表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

Case 3-B 顔をあげて、前を向いて。そして、笑って


 その日も、いつもと変わらない朝だった。


 淹れたての珈琲の香りで目が覚めるのも、トースターがチン!という音を鳴らしてパンを焼き終わるのもいつも通りだった。

 

 情報番組のワンコーナーで、東京のナントカとかいうスイーツの店が特集されていたのが、少し違った所だろうか。

 


「こんなん広島で流しても、意味ないよねー」

「地方都市なのに流行の最後尾感ヤバいよねー」


 俺はそういうのに全く興味がないが、晴夏と栞はテレビに映るスイーツに二人して文句を言っていた。


 本当に何でもない、いつもの朝のひと時だった。

 


「なあ、晴夏」

「なあに?」

 

「昨日、また家で遅くまで仕事しとったじゃろ」


 俺がそう言うと、晴夏はパンを咥えたまま「あー」と気の抜けた返事をした。


「ナハハ……」

「ナハハ、じゃないじゃろ」

 

「キリのいいとこまでやりたくてさ」

 

 そう言って晴夏は紅茶を飲んだ。



「顔色悪いぞ」

「うそ!?栞、私顔色悪い?」

「んー、ちょっとだけ?」


 晴夏の体調が優れないのは別にその日に限った事じゃなかった。

 その日だって仕事とは関係なく体調が良くなかっただけかもしれない。


 だから俺も、言うべきじゃなかったんだとずっと後悔している。



「仕事なんて、無理してまでやるもんじゃないだろ」



「……何それ」


 顔にはあまり出していなかったが、その日晴夏は特に体調が悪かったんだろう。

 いつもなら軽く流す俺の小言に、晴夏は真剣な表情で答えた。


「私、やりたくてやってるだけなんじゃけど」

「体調管理をちゃんとしてくれって言っとるんよ」

 

 

 いつもはない受け答えに、俺はどこかで『晴夏は元気だ』と安心したんだと思う。

 だから、つい言い過ぎてしまった。

 

「しとるよ、ちゃんと」

「その顔でか?とにかく、無理せず今日は休めよ」

「っ……そんなの、あなたが決めないでよ!」



 それが俺の『罪』。

 そしてこれは、晴夏の気持ちを蔑ろにした『罰』なんだと思う。



「……心配だから言っとるんじゃろ!そんな無理するくらいなら――」

 


『辞めろ』


 ギリギリの所で言い切らなかったのは、普段楽しそうに仕事をしている晴夏を見ていたから。

 だが、ほとんど吐き出し切った言葉の前で、そんな制止は意味を持たなかった。



「……へえ、そんな事言うんだ」


 晴夏は静かにそう言って、食べ終えた食器をシンクに運んだ。

 その足で冷蔵庫の水を取り出し、朝の分の薬を流し込む。


「……栞、ごめんけど洗い物お願いね」

「あ、うん……わかった」


 晴夏はそれだけ言って、イスの縁にかけていたカバンを肩に担いで玄関へと向かった。


「晴夏!」

「今日忙しいから。また帰ってからゆっくり話そ」


 晴夏は俺の方をチラッと見た後、リビングのドアを閉めて出て行った。


 


「……お父さん、流石に言い過ぎ」


 栞はそう言いながら俺と自分の食べ終えた食器を運び、洗い物を始めた。

 

「心配じゃけえ仕方ないじゃろ」

「それでもだよ。お母さん、体弱いんだから」


 俺もちゃんと晴夏の事を見ていた。

 でも俺より栞の方が、晴夏の事をちゃんと見ていたのかもしれない。


 仏壇の前で手を合わせる度、そんな事を考える。

 今更遅い、そんな事を。



 

 その日の昼過ぎ、仕事中に携帯が鳴った。


『病院』


 携帯に表示されたその文字を見た瞬間。

 いつも通りだったその日は、突然色を失い崩れ去った。






 ――それから一年。



「いただきます」

「……いただきます」


 残された俺たち二人は、色を失ったまま生活をしている。


 四人掛けのテーブルに斜めに向かい合って座る俺達。

 晴夏が座っていた俺の向かいの席は、ぽっかりと空いたままになっている。

 


