Case 7-2 おいでませ瀬戸内
「仕事辞めたって聞いた時はどうしたもんかって思ったけど……あの面倒くさがりのココが、まさかバーの店長してるなんてね。びっくりしちゃったよ」
「まあ、成り行きでね……前も言ったけど、前職の縁で拾ってもらったんだ」
「——しかもさ、何か今ちょっと有名らしいじゃん?」
そう言って陽菜姉はスマホを私に見せてきた。
「これ、本当なん?」
画面にはSNSの書き込みで、
『ここの店で願いが叶ったって人が結構いるらしい』
『ここに行ったおかげで、気になってた人と付き合えました!』
『失くした指輪が戻って来ました。本当です!』
そういった内容のものがいくつか表示されている。
「あー……相談に乗る事が多いから、それで噂になってるんじゃないかな?」
「えー、ホント?それにしちゃ、こういう書き込み多くない?」
「……たまたま私たちの言った通りになった人が、そうやって書いてるだけよ」
嘘は言っていない。
指輪を失くした人は多分奈緒さんだろうけど、他の人については覚えがない。
それに、二つ目の投稿。
私たちは——『縁結び』には『くるり』を使わない。
なのでこの人は恐らく、私たちが『くるり』無しで後押しした人たちの誰かなのだろう。
「ふーん……そっか」
私のその言葉で、陽菜姉の顔が少しだけ曇ったような気がした。
「……どうかした?」
「ううん!別に何もないよ!」
陽菜姉の表情の変化に違和感を覚えた私は、話を聞こうと真剣な表情で陽菜姉を見た。
「陽菜姉……何かあった?」
「ううん、全然!」
「じゃあ、何で今日突然ここに——」
「……あ、ちょっと待って!旦那から連絡来た!」
私の言葉を躱すようにスマホを取り出した陽菜姉は、スマホを操作して——少し真顔になった。
いつもふわふわニコニコしている陽菜姉があまりしない珍しい表情。
「どしたの?」
気になった私はそう聞くと、真顔を困ったような表情に変えた陽菜姉がボソッと呟いた。
「……クレーンゲームで散財したって、旦那から——もう!すぐ戻るから使いすぎるなって言ってたのに!」
そう言ってグイッとウーロン茶を飲み干した陽菜姉は、荷物をまとめ始めた。
「陽菜姉、あのさ——」
「ごめん、そろそろ行くね!ウーロン茶ごちそうさま!」
「待って、陽菜姉!」
確信があった訳では無いけど。
今ここで引き留めないと、何となくダメなような気がした。
「ん?どしたー?」
「……もしかして、『何か』用事があったんじゃないの?」
陽菜姉は何となくここに寄ったんじゃない。
何か私たちに用があってここに来た。
私はそんな気がしてならなかった。
「……あ、忘れてた!」
そして、その予感は——ある意味当たっていた。
「いい加減うちに来て欲しいから、直接言いに来たんだった!」
「うちって……瀬戸田?」
「そ!来た事なかったよね?」
「いいけど……なんで急に?」
私の言葉に、陽菜姉はぷーっと頬を膨らす。
「急じゃないですー。私はずっと誘ってるのに、ココが面倒くさがって来たがらなかっただけですー」
「……そうでした。ごめんなさい」
「まあ、ココには来にくいだろうから仕方ないんだけどさ!——というわけで、航くーん?」
急に呼ばれた航は、慌てて調理場から出てきた。
「なんすか?」
「航くんも一緒に来てね、瀬戸田」
航は何かを思い出したかのように苦い顔をする。
そして少し考えた後、ボソッと呟いた。
「え……俺もすか……」
「めっちゃ嫌そうじゃん!」
「嫌ではないんすけど、その……前会った時、玲央君が俺を怖がってたんで……」
「何歳の時の話してんの!もう十歳なんだから大丈夫よ!」
それにさ!と言って更に陽菜姉は言葉を続ける。
「ココも芽吹ちゃんも、免許持ってないっしょ?」
「……あー、なるほど。そっちがメインっすね」
「そう言えばそうだけどさ!航くんに来て欲しいのも本当だよ!」
バッグを肩にかけて、陽菜姉はひらひらと手を振る。
「じゃあ、待ってるから!早めに連絡ちょうだいねー!」
そう言ってそのままバタバタと店を出て行った。
ドアベルが鳴ったのを最後に、店内はさっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かになる。
その静けさで何となく私は、心がザワザワしているのを感じた。
「……相変わらず、嵐みたいな人だよな——心晴?」
陽菜姉はいつも通りに見えた。
ここに来た理由だって、いつまでも私が動かないから発破をかけにきたというのも分かる。
でも——
「……ココー?聞こえとるかー?」
「うっさい、陽菜姉の真似すんな」
「陽菜さん、何かあったんか?」
「んー、分かんない」
『じゃあ、待ってるから!早めに連絡ちょうだいねー!』
何となくだけど、あの言葉だけは反故にしてはいけない気がした。
「瀬戸田行ったら、何か聞けるかもねー」
「何じゃそら」
「……瀬戸田かー、絶妙に遠いんだよなー」
「俺が運転するんじゃけ、距離とかどうでもいいじゃろ」
「隣に乗ってるのも大変なのー」
何となくだけど、この誘いは受けないとダメなような——そんな気がした。
「久々に玲央にも会いたいし、『ママ』に頼んでみるかー」
「お、珍しい」
「芽吹にも伝えなきゃね。多分、喜んで予定空けてくれるだろうけど」
「決まったら早めに言ってくれよ。車の手配もあるし」
まあ、きっと気のせいだろうけど。
せっかく重い腰が上がった事だし——行ってやりますか、瀬戸田。
「……それにしてもさ」
「なに?」
「この年齢で『ココ』は、ちょっと無理があるよな」
「……うっさい、バカ」




