322.恐怖
「クッ、、あんたなんて、、最低のクズで、、十分っ」
裕翔は足に体重をかけ、美里を踏みつける。それに、必死に体を起こそうと抵抗するものの、直ぐに裕翔は息を吐いて足を退けると、彼女の体を起こして殴りを入れた。
「かはっ!?」
「自分の状況を理解してないみたいだね」
「はっ、はぁ、」
「なんだい?その目は」
「は、、はあ、はぁ、」
「辞めてくれよ」
「はぁ、はぁ、」
美里は目の前の裕翔に鋭い目つきを送る。
「辞めてくれ」
「はぁ、はぁ、」
「辞めろってぇ!」
「ごはっ!?」
裕翔はそう声を荒げると、美里の体を何度も殴り、倒れ込んだ体に蹴りを入れた。
「はっ、はぁ、、はぁ、辞めないのが悪いんだ、、僕にあんな目を向けたら、、そんな、」
裕翔はそこまで零すと、ニヤリと微笑み美里を見下した。
「辞められなくなっちゃうよ」
「っ!」
裕翔が微笑み告げたそれに、美里はゾッとしながら後退る。
「はっ、はぁっ、!はぁ!はぁ!」
美里は、突如過呼吸になった様に荒い息を零す。理由は分からない。だが、手の震えが止まらない。殴られるなんて事、この世界での戦闘では、普通だったというのに。
「はぁ!はぁ!」
「逃げようとしても無駄さ。どちらにせよ、逃げたら僕がみんなを殺す。前の、橘君の姿、見たでしょ?」
「っ」
「寝てる間に殺すなんて造作もないさ。ま、戦っても同じ事だろうけどね」
「クッ、」
「さ、相原さん。そんなところで寝てないで、こっちにおいでよ。そこは、寒いよ」
裕翔は微笑みながら、ベッドに座ってそう美里に促す。それに、歯嚙みし目を逸らしながら、美里は近づく、と。
「どうして、、私なわけ、?」
「君が良かったんだ、、一目見た瞬間から、君しか居ないと思ったんだよ」
「あんたに言われると、、最悪、」
「はははっ!そうそう!そういうところだよ」
美里が誰にも聞こえない声で口にすると、それを聞き取った裕翔は微笑み、彼女の顎に手をやり、撫でる様に触る。
「っ!?やっ、やめてっ、」
「簡単に僕のものにならない女性が、大好きなんだよ。そういう人を、堕とす瞬間が、たまらないというかさ」
「さいてー、」
「だから僕の周りでは普通だったって言ってるだろうが!」
「かはっ!?はっ、!はぁ、はぁ、、う、はっ、クッ、、だから、、だから何、?あんたは、、はぁ、環境のせいでこうなったって言いたいわけ、?」
「環境のせいで、"こうなった"、?ふざけるなよ。僕の父さんを侮辱したのか!?」
「クッはっ!?」
裕翔は美里の首を掴みそう歯軋りする。と、ふと思い出した様に手を離す。
「はっ!?はぁ、はぁっ、はっ!はぁ、はっ、はっ」
「でも、、結局は死んだんだ、、あんなに大きな存在だと思ってたのにな、、残念だよ。やはり脆いものだね、、人というのはさ」
「は、はぁ、、はぁ、な、はぁ、何が、、はぁ、言いたいわけ、?」
「父さんはさ。殺されたんだよ」
「っ」
美里はその一言に目を見開き視線を僅かに落とす。と。
「そう悲観しないでよ。僕は仕方ない事だと思ったよ?父さんは、父さんを殺した人間より弱くて、その人に飼われただけなんだ」
「...」
美里はそれに目を細める。やはり、目の前の彼はどこかがおかしい。智樹と同じ様な。いや、もっと何を考えているのか分からない様子だ。それに、美里は更に全身が震える。
「あー、なんか色々思い出して来ちゃったなぁ、、あ、そうだ。さっき全員がそうって言っちゃったけど、僕の家にも居たなぁ、、弱い、飼われるだけの奴が」
「...え、?」
「一条優香。僕の妹さ。あの子は父さん用だったんだ。そういえば、それが死んだのと同じ時だな、みんな消えたのは」
「はぁ、、はぁ、」
裕翔が小さく零したそれに、美里は聞くことすら出来ずに、ただただ隣にいる事に恐怖したのだった。
☆
「は、?お前、本気で言ってんのかよ」
碧斗は、倉庫の中。樹音と大翔にそれを伝えた。
「ああ、、相原さんのところに、行こう」
「碧斗君、」
「このままここに居ても同じだ、、どちらにせよ長くは持たない。なら、王城に向かうしかないよ。逃げてもその先には俺らを狙う人が居るんだから」
違うだろ。
「だからって、死にに行く様なもんだろ」
「死ぬつもりはない」
「本気で言ってんのか?」
「ああ、、だからこその行動だ」
嘘つくなよ。
「大翔君、、僕は、、碧斗君の考えに賛成だよ」
「お前は入ってくんな。まずは、碧斗の気持ちを確かめてぇんだ」
「それと同じだ。相原さんの気持ちを確認しないと、分からないだろ」
