神話級の無能、現実世界から追放される
「あーっはっはっは! 見ろ、ついにフォロワーが100万人を突破したぞ! センター長からの泣きの土下座DMも50通目だ! 俺は神だ、ネットの王だぁぁっ!」
最高級のビールを片手に、タワーマンションの最上階から夜景を見下ろす。
俺、不易浩文の完璧な理論が日本中を席巻し、今や総理大臣すら俺に教えを乞うために列をなして――
――ポタッ。
額に冷たい滴が落ちた。
「……ん?」
じわじわと、背中に嫌な冷たさと生臭い匂いが広がっていく。
目を開けると、そこにあるはずの煌びやかな夜景はなかった。
代わりに視界に飛び込んできたのは、黄ばんだ天井と、ホコリを被った蛍光灯の紐。
「……え?」
ガバッと体を起こす。
タワーマンションではない。ここは築40年の実家、二階の四畳半の子供部屋だ。
俺の顔に滴を落としていたのは、寝相の悪さで蹴り飛ばし、倒れたままになっていた「飲みかけの安い発泡酒」の缶だった。
こぼれたぬるい液体が、万年床のシーツと俺の首筋を濡らしている。
「ゆ、夢……?」
心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。
俺は慌てて枕元のスマホを掴み取り、震える指で画面をタップした。
ネットの王。月収50万。10万人のフォロワー。
頼む、夢であってくれるな。
指紋認証を解除し、SNS『X』の画面を開く。
そこには、昨日の夜、俺が発泡酒を煽りながら怒りに任せて書き込んだ、あのポストがあった。
『今日、長年勤めた大手物流センターをクビになった。理由は「新卒エリート正社員様」のデータ至上主義……(中略)……お疲れ、俺。』
その下に表示されている数字。
リポスト:0
いいね:0
インプレッション(閲覧数):3
「…………は?」
何度リロードしても、画面は変わらない。
バズるどころか、誰の目にも留まっていない。フォロワー数はアカウント開設時から変わらず『0』のままだ。
銀行のアプリを開く。残高は『3,210円』。
ダイレクトメッセージの受信箱。当然、センター長からの泣きつくメッセージなど一件もない。
俺はただの、40歳の無職だ。
「神マネジメント」も「ネットでの大逆転」も、現実を受け入れきれなかった俺の惨めな脳が作り出した、ただの都合の良い妄想――**『夢』**だったのだ。
「う、嘘だろ……。俺の、俺の栄光が……っ!」
呆然とスマホを見つめていると、突然、階下からドタバタと激しい足音が近づいてきた。
そして、ノックもなしに乱暴に障子が開け放たれる。
「浩文ッ!!」
そこに立っていたのは、顔を真っ赤にして激怒している70代の父親だった。
手には、見覚えのある封筒が握られている。黒猫ロジスティクスのロゴが入った封筒だ。
「お父さん、なんだよ急に……大声出さないでくれよ、俺は今……」
「今、速達で会社からこれが届いたぞ! 『契約終了通知』と『制服返却のお願い』だ! お前、また仕事クビになったのか!?」
「あっ……」
血の気が引いた。
そうだ。俺は昨日、あの生意気な新人・白石に無能を突きつけられ、あっさりとクビを切られたのだ。それが現実だ。
「ち、違うんだ父さん! あれは会社が悪いんだ! 俺の『完璧な動線管理』を理解できない、データ至上主義の若造が――」
「馬鹿野郎!!」
父親の怒声が、四畳半の部屋にビリビリと響き渡った。
後ろでは、母親が口元を押さえて泣き崩れている。
「40歳にもなって、何が動線管理だ! 結局お前は、口先ばかりで何も仕事をしてなかったんだろうが! お前のその異常なまでのプライドの高さには、もうウンザリだ!」
「俺は悪くない! 俺は日本の物流インフラを根底で――」
「黙れ! もうお前のその都合の良い言い訳は聞き飽きた! 出て行けッ!」
「……え?」
父親は、俺のクローゼットから適当なボストンバッグを引っ張り出すと、そこら辺に散らばっていた数着の服を無造作に詰め込み、俺の顔面に投げつけた。
「親の年金に寄生して、偉そうに御託を並べるだけの無能はお断りだ。今すぐこの家から出て行け。二度と敷居を跨ぐな!」
――30分後。
冬の冷たい朝風が吹き抜ける中、俺は実家の門の外に立っていた。
背後で、ガチャンと冷酷に鍵が閉められる音が響く。
「…………」
手元には、着替えが少し入ったボストンバッグと、残高3,210円のスマホだけ。
ネット世界で無双し、無能な会社にざまぁを見せつける。そんな甘い展開は、ライトノベルの中だけの話だったのだ。
現実世界は、どこまでも残酷だ。
ただ腕組みをして文句を言うだけの、神話級にプライドが高いだけの40歳。
そんな無能を優しく迎え入れてくれる場所など、この世界のどこにも存在しない。
「……寒いな」
本当の意味ですべてから【追放】された俺は、誰にも見られることのないSNSの画面をそっと閉じ、肩を震わせながらあてもなく歩き出した。
(了)