「今日、遅くなる」

「学校の用事か?」


「……うん」


 晴夏がいなくなった家からは、色も――熱も無くなった。

 元々あまり快活な方ではなかった栞は、晴夏の死後その口数を急速に減らしていった。


 今では、家の中での会話は事務連絡のようなものだけになっている。

 


「じゃあ、行ってきます」

「気をつけてな」


 栞が学校に行くのを見送った後俺も仕事の準備を整え、いつも通り仏壇に立てられた晴夏に向かって手を合わせた。


『ごめんな、ひどい事言って』


 写真の向こうにいる晴夏は笑顔で俺を見る。

 だが頭の中に聞こえてくるのは、いつも同じ言葉。

 


『あんな事言わなきゃ、私ももっと生きられたのに』



 晴夏はそんな事は言わない。

 俺の頭が勝手にそう言わせているだけだ。


 そう、そんな事分かっているのに。

 それでも頭の中の声はこの一年、変わらず俺にそう言い続けた。


 

「……行ってくるよ、晴夏」

 

 俺はいつも最後にリビングの棚に飾られた写真に声をかける。

 昔旅行先で撮った、家族写真の一つだ。

 


『たくさん撮らないと!ほら、栞も笑って!ピースっ!』



 三人がまだ笑顔だった頃の写真。

 晴夏も栞も、俺も。

 満面の笑みを浮かべている。

 

 この写真の晴夏だけは俺に、


『いってらっしゃい、あなた』


 そう言ってくれている気がするから。

 だから俺は、毎日この写真に最後に声をかけて家を出る。


 



「――願いの叶う、バー?」


 その話を聞いたのは、偶然だった。

 たまたま社内の自販機に飲み物を買いに行った時聞こえた、社員同士の会話でその存在を知った。


「何それ?オカルトとかじゃなくて?」

「それがさ、本当に叶うらしいんだよ」



 ――そんな話、あるわけないじゃろ


 それだけなら多分、聞き流して終わりだったと思う。

 だが、続く会話に気になる言葉があった。


「例えば?」

「探し物が見つかったとか、気になってた人と付き合えたとか……」

「何それ!全部たまたまじゃん!」


「あ!あと、『死んだ人と夢で話が出来た』とか!」

 


 ――え?



「別に全部、バー関係ないじゃん」

「言って思ったけど、確かにそうだな……」


 その二人はその後、興味を無くしたように別の会話を始めたが俺は、


 ――『死んだ人と夢で話が出来た』とか!


 その日の仕事中ずっと、その言葉が頭にこびりついて離れなかった。



 



 午後八時過ぎ。

 

 仕事を終えた俺はすぐに例のバーについて調べた。

 どうやらそこそこ話題になっているらしく、ネット情報に疎い俺でもその場所は簡単に調べる事が出来た。


「バー『泡沫』……場所は、本通の方か」


 場所を確認した俺は、栞に連絡を入れる。


『遅くなる』

『先にご飯食べておいて』


 連絡が返ってくる事はあまりないけど、読んでいる事がわかるだけで十分だ。

 しばらくして『既読』の文字が出た事を確認して、俺はバーに向かった。

 

 

 胡散臭いものだというのは、重々承知していた。

 こんな与太話、信じる方が馬鹿だとも。


 だが、それでも。


 多分、俺は限界だったんだ。

 晴夏から罵声を浴びるこの日々に、俺は疲れ切っていたんだと思う。




 そして、『泡沫』を出た俺は――今、何とも言えない気持ちになっている。

 


 急に十万用意しろとか。

 いきなり飲み物や食べ物を出されて、その分を請求されるとか。

 とにかくめちゃくちゃなバーだった。


 でも――


『こんな胡散臭い店に頼るくらいなら、私に相談しなさい!』

『私に相談出来ないなら、栞に相談して。あの子は、強い子だから』


 俺はあの店員に栞の事は言っていない。

 だから、晴夏があのバーに行ったのは間違いないのだろう。


 晴夏の言う通り、もう二度と行くつもりはないけれど。

 行った価値くらいはあったかなと、そう思った。


 

 


