Case 3-A 止まった時間、戒めの日々
午後八時半。
昼から降り出した雨は止まず、むしろその雨足は時間を追う毎に強くなっている。
こんな日は流石に客足も鈍く、いつも来る常連さんの姿もない。
「フラミンゴ」
「ゴシップ」
「プルタブ!」
私が八時に出勤した時には、当然店内にはお客さんは一人もおらず――
「ブリュッセル」
「ループ」
「えっと……プラチナ!」
「ナンプラー」
「ラップ」
「航くん、今日はぷ責めかあ……」
暇を持て余した私たち三人は、しりとりを始めた。
お客さんが来たらすぐに対応出来る、最強の暇つぶしである。
「プール!」
「ルーレット」
「トランプ」
「ぎゃあ!」
このままお客さんが来なければ、私は十時に上がるようになった。
なのでこうして店の清掃をしながら口も動かして、少しでも気を紛らわしているというわけだ。
航くんはグラス磨き、お姉ちゃんはお酒の在庫確認や棚の整理をしながら私の始めたしりとりに付き合ってくれている。
「プレッシャー!『しゃ』からね!」
「シャンプー」
「おっ!」
「プルトップ」
「航くんの鬼!ひどいっ!」
しかし、しりとりって結構性格が出るなって思う。
私とお姉ちゃんはとりあえず思いついたものを言う派。
航くんは手を変え品を変え相手を追い詰めてくる。
非常に性格が悪い派。
しかも標的は大体私、なめとんのか。
「プリンアラモードッ!」
「ドリア……あ、誰か上がってくるわよ」
「そろそろやめるか。芽吹、アサイー」
航くんがそう言ったタイミングでカラン、と音が鳴った。
「い、いらっしゃいませー!」
入ってきたのは、四十歳前後のスーツ姿の男の人だった。
ちゃんとした格好をしてるけど、少しだけ疲れているように見える。
「席はどちらにしますか?」
「じゃあ……カウンターで」
「カウンター、一名様ですっ」
お客さんをカウンターに案内すると、お姉ちゃんはお客さんをチラッと見て、
「帳簿つけてくるわね」
お客さんに聞こえないくらいの声でそう言って、店の奥の休憩スペースへ入っていった。
「――すごい雨ですよね。大丈夫でしたか?」
「はは……傘はさしていたんですけど、あまり意味がなかったですね」
男の人はすいません、と言って羽織っていたコートを脱いだ。
店に入る前に雨粒を払ってくれていたみたいだったので、そのまま荷物カゴに入れてもらう。
「傘はこちらで預かります!」
「あ……どうも。ありがとうございます」
私が預かった傘を持ってカウンターの奥へ向かうと、お客さんの向かいに立つ航くんが男の人に声をかけた。
「どうされますか?」
お客さんは航くんへの返答に少しだけ黙り込んだ後、小さく口を開いた。
「……ちょっと、聞いていいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「その……ここが願いを叶えてくれる店、って言うのは……本当ですか?」
航くんは私の方をチラッと見た。
私はとりあえずコクっと頷くと、やれやれ、という顔を私に見せた後、
「――『お客様』次第ですね」
『依頼』の顔つきになって、お客さんの方を向いた。
「少し何か、飲まれますか?」
「あ、じゃあ……ビールで」
「かしこまりましたっ!少々お待ちください!」
傘を置いて『お客さん』の注文を取りに行った私は、カウンターに戻って冷蔵庫から取り出したグラスにサーバーからビールを注いだ。
45度……40度……
――っ30度ッ!
