Note 8-2 『それ』
「……ところでさあ」
部屋に積まれていた服の第一陣を洗濯機にぶち込んで帰ってきた芽吹が、ふと心晴に質問した。
「何で毎回毎回、ちょっといやらしい感じ出して始めるの?」
「あー、それね」
気怠そうにペットボトルのラベルを剥いでいた心晴が、芽吹の方を見てニヤッとした。
「芽吹が毎回毎回、いい反応くれるからに決まってんじゃん?」
「何それ!ひどい!」
「そう、それそれ」
両手に持ったペットボトルをペコペコと打ち付けながら心晴は嬉しそうに笑う。
「……まあ、こうなる原因はお前が作る汚部屋のせいなんじゃけどな」
俺はラベルを剥いだペットボトルを洗ってゴミ袋に入れながら一人呟いた。
今回はペットボトルと洗濯物が主だったからまだ良かった。
いつぞや、限界まで『溜め込んだ』時に部屋を見た時——思わず膝から崩れてしまったのを覚えている。
散乱するペットボトルや積み上がった下着や衣服は今回同様か、それ以上。
それに加えて化粧品や家電が部屋の至るところに散らばり、更にそれを覆うように通販で届いた段ボールが層のように床を覆い尽くしていた。
クローゼットや収納ボックスは芽吹が畳んでくれたであろう衣服や下着が『そのまま』の形で積み上がっており、『綺麗にしてあるのに汚い』という正に異様な雰囲気。
芽吹と約束した『食べ物だけは持って入らない』を守っている以外は、全てが終わっているカオスな空間となっていた。
——あれに比べたらまだ今回はマシだと思うの、ヤバすぎるよな……
「——それに今回は、航くんも手伝ってたよね?」
汚部屋の回想にふけっていると、洗濯物第二陣をカゴに入れ終わってリビングに帰ってきた芽吹が俺にそう呟いた。
「え?何が?」
「その……いやらしい雰囲気を出すの」
「は?そんなわけないだろ。何で俺が——」
「あー、それ。私も思ったー」
「は?」
タイミング悪くラベルを全て剥がし終えた心晴がリビングへやってきて、俺たちの会話に混ざる。
「いつもは芽吹が分かるようにちゃんと修正かけてるなって思うんだけど、今日は何というか……ノリノリだった?」
「んな訳あるか!ただ掃除しにきただけなのに、何で勘違いされんにゃいけんのんじゃ!」
「……まあ、そりゃそっか。航くんが勘違いされるメリットってないもんねえ」
そう言って芽吹はうんうんと頷いてくれた。
こういう時の理解が早いのは、芽吹の良いところだなと思う。
「——えー、じゃあ『コンビニ袋の中のもの』は……何のために買ったのかなー?」
心晴のその言葉で、うんうんと頷いていた芽吹がピタッと止まった。
こういう時の理解が早いのは、芽吹の悪いところだなって思う。
「芽吹がいるだろうからって、冷蔵庫に置いといたんだよねー」
心晴の言葉を聞いた芽吹は、ゆらっと動いたかと思うと——次の瞬間には冷蔵庫に辿り着いていた。
元陸上部の瞬発力、恐るべし。
「お姉ちゃん!美味しそうなスイーツと飲み物しか無いけど!!」
冷蔵庫のコンビニ袋を漁る芽吹が、怒りと喜びのどちらとも取れるような声を発した。
その様子を見て、心晴はまたケラケラと笑う。
「お前が好きって言ってたやつ、あれで合ってたか?」
「ありがと航くん!!嬉しいな!!」
「怒るか喜ぶか、どっちかにしろよ……」
心晴が煽るのが悪いのは確かだけど、芽吹もこんなに一緒にいて流石に引っかかりすぎではと思う。
「心晴、ちゃんと掃除しろ。このままじゃ仕事までに終わらん」
「あいあいさー」
まあでも。
絶対に無い話ではあるが。
俺と心晴が万が一『そういう』関係になったら、芽吹は非常に肩身の狭い思いをするのは間違いない。
きっとそういう思いも込みで、過剰に反応しているのだろうと思う。
だが、そう思うからこそ——
「……流石に、今日はちょっとやり過ぎじゃないか?」
「えー、そうかなー?」
洗濯機が鳴った音を聞いた芽吹が向こうに行っている間に、俺は心晴にそっと忠告した。
「一緒に住んどるんじゃけえ、相手が俺だとしても芽吹は敏感になるじゃろ」
「あーはいはい、わかりましたー。私が悪うござんした!」
「……やけに投げやりだな。何かあったか?」
「別にー、何もないよ」
「——陽菜さんか?」
俺の言葉で心晴の掃除をする手が少し止まった。
