Note 6-2 スキマ、埋めちゃうよ~ん?
「あ、それすごく似合ってる!買っちゃいなよ!」
「いやいや、もはやそれどころじゃないよアタシは」
まさか私がこんな服を持ってくるとは、という顔の澄香。
「『アタシ』に合わない服は?」
「えっ、アタシが着るの!?」
私はニマッとして言葉を続けた。
「合わない服はー?」
「ナッシン……だけどさあ!」
そう言って顔を赤くする澄香。
大学生になって髪とか服装とかだいぶ派手になったけど、こういう顔を見ると高校生のあの頃のままだなって思う。
「じゃあ、試着——」
「無理無理!これは流石に無理!」
まあ、ここまでは予想通り。
でも今日の私には『切り札』がある。
「恥ずかしいから?」
「当たり前でしょ!こんな服——」
「私も、さっきは大学の前で恥ずかしかったなー」
「うっ……それは、悪かったけど……」
「後ろから脅かされて大声上げちゃって。みんなから見られて恥ずかしかったなー」
「……分かった!着る……着るから!」
澄香は観念して、私の持つ服を受け取った。
私はそれを見てニッコリと笑い、
「はーい!一名様、ご案内でーす!」
シャッとカーテンを閉めて澄香を送り出した。
「ヤバ……」
試着スペースの中から澄香の呟きが聞こえた。
「どんな感じ?もういける?」
「ちょ、ちょっと待って!いい感じに隠すから!」
そう言ってから更に数分後。
シャッと試着スペースのカーテンが開いて、澄香が姿を現した。
「うわあ……」
「……そんな、ジロジロ見るなよお……」
真っ赤な顔の澄香は、腕を前でクロスさせてモジモジとしている。
その姿を見てハッとした私は、急いでカーテンを閉め直したけど——少し遅かった。
「……エロ……」
私が後ろの方から聞こえた声に振り向くと、店の中にいた男の人がバッと顔を背けた。
澄香の姿を見て、思わず言葉が漏れたのだろう。
「何今の『エロ』って!どこ見てたの!?」
「べっ別に、どこも見てねえよ!あの、あれだ……思い出しエロ——いてて!」
隣にいる彼女らしき人に耳を引っ張られて、その男の人は店から連れ出されていた。
悪ノリで始めてしまったけど、澄香には思わぬ恥をかかせてしまった。
着替え終わった澄香が試着スペースから出てきたタイミングで私は澄香に頭を下げた。
「ごめん、まさかあんな感じになるとは……」
「……だから無理だって言ったじゃろ」
着ていた服を私に押し付ける澄香。
「……ほれ、早く」
「あ、うん。返してくるね——」
「違うわ」
肩を掴んで私を引き寄せ、ニッコリとした顔を私の横から覗かせた澄香。
「——芽吹、お前もじゃ」
その言葉に、私の喉からヒュッと音がした。
「さ、流石にそれは……」
「じゃ、こうすれば?」
「えっ、ちょ——」
澄香は私を試着スペースへと連れ込み、シャッとカーテンを閉めた。
「見るのはアタシだけ。どう?」
「……まあ、それなら」
「芽吹がそういうの着るの、初めて見るなー」
そう言って澄香はキャッキャと笑った。
さっき澄香が着てるのを見て確信したけど。
何がとは言わないけど、私が着ると——間違いなく『ヤバい』。
でも、仕方ない。
私は言われるがままに着替えを進めた。
「芽吹には……その服は、ダメだね……」
「もう!分かってたでしょそんな事!」
目の前の鏡に映った自分の姿を見て、私はさっきの澄香と同じように腕で前を隠す。
「芽吹……そのポーズは、ヤバいよ」
「えっ——ちょっと、見ないでよ!」
「いやあ……その顔を見るだけで、誘った甲斐がありましたなあ」
「もう!ホントに——」
「……あの、お客様」
外から声が聞こえた。
さっき服を探している時に接客してくれた、女の店員さんの声。
「店内で遊ばれるのは、お控えください」
「あっ、すいません……すぐに出ます」
その後私たちは、試着していた服を店員さんに預けて逃げるように店を出た。
「もう、怒られたじゃん!」
