすくなるんじゃない?」
確かに料理をすることによって魔力の吸収量が増えるのだろう。
そんな考察をした書物は見た事が無いのであくまでも予測でしか無いのだが、おそらく間違いないと思う。
「(それよりもなぜアランは森での食事が肉の丸焼きだったと知っている?)」
俺は言った覚えが無い、というか森での生活に関しては誰にも言っていないはずだ。
「・・・俺がいつ肉の丸焼きを食べていたと言った?」
「言った言った!いつだったかなぁ?ルドルフが料理をしてる時にポロッと言ったよ!」
アランはかなり焦った様子で言う。
怪しいのだが本当に何気なく喋ったのかもしれないので、下手に詮索して俺の方がボロを出さないとも限らないのでこの話は切り上げることにする。
「旦那方ぁ!宴の準備が出来たんで主催者の挨拶をお願いしまさぁ!」
蟹の身をほじっていると漁師の一人が駆け寄ってきて言う。
「・・・挨拶だと?俺がしないと駄目なのか?」
「フフフ、ルドルフ殿僕に任せておくれ?クラーケン討伐の一味って思われてるから問題無いはずだよ?」
サミュエルは本当に頼りがいのある人間である。
挨拶を引き受けて駆け寄ってきた漁師と共に町へと歩いて行く。
「サミュエルが着いて着たのは僥倖だったな・・・」
「あたしは!?あたしも色々役に立ってんじゃん!」
「例えば?」
「ミノ・・・は違うな、谷で御者・・・もあたしじゃなくてもよかったか、さっきだって毛蟹持上げたじゃん!」
「そうだな。アランがいて本当によかった。」
「もう!……………」
適当に返すとアランが手を振って猛抗議しているが、町で宴が始まったのだろう。
大歓声によって掻き消されてなんて言ったのか聞えなかった。
「まぁそれはいいとして、この残ったカニはどうすればいいだろうか?」
魔法障壁鍋の中に残っているカニと俺達で中身をほじくり終えた殻を見てアランに問う。
「んー・・・魔法障壁はまだしばらくは発動するんでしょ?」
「明日の朝までは残るんじゃないか?」
「ならあたしが漁師に言っとくから大丈夫!」
アランが自分の事を強調しながら言う。
「(これだけ張り切っているのなら任せて問題無いだろう。)」
そう思ってアランと一緒に蟹の身取りを切り上げて町へと歩き始める。
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