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殺し合いの独裁者[ディクタチュール]  作者: 加藤裕也
第10章 : すれ違いと目醒め(エヴェイユ)
323/324

323.潜在恐怖

「...」


 揺れている。

 この揺れは何だろう。

 大きな揺れ。地面の揺れ。世界の揺れ。


 いや、違う。


「私だ、」


 美里(みさと)は、クローゼットの中で、無意識に震えてしまう体を必死に押さえながら、顔を埋めた。


 怖い。


 それだけが、脳を埋め尽くす。

 自分が抱いている感情が、恐怖であるということに、気づいてしまったから。


「はぁ、はぁ、はぁっ」


 美里は自分の頰を触り、その手を見据えると、そこには血がついているのが見えて目を見開き荒い呼吸を零す。


「うっ、うぅっ」


 思わず目を瞑り畳んだ足にまたもや顔を埋める。と、そののち。


ー逃げなきゃ、ー


 僅かながら、美里の脳内にそれが過る。今ならば、可能では無いかと。そう思いながら、美里は立ち上がり、クローゼットから出ようと体当たりをするものの、びくともしない。


「...これ、、鉄、?」


 美里は拳を握りしめる。勿論、窓なども無い。


「最悪、、ここを燃やせば、」


 美里は小さくぼやきながら振り返る。王城自体を燃やす。それは容易では無いが、この壁くらいはいける筈だと。そう思いながら壁を手で触った。ものの。


「っ」


 そこで、気がつく。美里はあくまで炎の能力者。故に、耐性があるのは炎のみである。この環境で火を放ったら、この場は有害な煙で覆われるだろう。逃げる前に倒れてしまうのがオチだ。


「なら、、どうすれば、」


 美里は、また振り出しかと。頭を押さえ俯いた。


 どうすればいい。

 ここから抜け出したい。

 それでも、出られない。

 暗い。怖い。

 ここにずっと居なくてはならないのだろうか。

 誰か。


 そう、思った、矢先。

 そんな、彼女に。


『怖いの?』


「っ、、誰っ!?誰なのっ!?」


 小さく、そんな声が聞こえた。


『怖いの?』


「どこから、、どこから聞こえてるの、?」


『私は貴方。貴方の中』


「私の、?」


 美里はそう小さく零すと、その瞬間。


『貴方の中に居る、貴方の本当の気持ち。本当の相原(あいはら)美里なの』


「っ」


 後ろからその人物が背後まで近づいた瞬間、美里は慌てて振り返ると、そこにはーー


 ーー美里。そう、自分自身が近づいていた。


「貴方は、」


『そう。貴方は私。貴方の心の中の、私。実際に居るわけじゃないわ。でも、貴方の中に確かに存在している、貴方だけの私』


 心の美里がそう答えると、少しの間ののち改める。


『震えてるね』


「...何しにきたわけ、」


『何しにきたって、、酷い言いようね。私は、貴方が求めたから現れただけ』


「求めた、?私が、?」


 美里は、その言葉に目を細める。すると。


『そう。この空間。真っ暗で、外に出れない。この先待っているのは、この空間と同じ、暗闇だけ。殴られる恐怖から逃げる様に、貴方は対話出来る相手を求めた』


「それが、、あんただって言いたいわけ、?」


『そう。人は誰しも、何も無い空間では自分自身を見つめ、自分との会話を始める。他人と話さないと、狂ってしまうからね。自分を忘れてしまうから。それを恐れて、人を探す』


「...私が、、それだって言いたいわけ、?」


 美里は歯嚙みし小さく零す。それに、心中の美里もまた微笑み頷く。


『そうね。逃げようとしても、ここからは出られないんだから。そんな中で、自分一人でなんて、心がもたない』


「そんな事、」


『無意識なの。私が現れる事もね。つまり、ここから出られない。その後待っているのは暴力という地獄。そして何より、それに一度恐怖という感情を抱いてしまった。それによって、自分の中の恐怖は、大きなものに変化し始めてる筈よ。だからこそ、誰かを求め、誰かに逃げたかった。違う?』


「違う、、私は、そんな事」


 美里は頭を押さえる。自分自身に何を言われているのだ。そう思いながらも歯嚙みする。と。


『ねぇ、知ってた?貴方は昔から、無意識に私を用意してたでしょ?』


「は、?」


『驚くのも無理はないかもね、、でも、事実。貴方は昔から、恐怖を覚え、他人に逃げるしかない状況下。他人に逃げる事が出来ないと自分に枷をしているが故に、私を作り上げた』