「いや、元はと言えば芽吹のせいじゃん?」
「うっ……そう言われれば、そうだけどさ……」
そして今、反省会も兼ねてカフェで話をしている。
「……もうしません」
「よろしい」
そう言って隣に座る私の頭をポフっと撫でた澄香。
「あ、そういえばさ」
「ん?どした?」
そんな澄香に、私は気になっていた事を聞いてみた。
「今日、何で急に来ようと思ったん?いつもは事前に連絡くれるのに」
私の言葉を聞いて、注文したカプチーノを一口飲んで澄香は答える。
「いやなんか、今日は急に会いたいなーって思ったんだよね」
「何じゃそら」
「だってほら、芽吹ってちょっと会わないとどっか行っちゃいそうだから」
「……私、猫か何かだと思ってる?」
「似たようなもんじゃん」
「失礼だにゃあ」
「ウケる、猫じゃん」
そう言って二人でクスクスと笑う。
「……芽吹、何かあった?」
今度は私が飲み物に口を付けている時に、澄香が話しかけてきた。
「何かって?」
「なんか、嫌な事とか」
「あー……」
私はその言葉で、昨日のやりとりを思い出した。
「昨日……お客さんと、ちょっとね」
「聞かせてみ」
そう言われた私は、昨日あった事を澄香に話した。
「——ってことがあって、ちょっとね」
私の話を聞き終えた澄香は、突然スッと立ち上がった。
「ど、どうしたの……?」
「その男、どこのどいつ?——今から文句言いに行くわ」
「ダメだよ!酔っ払ってただけだし!」
「いーや、酔っ払ってやる奴が一番タチが悪いんだよ!」
教えると本当に行ってしまいそうな勢いの澄香を私は必死になだめると、不満そうな顔の澄香がドカッとイスに座り直した。
「そうやって溜め込む所、変わんないよね」
「うん……ごめん」
「怒ってるんじゃないよ?ただ、心配なだけ!」
「心配かあ……私、相変わらずおっちょこちょいだしねえ……」
「気になるからさ……だから様子見んとなって、たまに思うんよ」
そう言い切った澄香は少し恥ずかしくなったのか、私から目線を逸らしてカプチーノをグイッと飲み干した。
「……ありがとね、澄香」
「別に。アタシが勝手に気になってるだけだよん」
澄香はこう言ってくれるけど。
「——あ、気になるといえば……大学で気になるって澄香が言ってた人、どうなったの?」
「ん?言ったっけ、そんな事」
私は本当に幸せ者だと思う。
手放しに他人を心配出来る人なんて、なかなか出会えるものじゃないし。
「ほら、助けてもらったお礼に食事に行ったっていう人」
「あー……講義で教材見せてくれたから学食奢ったヤツね。一応連絡先は交換したけど……」
「ふーん、もう連絡先交換しちゃってるんだ」
「……なんだよ、普通でしょ?」
しかも、澄香だけじゃない。
お姉ちゃんや、航くんも。
みんなイタズラ好きだけど、それ以上に私に優しくしてくれる。
「もしや、気になってますな?」
「え……何でそうなんの?」
「え?だって気になってるから連絡先交換したんでしょ?」
「あー……」
「どしたの?」
「いや、芽吹はそういうとこ変わんないなって」
「そういうとこって?」
「……いや、大丈夫。気にしないで」
「えー、何それ」
今はまだみんなみたいに上手く出来てないだろうけど。
私もいつか——誰かにとってのそんな人になりたいなって。
窓の外を見ると、すっかり日が落ちて暗くなっていた。
私たちは飲み物を返却口に置いて、店を出た。
「そろそろ時間じゃない?」
「うん、もう行かなきゃ」
「アタシも着いてくよ。ついでにちょっと飲んでく」
私たちは街灯と車のライトに照らされた道を歩き出す。
ふらっと会って馬鹿なことして、カフェで話しただけ。
二時間くらいの、何でもない時間。
特別な事なんて何もしなかったけど。
澄香の埋めてくれたこの隙間は、未来の自分の特別なものにきっとなる。
「いいなー、ハタチ」
「いいだろー、ハタチ」
何でかな。
何となく、そう思ったんだ。




