Case 2-B 指輪を川に投げ捨てた私が、結婚式で笑っていました
思えば、本当に些細なことだった。
『ごめん、仕事が押してる』
『また?』
『早く終わらせてって言ってたじゃん』
『ごめん…』
小さなすれ違いが積み重なって。
それでも時間は過ぎていって。
「どうせ仕事の方が大事なんでしょ!」
「そんな事無いって!――あ、ちょっと!奈緒!」
私も口に出す事が多くなって。
本当は分かってるのに、彼の優しさに甘えてしまっていた。
「いい加減謝んなくちゃ、だよね……」
その日の仕事帰り、私は私の夫――悠真くんへどう謝るか考えていた。
市電を使うと早く家に着いてしまう。
家に着くまでに頭の中をまとめたかった私は、その日に限って徒歩で駅まで向かった。
――そして偶然、それを見た。
「え……うそ……」
普段は電車の窓ごしに流れるだけの風景。
歩く事でゆっくりになった風景の中に、悠真くんを見つけた。
肩に若い女の子を担いでタクシーを待つ――悠真くんを。
「……っ!!」
女の子は悠真くんにベタベタとくっついていた。
悠真くんは払いのけているようにも見えたが、そんな事その時の私には関係なかった。
頭が真っ白になった私は、身体の事も考えず走って逃げた。
怒鳴りこみに行くという考えも一瞬よぎったけど。
それ以上にその時の私は、目の前の光景を見ていたくなかったんだと思う。
「――信じられない!何しとん!!」
そして、ひとしきり走った後。
真っ白になっていた頭は、今度は赤一色に染まっていた。
「私が最近小言が多いけえ、鬱陶しい奴とか思ってたん!?」
私は橋の上で川に向かって叫んでいた。
「ヤバい女だ……」って目で私を見てきた人は、威嚇して追い払った。
「てか、私達結婚しとるんよね!バカじゃないの!?」
そう言って私は左手の薬指から勢いよく指輪を外した。
『僕と、結婚してくれますか?』
あの時はあんなに嬉しかったのに、今はなんだか呪いの塊のように思えて、
「――サイテー!!」
私は腕を思い切り振って、指輪を夜の闇へと放り投げた。
「ハァ、ハァ……」
スマホを取り出す。
メッセージアプリを開いて、悠真くんのプロフィールを横にスライドした。
出てきたのは『削除』の文字。
「あっ……」
その二文字を見た瞬間、怒りで沸騰していた頭が冷えた。
「……悠真くん」
私は欄干にもたれかかるように座り込んだ。
「なんで?大事にするって、言うとったじゃん……」
そしてその後、走った事を後悔した。
「私も、この子も――」
そのタイミングでピロン、とメッセージアプリの通知音が鳴る。
送り主は、悠真くん。
『今から帰るよ』
私はそのメッセージを見て、
「……は?」
冷えていた頭が再び沸騰して、そのまま悠真くんに電話をかけた。
『……あ、もしもし。奈緒?今何して――』
「何しとるはこっちのセリフよ!浮気なんかして!!」
『浮気……?何のこと――』
「さっき女の人とタクシーに乗っとったじゃろ!!見てたんじゃけ!!」
『えっ、さっきって……あっ!』
「誤魔化さずにハッキリ言いんさいよ!!」
『奈緒!』
「何で今なん!?私達結婚したんじゃろ!!」
『奈緒!こっち!』
「何よ!電話越しに名前を呼んだって、意味ない――」
「――奈緒!!ここだよ!!」
「えっ……悠真、くん……?」
目の前に悠真くんがいた。
タクシーに乗ってどこかに行ったと思っていたのに。
「何で、ここにいるん……?」
「勘違いなんだよ!」
走って来た悠真くんは、しゃがみ込んで私を抱きしめた。
「ちょっと、何して――」
「――さっきの人、酔って目の前で倒れたけえタクシーを呼んで乗せてたんだ!」
「……えっ?」
「浮気なんて僕は絶対せんよ!二人とも、一生大切にするって誓ったから!」
その言葉で、サッと血の気が引いた。
抱きしめる悠真くんを振り解いて、欄干に身を乗り出す。
「何してるの、奈緒!危ないよ!」
必死に覗いたが、もう遅い。
「あ……ああ……」
取り返しのつかない事をした。
そう自覚した私の身体が、全身から汗を噴き出し始めた。
「奈緒?」
後ろからかかった悠真くんの声で肩が跳ねた。
「なに……?」
「大丈夫?体調悪くなったなら、すぐタクシーを――」
「――ううん、大丈夫。歩いて帰りたい」
「そっか……分かった。ごめんね」
『投げた指輪をどう見つけよう』
その時の私は、それを考えるのでいっぱいいっぱいだった。
