↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
2/4

子供部屋の英雄、ネットの王として覚醒する

「うひひ……あははははっ!」


築40年の実家の二階、四畳半の子供部屋。


万年床の上で、俺、不易(ふえき) 浩文(ひろふみ)・40歳は、だらしない笑い声を漏らしていた。


スマホの画面には、信じられない光景が広がっている。


昨日までフォロワー『0』だった俺のX(旧Twitter)アカウントのフォロワー数が、たった一晩で3万人を突破していたのだ。


@Hirofumi_Logi(不易浩文@元・物流現場の守護神)


『今日、長年勤めた大手物流センターをクビになった。理由は「新卒エリート正社員様」のデータ至上主義。現場の血の通った連携や、ベテランの阿吽の呼吸を「無駄」と切り捨てられた……』


この怒りに任せて投稿したポストへの「いいね」は、ついに20万件に到達しようとしている。


通知欄は、俺への賛美と共感、そして会社への批判で埋め尽くされていた。


「やはりな……俺の真の価値を、世間は見逃さなかったということだ」


俺はニチャリと笑い、コメント欄に並ぶ声に目を通す。


『不易さん、あなたのような本物のプロが報われない社会は間違っています!』


『現場の「勘」こそが最高の効率化ですよね。データなんかで人間は測れない!』


『こういう無能な若手正社員のせいで、日本の技術力は落ちていくんだよな』


俺は、鼻息を荒くしながらキーボードを叩き始めた。


ここで「本物のベテラン」としての威厳をさらに見せつければ、この波はもっと大きくなる。


『皆さん、温かい言葉をありがとう。現場の「流れ」を読む力は、一朝一夕では身につきません。数字しか見ない彼らに、俺が組み上げた「完璧な動線」は理解できなかったのでしょう。日本のインフラの未来が心配です。』


本当は、コンベアの脇で腕組みをしてサボっていただけなのだが、ネットの連中にはそんなことは分からない。


適当に「流れ」や「動線」といったそれっぽいビジネス用語を並べておけば、勝手に深読みして「神マネジメント」だと勘違いしてくれるのだ。


投稿ボタンを押した瞬間、数十件の「いいね」が即座についた。


脳内に快楽物質がドバドバと溢れ出すのがわかる。たまらない。


これが「承認欲求が満たされる」というやつか。


「浩文ー、お昼ご飯できたわよー。降りてらっしゃい」


階下から、母親の間の抜けた声が聞こえてきた。


一気に現実に引き戻される。俺は舌打ちをして、首元のヨレたTシャツを掻きむしりながら階段を降りた。


居間のテーブルには、素麺と昨日の残りの天ぷらが置かれていた。


腰の曲がった母親が、心配そうな顔で俺を見つめてくる。


「浩文……お父さんも心配してるんだよ。ハローワークには行ってみたのかい? 40歳で仕事がないなんて、世間様にも顔向けが……」


「うるさいなッ! 素人が俺の仕事に口を出すな!」


俺は素麺の器を乱暴に引き寄せながら怒鳴った。


「お前らには分からんだろうが、俺は今、ネットの世界で**『日本の物流を救うための啓蒙活動』**をしているんだ! 数万人の人間が俺の言葉を待っている! ハローワークだのなんだの、そんなちっぽけな次元で生きてないんだよ!」


「け、啓蒙……? ネットって、あのパソコンの……?」


ちんぷんかんぷんな顔をする母親を鼻で笑い、俺はそそくさと素麺をすする。


哀れだな。この老婆は、自分の息子が今やネット上で何万人ものフォロワーを抱える「カリスマ」になりつつあることなど、想像もできないのだ。


あの黒猫ロジスティクスのセンター長や、生意気な新人・白石も同じだ。


今頃、俺をクビにしたことを後悔して震えているに違いない。


食事を終えてそそくさと子供部屋に戻ると、スマホがさらに激しく振動していた。


何事かと思い画面を見ると、ある一つの「引用リポスト」が爆発的な拡散を引き起こしていた。


@Biz_Guru_Takahashi(フォロワー50万人・気鋭のビジネス評論家)


『この不易氏のポストこそ、現代日本企業の病理を突いている。KPIやデータ偏重が、いかにして「暗黙知」を持った優秀なベテランを殺すか。不易氏のような本物の現場コンサルタントの声を、我々はもっと聞くべきだ。』


「な、なんだと……ッ!?」


テレビにも出ている有名なビジネス評論家が、俺を**「優秀なベテラン」「本物の現場コンサルタント」**と絶賛しているではないか。


この影響力は絶大だった。


フォロワーの増加スピードが跳ね上がり、3万人だった数字があっという間に5万人、7万人と膨れ上がっていく。


「おいおいおい……止まらねぇぞ……!」

画面をスクロールする指が震える。


その時、Xのメニュー画面にある「収益化」という文字が、俺の目に飛び込んできた。


条件である「フォロワー数」も「インプレッション(閲覧)数」も、たった一日でとっくにクリアしている。


設定を済ませれば、俺のこの何気ないつぶやきや、適当な愚痴に対して、Xから広告収益が振り込まれるのだ。


さらには、熱狂的な信者たちから直接お金をもらえる「投げ銭(Tips)」機能もある。


「くっ……くくく……あーっはっはっは!!」


薄暗い子供部屋に、俺の高笑いが響き渡った。


時給1,200円でこき使われ、夜通しダンボールと睨み合っていたのが馬鹿馬鹿しい。


ここでは、俺が「無能な会社を批判する」だけで、チヤホヤされ、金まで手に入るのだ。


俺はもう、誰かに雇われる底辺パートタイマーではない。


今日この瞬間から、俺はネットの王であり、最強のインフルエンサーだ。


「さあ……次はどんな適当な『現場の闇』を語ってやろうか。俺を追放したあの無能会社には、徹底的に報いを受けさせてやる……!」


万年床の上で寝転がりながら、俺は神話級のプライドと勘違いを限界まで膨張させていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。