「遊ぶな、芽吹」
「至って真面目ですー!」
少しだけ上の泡を捨てて、サーバーから新鮮な泡を追加する。
これが美味しいのコツなんですな、うんうん。
私たちのやり取りを見て、男の人は少しだけ苦笑いをしている。
「すいません、うるさいですよね」
「あ、いえ……大丈夫ですよ」
「芽吹、『お客様』にビール渡して机でも拭いてろ」
『依頼』モードの航くん。
ちょっと怖いけど、こうなった航くんの判断は正確だと私は思ってる。
「すいません、お待たせしました!」
「いえ、ありがとうございます」
ビールをそっとコースターに置き、私はそっと後ろに下がって机を拭き始めた。
「では、お話聞かせていただけますか?」
航くんはカウンター裏にあるシンクのふちに手をかけて、男の人に少し身を乗り出して話を聞き始めた。
「――妻のことなんです」
ビールを少し口にした後、男の人はグラスへ触れたまま小さく息を吐いた。
「一年前に亡くなったんです。心臓に持病があって」
「……そういえば、忘れていました。僕は貝取 |航と言います。『お客様』は?」
「私は藤宮 智樹と言います」
「藤宮、さんですか……」
航くんはそこで少し言葉を止めた後、
「ありがとうございます」
そう言って、話を続けた。
「それで、願いは奥さんについてですか?」
「はい、と言うべきか微妙ですが……まあ、妻に関わる事ではあります」
藤宮さんは何かを思い出すように目線を下げ、そしてふぅ、と息を漏らして再び航くんの方を向いた。
「妻に――謝りたいんです」
「……とりあえず、伺ってもいいですか?」
「ええ、よろしくお願いします」
航くんは藤宮さんの話を聞くことにしたらしい。
生き返らせて欲しいとか、もう一度会いたいとか。
そんな事を言われたら航くんは即断るつもりだったみたいだけど。
『謝りたい』
藤宮さんの出した言葉はそんな感じじゃなくて。
だから航くんは『お客さん』の続く言葉が気になったんだと思う。
「――妻が亡くなった日の朝、少し言い合いをしてしまいまして」
航くんに促された藤宮さんは、ぽつぽつと奥さんの話を始めた。
「妻は病気を持っていましたが、とても明るくて活発で……特に働くのが大好きな人でした」
奥さんの事を話し始めた藤宮さんの声は、少し弾んで聞こえる。
きっと生前の姿を思い浮かべながら話をしてるんだろうな。
「……好き過ぎるくらいで。あまりに張り切って仕事をするもんだから、私は心配になって良く無理しないように言っていました」
あの頃を思い出して、少し微笑む。
そして、少し目が潤む。
大切な思い出に包まれている――そんな感じは、私はよく分かる。
本当に大切な人だったと、まだ話し始めなのに伝わってくるようだった。
「その日の朝は妻の顔色が悪くて、思わず強く言ってしまったんです。『無理するくらいなら辞めろ!』って。そしたら向こうも『私がやりたいんだから、やらせてよ!』って怒っちゃって」
航くんは黙ったまま真剣な表情で話を聞いている。
私と違って場の空気を和ませるような事はしない。
ただ、真剣に『お客さん』の話を聞くのが、航くんのスタイル。
「雰囲気を悪くしたくなかったので普通に挨拶をして送り出したんですが、やはりいつもとは違う感じになってしまって……」
藤宮さんは少しだけ泡の減ったビールに口を付けた。
「――昼過ぎ頃、倒れたって連絡が来ました。急いで向かったのですが、病院に私が着いた頃にはもう既に意識がなくて……そのまま」
「そうですか……大変でしたね」
背中越しに航くんの少しだけ辛そうな声が聞こえた。
その声を聞いて思わず、私もテーブルを拭きながら俯いてしまう。
「……聞かせていただいても構いませんか?」
「ええ、何でしょうか?」
「謝りたい、という事ですが……藤宮さんの様子を見ると、この一年の間たくさん奥さんに謝ってきたと思うんです」
「それは……はい、もちろん」
「でしたら、何故?」
「……確かに、私はあの日から妻――晴夏には数えきれない程謝ってきました」
藤宮さんがゴソゴソと動いた後、カウンターにコトッと何かを置いた音が聞こえた。