翌日、私は会社を休んだ。
指輪を探す為だ。
とにかく一刻も早く見つけ出さないと――そう思いながら橋に辿り着いた。
そして、思い出した。
「……これ、どうやって探せばいいの?」
この川が数センチ先も見えないくらい濁り切っている事を。
私はどうにかして川の中を探す方法は無いかと考えた。
川岸まで降りてみたものの、川は深さが分からない程濁っている。
「おい、入らん方がええで」
私が躊躇しながら手を入れたりしていると、近くを通ったお爺ちゃんに止められた。
底に何があるか分からないから危険らしい。
「まあ、警察か回収業者じゃろうね」
お爺ちゃんに言われて私は近くの交番に駆け込んだ。
遺失物届を書いて、指輪が見つかったら連絡してもらうようにした。
回収業者がどこか分からなかったから、とにかく手当たり次第全部に聞いて回った。
「指輪の落とし物って、届いていませんか!」
「こんな感じの特徴で!落としたのは――」
「とにかく!見つかったら連絡が欲しいです!!」
一日中駆け回って。
探せる川べりは全部探して。
それでも、見つからなかった。
辺りが暗くなってきたタイミングで、私は一本の電話をかけた。
『――もしもし。なーちゃん?』
「まち、今日はありがとねぇ……」
電話の相手は、萩原 茉羽――私の同僚だ。
仕事を代わってくれた恩人である彼女に、今日の報告をした。
「見つからなかったぁ……」
『ダメだったかぁ……明日はどうするん?』
「今日の夜旦那に謝って、明日また探そうと思う……」
『そかそか。ま、仕事は任せんさい。休みの方は……体調が安定しないとか?』
「そうするぅ……ありがとね、まち」
『色々落ち着いたらなーちゃんの奢りで――あ!』
「うわっ!何、どうしたの!?」
『思い出した!なーちゃん――『願いの叶う』バー!』
「あぁ……相談とか乗ってくれる程度でしょ?」
『それが、そうでも無いらしいんよ!今日、時間あるなら行ってみんさい!』
「……まあ、他に出来ることもないしね。ありがとね、まち」
私は電話を切って、『願いが叶う』と評判の胡散くさいバーに歩き出した。
結果から言うとそのバーはやっぱり胡散臭かった。
でも、いい意味で。
「お話、私でいいですか?」
そう言ったのは、私より一回りくらい下の女の子だった。
他にいたのはあまり表情が無くて少し怖そうな男の店員と、パンツスタイルの制服をきっちり着こなしている綺麗な女の店員。
――あの二人よりは、話しやすいかな……
そう思った私は、
「はい、よろしくお願いします」
目の前の女の子に話を聞いてもらうことにした。
「――分かりました」
私の話を真剣に――ちょっと感情豊かに聞いてくれた芽吹さんは、そう言うとカウンターの方を振り返ってお姉さんから冊子を受け取った。
そして、信じられないような事を口にした。
「ここで使うと、もう二度と使えません。その代わり、その一回は『必ず』叶います」
普通に考えたら胡散臭すぎる。
でも、
「――使わせてください!お願いします!!」
あんなに真剣に聞いてくれた女の子が言う事を、私は何となく信じてみようと思った。
「――『くるり』?」
差し出されたメニューには『くるり』とだけ書いてある。
メニューって事はお金がいるのかな、とか。
これを頼んだら願いが受理されるのかな、とか。
そんな事を思いながら『くるり』を注文すると、
「――航くん!お願いします!」
芽吹さんの合図で、『泡沫』が急に動き出した。
男の店員が手際よくシェイカーを振ったかと思うと、
「お待たせしました!」
私の前に琥珀色のカクテルが差し出された。
これを飲めと言う事なのだろう。
「――アルコールは入ってませんよ?」
芽吹さんは――いや、全員が既に私の身体の事を把握していた。
「ここは、そういう場所なんで!」
芽吹さんのその言葉を聞いて、
――もしかしたら、本当に信じてもいいのかもしれない
本当に指輪が見つかるかもしれない、と思った。
「――大丈夫。ちゃんと叶います」
「絶対、諦めないでくださいね」
芽吹さんは最後にそう言って私を送り出してくれた。
確証なんてどこにも無いけど、それでも。
探し回っていた時の絶望感は、無くなっていた。
「ちょ、ちょっと……何しとん!やめてよ、奈緒!」
家に帰った私は、悠真くんの前で土下座をした。
「ごめんなさい……私……」