「分からない?何がだよ」
「本当に、向こうでいいのか」
そうじゃない。
「んなもん。前も言ってただろうが」
「だけど、あれが本当とは、」
「本当じゃ無かったとして、向こうに行って本当の事をあいつが話すのかよ」
「...それは、」
違うだろ。
ー大翔君、、穴を突くのが上手くなったな、、良いのか悪いのか、、いや、でも、大翔君は分かってるからだ、、頭は良くないって、そんな事言っても、彼は水篠さんの様に、周りは見れる奴だー
だからこそ、と。碧斗は目を深く瞑る。
そうだ、きっと見透かされているのだ。碧斗の、この「逃げ」というものを。だからこそ、最初からーー
碧斗はそこまで思った、その瞬間。
「ごめん」
「は、?」「っ!」
碧斗は、頭を下げた。
「みんな、、本当にごめん、、これは、、俺の単なるわがままなんだ、、だけど、お願いだ、、相原さんを、、俺は、諦め切れなかった、、相原さんを信じたかったんだ、、いや、これもちょっと違うな、、相原さんが向こうに行く事に、モヤモヤとして、、俺は、逆に信じられなかったんだ、、相原さんの、その選択を、、そして、本当は嫌なんだ、、また、一緒に居たいんだ。だから、、無理にとは言わない、、でも、俺のわがままに、、付き合ってくれないか、?」
碧斗はそう強く告げた。それに、樹音と大翔はしばらく無言のまま息を吐くと、小さく微笑む。
「ま、最後の最後で予防線を張ったのはどうかと思うけどな」
「え、」
「無理にとはなんて、言わなくていいだろ。俺達を信用してねぇのか?」
「そうだよ碧斗君、、いつも助けられてるんだから、、碧斗君のわがままも、たまにはちゃんと汲み取らなきゃね!」
「...みんな、」
碧斗は、皆の反応に目を見開き小さく零す。
「ど、どうして、」
「ん?どうしてって、、まあ、分かってても諦められない、信じたくねぇって気持ちは、分かってるからよ。まあ、なんだ、、めんどくせぇ感じにして悪かったな、、でも、許せなかったんだ、俺、碧斗の事」
「っ、、俺のこと、?」
「ああ、、大切なんだろ?大好きなんだろ?」
「っ!」
「相原の事、ちゃんと大切に思ってんのに、変な理屈で誤魔化そうとすんなよ、、確かに、そういうのは、頭の良いやり方かもしれねぇ、、本当の目的を果たすために、、表向きの口実は作らなきゃいけない事だって、沢山ある筈だ。でもな、、俺はそういうのは嫌いだ。特に、チームでやっていくならな、、そんなの、信用してねぇみたいじゃねーか、、理由がしっかりしてねぇと助けねぇみてぇな、、そんな奴だと思われてるんじゃねーかって、、そう思うと、腹が立ったんだよ、」
「そ、そうか、」
碧斗も、心のどこかで分かっていた。だが、だからこそ怖くて出来なかったのだ。人との関わりから逃げて来た。表面上の付き合いで、人と関わってると思い込んでいた。本当の友人は居なかった。それでも良かった。でも、今改めて感じた。
人との関わりも悪くない。そして、思ったより人は、怖くないのだと。
「俺の方こそ、、ごめん、みんなの事、、誤解してた、」
「誤解?んだよやっぱりそんな風に思ってたのかよ、、ここまで一緒に戦ってきて」
「...怖かったんだ、、あの時、大翔君が人を殺めている姿を見て」
「「っ」」
碧斗の言葉に、大翔と樹音は目を見開く。
「どこか、、思っちゃったんだ、、仕方のない事なら、そうしてしまうんじゃ無いかって、、でもそれは大翔君だけじゃ無い、、俺にも言える事だ、、だからこそ、同時に怖かったんだ、、人を殺める事の大きさ、それを分かってるはずなのに、仕方がないと思えば、行ってしまう様な、無慈悲な心が人にはあるって、、そう思ってしまった、」
「...そうか、」
「ごめん、」
大翔がただそう返し目を逸らす中、碧斗は頭を下げる。と、それを見据えたのち。
「ま、でもとりあえず、僕は賛成だよ、、というか、元々賛成だったんだけどね」
「はぁ、まあな、、俺も、諦められない気持ちは理解出来る。そして、そのために足掻く大変さも、勇気のいる事だってのも、分かる。だから、一人で背負うにはデケェってのも、理解できんだ」
大翔はそう放つと、樹音と共に笑みを浮かべ扉の前に立った。
「なら、やる事は一つだろうが」
「っ、、あ、ありがとう、、大翔君、樹音君、」
碧斗は掠れた声で零す。そうだ。人の心は、分からない。大翔の心だと思っていたそれは、碧斗の中の大翔の心だった。逆に、大翔が見ていた碧斗の姿は、大翔の中の碧斗の心だ。つまり、こちらから足を踏み出さないと。本当の気持ちは、分からない。