「……おかえり」


 家に帰ると、既に帰っていた栞がリビングでテレビを見ながらスマホを触っていた。


「ただいま、遅くなってごめんな」

「別に。仕事でしょ?」


「ああ、まあ――」



『私に相談出来ないなら、栞に相談して。あの子は、強い子だから』



 別に言っても仕方ないと、言葉を濁そうとした時。

 晴夏の言葉と共に、俺はそれが間違いだという事に気付いた。



「……いや、違う。今日、少し寄り道して帰ったんだ」


 言い直した言葉を聞いて、スマホを触る手を止めた栞が俺の方を向いた。


「寄り道?」

「ああ、栞は『願いが叶うバー』って知ってるか?」


「……何それ、知らない」


 思えば――晴夏がいなくなってから初めて、ちゃんと『何でもない』会話をした気がする。

 


 晴夏がいなくなってすぐは、お互いそれどころじゃなかった。

 しばらく経った頃には、俺は栞とどう話していいか分からなくなっていた。


 晴夏がいなくなってしまったから。

 俺は『晴夏と話す栞』と話す事に慣れすぎて、自分で言葉を探す事を忘れていたんだと思う。


 

「……お母さんが帰ってくるように、とか?」

「まさか。そんな事出来るわけないよ」

 


 だから、気付かなかった。

 


「――晴夏に、あの日の事ちゃんと謝りたいなって思って」



 そう言った俺に、

 

 

「……今更、遅いよ」

 


 そう呟いてテレビを消し、自分の部屋に帰っていった栞が――今まで何を思っていたのかを。




 

 

「あ」


 ある日の朝、いつも通り朝食を食べていた栞がテレビに反応した。


「どうした?」

「……これ、お母さんが言ってたお店」

 


 あの日と同じ、情報番組のワンコーナー。

 いつも東京の方の店を紹介して二人で文句を言っていたコーナーで、今日はたまたま広島の店が特集されていた。

 


 映っているのはカウンター八席程の小さな店。

 

『ここ!たまたま行ったけど、最っ高!』


 お店の看板メニューの映像が流れている。


『トロトロの玉子炒めが、もう美味しくて!』



「……行きたい」

 

 栞はテレビを見たまま呟いた。


『ね、美味しいからさ!また三人で行こうよ!』


 結局、行く事は無かったこの店。

 今言われるまですっかり忘れていた。


『ああ、また今度な』


 いつでも行ける――そう思っていたから。

 あの頃は、こうなるなんて思ってもいなかったから。



「今週末、行くか」

「え?」


「晴夏と三人で、な?」

「……うん、分かった」


 今更、罪滅ぼしにもならないけれど。

 俺は栞と、晴夏を連れてその店に行く事を決めた。



 


 そして数日後。

 俺は栞とその店を訪れた。


 昼過ぎだというのにその店は客で賑わっていた。

 

 空いている席は三席。

 一番奥の席は階段前で座りにくそうだったので、その手前の二席に俺達は座った。


 俺はカバンの中から写真立てを取り出して、栞と俺の間に置いた。


「忘れてて、ごめんな。今更だけど、ちゃんと来たよ」

 

 笑っている晴夏の写真。

 一人で写っている写真が無かったから、みんなで撮ったものを引き延ばして現像したものになったけど。

 とてもいい笑顔だった。

 

 

「この、オススメの定食で」

「私もそれで」


『えー!みんな違うの頼んでシェアしようよ!』


 そんな事、晴夏なら言うだろうな。

 

「すいません、ちょっと通りますね」

「あっ、はい……お父さん」

「ん?ああ、すいません」


『三人で行くって事は、三種類も食べられるチャンスって事だよ!』

 


 晴夏なら今日何を頼んだだろうか。

 何回か来た事があるって言ってたからきっと――



 

 



「――晴夏?」


 



 後ろから聞こえたその言葉に、俺と栞はいつの間にか振り向いていた。

 


「え……今、何て……?」

「晴夏……ですよね、その写真」

 

 

晴夏(おかあさん)を知っているんですか!?」


 俺と栞の声が重なる。

 女性は思わず後退りし、壁にぶつかった。

 

「お話聞かせていただいてもいいですか!?」

「いいですけど……」


 女性はその後少し困ったように、


「――ご飯、食べてからでもいいですか?」


 俺が邪魔して座れない席を指差して、笑みを浮かべた。

 




 俺達は食事を終え、近くのカフェに場所を移した。


「――旦那さんと栞ちゃんの話は、晴夏からよく聞いていました」

 