「いいけ!ソファに座って話そ!」
こんな事で許してもらえるとは思わない。
でも、他に出来ることは何もない。
だから、思いつく精一杯の事を悠真くんにしようと思った。
私は顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら事情を説明した。
悠真くんは私を肩に寄せながら、それを黙ったまま聞いてくれた。
「――それで、衝動的に指輪を川に投げた、と」
「……ごめんなさい」
私の話を全て聞き終わると悠真くんは、ふう、と息を吐いた。
ドサッとソファにもたれかかった悠真くんを見て、
――終わったな……
私がそう思っていると、悠真くんが声を上げた。
「――良かったぁ!」
「……え?」
「すっごい心配だったんだ。『別れましょう』って言われるんじゃないかと思って」
ああ、よかったぁ!ともう一度言った悠真くん。
「この前から奈緒には無理させてたし、昨日は指輪も外しとったから」
「違うよ……無理させてたのは、私の方……」
私がソファの端で小さくなってそう言うと、悠真くんは困ったように笑った。
「仕事ばっかりで、不安だったんだよね」
「……それは、そうだけど」
「じゃあ僕もやっぱりごめんだね」
「悠真くん……」
「仕事の事は頑張るから、許してくれますか?」
「私の方こそ――って、そうじゃないよね」
悠真くんは私が気にしないようにしてくれている。
それなら私も、もうこれ以上言わない方がいいと思った。
「ありがとう、悠真くん」
「こちらこそ、ありがとね」
「そういえば昨日ね、変なお店に行ったの」
「……変な、お店……?」
「あっ!いかがわしいお店とかじゃなくてね!――願いを叶えてくれるっていう噂があるお店なんだけど」
悠真くんは私の言葉を聞いて苦い顔をした。
「変なツボとか……買ってないよね?」
「買わないよ!ただのバーだったよ!」
「そっか、まあそれならいいんじゃけど……」
「――絶対に見つかる、って言われたの」
悠真くんは目を丸くした。
「え、指輪が?川に投げたのは言ったんだよね?」
「全部言った。それでも『叶いますよ』って。『諦めないで』って言われた」
「えぇ……」
半信半疑といった顔を最初していた悠真くんは、私が真剣な表情でそう言ったのを聞いて、
「――探そう。出来る限り時間取るからさ、二人で」
少しだけ真剣な顔をした後、ふにゃっとした笑顔で私を抱きしめてくれた。
私のせいでいなくなっていた『悠真くん』にまた会えた。
それが嬉しくて、私は彼の腕の中でまたワンワン泣いた。
そして泣き疲れて、私は眠った。
それから悠真くんは、少しずつ私達といる時間を増やしてくれた。
「――えっ、今日も定時?大丈夫なの……?」
『それがさ、実は少し勘違いしてたらしくて……』
悠真くんは勘違いが多い。
いやまあ、私の方が多いしひどいけど。
『出来る事は全部やらないとって思いながらずっと働いとったけど、実は社内で『めちゃくちゃ働くやばい奴』って言われとったらしくて……』
「何それ、やば」
『それで出来るだけ定時で帰りたいって上司に言ったら、『えっ、お前帰りたくないけえ仕事積んどったんじゃなかったん?』って言われた』
思い込みで仕事漬けになっていた悠真くん。
思い込みで川に指輪を捨てた私。
私の方がヤバいのは分かってるけど、やっぱり何となく似てるよなあって思って少し嬉しくなった。
『というわけでもう帰っとるところじゃけど、今日も探す?』
「もちろん!じゃあ、いつもの場所集合で!」
指輪探しは最早日課になっている。
見つかるかどうかは悠真くんには最早どっちでも良いらしい。
適度な運動。
気分転換。
それと、二人の時間。
『あくまでついでに!指輪を探すようにね』
見つかればラッキー。
見つからなくても、それは散歩デート。
そういうスタンスでやる指輪探しは、あの日とは違ってとても楽しい時間だった。
バーに寄った日から、ちょうど一ヶ月くらい経ったある日。
二人の休日が重なったので、いつも通り指輪探しに出ようという話になった。
「まちに聞いたけど、『今、下流がアツい』って言ってた」
「なんか競馬みたいだね」
そう言いながら『散歩』の準備を終えた私達。
悠真くんには申し訳ないけど、今日も何にもない素晴らしい一日になるんだろうなって。
玄関の扉を開けた時、私はそんな事を思っていた。
