子供部屋の英雄、ネットの王として覚醒する
「うひひ……あははははっ!」
築40年の実家の二階、四畳半の子供部屋。
万年床の上で、俺、不易 浩文・40歳は、だらしない笑い声を漏らしていた。
スマホの画面には、信じられない光景が広がっている。
昨日までフォロワー『0』だった俺のX(旧Twitter)アカウントのフォロワー数が、たった一晩で3万人を突破していたのだ。
@Hirofumi_Logi(不易浩文@元・物流現場の守護神)
『今日、長年勤めた大手物流センターをクビになった。理由は「新卒エリート正社員様」のデータ至上主義。現場の血の通った連携や、ベテランの阿吽の呼吸を「無駄」と切り捨てられた……』
この怒りに任せて投稿したポストへの「いいね」は、ついに20万件に到達しようとしている。
通知欄は、俺への賛美と共感、そして会社への批判で埋め尽くされていた。
「やはりな……俺の真の価値を、世間は見逃さなかったということだ」
俺はニチャリと笑い、コメント欄に並ぶ声に目を通す。
『不易さん、あなたのような本物のプロが報われない社会は間違っています!』
『現場の「勘」こそが最高の効率化ですよね。データなんかで人間は測れない!』
『こういう無能な若手正社員のせいで、日本の技術力は落ちていくんだよな』
俺は、鼻息を荒くしながらキーボードを叩き始めた。
ここで「本物のベテラン」としての威厳をさらに見せつければ、この波はもっと大きくなる。
『皆さん、温かい言葉をありがとう。現場の「流れ」を読む力は、一朝一夕では身につきません。数字しか見ない彼らに、俺が組み上げた「完璧な動線」は理解できなかったのでしょう。日本のインフラの未来が心配です。』
本当は、コンベアの脇で腕組みをしてサボっていただけなのだが、ネットの連中にはそんなことは分からない。
適当に「流れ」や「動線」といったそれっぽいビジネス用語を並べておけば、勝手に深読みして「神マネジメント」だと勘違いしてくれるのだ。
投稿ボタンを押した瞬間、数十件の「いいね」が即座についた。
脳内に快楽物質がドバドバと溢れ出すのがわかる。たまらない。
これが「承認欲求が満たされる」というやつか。
「浩文ー、お昼ご飯できたわよー。降りてらっしゃい」
階下から、母親の間の抜けた声が聞こえてきた。
一気に現実に引き戻される。俺は舌打ちをして、首元のヨレたTシャツを掻きむしりながら階段を降りた。
居間のテーブルには、素麺と昨日の残りの天ぷらが置かれていた。
腰の曲がった母親が、心配そうな顔で俺を見つめてくる。
「浩文……お父さんも心配してるんだよ。ハローワークには行ってみたのかい? 40歳で仕事がないなんて、世間様にも顔向けが……」
「うるさいなッ! 素人が俺の仕事に口を出すな!」
俺は素麺の器を乱暴に引き寄せながら怒鳴った。
「お前らには分からんだろうが、俺は今、ネットの世界で**『日本の物流を救うための啓蒙活動』**をしているんだ! 数万人の人間が俺の言葉を待っている! ハローワークだのなんだの、そんなちっぽけな次元で生きてないんだよ!」
「け、啓蒙……? ネットって、あのパソコンの……?」
ちんぷんかんぷんな顔をする母親を鼻で笑い、俺はそそくさと素麺をすする。
哀れだな。この老婆は、自分の息子が今やネット上で何万人ものフォロワーを抱える「カリスマ」になりつつあることなど、想像もできないのだ。
あの黒猫ロジスティクスのセンター長や、生意気な新人・白石も同じだ。
今頃、俺をクビにしたことを後悔して震えているに違いない。
食事を終えてそそくさと子供部屋に戻ると、スマホがさらに激しく振動していた。
何事かと思い画面を見ると、ある一つの「引用リポスト」が爆発的な拡散を引き起こしていた。
@Biz_Guru_Takahashi(フォロワー50万人・気鋭のビジネス評論家)
『この不易氏のポストこそ、現代日本企業の病理を突いている。KPIやデータ偏重が、いかにして「暗黙知」を持った優秀なベテランを殺すか。不易氏のような本物の現場コンサルタントの声を、我々はもっと聞くべきだ。』
「な、なんだと……ッ!?」
テレビにも出ている有名なビジネス評論家が、俺を**「優秀なベテラン」「本物の現場コンサルタント」**と絶賛しているではないか。
この影響力は絶大だった。
フォロワーの増加スピードが跳ね上がり、3万人だった数字があっという間に5万人、7万人と膨れ上がっていく。
「おいおいおい……止まらねぇぞ……!」
画面をスクロールする指が震える。
その時、Xのメニュー画面にある「収益化」という文字が、俺の目に飛び込んできた。
条件である「フォロワー数」も「インプレッション(閲覧)数」も、たった一日でとっくにクリアしている。
設定を済ませれば、俺のこの何気ないつぶやきや、適当な愚痴に対して、Xから広告収益が振り込まれるのだ。
さらには、熱狂的な信者たちから直接お金をもらえる「投げ銭(Tips)」機能もある。
「くっ……くくく……あーっはっはっは!!」
薄暗い子供部屋に、俺の高笑いが響き渡った。
時給1,200円でこき使われ、夜通しダンボールと睨み合っていたのが馬鹿馬鹿しい。
ここでは、俺が「無能な会社を批判する」だけで、チヤホヤされ、金まで手に入るのだ。
俺はもう、誰かに雇われる底辺パートタイマーではない。
今日この瞬間から、俺はネットの王であり、最強のインフルエンサーだ。
「さあ……次はどんな適当な『現場の闇』を語ってやろうか。俺を追放したあの無能会社には、徹底的に報いを受けさせてやる……!」
万年床の上で寝転がりながら、俺は神話級のプライドと勘違いを限界まで膨張させていった。