「相原さんも、もしかすると、」
碧斗はそう目つきを変えると、同じく扉の前に立ち、皆で微笑み合ったのち、頷いてドアを開けたのだった。
☆
「...はぁ、、はぁ、」
「ほら、ご飯だよ。持って来たよ」
一方の美里は、目の前に本日分の夕食を裕翔が置いた。
「...」
「あれ?どうしたんだい?お腹、空いてない?駄目だよ。ちゃんと食べなきゃ。せっかく、食堂に行ったら狙われちゃう君のために持って来てあげたのに」
「...」
「食べなよ」
「...」
「食べてよ」
「...」
「どうして僕の持って来た料理が食べられないの?僕が持って来たから!?そうなの?」
「っ、!いっ、いえ、、食べます、」
美里は突如声を荒げられ、俯きながらもフォークを取ろうとする。が、しかし。
「はっ、はぁ、はぁ」
フォークが取れない。手が震えて、上手く掴めないのだ。
「どうしたんだい?そんなに震えて。寒いのかい?」
「はぁ、、はぁ、」
「...ねぇ、どうしたの?」
「っ」
裕翔はその様子に、美里の隣に座り太ももを触る。
「はぁ、、はぁ、はっ、はぁっ、はぁっ」
「...あれ、君、もしかして、」
「はっ、はぁ、はぁ、」
「えぇ、、残念だなぁ、、君も、結局同じだったわけかぁ、、なら、大人しく言う事聞こうよ」
「うっ、クッ」
美里はゆっくりと目の前の料理を口にする。だが、味がしない。というより、喉を通らないのだ。
「はっ、はぁ、はぁ」
震えが止まらない。どうしてだろう。今まで、死にかける様な事まで、沢山あった筈だ。それなのに、どうして。そう、思っていると。
「はぁ、食べたくないならいいよ。ほんと、僕のお陰で生きていられるようなものなのにさ」
「はぁっ、、はあ、っ、!」
「じゃ、食欲無いなら僕の相手してよ。君を見た時から、ずっとしたかったんだ」
「...え、」
裕翔はそう小さく零すと、美里をそのままベッドに押し倒す。
「い、いやっ、!辞めてよっ!」
「少し戻ってきたかな?必死だからだね。でもあの時の様な強さは感じないなぁ、」
裕翔はそう息を吐きながらも、それはそれで良いんだけどねと美里に寄る。
「いや、、嫌っ!やめてっ!やめてよっ!」
「っ」
美里は目の前に迫る裕翔に、思わず殴りを入れる。それに、裕翔は目を見開きそれを受けると。
「あっ、」
「...僕は、僕は君を愛そうとしただけなのに、、どうして殴るんだよ!」
「うぐっ!?」
裕翔は、歯嚙みし美里を思いっきり殴ると、そののち首を絞める。
「かはっ、!」
「あー、、その目、、そうだよ。その目だよ。ははっ、そんな目を、、僕はずっとこうしたかった!」
「がはっ!」
美里が彼を睨みつけると、裕翔はニヤリと微笑み殴りを更に入れる。
「ぐはっ」
「なんだよその目っ!ははっ、僕にいっつもそんな目を向けやがって!いつも蔑む様に見やがって!」
「がはっ!けほっ、!がっ!」
「誰のお陰でっ、!生きてると思ってるんだよ!はっ、誰のお陰でご飯食べられると思ってる!何も出来ないんだからっ!お前はっ!黙って僕に従えよっ!」
裕翔は何度も美里を殴ると、そののち。
「ん、?」
美里が、震えているのに気がつく。
「あれ、」
それと共に、裕翔は美里の顔を見据える。そこには、ボコボコとなって血の痕が残っている美里がおり。
そこに先程の様な睨んでいるような目は無かった。
「はぁ、、はぁ、」
ああ、そうか、分かった。
美里は、自分の体とは思えない程震えるこの全身を押さえるように手で押さえると、理解する。
『誰のお陰でこのご飯食べられると、調理出来ると思ってんの?何も出来ないんだから黙って言われた事出来る様になって』
ーそうだ、、私、怖かったんだー
美里は、俯き見つける。
昔から、ただの怖がりだった自分自身を。
「もう、あの目はしないんだね」
「...」
対する裕翔は、そう小さく零すと、ふと時計を見据え息を吐く。と。
「ほら、立って」
「うっ!?」
裕翔は彼女を掴んで無理矢理立たせると、クローゼットの中に押し込んだ。
「へっ!?」
「お前はここに入ってて。僕はちょっと外の様子を見てくる。戻るまで、勝手な行動は許さないからね」
「っ、やめっ、やめてっ、!」
裕翔はそう乾いた笑みで告げると、美里の声を聞き流しながらそのクローゼットを閉めて、外から鉄で固定する。
と、裕翔はその場で踵を返し部屋を出るとーー
「...伊賀橋君が、来てるな」
ーーそう零し、目の色を、変えた。