「墓前で、仏壇の前で、待受を見て――貝取さんの言う通り、妻に謝っていない日はないと思います」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わずポロっと涙がこぼれた。
航くんが話を聞いてくれて良かった。
私はこういう『お客さん』とはまだ、上手く話す自信がないから。
「でも、謝る度に妻が――私の想像の妻ですけど――『じゃあ、何であんな事言ったの?』って言ってくるんです。『気持ちよく送り出してくれたら、もしかしたら死ななかったかもしれないのに』って」
謝り続けて、それでも藤宮さんは全然納得出来なくて。
それでも時間だけは過ぎていって。
変えなくちゃ、進まなくちゃって思う度に心の中のモヤが大きくなっているんだろう。
藤宮さんはそんな日々から一歩踏み出したくて、ここを頼ってきたんだって分かった。
そして航くんも、『お客さん』がどうしたいのか気付いたんだと思う。
「――終わらせたいんですか?」
「え?」
「このままでいるよりも……お二人の為には、いいと思います」
「えっと、何の事ですか?そんな、終わらせるだなんて……」
「……すいません。藤宮さんは『自分が伝え続けている気持ちを、奥様がどう受け取っているか』を知りたいんですよね?」
「あ……そう、そうです!」
「奥さんの気持ちを知って、気持ちの整理を付けて前を向く――その区切りの事を『終わらせる』と表現してしまいました。申し訳ありません」
航くんは頭を下げるとカウンターの冊子を取り出し、藤宮さんの前に差し出した。
「これは……?」
「願い、受け取りました。こちらをどうぞ」
そう言って渡された冊子を見て藤宮さんは、
「――『くるり』?」
不思議なものを見たような声で、そう呟いた。
「ご注文の前に、一つだけお伺いさせてください」
航くんはその言葉に応えるように、『くるり』について説明を始める。
「『くるり』を使用できるのは、人生で一度だけです」
淡々と事実のみを伝える航くんの説明は、まるで何かの儀式をしているようで少し怖い。
航くんはそのつもりはないんだって分かってはいるけど。
その言葉を聞く度、少しだけ私は胸が痛む。
「ただし、その一度に限り――願った事は『必ず』叶います」
「必ず……?それは、妻が答えてくれるという事ですか?」
「……それは何とも。どのような形で叶ってその道中にどんな事があるかは、私たちには分かりませんので」
「そう……ですか」
藤宮さんは少し考えるように俯いた。
私の胸が痛むのは別にして。
はたから見ているといつも思うけど、私たち結構やばい事を言っている自覚はある。
値段の書いていないメニューを前に私たちは、
『あなたの願いはいつか叶います。どんな形かは分かりませんが』
そう言っているわけだ。
それでも叶えたい、という人を選別するのには役立ってはいるけど。
――もしこれでお金を取って叶わないなんて事があれば、即警察御用なんだろうな……
「――分かりました、お願いします」
藤宮さんは私がそんな事を考えている間に決意を固めたようで、冊子をパタンと閉じて航くんに『くるり』を注文した。
「かしこまりました」
良かった。
これで藤宮さんの願いも――
「ちなみにですが――今、おいくらくらいお持ちですか?」
私が航くんの言葉を聞いて思わず振り返ると、航くんは私の方を見ていた。
『いいから、任せろ』
目でそう訴えてくる航くん。
「お金ですか……そんなに持ち合わせては……」
「十万」
「……えっ?」
「あなたのその気持ちに――十万、出せますか?」
『ダメだよ!それは!』
思わず出かかった言葉を、航くんが睨んで止めた。
分かってる。
今回の相手は航くんだから、私が口を出さない方がいい。
テーブル拭きを終えた私は、叫びたい気持ちを抑えてしぶしぶと調理場の清掃へと向かった。
「……そんなに必要なんですか?」
「まあ、今回のケースだと」
「流石に、高すぎじゃないですか……?」
「そう思われるのも仕方ないですが――」
「――ご家族の為を、思うなら」
航くんのその言葉で、ガタッと音がした。
バレないようにコソッと見ると、藤宮さんが驚いた顔をしてイスから立ち上がっていた。
「何で、それを……?」
「……ここは、そういう場所なので」
驚きと――恐怖?
