月収50万の子供部屋おじさんと、崩壊する物流センター
「ふふっ……ちょろい。あまりにもちょろすぎる」
俺が黒猫ロジスティクスの深夜パートを追放されてから、ちょうど一ヶ月が経過した。
相変わらず実家の四畳半の子供部屋に引きこもっている俺だが、生活は劇的に変化していた。
スマホの銀行口座アプリを開くと、そこには**『523,400円』**という数字が表示されている。
先月のX(旧Twitter)からの広告収益と、熱狂的なフォロワーからの「投げ銭」、そして俺が適当に書き殴った有料コラム記事の売上の合計だ。
深夜に汗水垂らして、腰を痛めながらダンボールを仕分けていた時の月給は、手取りでたったの14万円。
それが今や、クーラーの効いた部屋で寝転がりながら、スマホをポチポチと操作して「いかに日本の現場が優れているか」「いかにデータ至上主義の若手エリートが現場を壊すか」と愚痴を書き込むだけで、その3倍以上の金が稼げるのだ。
「浩文、入るわよ。お茶淹れたから……」
「ノックくらいしろよ!」
障子が開いて、母親がお盆を持ってきた。相変わらず小言を言いたそうな、心配顔だ。
俺は舌打ちをして起き上がると、財布から適当に抜き取った一万円札を、母親の目の前にヒラヒラと見せつけた。
「いいか母さん。俺はもう『ただの無職』じゃない。ネットを通じて、日本の企業を指導する**『オンライン・コンサルタント』**だ。これは今月の家賃と食費だ。受け取れ」
「えっ……一万円って……あんた、まさか悪いことしてるんじゃ……」
「うるさい! 時代が俺の頭脳に追いついただけだ。もう二度と、俺の仕事に口出しするな!」
一万円札を無理やり押し付け、俺はピシャリと障子を閉めた。
やれやれ、これだからネットのネの字も知らない高齢者は困る。まあいい、俺には俺の「信者」たちがいるのだから。
パソコンの前に座り、俺は新たな有料記事(note)の執筆に取り掛かった。
タイトルは**『【元・現場の神が語る】真のマネジメントは「動線」の呼吸を読むこと』**。価格は強気の1,980円だ。
内容は、ネットのビジネス記事で見かけた「シナジー」とか「アジャイル」といった横文字を適当に散りばめ、「私がかつて現場を俯瞰していた時……」と、さも自分が大改革を成し遂げたかのように嘘八百を並べただけのものである。
実際はコンベアの横で腕組みしてサボっていただけだが、信者たちはこれを「生きた教科書だ!」と絶賛して買ってくれる。
『公開』ボタンを押して数分後、早くも「購入されました」という通知が鳴り始めた。
俺は悦に浸りながら、安い発泡酒の缶をプシュッと開けた。
一方その頃。
俺が追放された「黒猫ロジスティクス」の深夜仕分けセンターは、まさに地獄絵図と化していた。
「おい白石! コンベアが完全に詰まってるぞ! 荷物が溢れてるじゃないか!」
「待ってください! データ上では、この人数と配置で十分に処理しきれる計算のハズです……ッ!」
エリート新人正社員の白石は、タブレットを片手に青ざめていた。
彼の「データ至上主義」による徹底的なコスト削減は、短期的には人件費を浮かせた。しかし、それは現場の「余力」を完全に削ぎ落とすものだった。
突発的な荷物の増加、機械の軽いトラブル、あるいは作業員の急な体調不良。
そうしたイレギュラーに全く対応できず、一度遅れが生じるとドミノ倒しのように現場全体がストップしてしまうのだ。
さらには、息つく暇もなく機械のように働かされることに耐えかね、ベテランのパートタイマーたちが次々と辞めてしまっていた。
「計算、計算って……現に回ってねぇだろ! もう限界だ、俺も今月で辞めさせてもらう!」
「そんな……っ!」
白石が絶望的な表情で立ち尽くしていると、センター長が血相を変えて事務所から飛び出してきた。
「し、白石くん!! 大変だ!!」
「センター長……申し訳ありません、人員の再配置を急ぎ――」
「違う! これを見ろ!」
センター長が震える手で差し出したスマホ。そこに映っていたのは、フォロワー10万人を突破した俺のXアカウントだった。
「ふ、不易さん……!? なんですかこれ、『物流現場を救う伝説のコンサルタント』……?」
「ネットのニュースにも取り上げられてる! 有名なビジネス評論家も不易さんを絶賛してるんだ! う、ウチはなんてことをしてしまったんだ……ッ!」
「……え?」
白石は呆然とした。
「あの、コンベアの横で一切作業をせずに突っ立っていただけの不易さんが……実は、高度なマネジメントでこの現場を支えていた……?」
完全なる**『勘違い』**である。
現場が崩壊したのは、白石がギリギリまで人員を削りすぎたのが原因だ。
不易がいた頃は、彼がサボっていても他の人間がカバーできるだけの「無駄な人員(余裕)」が確保されていたに過ぎない。
しかし、パニック状態に陥っている彼らの目には、ネット上で神格化された俺の姿が「真実」として映ってしまったのだ。
「私たちが愚かだったんだ……! 目に見える数字だけで、彼の『神話級のマネジメント能力』を見落として、クビにしてしまった!」
「そ、そんな……私のデータ分析が間違っていたというのか……?」
「白石くん! 今すぐ不易さんに連絡を取るんだ! 土下座してでも、彼に現場の指揮官として戻ってきてもらうしかない!」
「ん?」
発泡酒を飲みながらネットサーフィンを楽しんでいた俺のスマホに、一通のダイレクトメッセージ(DM)が届いた。
『黒猫ロジスティクス・センター長の〇〇です。不易様、先日は大変申し訳ありませんでした。現場は今、崩壊の危機に瀕しています。
どうか、あなたの素晴らしい手腕で、もう一度我々を助けていただけないでしょうか。報酬は言い値で構いません。』
「……ぷっ」
俺は思わず、発泡酒を吹き出しそうになった。
なんだこれは。あんなに見下すような目で俺を追い出した連中が、泣きついてきているではないか。
俺は万年床の上に寝転がりながら、ニヤニヤと笑みを浮かべて返信を打ち込んだ。
『お断りします。私は今、日本全体の物流を救うために忙しいので』
送信、と。
時給1,200円のパートに戻るわけがないだろう。俺は今や、月収50万を稼ぐ「ネットの王」なのだから。
子供部屋の薄暗い天井を見上げながら、俺は最高に気分が良い夜を満喫していた。