 女性は水城(みずき)詩乃(しの)という、晴夏の同僚だった。


 たまたま思い出した店にふらっと立ち寄って、そこで晴夏と仲の良かった同僚と会う。

 こんな偶然あるんだろうか。

 

 そう考えた時、

 

『それは叶います。『くるり』をご注文いただいたので』


 バーでのあの一言を、ふと思い出した。


 


「……すいません、お葬式も行けなくて」


 申し訳なさそうに頭を下げる。


「名古屋に転勤で。晴夏が亡くなった日から、今日まで」

「そうだったんですか……」


「向こうでの暮らしが落ち着いた頃に、晴夏の事を聞いて……その時慌てて帰ってきたんですが、お墓の場所しか分からなくて」


 すいません、と言って水城さんはもう一度頭を下げた。


「……そういえば、たまに墓にお供え物がありましたが……もしかして」

「こっちに帰る度にお墓参りに行っていたので、多分私の供えたものかと」


「そうでしたか……ありがとうございます」



 俺と水城さんの会話が一段落したのを見た栞が、あの、と言って水城さんに話しかける。


「……水城さん」

「はい?」

 

「お母さん亡くなった日から、転勤が始まったって言ってましたよね?」

「ええ、後から聞いて知ったけど……そうみたい」


「だったら……お母さんと、話をしましたか?」

 

 栞のその言葉で、水城さんは思い出したようにスマホを取り出した。



「旦那さん、確か……晴夏と喧嘩されてたんですよね?」

「……聞いたんですか」


「ええ。晴夏、言ってましたよ――」


 


『何であんな事言ったの?』

 

『あんな事言わなきゃ、私ももっと生きられたのに』


『あなたのせいで――



 

 


「――帰ったら『ごめん』って言わなきゃって」



「……え?」

 

「心配してくれたのに、素っ気ない態度取っちゃったから謝らなきゃって言ってました」


 水城さんはスマホの画面をこちらに向ける。


「それ、は……?」

「謝る練習って言って、私が撮ったものです」


 そして、水城さんは再生ボタンを押した。


 


 

『はい!始まったよー』

 


『えー……あー……どうも』

『何それ、お見合い?』


 そこには、突然始まった動画に困惑している晴夏が映っていた。

 


『違いますー!くそ、見てろよー!』


 晴夏はオホンとわざとらしく咳払いをした後、画面に向けて微笑んだ。

 


『……あなた、朝はごめんなさい』


『それから?』

『心配してくれてたの、本当は嬉しかったよ』


『それでそれで?』

『もう、うっさいなあ!――あなた、大好きよ。あ!栞ももちろん大好きよー!』

 


『はいはい、お腹いっぱいでーす』

 


 それ以降、スマホから晴夏の声が聞こえる事は無かった。

 動画が終了したのだろう。

 



「っ……ぐ、っ……ぅ……」


 俺は溢れる涙を堪えられず顔を隠していたから、映像は途中から見る事が出来なかった。


 隣に座る栞も同じようで、スンスンと鼻を鳴らしながら泣いている声が聞こえる。


「水城、さん……っ」

「は、はい」


「ありがとう……っ、ございます。本当に、ありがとうございます!」



「……良かったです。お二人の役に立てて」


 最後の日のあれから。

 晴夏は笑っていた。

 

 それが分かった所で、晴夏が死んだ事には変わりないけれど。

 それが分かった所で、俺の言ってしまった事はもう元には戻せないけど。


 それでも、晴夏が笑っていてくれて――本当に、良かったとそう思った。


 



「……ごめんなさい」


 帰りの車の中。

 栞は突然俺に謝った。


「急にどうした?」

「……お母さんが死んでから、私……ずっと素っ気ない態度を取っとった」


「ああ、まあ……仕方ないじゃろ。突然家から晴夏がおらんくなったんじゃけ――」

 

「――違うの」


 震える声で話す栞。

 その理由は、すぐに分かった。

 


「私……あの日、キツく言ったから……それでお母さんが、死んだのかもって……心のどこかでそう思っとった」


 栞は泣きながら、それでも必死に俺に言葉を伝える。


「だけど、違ったんだね。お母さんはそんな事全然気にしとらんくて、むしろ……笑ってて」


「栞……」

「本当に……ごめんなさい……」



 栞の言葉を聞いて俺は今更気付いた。

 