「あ、あんたが、、昔から居たみたいに言わないで、」


『居るに決まってるでしょ。私は貴方。貴方の中で生まれたの。それは今じゃ無いわ。初めて恐怖に触れて、心を落ち着かせるために自分の中に分散させるための対象を増やした』


「嘘、、そんなっ」


『まあ、だからこそ、昔からただただ怖かったんだ。貴方は、いや、私も含めてね』


「こ、怖い、?」


 美里は自分の血がついた手と、それが震えている様子を見据え拳を握りしめ唇を噛む。

 この震えは、無意識であったから。


「私、は、」


『怖い。無意識的に、恐怖を抱いているみたいね』


「何に、、対してなわけ、?」


 美里は、鋭い目つきでそれを見据えると、対する心中の自分は口を開いた。


『分かってるのに聞くのね。でも、きっと知らないフリがしたいのかな。無意識で居続け、深く踏み込まないようにしたいと願っているから。もしそれを許したら、心が壊れちゃうだろうしね』


「何が、、言いたいわけ、?」


『ならそのまま。隠さずに話すね。つまり、殴られるのが、責められるのが。その全てが、怖かった。違う?』


「そんなの、、いつもしてるから、、戦闘中なんて、特に、殴られて、、吹き飛ばされて、血を吐き出して、何度も、何度も、」


『ううん。戦闘中のあれとは違うものの話だよ』


「違うもの、?」


『これは、戦いの中で流す血では無いって事。一方的に、貴方は"駄目"だと告げられる殴りと、それによる血』


 美里は、その言葉に目を見開くと、静かに呼吸が乱れる。


「っ、!は、、はぁ、はぁ」


『ほら、分かってきたでしょ?貴方の、恐怖の対象が』


「違うっ、!私はっ!そんなっ、怖がってなんてないっ!第一、私はそんな、痛みや血でなんてっ、そんなっ、!」


『そうじゃ無いと思うよ。貴方が血を見て恐怖し、殴られる事に慄くのは、ただ単純にそれに対する恐怖じゃない』


「...え、?」


『それに対応する、記憶の問題。それによって、結びついた恐怖という概念。それは、貴方の中に、こびり付いている』


「何が、、言いたいわけ、?」


 美里は、恐る恐る自分自身に問う。すると。


『貴方の恐怖対象。それは、昔の出来事。思い出さない?それによって、分かるでしょ?貴方が、何に対して畏怖を覚えているのか』


「私は、」


 美里は、目を細め自分の手を見つめる。血が滲む色。震える手。この光景すら、恐怖を覚える。そう、何度も、何度も何度も。幼少期にそれを見ていたから。

 あの時は。あの時の自分は。



『何も出来ないんだから黙って言われた事出来る様になって』



「...お母さん、」


『そうだよ』


「っ」


 美里が僅かに零したそれに、自身の中の彼女は頷く。が。


「ちっ、、違うっ、!そんなっ、私っ、お母さんに、恐怖なんて、」


『嘘。貴方は、、私は、母を思い出すと体が無意識に震えるの』


「違うっ、!私がっ、私がお母さんが怖いなんてっ、!そんなっ」


『じゃあ、お母さんに対して、どう思ってた?』


「許せないって、、妹達を、早くここから逃したいって、そう思ってる、」


『許せない相手に、恐怖を抱く必要は無いんじゃない?』


「そう、だから、、私は、」


『じゃあ、母にどうなって欲しかったの?』


「どうって、、もう少し、私の事を、考えて欲しかった。私は、お母さんの、言いなりの召使じゃない、、だから、私を、一人の人として、」


『そういう事だよ』


「...は、?」


 美里が小さくそこまで零すと、もう一人の自分は遮って告げた。


『ただ、貴方は。私は、お母さんから、愛情が欲しかった。見て欲しかった。もっと、気づいてほしかった。自分が、"頑張っている"という事に』


「...そう、、ね、、寄り添っては、欲しかった、かな、」


『つまり、母の存在は大きかったって事だね。だからこそ、母との生活を選んだ』


「選んだ、わけじゃ、」


『私は、妹達を早く家から出て行かせて、家は守るって、そう思ってるよ』


「っ、、私もそうだけど、」


 自分自身がそう告げると、改めてもう一人の美里は告げる。


『つまり、理由はどうであれ、ここ。即ち母との生活を選んだ。それは、母に対して、本当は大切にしたいから』


「...それは、」


『それは、本当の気持ち?』


「...え、」


『大切だから。だからこそ、別の場所で見守るわけじゃ無くて、ちゃんと家で母と共に暮らそうと決意したの?』


「...それは、」


『結局は、自分のためなんじゃ無いの?』


「っ!」


 美里は、自身でどこか感じていたそれを突きつけられ、目を見開き呼吸を荒げる。


