Case 5-3 選手交代
「えっと……あの……」
何を言われているのか分からない私が、急に態度を変えたお客さんに目を白黒させていると、
「——何かありましたか?」
私の隣に来たお姉ちゃんが、お客さんに声をかけてくれた。
「少々大きな音が聞こえましたが……」
「ん?ああ、悪い悪い。つい、クセでな」
割って入られたのが気に入らなかったのか、お客さんはお姉ちゃんに苦い顔を向ける。
「それより今、大事な話をしてんだから邪魔しないでくれる?」
「大事な話……ですか?」
「ああ、俺の願いを叶えてくれるって話——な?『芽吹ちゃん』?」
『願いを叶えてくれる』
ゾワっとした悪寒と共に私の元へ届いたその言葉で、私はようやくお客さんが言っている事を理解した。
「今の……お願い、だったんですか……?」
「だからそう言ってんじゃん。ちゃちゃっとやってよ、早く」
「いや、それは……」
私が言葉を選んでいると、お客さんは私の腕を急に掴んだ。
「ちょ……!やめてくだ——」
「何で?名前教えてくれたじゃん——ね?『芽吹ちゃん』」
「お客様、お辞めください!」
私が掴まれたのを見て、慌てて駆け寄ってきたお姉ちゃん。
「……さっきからさあ!」
掴む手を引き剥がそうとしたけど、お客さんの振った反対の手で押し飛ばされた。
「お姉ちゃん!」
「俺は『芽吹ちゃん』に話してんの!お姉さんはあっちの客の相手でもしてろよ!」
そう言ってお客さんは私を握る手に力を込めて、私をグイッと引き寄せた。
「いたっ……!」
「あ、わりいわりい——で、いつ叶うんだ?今日?明日?」
「それは……」
「あ、そういや俺課長の名前言ってなかったわ。そりゃ出来ねえよな。課長の名前は高尾浩三——これでいいだろ?」
「いや、だから私は——」
「あ、もしかして話し足りなかった?良かったらバイト終わるまで待ってるから、ゆっくり二人で——」
「——出来ません!!」
「は?」
「私には……出来ません」
お客さんの掴む力が弱くなったのを感じた私は、手を振り解いて後ろに下がる。
「『芽吹ちゃん』……何言ってんだよ?出来ないって、どういう事だよ!」
そう言ってお客さんは、再び私を掴もうと手を伸ばしてきた。
「芽吹!」
いつもなら、こうなる前に航くんかお姉ちゃんがお客さんの対応を代わってくれる。
『芽吹はまだ、こんなのを相手する必要はない』
そう言って二人は、いつも私を守ってくれる。
だけど——
「……お客様、申し訳ありません」
いつまでもそうしてちゃダメなんだ。
だって——『くるり』は、私の力なんだから。
この力を使うって決めたのは、私なんだから。
私はお客さんが伸ばした手をパシッとはたいて、一歩前に踏み出した。
「は?何すん——」
「お客様の願いは、叶えられません」
「だから何言って——」
「誰かを不幸にするような願いは……私は、叶えたくありません!!」
真っ直ぐにお客さんを見て、私は自分の気持ちを伝えた。
『芽吹にはまだ早い』
航くんの言ってた通り。
まだ怖くて、少し震えてしまってるけど。
それでも、ちゃんと自分の口から伝える事が出来た。
「……ふざけんなよ、おい……」
大きな音を鳴らしてイスから立ち上がったお客さんは、バン!とカウンターに手をついて私を睨みつける。
「話が違うだろ!!店員をその気にさせたら願いが叶うって、俺は聞いたんだぞ!酒まで飲ませやがって……こんなん、詐欺だろ!!」
「……申し訳ありません」
私は制服の裾をギュッと握ってお客さんに頭を下げる。
「謝罪じゃなくて、誠意を見せろって言ってんだよ」
「誠意、ですか……?」
顔を上げた私は、少しニヤついた顔のお客さんと目が合った。
「願い、叶えられねぇんだろ?」
「それは、はい……」
「でも金は払えって言うんだろ?」
「それは……お客様が、頼まれたものですので……」
「そっちの都合ばっかりじゃねえか」
「……申し訳ありません、ですが——」
私がもう一度頭を下げた所で、お客さんがドカッという音を立ててイスに座り直した。
「——『芽吹ちゃん』、何時上がり?」
「……え?」
「何時上がりかって、聞いてたんだよ」
「えっと……今日は——」
「言わなくていいわ」
私の肩に手を置いたお姉ちゃんは、そのまま私と位置を入れ替えるようにグイッと私を押した。
「お姉ちゃん……?」
お姉ちゃんは私の方を向いてニコッと笑う。
「悪いけど、他のお客様のフォローお願いしていい?」
その後すぐに営業用の顔に切り替えて、今度はお客さんの方を向いた。
「お客様」
「……何だよ」
「ここからは、私がお相手させていただきます」
お姉ちゃんは私の方を見ずにカウンターの下の方で私にシッシッと手を振ってきたので、それに従って私は他のお客さんの席に謝罪に向かった。
「お前は関係ねえだろ。話も聞いてなかったくせに」
「ええ、私は何も聞いておりません」
「だったら——」
「あら、知らないんですか?」
テーブル席のお客さんへの謝罪に向かう途中。
私は、お姉ちゃんの方をチラッと見た。
「——願いを叶えられるのは、あの子だけじゃないんですよ?」
いつも通りお姉ちゃんは笑顔で接客をしてる。
だけど、ちょっとだけ。
私はその笑顔を怖く感じた。




