俺の完璧な仕事ぶりが理解できない無能な会社
深夜二時。
ネコのマークでお馴染みの大手配送業者「黒猫ロジスティクス」の巨大な仕分けセンターでは、今日も絶え間なくベルトコンベアが唸り声を上げている。
無数に流れてくる大小様々なダンボール箱。
それを地域ごとに仕分けるのが、俺たち深夜パートの仕事だ。
周りの連中は、汗をダラダラと流しながら必死に荷物と格闘している。だが、俺は違う。
「おい、そこの大学生! 動きが遅いぞ! もっと全体の『流れ』を見ろ!」
俺、不易 浩文・40歳は、コンベアの脇で腕組みをしたまま、的確な指示を飛ばしていた。
素人はとにかく目の前の荷物を捌こうとするが、それは三流のやり方だ。
真に現場を知るベテランは、俯瞰でコンベア全体を把握し、ボトルネックを解消する。いわば現場の指揮官である。
誰かが全体をマネジメントしなければ、この現場は回らない。俺は自分の時給1,200円という安さを鼻で笑いながら、今日も「頭脳労働」に汗を流していた。
「……不易さん。先ほどから15分間、あなたは一つも荷物を触っていませんが」
突然、背後から冷たい声がした。
振り返ると、ピシッとした作業着に身を包んだ若い男が、ストップウォッチ片手に立っていた。
今月からこのセンターに配属されてきた、20代の新人正社員・白石だ。
「あぁ? 白石くん、君は現場の『呼吸』ってやつが分かってないな。俺がこうして全体の流れをコントロールしているからこそ、このレーンは――」
「不易さんが指示を出している時間帯、このレーンの処理速度は平均して30%低下しています。あなたが立ち止まることで動線が塞がり、他の作業員の邪魔になっているからです」
「なっ……!」
「それに、パートタイマーの業務記述書にマネジメント業務は含まれていません。手を動かしてください。時給が発生していますよ」
感情を一切交えない、データに基づいた淡々とした指摘。
俺は顔に血が上るのを感じた。なんだこの小僧は。大学を出たてのエリート様だからって、長年現場を支えてきた俺の「神話級の技術」を数値で測ろうなどと片腹痛い。
「ふん、まあいい。お前みたいな机上の空論しか語れないガキに、現場の真髄は理解できないだろうよ」
俺は捨て台詞を吐いて、渋々小さな軽いダンボールを一つ手に取った。
それから二週間後の月末。
俺はセンター長から事務所に呼び出された。
「不易さん。単刀直入に言うけど、今月いっぱいで契約更新は終了ってことでよろしく」
あまりにあっさりとした宣告だった。
隣には、無表情でタブレットを見つめる白石が立っている。
「……は? クビってことですか? 俺を? この現場を長年回してきた俺を切るって言うんですか!?」
「いやぁ、白石くんが現場の無駄を徹底的に洗い出してくれてね。少人数でも十分に回るシフトが完成したんだよ。君、あんまり作業してなかったみたいだし……会社としてもコスト削減は急務だからね」
「ふざけるな! あんなガキのデータなんかより、俺のベテランの勘の方が――」
「不易さん」
白石が冷徹な視線をこちらに向けた。
「あなたの作業量は、他の新人パートの3分の1以下です。現場に必要なのは『勘』ではなく『実働』です。お疲れ様でした」
反論の余地すら与えられず、俺は40歳にしてあっさりと職場から追放された。
早朝、冷たい空気が張り詰める中、俺は実家へとトボトボと歩いて帰った。
築40年の古ぼけた一戸建て。
ここが俺の「城」であり、高齢の両親と同居している実家だ。
玄関の鍵を開けて中に入ると、居間からテレビの音が聞こえてきた。
「おかえり、浩文。早かったねぇ」
居間のコタツで、腰の曲がった70代の母親が、温かいお茶をすすりながら声をかけてきた。
その奥では、耳が遠くなった父親が補聴器をいじりながら新聞を読んでいる。
「……ああ」