 この一年苦しんでいたのは、俺だけじゃなかったんだ。

 俺は栞にも、俺と同じ『罰』を与えてしまっていたんだと。


「……俺も、そう思っとった」


 俺は晴夏がいないと、こんな事にも気付けないんだな。


「だけど、違ったんだな」

 

 晴夏は俺達の事を、これだけ支えてくれていたんだ。


「栞、今まで聞いてやれんでごめん」

「うん、私も……ごめん」


「これからは何でも聞く。俺も何でも相談するから」

 


 俺がそう言ったのを聞いて、隣に座る栞がプッと吹き出した。


「別に私お母さんじゃないから、何でも相談されるのは……ちょっと無理かなあ」

「あー、そう聞こえるかあ……そうじゃなくて、俺は――」


「嘘だよ、ありがとね。お父さん!」


 いつ振りだろうか。

 栞が俺に笑っている。


 それに、今言われて気付いたけれど。

『お父さん』って言われたのも、久しぶりなような気がする。


 俺はそれに思わず涙ぐんでしまい、


「お父さん!前、前!!」

「えっ、うわっ!!」


 その日の帰り道は人生で一番危険なドライブとなってしまった。



 



 そして、数日後の朝。

 


「ねえ、写真撮ろうよ」


 栞はバッチリ決めた格好で携帯を取り出してそう言った。


「写真?」

「そう、二人の写真――お母さんの隣に飾るやつ!」

 


 外食をした日に持って行った写真は、そのまま写真立てにいれて家族写真の隣に置く事にした。

 栞はその隣に俺達二人の写真を飾って、『もう一つの家族写真』を作りたいとの事だ。


 いい案だと思い、俺は早速写真を撮ろうと言ったのだが――


 

「ちょっと……髭剃って」

「あ、すまん」


「ついでに髪も整えて!休日のオッサンじゃん!」

「分かった分かった!ちょっと待ってろ!」


 とにかくあれこれと注文をつけられた。

 明るくなった栞は晴夏に似てきたと思ったが、晴夏はここまでじゃなかったような気もする。


「あとその服!もっとマシなのあるでしょ!」

「ええ……」


「お母さんの隣に飾るんだよ!一番いい服に着替えて!」


 

『あなた!写真撮るんだから一番いい服用意してよ!』


 

 いや、違う……晴夏そっくりだ。

 まあ、栞が元気ならそれでいいか。

 


「……そういうお前は、朝なのにしっかり決めてるな」

「当たり前でしょ?これから彼氏とデートなんだから」


「は!?彼氏なんて聞いとらんぞ!」

「『お父さんには』言ってませーん!ほら、早くしてよ!」

 

「栞!まずは彼氏の話を――」

「帰ったら話すから!早く、待ち合わせに遅れちゃう!」





 

 ――それから。


 満面の笑顔の隣に、俺達二人の写真が並べられた。

 機械のように作った笑顔を浮かべる俺と、それを見てニシシ!と笑う栞。

 隣に飾っている晴夏の写真もしっかりと俺の手に握られている。

 


「――行ってきます、晴夏」

「行ってきます、お母さん!」



 あれだけ聞こえていた晴夏の怨嗟の声は、水城さんが見せてくれた晴夏の動画を見た日からピタリと聞こえなくなった。

 

 この程度で許されたと思うのは、薄情だなと思うけれど。

 俺を責めるのは俺だけでいい、という晴夏からのメッセージなんだろうと思っている。



「あ、今日彼氏と遊ぶから夕飯いらない」

「!?お前、そんな――」


『もう、栞も年頃なんだから!そのくらいいいでしょ!』


 栞は少し前に出来た彼氏と遊ぶので忙しいらしい。

 俺としては悲しいことではあるが、晴夏ならそう言うだろう。


「……早く帰ってこいよ」

「え、意外。いいんだ」


「俺は嫌だけどな」

「何それ、キモっ」

 


 俺も栞も前に進めた。

 

 だから、晴夏も。

 これからも隣で一緒にいてくれたら、これ程嬉しい事はない。


「……とにかく、ちゃんと連絡しろよ!」

「りょーかい。じゃあね!」

「ああ、気をつけてな」



 これからもよろしくな、晴夏。


 


『行ってらっしゃい!二人とも!』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