Case 5-1 酔っ払いのお客様
「いらっしゃいましたよ、っと」
午後十時過ぎ。
カラン、というドアベルの音と共に、一人の男の人が『泡沫』に来店した。
「いらっしゃいませ!」
会社帰りだろうか。
高そうなスーツに、緩めたネクタイをつけている。
ネクタイピンに照明が当たって、キラッと眩しく光った。
お客さんは私とテーブル席のお客さんの対応をするお姉ちゃんをチラッと見た後、
「よっこらせ、っと」
空いていた私の前のカウンター席にドカッと座る。
「お荷物お預かりしま——」
「あー、いいよ。こっちに置くから」
そう言って空いている隣の席にカバンをポイっと投げたお客さん。
香水の匂いと、その中ににおうツンとしたお酒の香り。
多分ここに来る前に、どこかで飲んで来たのだろう。
「……スーツ、かけるとこないの?」
「あっ、はい!ただいま!」
酔っ払ってここにくるお客さんは、珍しくはない。
今、奥のテーブル席に座っている二人組のお客さんも、ここが三軒目だとお姉ちゃんと話していた。
「——お客様、私がお預かりします」
「おっ、あんがとさん」
私を制止してお客さんの隣にスッと着いたお姉ちゃんが、スーツを丁寧に受け取って上着掛けのあるレジ裏へと向かった。
「出来る女って感じだな、あの店員さん」
「はい、とっても頼りになるんです!」
「……ふーん」
私の返事に少し声を鳴らした後、お客さんは私へと視線を向け直した。
「俺はお姉さんの元気いっぱい!って感じの方が好きかなー」
「あはは、ありがとうございます……」
お姉ちゃんならうまく返すんだろうけど。
褒められるのってなんかむず痒くて、私はまだ言葉を濁してしまう。
「えっと、とりあえず……何か飲まれますか?」
話題を変えようと、私はお客さんにメニュー表とおしぼりを渡した。
「お姉さんのオススメとかあんの?」
「そうですね……私なら——」
そう言って私はお客さんの持つメニュー表を覗きこもうとして——
「——どれ?お姉さんのオススメ」
メニュー表に目を向けたままのお客さんに、おしぼりから離そうとした手を掴まれた。
「っ!ちょ……お客様!」
お客さんは気付いていないのか、そのまま私の手をグイッと自分の方に引き寄せる。
「ん、何?」
「手が……」
私の声でようやく手を握っている事に気付いたお客さんは、パッとその手を離して笑った。
「あー、ごめんごめん。痛くなかった?」
「大丈夫です……結構、酔われてますか?」
「んー、あんまり?俺酒強いから」
お客さんはそう言って、メニュー表を見始める。
——ホントに大丈夫かな……ん?
そのタイミングでレジ裏にいたお姉ちゃんが、チョイチョイと私に手招きをしてきた。
「ご注文決まりましたら、お声掛けください!」
「はいはいー」
今のやり取りを見ていたんだろう。
私はお客さんがメニューを見ている隙に、お姉ちゃんの元へ向かった。