『貴方にとって。そして私にとって、母というのはどんな形であれ、貴方の存在理由なのだから。だからこそ、離れるわけにはいかなかったんだ』


「私の、、存在理由、」


『どうして、母を助けるの?』


「...」


『どうして、ここに残って母と共に暮らそうとしたの?』


「...それは、」


『貴方は、なんのために生きているの?』


 様々な疑問を淡々と投げかけるもう一人の美里。それに、美里は歯嚙みしながら、目を逸らす。


「私は、、妹達を、、助けたい、、だから、戻らなきゃいけない、」


『戻るんだね』


「うん、、あの世界に、戻らなきゃ、」


『本当は戻りたくない?』


「戻りたくない、、でも、戻らなきゃいけない、」


『それはなぜ?』


「妹を、守るため、」


『それだけ?』


「え、」


『誰かのために動く。その誰かは、妹だけ?』


「それは、」


『じゃあ、お母さんは?』


「は、?」


『親をなんとかする自分、それによって褒められる事、それをしている事が、自分がここに居てもいいという感情になれる、唯一の方法だった。そうでしょ?』


「っ」


 そうか。そうだったのだ。だからこそ、怖かったのだ。

 自分を必要とされない未来が。自分が居ないといけないと、そう思っている相手が居なくなる事が、怖かった。自分が本当の意味で要らなくなる未来が、怖かった。


「私なんて、」


 美里は歯嚙みし震える。自分が、生きていていい理由が、欲しかった。

 なら、どうして今ここに居るのか。

 どうしてこの世界で生きているのか。

 この世界が居心地がいいから。

 どうして、居心地が良いのか。

 自分が、必要とされているから。

 必要とされてる?本当に?


「私は、」


 虚な瞳で、美里は宙を眺める。


ーそうだ。私は、結局、ー


 そう思った、矢先。


「っ」


「相原さん、、良かった、居た、」


「っ」


 真っ暗だったクローゼットを開けたのは。



 裕翔(ゆうと)だった。


「あ、」


「ごめんよ。暗いところに押し込んじゃってね。でも、周りには居なかったから、もう出て大丈夫だよ」


 裕翔はそう言うと、美里を外に出してベッドに座らせる。


「相原さんを、他の転生者に見られるわけにはいかなかったんだ、」


「...どうして、」


「え?」


「どうして、、私を、」


 美里が、掠れた声で小さく放ったそれに、裕翔は一度首を傾げたものの、そののち微笑んで改める。


「君が、僕には必要だからさ」


「...え、」


「大切なんだよ。相原さんが、僕には必要なのさ。嬉しいんだよ、こうしているのがね」


「私、が、」


 美里が、小さく零した、その瞬間。


「グッ!?うっ!がっ」


「っ!ど、どうしたの!?」


「いや、大丈夫、、ちょっと、、はぁ、息が、、はぁ、ごめん、少し、外に、」


「う、うん、」


 突如、裕翔は胸を押さえて咳き込む。


 苦しい。一体何が起こったのだろうか。攻撃なのか、それとも。

 裕翔はそんな事を考えながら、ただただ息苦しい現状から逃げ出す様に部屋から出る。すると、ほんの僅かに、その息苦しさが、解消されて裕翔は息を吐く。


「はっ、はぁ、はぁっ」


 そのまま、廊下を進むと、どんどんと呼吸が落ち着いていく。やはり、空気の問題だったのだろうか。段々と収まっていく苦しさに、裕翔は外に向かう。

 予想通り、この息苦しさは空気であると。そう思いながら、進んでいった、その先はーー


「はっ、はぁ、、は、、はぁ、、ふぅ、、あれ、ここは、外、」


 裕翔は息を吐くと、ふと周りを見渡し気づく。どうやら、外に出ていた様だ。空気を求めていたのだから当然なのだが。と、そう思いながら、なんだったのだろうと。考えた、その直後。


「相原さんの居場所はどこ?」


「おっと」


 背後に何者かが現れ、首に冷たいものを突きつけられる。



 そう、それは短剣の刃であった。



「こんな事して、もっと悪人にされちゃうよ?」


「教えて欲しいだけだよ。別に危害を加えるつもりはない」


「はぁ、、相変わらず正当化してるなぁ、」


 裕翔はそう零すと、一度後ろで刃を突き付ける樹音。彼を見据えたのち、そのまま目の前にやって来た彼に、視線を向ける。


伊賀橋(いがはし)君。君は、いつもそうだね」


「やっと会えたな、、裕翔君」


 そう、そこには伊賀橋碧斗(あいと)が、目の前からゆっくりと現れた。

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