どちらにしても、あまり良くない顔に見える。
どういう意味だったんだろう、と私が思っていると、
「――わかりました」
航くんの放った言葉で、何故か藤宮さんは急に揺らいでいた決意を固め直した。
「……下ろしてきてもいいですか?」
「ええ、もちろん。お待ちしております――芽吹、傘を」
「……っただいまお持ちします!」
藤宮さんは私が持ってきた傘を受け取り、財布だけ持ってバーを出て行った。
「……少し、やりすぎなんじゃない?」
「俺に任せるって決めたんじゃろ?なら、今回は俺のやり方でやる」
「言い方があるでしょ!十万って……本気!?」
私たちが言い合いを始めた声を聞いて、お店の帳簿を付けていたお姉ちゃんが店の奥から顔を出した。
「どうしたの?何かあった?」
「聞いてよ、お姉ちゃん!航くん、『お客さん』に十万下ろしてこいって言って追い出したんだよ!」
私の言葉にお姉ちゃんがピクっと反応した。
「……珍しいね、航」
「俺の客じゃけ。俺のやり方よ」
相変わらず怖い顔をしている航くんを見て、お姉ちゃんがはぁ、とため息をついた。
「航、別にあなたのやり方だから何も言わないけど……その顔は、どうかと思うわよ」
そう言うとお姉ちゃんは航くんに手招きをして、そっと耳打ちした。
「――――」
お姉ちゃんは耳から口を離すと、航くんの頭を撫でた。
「はい、いつも通りね」
「……やめーや」
そう言ってお姉ちゃんは再び休憩スペースに戻っていった。
お姉ちゃんって本当にすごいと思う。
私が説得しても、こんなに簡単に航くんを元に戻すことは出来ない。
――羨ましいな……
その関係も、信頼も。
羨ましいなって、本当に思う。
「すまん、芽吹」
航くんは私を見て苦笑いをする。
「やり過ぎてるように見えたよな」
「……良くないなとは、思ったかな」
「――でも、このままやらせて欲しい。それが『藤宮さん』の為でもあるから」
航くんはさっきみたいに怖い顔はもうしてない。
だから、もう大丈夫。
私は航くんにグッと拳を突き出した。
「――何言ってるか分からないけど!見守っててあげる!私だってそれくらい出来るし!」
「何だそりゃ……分かった、よろしく」
航くんは呆れた声で拳を出し、二人で拳を突き合わせた。
そうしていると、外の階段から靴音が聞こえてきた。
靴音は急ぎ足で階段を駆け上がり、その後カラン、と音を立てて藤宮さんが戻ってきた。
「ハァ、ハァ……持って、きました」
「ありがとうございます。傘、お預かりしますね」
急いで下ろしに近くのコンビニで下ろして来たのだろう。
藤宮さんの足元はぐっしょりと濡れていた。
「では――『くるり』ご注文、ありがとうございます」
そう言って冷蔵庫から材料を取り出した。
材料をシェイカーに入れてシェイクすると、ピルスナーグラスに氷を入れて注ぎ込む。
そして――
「シャンディガフ!?」
「レッドアイだ、黙って見てろ」
航くんはグラスの中に慎重にビールを注ぎ始める。
すると、ビールの黄金に赤が混ざっていき――次第にグラスは鮮やかな赤一色となった。
最後に航くんは小さなバジルを指で擦ってグラスに浮かべ、
「お待たせしました」
藤宮さんの前に新しいコースターを置いて、その上に完成したカクテルを置いた。
「あの……これは?」
藤宮さんは当然困惑した様子。
「レモンを使用した、レッドアイです」
「はあ……」
それをよそに、航くんは説明を始めた。
「トマトの花言葉は『感謝』、レモンの花言葉は『誠実な愛』です。藤宮さんに合わせて、お作りさせていただきました」
「いや、えっと……これが何かというより、何でいきなり……?」
「『くるり』をご注文いただいた方への、サービスです」
どうぞ召し上がってください、と航くんが言うと、藤宮さんは意を決してレッドアイを一口飲んだ。
「あ……意外と」
「ありがとうございます」
藤宮さんは苦笑い。
急に十万を失う事が確定して、良く分からない感情になっているんだろう。
ホント、航くんが何をしたいのか分からない。
そんなにひどい『反動』があるようには思えないけど。
そう思っていると、航くんは急に調理場の方に消えて行った。
カチャカチャと皿を並べる音がして戻ってくると、
「こちら、よろしければ」
カプレーゼと、クリームチーズを添えたクラッカーの皿を藤宮さんの前に置いた。
「いや……食事は家でするので」