「――それでね、まちが『競馬で大穴当てた!』ってご飯を奢ってくれたの。その時、『下流がアツい』って言ってきて」
「指輪の大穴予想っていうわけね……」
「その時行ったお店が雑貨もやってたから、『三つ目が通る!』って言ってこれ買ってくれた」
「タイガーアイのブレスレットか……これだけあると、十二つ目くらいになりそうだね」
私達はいつも通り下らない話をしながら海沿いを歩き始めた。
まちに言われた通りの、指輪を捨てた川の下流――宇品の汽水域くらいの場所。
この辺りは流域面積が広すぎてとても見つける事なんて出来ないだろうけど、悠真くんはもうそんな事気にしていないようだった。
「でね、まちったらその次の日にはお金が無くなったらしくてね。ずっと『帯……私の帯……』ってうわ言で――って悠真くん、どうしたの?」
私が話をしている間、悠真くんはブロック塀に座っているお爺ちゃんを見ていた。
横に細くて長いしなった棒が見えるので、恐らく釣りをしているのだろう。
「……釣りか」
悠真くんは少し考えるような顔をしたあと、
「奈緒、ちょっといい?」
「どうしたの?――あっ、ちょっと!」
私の手を引いてお爺ちゃんがいる方へ歩いた。
「すいません。指輪見ませんでしたか!」
「悠真くん!何言ってんの!?」
「ああ、さっき見たな」
「さすがに指輪が釣れるわけないじゃん!流石にイチかバチか過ぎるって!」
「え……奈緒、ちょっと……」
「すいませんでした、ありがとうございます――もう、悠真くんはホントに……」
「ちょ……奈緒!」
「……ん?」
『ああ、さっき見たな』
「……えっ?ちょっと待ってお爺ちゃん。今、指輪――」
「だから、見とる言うたじゃろ」
「あるんですか!?今、持ってますか!?」
「ワシじゃなくて孫がな。ほれ、そこに――」
そう言ってお爺ちゃんが振り向いた瞬間、私は運命のようなものを感じた。
「――あなた、あの時のお爺ちゃんじゃないですか!?」
「ん?……おお、全然気付かなんだ」
釣りをしていたのは私の入水を止めたお爺ちゃんだった。
「じーちゃん、呼んだ?」
そのタイミングで下の方から声がした。
小さな男の子。
手にはキラッと輝く――指輪。
「綾翔、その指輪そこのお姉ちゃんに見せたり」
「え……やだ」
「お願い、綾翔くん!ちょっとだけ!」
「……返してくれる?」
「えっと……うん、返すから」
「わかった、はい」
綾翔くんは私の目をじっと見ながらしぶしぶ指輪を渡してくれた。
指輪が手に置かれたのを確認して、私と悠真くんは舐めるように見始める。
メビウスの輪のようなプラチナとピンクゴールドのリングは二人が気に入った形。
宝石もちゃんと同じものがはまっている。
何より、内側の刻印。
『10.18 Yuma & Nao』
「あった……本当に、見つかった……!!」
「すごいよ奈緒!やった!!」
私達は思わず抱きしめあっていた。
指輪が見つかったのもそうだけど――何より、二人の絆が完全に戻ったような気がして。
「ねぇ……そろそろ、返して……」
綾翔くんの事を忘れて大はしゃぎしてしまった。
綾翔くんは目に涙を溜め込みながら私達の事を見ている。
「ぼくの、大事なキラキラ……」
「綾翔、それは姉ちゃんらのものじゃけえ渡したり」
「やだ!!」
駄々をこねる綾翔くんを見て、私はハッと気付く。
「ねえ、綾翔くん」
「なに?」
「キラキラじゃないけど、これならどう?」
そう言って差し出したのは、まちにもらったタイガーアイ。
「これね、つけると綾翔くんの目になってくれるの」
「め……?」
「色んなものが見えるようになる、ヒーローの目!」
「ヒーロー……!」
綾翔くんの目が指輪のようにキラキラしてきた。
「お姉ちゃん達、どうしてもこの指輪が欲しいんだ。だから、綾翔くんにはこれあげるから。ね?」
「うん!ヒーローがいい!」
綾翔くんはタイガーアイをいたく気に入ったらしく、
「ヒーローのめ……ぼくもヒーロー……!」
そう言いながら、パタパタと走り出した。
私達は手に入れた。
二度と見つからない思っていた、私達の愛の証。
「付けたいな、あの時みたいに」
「付けて欲しいなって思ってた」
示し合わせたみたいなタイミングで。
悠真くんは膝を付いて私を、私は左手を出して悠真くんを向いた。
「大事にするよ、奈緒」
「私も……ずっと大事にする!」
薬指にはめられた指輪がピカッと光る。