「今日の仕事はどうだったい? 体、壊さないようにね。あんたももう40なんだから、そろそろちゃんとした仕事を見つけてくれないと、お父さんも私も先が長くないんだから……」
また始まった。毎度毎度の、高齢の両親からの「心配」という名の小言だ。
俺のプライドがギリリと軋む。
俺だって、好き好んで深夜パートなんてやっているわけじゃない。社会が俺の本当の実力を認めないから、雌伏の時を過ごしているだけだ。
「うるさいな! 俺には俺の考えがあるんだよ! 黙っててくれ!」
「浩文、そんな大きな声出さなくても……」
母親の悲しそうな顔を無視して、俺はドタバタと階段を駆け上がり、二階の自室――通称「子供部屋」へと逃げ込んだ。
「クソッ……クソが!! どいつもこいつも、俺の価値が分からない無能ばかりだ!」
部屋に引きこもり、コンビニでこっそり買った安い発泡酒を煽る。
あのクソ生意気な白石も、俺の価値を理解しないセンター長も、そして俺を『40歳パート』としか見ない両親も、全員が間違っている。
日本の物流インフラを根底で支えていた俺を切り捨てるなんて、社会の方が狂っているのだ。
怒りが収まらない俺は、スマホを取り出し、SNS『X』を開いた。
この煮えたぎる義憤を、誰かにぶつけなければ気が済まなかった。俺は間違っていない。
ポストの投稿画面に、一気に文字を打ち込んでいく。
『今日、長年勤めた大手物流センターをクビになった。理由は「新卒エリート正社員様」のデータ至上主義。
現場の血の通った連携や、ベテランの阿吽の呼吸を「無駄」と切り捨てられた。
彼らは知らない。俺たち名もなきベテランの「勘」が、日本の物流インフラをギリギリで支えていたことを。
数字しか見れない冷酷な企業に未来はない。数ヶ月後、あのセンターは確実に崩壊するだろうな。
お疲れ、俺。実家に帰ると、何も知らない高齢の両親から小言を言われる。
この社会の歪みのせいで、ベテランの俺がこんな惨めな思いをしなければならないのが許せない。』
送信ボタンを、怒りを込めてタップした。
「ふん……どうせ誰も見やしないがな……」
俺は空になった発泡酒の缶をゴミ箱に投げ捨てると、万年床の布団に潜り込み、不て腐れて眠りについた。
数時間後。昼過ぎに目が覚めた。
「……んぁ?」
けたたましいスマホのバイブレーション音。
ブブブブブ、ブブブブブ、と、まるで壊れたかのようにスマホが震え続けている。
「なんだ、うるさいな……」
寝ぼけ眼で画面を見た瞬間、俺の思考は完全にフリーズした。
『通知:99+』
昨日投稿したポストの数字が、信じられないことになっていた。
リポスト:4.2万件。
いいね:15万件。
「は……? 夢か……?」
【返信欄】
『泣きました。実家のご両親のためにも頑張ってください! 日本のインフラを支えていただき、本当にお疲れ様です!』
『こういうデータしか見ない無能な新卒が現場を壊すんですよね。激しく同意します』
『黒猫ロジスティクスですか? 最近サービス落ちてる理由はベテラン切りだったんですね』
『40歳で現場を守ってきたベテランを使い捨てる日本社会、本当に終わってる。不易さん、負けないで!』
スマホをスクロールするたびに、俺を「日本のインフラを陰で支えた悲劇のベテラン」として称賛し、会社を叩くコメントが滝のように流れてくる。
現実世界では誰からも認められず、実家で両親に心配されるだけの「無能」だった俺が。
ネット世界では今、数十万人から「現代社会の歪みと戦う英雄」として崇められていた。
「おいおい……マジかよ……ッ!」
俺の口角が、だらしないほどに吊り上がっていく。
そうか。やはり俺は間違っていなかったんだ。社会の歪みに苦しめられていただけなのだ。世界が、ようやく俺の偉大さに追いついた。
子供部屋に引きこもる神話級の無能・40歳。
高齢の両親の心配をよそに、ネット世界での大いなる勘違い無双が、今まさに幕を開けようとしていた。