「……やっぱ何かあったんか?」
「んーん。連絡してるけど普通だよ」
「だったらええじゃろ」
「んー、そうなんだけどさー」
心晴は畳まれた下着をボックスに詰めながら、曇った表情で言葉を続けた。
「——なんかずっと、『私は元気だぞ』って私に強調してるような気がしてさ」
「俺はそういうのは、全然感じなかったけどな」
「航はイジられてただけじゃん」
「……まあ、そうだけど」
良くも悪くも、だが。
心晴は昔から妙に勘が鋭いところがある。
今回も心晴だけが感じ取れる、勘というやつが働いているのだろうか。
「今度瀬戸田行った時にちゃんと話し合ったらいいじゃろ」
「何それ、そっちこそ投げやりじゃん」
「俺にはそう言うしか他ないわ」
それが当たっているのか外れているのか分からない以上、ここで悩んでいても仕方がない。
部屋が大方片付いたのを見て、俺は会話を切り上げリビングに行こうとした。
「こら、航」
それが気に入らなかったのだろう。
心晴は手を引かれて部屋に引き戻し、バタン!と扉を閉めた。
「……何じゃ」
「分からない事すぐ投げ出そうとするの、小っちゃい頃からの癖だよ。それは治しな」
「大きなお世話——」
『……吸い終わったら話やめたがるの、航くんの悪癖』
反論しようとした俺は、つい先日芽吹にも同じ事を言われたのを思い出し苦笑した。
「……何よ」
「いや……お前らって、やっぱちゃんと姉妹だなって」
「人の忠告も聞かないで何考えてるかと思えば……当たり前でしょ、余計なお世話」
「悪かったって。ちゃんと治すから」
「……むかつく」
そう言うと心晴は、ムッとした表情を見せ——直後にニヤッと顔を変えた。
「——あーあ!」
「うわっ、急にどうし——」
「芽吹がいない間にパパッと済ませちゃおうか!ほら、そこの上の棚にあるからさー!」
「ちょ!お前、何言って——」
「……上の棚って、どこ?」
「うおあ!」
閉めていたはずの扉を音もなく開けて、背後に芽吹が立っていた。
「上の棚って、どこ!」
「えー、どこかなー」
心晴がそう言った瞬間。
心晴が一瞬、一つの棚を見たのを芽吹は見逃さなかった。
「ここだね!」
「おい芽吹、騙されるのもそのくらいにしろって……あ——」
——もう少し早く思い出していれば。
そう思っても、もう遅かった。
「航くん……これは、何?」
振り向いた芽吹は、『それ』の端ギリギリを摘んで俺に見せた。
正方形の、小さな袋。
俺から少し遠ざかった芽吹の顔は真っ赤になっている。
「いや待て、違う!それは『それ』じゃなくて——」
「……出てって」
「誤解すんな!芽吹が持っとるのはただの——」
「いいから——早く出てって!後は二人でやるから!」
芽吹は一瞬俺の腕を掴むのをためらったあと、意を決して俺を引っ掴み玄関へと引っ張っていった。
「掃除ありがとねー、航」
「クソッ、覚えとけよ……ココ!」
「ふふっ、ばいばーい」
精一杯吐き捨てた言葉も、ニヤニヤと手を振る心晴には全く効いていないようだ。
「おい、ちょっと!聞けって!」
「靴履いて!早く!」
芽吹は全く俺の話を聞かない。
仕方なく言われるままに靴を履くと、
「スイーツありがと!じゃあまた後で!さよなら!」
外に投げ出された俺は、そう言ってパタン!と玄関を閉められた。
「……おーい」
「早く家に帰りなさい!」
「ええ……」
それから何度か声をかけたが——もう芽吹から、返事は無かった。
帰宅途中。
俺はさっきの状況を思い返していた。
芽吹が漁った場所。
あそこは前の掃除の時、化粧品用の小物が置いてあった。
そして俺は芽吹が摘んでいた物を、前回の掃除の時に確かに見た。
「——あれ、確かコットンの袋だったよな……」
何ととは言わないが。
確かに見間違えそうなデザインではある。
——何と、とは言わないが。
実際俺も前回それを見つけた時、ニヤけ顔の心晴にイジられた。
俺は芽吹にメッセージを送る。
『あれはコットンの袋だ。勘違いするな』
既読はつかない。
恐らく心晴が邪魔をしているに違いない。
「……絶対許さん、ココめ」
せめて芽吹が、仕事の時間まで勘違いし続けていないことを祈って。
俺は怒りとやるせない気持ちを抱えたまま、帰路へとついた。