「ずっと、ずっと一緒にいようね、悠真くん――」
私はそう言って指輪を手で包み、そっと口付けをした。
「――クッサ!!」
急に口元に立ち込めた強烈な生臭さに思わず私は手を遠ざけた。
悠真くんも私の言葉を聞いて指輪を嗅ぐと、
「うわ……」
絶妙に嫌そうな顔をした。
「さっき釣った魚が吐き出したからの。生臭いじゃろ」
川の方を見ながらお爺ちゃんがハッハッハ!と笑う。
その言葉を聞いて、私と悠真くんは顔を見合わせて、
「プッ……ククッ……ハハハ!!」
「もう!悠真くん!――やっぱ生臭っ!アハハ!!」
ひたすらに、大笑いした。
「お店で洗浄してもらおうか」
「外したくない!外したくない、けど!!」
「……本音は?」
「生臭いのは、今は特にキツい!!」
きっと、これが芽吹さんが言っていた『道中』なのだろう。
私は何となくそう思った。
「じゃあやっぱりお店に持って行こ。ほら、外して」
「ううー!外したくないー!!」
これは私達が頑張ったからなのか、そうじゃないのかは分からない。
でも、間違いなく言える事がある。
私は――私達は頑張った。
それだけは胸を張って報告出来るなって、そう思った。
『指輪を川に投げ捨てた私が、結婚式で笑っていました』
「思ったより嘘くさいね……」
「ね、ホントの事なのに」
「何やってるんですか!早く始めましょうよ!」
本通の近く。
ビルの二階にあるバー『泡沫』。
結婚式の二次会会場として貸し切ったこの場所は、あの時とは違って賑やかな雰囲気に包まれていた。
「レビューにもありましたけど、いい男ですねぇ」
「えっと……ありがとうございます」
「結婚とか、考えてますか?」
「いえ、僕はまだ……」
「私とか、どうですかぁ?」
「あはは……」
まちはさっきから男の店員さん――航さんに猛アタックをしている。
それを食らう航さんはたじたじの様子。
『噂の『願いを叶えるバー』は本当でした。嘘だろうと思ってましたが、本当に願いが叶いました』
「みんな、二次会も楽しもう!乾杯」
「カンパーイ!!」
「いやー!おめでとうございます!」
芽吹さんは大袈裟なくらい拍手をして笑っている。
「奈緒さん!悠真さん!」
そのテンションのまま、テーブルに向く。
「それと、ローストビーフ!」
「食べたら給料ナシよ?」
「は、冗談として!ホントにおめでとうございます!」
『店員さん達は不思議な人達です』
『明るく元気な女の子と、寡黙な男のバーテンダーさん。それに、気配り上手なお姉さん』
『願いとか抜きにしても、私はすごく救われました』
「奈緒さん。指輪、見つかって良かったですね」
「そう、それが聞きたくて」
「なんですか?」
「あれって結局『くるり』を頼んだから見つかったんですかね?」
「見つかったのは『くるり』のおかげで間違い無いですよ」
芽吹さんははっきりとそう言った後、
「でも、こうして笑っているのは間違いなくお二人の努力です!」
へにゃっと笑って付け加えた。
――私達が歩んだあの一ヶ月も、ちゃんと意味があったんだ
そう思った私は、悠真くんと顔を見合わせて二人して微笑んだ。
「奈緒、何か飲みたいものある?」
「あ、じゃあ――」
『後日、指輪は見つかりました』
『絶対に見つからないような失くし方をしたのに、それでも見つかりました。それも、ビックリするような姿になって』
「――初めて来た時に飲んだ、あのモクテルいただけますか?」
「だって、航くん!作れる?」
「もちろん、喜んで」
そう言って航さんはあの時と同じようにシェイカーを振ってミントを軽く叩いた。
そして、出来上がったものを航さん自ら私に持ってきた。
「茉羽さん、えらく俺に声をかけてくれるんですが……どうしたらいいですか?」
「……強めのお酒でも飲ませてください。『茉羽さんの為に作りました』って言っとけば、ガブガブ飲むはずです」
「……ありがとうございます。じゃあ、喜んで」
航さんはふふっ、と笑ってまちの前の定位置に帰っていった。
多分もう少ししたら、グデグデになったまちがカウンターに突っ伏すんだろうな。
『最後に』
『今、大切な想いを抱えている人は是非来た方がいいです。相談だけでも、とても良い時間となると思います』
『あと――本当に見つからなくなるので、大事なものはそもそも捨てない方がいいです』
『私からの、ささやかなアドバイスです』