「失礼しました。では、下げさせていただきます」
全然分かんない。
本当に航くんは何がしたいんだろう。
結局その答えは、分からないままだった。
そして帰り際。
「ちょっと、これ……」
「どうされましたか?」
藤宮さんは金額の書かれたメモを見て、怪訝な表情を浮かべた。
「……十万じゃないんですか?」
航くんが差し出したメモには『¥4700-』と書かれてある。
いよいよもって本当に何がしたいのか分からず、藤宮さんだけでなく私も一緒に首を傾げていると、航くんが説明を始めた。
「――申し訳ありません。十万は、嘘です」
「嘘って……じゃあ、何でわざわざお金を下ろしに行かせたんですか?」
「覚悟が見たかったからです。お金には代えられないという、藤宮さんの覚悟が」
航くんはそう言って、藤宮さんに頭を下げた。
「じゃあ……願いは、どうなるんですか?」
「それは叶います。『くるり』をご注文いただいたので」
「そうですか……」
藤宮さんはもう一度紙にかかれた金額を見る。
「じゃあ、これはさっきの飲食代ですか?それにしては少し高いようにも思いますが……」
「それに関しては、すいません。こうしろと頼まれたので」
「頼まれた?誰に?」
「奥様――藤宮 晴夏さんに。二年くらい前の話ですが」
「――妻がここに来たんですか!?」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった藤宮さんは、今日一番の驚きの顔を航くんに向けた。
対する航くんは――辛い気持ちを押し殺すような表情で藤宮さんに告げる。
「奥様からの言伝です――
『こんな胡散臭い店に頼るくらいなら、私に相談しなさい!』
――との事でした」
航くんがそう言った瞬間、藤宮さんの頬に涙が伝った。
「もう一つ――
『私に相談出来ないなら、栞に相談して。あの子は、強い子だから』
――そうとも、おっしゃっていました」
「そう……そう、ですか……妻が、そんな事を……っ」
藤宮さんはイスにへたり込み、目頭を押さえる。
「この通り、当店は願いを叶えるだけの悪徳店ですので――今後は『娘様』とよくお話をされてください」
「……はい」
航くんの言葉に、藤宮さんは頷いた。
顔を隠してただ、頷いた。
午後十時。
藤宮さんが帰って以降お客さんは来なかったので、私は早上がりする事になった。
「ふぅ、疲れた疲れた」
「……お前今日は掃除してただけじゃろ」
「大変なんよ!掃除も!」
今は仕事終わりのまかないを食べているところだ。
今日みたいにお客さんがいない時は、カウンターで食べるのが楽しみの一つ。
隠れた名店で食べてるみたいで、美味しさも数割増しに感じる。
――なんて考えているうちに、航くんが作ってくれたオムライスは全部お腹の中におさまっていた。
美味い、美味すぎる。
「……芽吹はいつも美味そうに食うよな」
「もっちり濃厚なチキンライスが特に最高!ごちそうさま!」
「はいはい、どうも」
軽くあしらわれた私はぶー、と言って洗い場に器を持っていく。
そして、洗い物をしながら藤宮さんの事を考えた。
航くんの今日の対応は決して良くは無かった。
けど――藤宮さんと奥さんの事を、航くんなりに考えた結果なんだろうな。
多分もう、藤宮さんはここには来ないだろうけど。
娘さんと二人できっと願いを見つけてくれる。
「ま、それくらいしか出来ないもんな……」
私の呟きに航くんが反応した。
「芽吹……『それ』いつまでやるんだ?」
「?何のこと?」
航くんは驚きと呆れを混ぜたような顔。
それに首を傾げると、航くんは私が今まで『何をしていたか』教えてくれた。
「わざとやってた訳じゃないんだな?」
「当然だよ!」
まさか、そんな事をしていたなんて。
全然気付かなかった。
「よく分かったよね……それにしても」
航くんは呆れているけど、知らないうちにやってたんだから仕方ないじゃない。
藤宮さんに気付かれてなかったみたいだから、それは本当に良かった。
「……まあいいわ」
航くんはそう言って中断していたグラス拭きを再開した。
本当に無意識だったのは間違いないけど。
もしかしたら心の奥で『繋いであげたい』と思っていて、それが言葉に表れていたのかも。
なーんて。
「――藤宮さん、ちゃんと前に進めるよな?」
でもまあ、その心配も無くなった事だし。
私たちの出番も、おしまいかな。
「もちろん!」




