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Interlude 二年前の悪だくみ



「私、心臓が弱いんです!」

「はあ……」


 どう見ても強心臓そうな、明るい女性。

 俺が見たその女性――晴夏さんは、そんな印象だった。


「治せますか!?」

「いや……ここ、バーですよ?」



 おそらく、この頃に流れ始めた噂を聞きつけてやってきたのだろう。

 芽吹の使う『くるり』の噂を。


 まだ芽吹が『泡沫』で働き始める前だったけど。

 芽吹はたまに『泡沫』に遊びに来て客の相談に乗り、その願いを叶えることがあった。


 芽吹がちゃんと前を向くためにもちょうどいいと思ってやらせていたが、まさかこの頃は俺達まで相談に乗るようになるとは思ってもいなかった。


「でも!願いが叶った人っていうのはいるんですよね?」


「おそらく、探し物が見つかったとかその程度かと……」

「じゃあ、私の探し物探してください!」


「何を無くされたのですか?」

「健康!」

「無理です」


「ちぇー」

「すいません」


「じゃあ!」


 なおも晴夏さんは俺に食ってかかってきたのを覚えている。

 


「――未来の事って願えますか?」


 そして、俺がそれに何と答えたのかも。


 

 


「ところで、何か飲まれますか?」

「あー、じゃあ……健康にいいやつ!」

「いや、ここバーですよ?」


 そう言いつつ冷蔵庫を漁ると、いかにも健康に良さそうなものが真っ先に目に入った。


「トマトって、お好きですか?」

「大好き!」

「では、こちらを使いますね」


 そう言って俺はトマトジュースに材料を加えて作ったモクテルを晴夏さんの前に差し出した。


「わあ!健康に良さそう!」

「『美味しそう!』とかじゃないんですね……」

「ふふ、いただきます!」


 晴夏さんはモクテルをグッと飲んで、


「あ、美味しーい!意外!」


 そう言って笑った。

 


「食べるものも欲しいなあ、これに合うやつ」

「合うやつ、ですか……」

 

「健康にいいやつ!」

「……かしこまりました」


 この人は本当に病気なんだろうか。

 そう思うほど、晴夏さんはとにかく明るい人だった。


 この時はまさか、この一年後に亡くなるなんて思いもしなかった。



「カプレーゼと、クリームチーズのクラッカーです」

「最高〜!」


 晴夏さんはパクパクっと出されたものを摘んだ後、ふふっ、と言って笑った。


「どうされました?」

「いや、夫が見たら嫌がるだろうなって」

 

「と、言いますと?」


「夫はトマトとチーズが苦手なんです」

「あぁ……無理ですね、これは」


 俺の反応を見て晴夏さんはもう一度ふふっ、と笑った。


 


「――最後に一つ、面倒くさい事言っていいですか?」

「はい?」


「夫が――藤宮 智樹がもしこの店に来たら、追い返して欲しいんです」


 

「……追い返して欲しい?」

「はい!」


「どうしてですか?」


「だって、夫がここに来る理由なんて『願いを叶えたい』以外ないですから」


 そこまで話して晴夏さんの笑顔は少し曇った。

 

「きっと、『妻の病気を治してくれ!』とか『妻を元気にしてくれ!』とか言うと思うんです。でも、出来ないでしょ?」

「ええ、まあ……出来ませんが」


「いつもあの人は私の身体の事ばっかり。私がこんなに元気そうにしてやってるっていうのに」


 晴夏さんは手に持ったフォークをカプレーゼにグサっと刺して言葉を続ける。



「――むかつくんです」

「ええ……」


「私の体調を気遣って!私のいないところで色々考えてるんですよ!」

「いい事なのでは……?」


「いーや!夫婦なんで!」


 夫婦だから、というのは未だに俺はよく分からないが、晴夏さんのその言葉は妙に印象に残っている。

 


「それで、私はどうすれば……?」

 

「こんな胡散臭い店に頼るくらいなら、私に相談しなさい!――そう伝えてください」

「ええ……胡散臭いですか……」


「出来るだけ悪徳店感を出した方がいいですよね」

「えっと、勝手に進めないでいただけますか?」


 頬杖をついてカプレーゼをムグムグと食べていた晴夏さんは、あっ!と言って俺に身を乗り出した。


「これ!モクテルと軽食です!」

「はい?」


「トマトとチーズが嫌いなので、何も言わずに出してください!もちろん、お金を取っていただいて大丈夫です!」

「いや、うちが大丈夫じゃないんですけど……」


「良かったら皆さんも何か食べてください!もちろん、お金を取っていただいて大丈夫です!」

「いや、だから――」


「――じゃあ、私が死んだって分かったらでいいです」



「……えっ」


「夫の口から、私が死んだって聞いたらでいいです。それはそれでムカつくんで」


「……どうしてですか?」


「私が死んでここに来るって事は、栞と上手く話せてないって事だと思うので」



 晴夏さんは真剣な表情をしていた。

 少なくとも、ただいたずらに旦那の事をはめようとしているわけではないとその時の俺は思った。



「伝言もう一つ、お願いします」

「またですか?」


「私に相談出来ないなら、栞に相談して。あの子は、強い子だから。これでお願いします」

「……そんなに言われても、何年後かだと忘れてしまいます」


「じゃあ、藤宮 智樹って人が来たら嫌がらせをして店から追い出す!これだけは覚えておいてください!」

「一番覚えておきたくない部分だけ残りましたね……」


 

 そんな会話をして、遅くなったからと言って晴夏さんは帰って行った。




 

 そして、あの日から二年後――藤宮 智樹さんは来店した。

 

 晴夏さんは一年前に既に亡くなっていたようで、その事について悩んでいるようだった。



 奥さんへの思いを語る智樹さんを見て、


 ――夫婦って、似てるんだな


 そう思うと同時に俺は、智樹さんと晴夏さん、二人の願いを叶えたいと思うようになった。



 智樹さんの願いは『くるり』で。

 晴夏さんの願いは……俺が最大限イヤな奴を演じた。


 途中芽吹と心晴に心配もさせてしまったけど、概ね目標は達成出来たと思う。



「……これでいいですか、晴夏さん」


 芽吹が上がって一人になった『泡沫』で、俺はそっと呟いた。


 

 

 忘れられない俺にとって、忘れることの無い。

 珍しいお客様の、話。

 

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